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日本の古い町並み保存事例8選。観光・まちづくりへの活かし方と成功のポイント

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タイトル画像。各地の古い町並み

日本各地には、城下町や宿場町、港町、門前町、農村集落など、独自の歴史を刻んできた古い町並みが残されています。多くはその土地ならではの風土や産業と結びつきながら、地域の人々の手で守られてきました。

近年では、こうした古い町並みを観光資源として活かすだけでなく、空き家となった歴史的建物を住まいや店舗として再生するなど、地域の暮らしや産業の場として活かす動きも広がっています。一方で、オーバーツーリズムや建物の老朽化、防災・耐震対策など、保存と活用を両立するうえで向き合うべき課題も少なくありません。

本記事では、全国8地域の古い町並み保存の事例を紹介しながら、町並みが地域にもたらす価値や、まちづくりに活かすためのポイントを解説します。

Index

古い町並みが保存される仕組みと理由

「古い町並み」とは、歴史的建造物が当時の面影を残しながら連なって形成する「家並み」や、地域の暮らし・文化・産業の蓄積が刻まれた景観のことです。

こうした古い町並みは、自然に残っているように見えて、実は地域の人々の手入れや制度によって守られています。

しかし、そもそもなぜ古い町並みを保存する必要があるのでしょうか。ここでは、古い町並みが保存される仕組みと、保存されるべき理由を見ていきます。

古い町並みの定義。重要伝統的建造物群保存地区とは?

古い町並みには、大名や領主の城を中心に形成された「城下町」や、街道の拠点であり宿泊施設が数多く存在していた「宿場町」、神社や寺院の周辺につくられた「門前町」などが含まれます。

こうした「古い町並み」を保存するため、伝統的建造物群保存地区制度(以下、伝建制度)が設けられています。伝統的建造物群保存地区は、自治体が定めるものですが、特に重要なものは、国から「重要伝統的建造物群保存地区(以下、重伝建地区)」に選定され、建物の修理や防災などの必要な措置に国からの補助が支出されます。

伝建制度は、戦後に各地で広がった市町村独自の条例にもとづく集落・町並み保存制度と、全国各地の住民による保存運動を背景として、1975年に創設された国の制度です。その経緯からも、町並みは「地域全体で守る文化財」といえます*1

創設から約50年が経った2024年8月15日現在、重伝建地区は、43道府県106市町村で129地区(合計面積約4,066.1ヘクタール)あり、約30,680件の伝統的建造物および環境物件が特定・保護されています*2

古い町並み保存が必要な背景

古い町並みを成している歴史的建物の多くは老朽化しており、定期的に維持管理し続ける必要があります。こうした維持管理には一定のメンテナンスコストがかかります。

それでも多くの地域が保存に取り組むのは、古い町並みが地域の歴史や文化を可視化し、さまざまなかたちで地域に価値をもたらすからです。古い町並みは、住民の生活の場であると同時に、外部の人が訪れる場所にもなります。

近年は、限られた重伝建地区だけでなく、その周辺も含めた歴史的な都市全体を、観光、暮らし、産業、防災などと結び付けて地域づくりに役立てる「歴史まちづくり*3」という考え方も広がっています。

古い町並みが地域にもたらす具体的な価値について、次のセクションで詳しく見ていきます。

*3 歴史まちづくり:地域の歴史や伝統を反映した建造物や伝統行事、人々の暮らしを一体とした「歴史的風致」を維持・向上させ、後世へ継承していくための取り組みで、法律に基づいて各地で推進されている

【監修者コメント】なぜいま古い町並みの保存が注目されているのか

福川裕一さんのポートレート

福川

日本の古い町並み保存への取り組みは、1960年代にはじまり、すでに60年の歴史があります。それがいま、なぜあらためて注目されているのでしょうか?

背景にあるのは、「観光の質の変化」です。たとえば、1968年に日本初の本格的な町並み修復を行った旧中山道・妻籠宿は、1994年のピーク時には100万人の観光客を集めました。現在は30〜40万人ほどで推移していますが、注目すべきは、馬籠峠(妻籠宿と馬籠宿を結ぶ)を越える年間8万人のハイカーのうち、8割を外国人が占めている点です。

このような変化をとらえ、ここ10年で古い町並みの建物を、これまでにないレベルで積極的に活用する企業や事業者が次々と登場しました。さらに、政府が観光立国を掲げて、古民家活用に関する規制緩和や支援措置を講じたことも、この動きを大きく後押ししています。

古い町並み保存が地域にもたらす価値

ここでは、古い町並み保存が地域にもたらす価値を、「観光客の誘致と地域経済の活性化」「関係人口の創出」「地域住民の誇りを育むこと」という3つの観点から見ていきます。

昭和の雰囲気を残す商店街

観光客の誘致と地域経済の活性化

古い町並みは、観光客を呼び込む景観資源になり得ます。たとえば岐阜県高山市には、江戸時代の城下町・商家町の面影を残す「古い町並み」があり、飛騨地域の歴史や文化を感じられる観光地として、国内外から多くの人が訪れています。

高山市のデータによれば、2025年の高山市観光入込客数は479万5,000人で対前年比108.44%に上りました*4。この増加は、インバウンド需要の回復や官民一体の観光施策など複数の要因が重なった結果と考えられます。しかし、古い町並みをはじめとする歴史的景観の保存と活用が、高山が「選ばれ続ける観光地」であり続けるための土台になっていることは間違いないでしょう。

町並みを歩く体験が、飲食店や土産物店、宿泊施設、伝統産業、地域イベントへの来訪につながれば、観光消費が地域内に広がっていきます。

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関係人口の創出

町並み保存は、働く、店を開く、イベントに参加するなど、街とのかかわり方の選択肢を増やすきっかけにもなります。

たとえば、東京都墨田区京島では、若い世代を中心に長屋*5を継承する取り組みが行われています*6。古い建物を単に保存するのではなく、住まい、店舗、イベントスペースなどとして活用することで、まちづくりの新たな担い手や、一度きりの観光や完全な移住とは異なるかたちで地域に継続的にかかわる「関係人口」を呼び込んでいます。

*5 長屋:複数の住戸が壁を共有して連なる集合住宅、町家は店舗兼住宅としても使われたひとつの独立した建物

地域住民の誇りの醸成

古い町並みは、地域の人々が長い時間をかけて受け継いできた暮らしや産業、文化の積み重ねによってかたちづくられています。その価値をあらためて言語化し、共有することは、住民の地域への誇りや愛着、いわゆるシビックプライドの醸成にもつながります。

また、町並み保存に住民が参加することで、地域内の関係性が生まれやすくなります。建物の維持管理、景観ルールづくり、イベントの開催、空き家の活用などにかかわる過程で、住民、行政、事業者、専門家が協働する機会が増え、持続的なまちづくりの基盤が育まれていきます。

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【監修者コメント】持続可能な町並み保存とは?

福川裕一さんのポートレート

福川

ここで挙げた3つの「古い町並み保存が地域にもたらす価値」のうち、一番の論点となってきたのは観光です。観光は地域に利益をもたらす一方で、安易な観光化が、観光資源としての町並みの価値を損ねるという逆説が指摘されてきました。建物が保存されていても、土産物店ばかりが並び、住み手がいなくなってコミュニティが壊れてしまえば、持続可能な観光とはいえません。「ホストとゲストが互いを高め合う、Win-Winの関係を保つ」という観光のあり方を模索することが欠かせず、その担い手として、関係人口や住民の存在が重要になります。

関係人口や、誇りに目覚めた住民は、いわば「古い町並みの価値」に気づいた人々です。その価値とは、古い町並みがつくり出す空間と、そこで展開される人々の活動が、表裏一体の関係にあるということ。たとえば、古い建物の代表格である町家は、それぞれの建主が必要に応じて建ててきたもので、ひとつとして同じものはありません。にもかかわらず、それらが連なって道沿いに賑わいが生まれる公共空間を生み出し、背後の中庭は密集した街なかでも光や風を取り込み良好な住環境を支えています。さらに、深い庇や格子は建築の内と外、公と私の関係を調整する役割を果たしている──こうして個別の建築行為が積み重なることで、美しい全体が形成される、というシステムが成立しているのです。

このシステムは、放置すれば壊れていく。だからこそ、観光・関係人口・住民の誇りという3つの価値を適切にマネジメントし、活かしていくことが、古い町並み保存の本質だといえるでしょう。

日本の古い町並み保存事例8選|地域の取り組みのポイント一覧

ここからは、日本各地の古い町並み保存の事例を8つピックアップし、それぞれの概要と取り組みのポイントを紹介します。

下の表は横方向にスワイプできます

地域取り組みポイント
飛騨高山(岐阜県高山市)景観ルールの整備と町家の修理・活用を両立し、観光地でありながら生活の場を守っている
竹原(広島県竹原市)外観変更の事前申請制でルールを整備し、アニメとの連携で新たな観光客を呼び込んでいる
川越(埼玉県川越市)複数の制度を重層的に活用し、蔵造りの町並みと祭り文化を一体的に発信している
倉敷(岡山県倉敷市)市の景観条例とNPOの町家再生活動が連携し、保存地区周辺まで含めた景観継承を進めている
京都(京都府京都市)条例により京町家の解体事前届出制を設け、行政・市民団体・専門組織が多主体で保全を支えている
足助(愛知県豊田市)1970年代からの地域ぐるみの保存活動を基盤に、宿場の歴史をイベントや観光に活かしている
大内宿(福島県下郷町)専門職人と住民が協力して茅葺き屋根を葺き替え、暮らしと文化とともに宿場景観を継承している
妻籠宿(長野県南木曽町)「売らない・貸さない・こわさない」の三原則のもと、住民が生活しながら宿場景観を守っている

1. 飛騨高山(岐阜県高山市)|暮らしと商いのなかで受け継がれる江戸時代の商人町

岐阜県飛騨高山市は、江戸時代に城下町・商人町として栄えた歴史を持つ地域です。なかでも上町・下町にまたがる三筋の通りなどは、国の重伝建地区に選定されており、現在も当時の面影を感じられる町並みが残されています*7

道路の両脇に古い家が立ち並んでいる

江戸時代からの町家や造り酒屋などが多く残る飛騨高山

岐阜県高山市の町並み保存運動のはじまりは、1960年代に観光客の増加で町や河川の美観が損なわれたことに端を発しています。1966年には行政に先駆けて住民主導の「上三之町町並保存会」が発足。その活動を受けて、市が条例を整備し、1979年に国の重伝建地区に選定されました*8

重伝建地区の取り組みとして、非常に大きな比重を占めるのが、補助金を活用した建物の外観や構造の修理・維持です。さらに、景観規制に基づいた電柱の地中化や看板デザインの調整、木造密集地を火災から守る防災対策などが行われます。高山市においても、こうした重伝建の仕組みに沿った包括的な保存活動が進められています*9

行政と市民が一体となって保存活動を推進してきたことで、観光客向けの店舗だけでなく、地域住民の暮らしを支える店舗も共存し、観光地でありながら生活の場としての性格を保っています。

<町並み保存のポイント>

  • 観光客向けの店舗だけでなく、地域住民の暮らしを支える店舗も共存し、観光地でありながら生活の場としての性格を保っている*10
  • 伝建地区外にも独自の市街地景観保存区域を設け、修景工事費の一部を市が補助することで、町並みの保全を広いエリアに広げている*11

2. 竹原(広島県竹原市)|アニメ作品の舞台としても知られる製塩の町並み

広島県竹原市の町並み保存地区は、瀬戸内海に面した港町として発展し、江戸時代には製塩業や酒造業で栄えた地域です*12*13

町並みには、江戸時代から昭和初期にかけて建てられた町家が残り、白壁や格子窓、土蔵が連なる落ち着いた景観が広がっています。国の重伝建地区のすぐ近くにある里山「寺山」の中腹には西方寺の普明閣(ふめいかく)があり、古くから町のランドマークとして親しまれてきました*13 *14

江戸時代の面影を残す古い建物が道なりに続く

国の重伝建地区にも選定された「たけはら町並み保存地区」

竹原の町並み保存運動を推し進めたきっかけのひとつは、1965年に竹原市観光協会が発行した書籍『竹原の家並みと古民家』でした。この本の刊行をきっかけに、全国の研究者による調査やマスコミが竹原を取り上げるようになり、住民の間にも保存意識が広がっていきました*14

こうした流れを受けて、竹原は1982年に重伝建地区に選定されました*13。以降、ほかの重伝建地区と同様、建物の外観を変更する際に事前申請・許可を必要とするなどのルールのなかで、伝統的な町並みと調和する景観づくりを進めています。

また、町並み保存地区は観光や地域回遊の拠点としても活用されています。歴史的建物をカフェや町並み全体をホテルとみなす分散型ホテルに活用するなど、現代の用途に合わせて使い続ける取り組み*15に加え、アニメ『たまゆら』の舞台となったこともきっかけに、若い世代やアニメファンが地域を訪れています。

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<町並み保存のポイント>

  • 保存地区内では、建物の外観を変更する際に事前申請・許可が必要とされ、伝統的な町並みと調和する景観づくりを進めている
  • 歴史的建物の公開・活用*13とあわせて、アニメ作品の舞台として発信*16することで、観光客の回遊や地域への関心を生み出している

3. 川越(埼玉県川越市)|『川越まつり』と一体となり、文化を伝える蔵造りの町並み

埼玉県川越市は、江戸時代に川越藩の城下町として発展し、新河岸川(しんがしがわ)の舟運を通じて江戸と結び付きながら栄えた商業の町です。米や野菜などの物資が行き交う流通の拠点として繁栄してきました。1893年に中心街のほとんどを燃やす大火があり、その後商人たちの経済力を背景に、防火建築である蔵造りの町家が建ち並ぶ町並みがかたちづくられました*17

現在も一番街商店街周辺には、黒漆喰の壁や観音開きの扉を備えた蔵造りの建物が残り、「小江戸」と呼ばれる川越らしい景観を残しています*17

黒い壁に瓦の屋根でできた建物

漆喰と炭を塗り重ねた壁、黒い瓦屋根、分厚い観音開きの扉が特徴的な建物(画像提供:川越市)

川越の町並み保存の背景にあるのは、1960年代の高度経済成長です。商業の中心が、蔵造りの町並みが残る一番街商店街周辺から、南側の川越駅・本川越駅周辺へと移動したことで、商店街の活気が失われていったのです。この状況に対し、町並みを活かして商店街を再生したいと、若手商店主や研究者、建築家などが1983年に「川越蔵の会」を創設。この市民団体が起源となり、川越の町並み保存運動を推し進めてきました*18

このような動きを受けて一番街商店街組合は、1986年に、国による商店街活性化のための支援策「コミュニティ・マート構想」にもとづく活性化案を立案。その計画のもと、「町並み委員会」を設立し、住民自身が町並みをマネジメントする体制を築きます*18

市民発の町並み保存運動は行政も巻き込み、一番街商店街は1999年に重伝建地区に選定されました*17。さらに、市が独自に定める景観保全の区域指定「都市景観形成地域」や、国の歴史まちづくり法*19にもとづいて市町村が策定する「歴史的風致維持向上計画」などを組み合わせ、歴史的な町並みの保存・整備体制を整えました。

伝建制度が対象とするのは選定された地区内に限られますが、こうした制度を重ねることで、保存エリアの周辺も含めた広いエリアで景観や歴史的風致*20を守ることが可能になります。

また、『川越氷川祭(通称:川越まつり)』の山車行事は、「山・鉾・屋台行事」としてユネスコ無形文化遺産に登録されており、町並みと祭り文化が一体となって地域の魅力を高めています。

一方で、観光客の増加に伴う混雑や交通渋滞、ごみ、歩き食べによる道路汚損など、人気観光地ならではの課題もあります。

*20 歴史的風致:地域固有の歴史や伝統を反映した人々の活動と歴史上価値の高い建造物が一体となった良好な市街地の環境のこと

<町並み保存のポイント>

  • 住民が協定を結び「川越町並み委員会」を運営。合意した「町づくり規範」を根拠に、町並みのマネジメントを実施*21
  • 蔵造りの町並みという有形文化と『川越氷川祭』などの無形文化を一体的に活かし、建物と地域文化の両面から魅力を発信している*22

4. 倉敷(岡山県倉敷市)|民藝運動からはじまった町家・生活文化の継承

岡山県倉敷市の倉敷川畔は、江戸時代中期の元禄時代に、幕府が直接支配していた天領地として栄えた商業の町です。倉敷川沿いには、江戸時代後半以降の建物を中心とする本瓦葺きの町家や土蔵造りの蔵が残り、白壁やなまこ壁、倉敷格子などが特徴的な町並みをかたちづくっています。

白い網目模様になった壁の建物

倉敷・美観地区にある日本郷土玩具館のなまこ壁(白い網目模様の部分)。継ぎ目に漆喰をかまぼこ型に盛り上げて塗る工法で、その盛り上がった形がなまこに似ていることから名づけられた(画像提供:倉敷市観光情報発信協議会)

倉敷の町並み保存運動を語るうえで、民藝運動の存在は欠かせません。民藝運動とは、名もなき職人の手から生み出された日用品に美しさを見出そうとした生活文化運動のこと*23

もともと民藝運動が盛んだった倉敷では、倉敷民藝館を設立した実業家の大原總一郎氏や、倉敷における民藝運動の中心人物のひとりだった染織家・外村吉之介氏が町並み保存の必要性を説き、地域住民の心を動かしていきました*24

こうして1968年、倉敷市は、金沢市とともに日本で最初の町並み保存条例を制定し、町並み保存に乗り出しました*25。条例の名称は、倉敷市伝統美観保存条例。保存地区は「美観地区」と呼ばれ、大勢の観光客が訪れるようになりました。

そのようななかで、「住民の暮らしが息づく町を守りたい」と、NPO倉敷町家トラストや重伝建地区を守り育てる会が活動を続けています。これらの団体は、重伝建地区の指定エリアにとどまらず、周辺の町家や生活文化も含めた「都市景観の未来」を見据えた取り組みを展開しています。

<町並み保存のポイント>

  • 倉敷川畔の町家や土蔵、柳並木、鶴形山の緑などが一体となり、歴史的景観をかたちづくっている
  • 重伝建地区に加え、市独自の景観条例*25などを活用し、住民とともに町並みの保全を進めている
  • 町家の再生・利活用に取り組むNPOの活動を通じて、重伝建地区周辺も含めた生活文化と景観が受け継がれている*26

5. 京都(京都府京都市)|古都保存から京町家の継承へ広がる歴史的景観づくり

京都府京都市は、平安京以来の都市構造を受け継ぎながら、社寺、京町家、路地、石畳の道などが重なり合う歴史都市です。信仰、商い、暮らしが長い時間をかけて積み重なり、地域ごとに異なる表情を持つ町並みが残されています。

石畳の道の両脇に建ち並ぶ古い家、奥に五重塔

京都の八坂通り(画像提供:©京都市メディア支援センター)

京都で歴史的景観を守る動きが広がった背景には、高度経済成長期に伴う開発の波がありました。1960年頃には、市西部の双ヶ岡(ならびがおか)を巡る開発計画を受けて、市民や文化人の間で歴史的風土を守る機運が高まります。こうした京都での動きは、奈良市や鎌倉市での市民運動とも連動し、のちの古都保存法制定につながるきっかけのひとつとなりました*27。さらに、1964年の京都タワー論争を契機に、1972年には日本初の市街地景観条例が制定され、重伝建地区の祇園橋などを保全する制度が設けられました*28

京都市には4か所の重伝建地区があり、古い町並みは広い範囲にわたって残されていますが、その主たる構成要素である「京町家」の保存は喫緊の課題です。現在、市内に残る京町家は約3万軒ですが、1日2軒以上というペースで減少が続いており、早急な対策が求められています*29

京都市では、現代の建築基準をそのまま適用すると京町家の取り壊しにつながりやすいことから、京都独自の特例ルールを設けています。また、「京都市京町家の保全及び継承に関する条例」を制定するなどして、所有者や使用者、事業者、市民活動団体、市民、行政など、多様な主体が連携して京町家の保全・継承に取り組む仕組みを整えています*29

<町並み保存のポイント>

  • 京町家の減少を受け、解体に係る事前届出制度などを含む条例を制定するなど、保全・継承の仕組みづくりを進めている
  • 行政だけでなく、京町家の保存再生にかかわる市民団体・専門組織が複数存在し*6、多様な主体が町並み保存を支えている

6. 足助(愛知県豊田市)|過疎化を背景に住民主導で守ってきた「塩の道」の宿場町

愛知県豊田市の足助(あすけ)は、尾張・三河と信州を結ぶ伊那街道(通称:中馬街道)の重要な中継地として栄えた商家町です。三河湾で採れた塩や海産物を信州や美濃方面へ運び、帰りには山の産物を持ち帰る交易の拠点として発展しました*30 *31

足助の町並みは、戦国時代に原型が形成され、江戸時代初期には現在につながる町割りができあがったとされています。現在も、防火のため漆喰で軒先まで塗り固めた塗籠造り(ぬりごめづくり)の町家が約2キロメートルにわたって建ち並び、江戸後期から明治末期の面影を伝えています*30

川沿いに並ぶ古い町並み

足助田町川側の町並み(画像提供:豊田市 足助観光協会)

足助の町並み保存の背景にあるのは、人口流出による過疎化でした。愛知県豊田市の自動車産業の隆盛により、足助は1970年に過疎地域に認定され、まちづくりの一環として町並み保存に取り組みはじめました。1973年には「保全を開発と信じるまち」という町民憲章を策定し、1975年には「足助の町並みを守る会」を発足*32

その後も、伝統的な建築物以外の外観にも歴史的な意匠を採用したり、「足助らしさをつくる」景観ガイドラインや、「足助のまちづくり」景観カタログをはじめとした啓蒙活動を行ったりと、住民主導の自主的な取り組みへと広がっていきます*32。こうした地道な取り組みが実を結び、2011年には、愛知県ではじめて国の重伝建地区に選定*33されました。

住民主体で町並み保存に取り組んできた歴史は、『中馬のおひなさん*34』や『たんころりんの夕涼み*35」などのイベントにも活かされており、住民主体の取り組みを通じて、宿場町としての歴史が地域づくりや観光に結び付いています*36

*34 中馬のおひなさん:足助地区の中馬街道沿いの民家や商店の玄関先や店内に、数千体のひな人形や土人形が華やかに飾られる春のイベント

*35 たんころりんの夕涼み:毎年8月の夜に、たんころりんと呼ばれる竹かごと和紙でつくった円筒形の行灯を、古い町並みの街道沿いに並べるイベント

<町並み保存のポイント>

  • 1970年代から町並み保存に取り組む担い手が生まれ、早くから地域ぐるみの保存活動が進められてきた*6
  • 中馬街道の宿場町としての歴史を、町並み散策や地域イベントに活かし、観光・地域づくりにつなげている
  • 住民主導のイベントや観光協会による発信など、保存活動の担い手が時代に応じて広がっている

7. 大内宿(福島県下郷町)|「茅葺き」が街の誇り。観光資源から地域のアイデンティティへ昇華した宿場町

福島県下郷町の大内宿は、江戸時代に会津若松と下野今市を結ぶ下野街道の宿場町として栄えた地域です。同時に、高地で農業を営む「半宿半農」の集落でもありました*37 *38

1981年には、街道宿場としての形態を色濃く残す町並みとして、国の重伝建地区に選定されました*37。現在も、約500メートルの街道沿いに茅葺き屋根の民家が建ち並び、江戸時代の宿場町の面影を感じられる場所として知られています。

道の両脇に茅葺きの家が並んでいる

約40軒の茅葺き屋根の民家が街道沿いに並ぶ貴重な宿場町(画像提供:大内宿観光協会)

大内宿の町並み保存は、相沢韶男(つぐお)氏などによる保存運動が1969年に朝日新聞全国版に掲載されたことに端を発しています。報道を受け、大内宿には連日、マスコミや観光客、研究者が訪れましたが、保存に関する批判的な意見も数多く寄せられたこともあり、住民の賛同がなかなか得られない状況が続きました*39

しかし、福島県側から大内宿がある下郷町の町議員や地域住民への地道なアプローチの末、国の重伝建地区への申請・選定へとつながっていきます。

こうして守られてきた大内宿の景観は、地域の人々による保存活動によって支えられています。約400年の歴史を持つ宿場町に残る茅葺き屋根は、専門技術を持つ「茅手(かやて)」と呼ばれる職人を中心に、地域の人々が協力して葺き替えてきました。

その結果、大内宿は江戸時代の宿場町の面影をいまに伝えるだけでなく、住民の暮らしや茅葺きの技術を受け継ぐ場としても守られてきました。観光資源として多くの人を惹きつけながら、地域の歴史と生活文化を次世代へつなぐ事例といえるでしょう。

人が数名茅葺きの屋根に上り茅を替えている様子

地域住民が協力し、ススキを使った伝統的な手法で屋根の葺き替えを行う(画像提供:大内宿観光協会)

<町並み保存のポイント>

  • 宿場町の歴史を観光資源として活かしながら、民家や集落としての生活文化も受け継いでいる
  • 茅葺き屋根の葺き替えを、専門職人と地域の人々が協力して行い、宿場町の景観を次世代へ継承している
  • 「半宿半農」の歴史や茅葺き技術を含め、町並みを一過性の観光資源ではなく、地域の暮らしと文化の継承としてとらえている

8. 妻籠宿(長野県南木曽町)|「売らない・貸さない・こわさない」で守る保存運動の原点

長野県南木曽町の妻籠宿(つまごじゅく)は、中山道の木曽十一宿のひとつで、江戸から42番目の宿場として整備された山あいの宿場町です。

明治以降、鉄道や道路の整備によって宿場としての役割は徐々に薄れていきましたが、江戸時代の面影を残す町並みの価値が見直され、全国に先駆けて町並み保存運動がはじまりました。1976年には、国の重伝建地区に選定され、現在も自然や街道とともに、山深い木曽谷の宿場景観が守られています*40

道の両脇に、古い木造の建物が並んでいる

生活感あふれる木造家屋や旅籠が当時の姿で保存されている妻籠宿(画像提供:一般社団法人 南木曽町観光協会)

妻籠宿の保存を象徴するのが、住民による「売らない・貸さない・こわさない」という三原則です。地元住民を中心とする「妻籠を愛する会」は、生活を続けながら江戸時代の町並みを後世に伝えることをめざしてきました*40。観光地でありながら、町並みを地域共有の財産として守り続けている点が、妻籠宿の大きな特徴です。

<町並み保存のポイント>

  • 全国に先駆けて町並み保存運動がはじまり、歴史的町並み保存の先駆けとなった
  • 住民による「売らない・貸さない・こわさない」の三原則のもと、生活を続けながら町並みを守ってきた
  • 観光地として活用しながらも、町並みを地域共有の財産としてとらえ、自然や街道を含めた宿場景観を継承している

【監修者コメント】町並み保存を成功させるためのポイント

福川裕一さんのポートレート

福川

町並み保存おいて最も重要なのは、「何を、なぜ、どのように保存するのか」を絶えず問い直すことです。住民や関係者が、この点について話し合い、文書にまとめて共有したうえで、町並みをマネジメントしていくことが基本となります。

その際、単なる規制(コントロール)だけでなく、空き地や空き家を修復して活用する、コミュニティに根差した「まちづくり会社(デベロッパー)」を活動のもうひとつの柱に据えるとよいでしょう。

必要となる費用には、国や自治体の支援制度を活用しましょう。さらに、古いものを保存するだけでなく、現代の建築基準法(耐震・防火)をクリアしながら、伝統構法で「新しい町家」をつくっていく視点も欠かせません。そこで維持される職人の技術こそが、巡り巡って古い建物を守り、次世代へ活かしていく力になるからです。

町並み保存における課題

歴史的な町並みを保存することはさまざまな恩恵をもたらしますが、いくつかの課題もあります。

  • オーバーツーリズム
    観光地化が進むことで、混雑や交通渋滞、ごみのポイ捨て、騒音などが発生し、住民の暮らしに影響を及ぼすことがあります。また、観光客向けの店舗が増える一方で、地域住民の生活を支える店舗が減少すれば、町並みは残っていても「暮らしの場」としての機能が弱まってしまいます*41
  • 所有者の高齢化・後継者不足による古い建物の空き家化
    古い建物は、老朽化に伴う改修費用の負担が大きく、住み手や活用方法が見つからないまま放置されるケースも少なくありません。保存したくても「持ち続けられない」状況に陥り、建物の解体が進むことで、町並みの連続性が失われることも課題です*41
  • 防災・耐震対策
    木造建築が密集する地域では、防災・耐震対策も欠かせません。歴史的な外観や町並みの連続性を守りながら、建物の修理・活用、防火対策、避難経路の確保などを進めることが求められます*5

まとめ

古い町並みは、地域の歴史や文化、そこで暮らしてきた人々の営みをいまに伝える大切な資源です。建物を単体で残すだけでなく、通りや景観、祭り、産業、暮らしとともに受け継いでいくことで、その地域ならではの魅力が育まれていきます。

一方で、オーバーツーリズムや空き家化、防災・耐震対策など、保存と活用を両立するうえで向き合うべき課題も少なくありません。

大切なのは、古い町並みを「過去の遺産」として守るだけでなく、これからの地域づくりに活かしていく視点です。住民、行政、事業者、専門家など多様な主体が連携しながら、地域に合った保存と活用のかたちを考えていくことが、持続可能なまちづくりの一歩になるでしょう。

*1 文化庁「伝統的建造物群保存地区

*2 文化庁「『重要伝統的建造物群保存地区一覧』と『各地区の保存・活用の取組み』

*4 高山市「観光入込客数

*6 特定非営利活動法人 全国町並み保存連盟「第47回全国町並みゼミ東京大会報告書」

*7 高山市「伝統的建造物群保存地区」、飛騨高山観光ガイド「飛騨高山 古い町並

*8 高山市「高山市三町伝統的建造物群保存地区

*9 高山市「防災まちづくり(3)

*10 岐阜の旅ガイド「飛騨高山 古い町並(下町通り)

*11 高山市「市街地景観保存区域建造物修景事業補助金

*12 竹原市「町並み保存地区」、ひろしま竹原観光ナビ「たけはら町並み保存地区

*13 文化遺産オンライン「竹原市竹原地区

*14 竹原市教育委員会「たけはら町並み温故知新

*15 ひろしま竹原観光ナビ「VMG CAFE」、「NIPPONIA HOTEL 竹原 製塩町

*16 ひろしま竹原観光ナビ「アニメ「たまゆら」の聖地

*17 川越市「蔵造りの町並み」、川越一番商店街「川越一番商店街

*18 国土交通省「平成15年度 国土交通白書 第I部 活き活きとした地域づくりと企業活動に向けた多彩な取組みと国土交通施策の展開」、川越市教育委員会「川越 ― 伝統を活かしたまちづくりと地域再生

*19 国土交通省「地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律(歴史まちづくり法)

*21 川越市「都市景観推進団体(川越町並み委員会)

*22 ユネスコ無形文化遺産 国指定重要無形民俗文化財「ユネスコ無形文化遺産

*23 日本民藝協会「民藝とは何か

*24 倉敷とことこ「倉敷川畔伝統的建造物群保存地区

*25 倉敷市「美観地区について

*26 NPO法人 倉敷町家トラスト「組織概要

*27 京都市情報館「歴史的風土(古都)の保存

*28 京都市「第2章 京都の景観・まちづくり史

*29 京都市京町家の総合情報サイト「1.京町家を保全・継承するために

*30 重要伝統的建造物群保存地区足助「保存地区の概要

*31 豊田市足助観光協会「重伝建の町並みを歩く

*32 日本建築学会大会学術講演梗概集「まちづくりの経緯をふまえた町並み/景観/観光の今後:足助における『まちなか観光』1

*33 豊田市「豊田市足助伝統的建造物群保存地区にかかる制度について

*36 愛知県の公式観光ガイドAichi Now「中馬のおひなさん in 足助

*37 会津下郷町「下郷町大内宿伝統的建造物群保存地区

*38 文化遺産オンライン「下郷町大内宿」、観光庁「大内宿 / 茅葺屋根の街並み、大内宿町並み展示館、半夏まつり、雪まつり

*39 歴史地理学会「歴史的町並み保存地区における住民意識

*40 妻籠宿「町並みの保存について

*41 大阪市立大学大学院創造都市研究科 岩井正「伝建地区(伝統的建造物群保存地区)の現状と課題

この記事の内容は2026年7月14日掲載時のものです。

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Credits

執筆
佐々木ののか
編集
篠崎奈津子(CINRA, Inc.)

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