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在来種が未来の地域資源に。人と地域が交差する直売所、雲仙・タネトの挑戦

  • 公開日
長崎県雲仙市のオーガニック直売所「タネト」店主・奥津爾さん

私たちが普段口にする野菜の多くは、収穫量や形が安定するよう品種改良されたものです。一方、その土地の気候風土に適応し、農家の自家採種などによって受け継がれてきた在来種は、効率化が進む農業のなかで姿を消しつつあります。

そんな伝統野菜の価値を「未来の地域資源」として活かそうと奮闘しているのが、長崎県雲仙市千々石町のオーガニック直売所「タネト」です。店主は、一人の農家との出会いから東京より移住した奥津爾(おくつ ちかし)さん。直売所から半径約20キロメートル圏内という、ごく限られた範囲の在来種やオーガニック野菜などを扱うこの小さな直売所は、食文化の拠点であり、地域の人にとっての井戸端となっています。

なぜ一軒の直売所が、人を引き寄せる拠点になったのか。在来種を入り口に生まれた新たな出会いや活動が、雲仙にもたらした変化とは? 奥津さんにお話をうかがいました。

火山と海が隣り合う「半島」が育んだ在来種

「タネト」のある長崎県雲仙市は、活火山群・雲仙岳がそびえる島原半島に位置します。火山がもたらす肥沃(ひよく)な土壌と標高差、火山灰層を通って湧き出る清らかな地下水、そして海から吹き上げる潮風。火山と海の恵みが同時に息づく希少な自然環境が、この土地に多彩な農作物を育んできました。

雲仙市のそばには水面が穏やかな橘湾(たちばなわん)がある

小さな池と「水神」と書かれた石碑

雲仙は水源が豊富で、水神の石碑とともに湧水スポットがあったり、それを用いた水汲(く)み場が設置されたりしている

小浜(おばま)温泉をはじめとする温泉にも恵まれ、その蒸気を利用した「蒸し釜料理」など、この土地ならではの食文化も受け継がれています。

「雲仙の農家たちは昔から、海藻や煮干しなど海の恵みを畑に混ぜ込みながら野菜を育ててきました。だから野菜にはミネラルが豊富で、重層的な味がするんですよ」と奥津さん。

ここ雲仙市には、多くの在来種の野菜が受け継がれ、守り育てられてきています。在来種とは、その土地の風土や気候に適応し、地域で古くから栽培され、農家の自家採種によって受け継がれてきた作物のこと。

そんな在来種が雲仙市で多く生き延びている理由のひとつは、この地が「半分開いて半分閉じている」半島だったからだそう。ゆるやかな人の往来はありつつも、ほどよく閉鎖的な場所だからこそ、伝統的な在来種や食文化が残されているのです。

笑顔の岩崎さんと奥津さん

(右)奥津 爾さん。オーガニック直売所「タネト」店主 / (左)岩崎政利(いわさき まさとし)さん(撮影:ESqUISSE料理長 山本結以さん / 写真提供:奥津爾さん)

一人の「種採り農家」の畑に魅せられ、東京から雲仙へ

もともとは東京で料理教室と飲食店を営み、活動の幅を広げていった奥津さん。しかしその一方で、オーガニックな食のあり方を伝える仕事をしながら、自らは土から離れた都会で暮らしていることへの違和感が、少しずつ大きくなっていったといいます。

「もっと土に近い場所で、活動を見つめ直したい」。そう考えた奥津さんは全国約30か所を巡り、本気で移住先を探しはじめます。そのさなかの2013年、人生を変える出会いが訪れました。奥津さんと八百屋である「warmerwarmer」店主・高橋一也さんが企画したファーマーズマーケット「種市」。在来種の野菜に焦点を当てた、当時としては珍しいこのイベントに招いたのが、岩崎政利さんでした。

笑顔で畑にしゃがみ込んでいる岩崎さん

岩崎政利さん。雲仙市で農業を営み、野菜の自家採種を行っている。著書に『種をあやす──在来種野菜と暮らした40年のことば』(亜紀書房)などがある(写真提供:奥津爾さん)

雲仙市で「種の自然農園」を営む岩崎さんは、40年以上にわたり農薬や化学肥料を使わず、80種類もの伝統的な在来種の野菜を育てて、自ら種を採る「種採り農家」のパイオニアです。岩崎さんのことを、奥津さんはこう語ります。

奥津

在来種やその種の大切さは、頭では理解していたつもりでした。でも岩崎さんと出会って、その大切さがはじめて切実なものとして迫ってきたんです。なによりも、岩崎さんの佇まいや言葉、生き方そのものに強く惹かれました。

並べられたにんじん

タネトに並ぶ在来種の野菜たち

小分けにされた玉ねぎ

その数か月後、親戚の結婚式で長崎県を訪れた奥津さんは、家族とともに、雲仙にある岩崎さんの畑を訪ねます。そこで目にしたのは、畑一面に在来種野菜「黒田五寸人参」の花が咲き、ミツバチが飛び交う美しい畑の姿。

岩崎さんの黒田五寸人参の花。この花と出会い奥津さんは雲仙への移住を決めたという(写真提供:奥津爾さん)

奥津

いろんな畑を見てきましたが、あんなに感動したのははじめて。その瞬間「ここに移住しよう」と決めました。移住って、恋愛や結婚と同じだと思うんですよ。好きになるときに年収や学歴なんて気にならないじゃないですか。もちろん、あとからいろいろ分析はしましたが、最初は理屈じゃありませんでしたね。

まるで恋に落ちるようにその畑に魅せられた奥津さんは、「岩崎さんの畑から車で30分圏内」という自らが決めたただひとつの条件をもとに、空き家や不動産を巡り、島原半島の西部にある雲仙市の温泉地・小浜に家族で移住しました。

小浜では米づくりも盛んに行われており、タネトでは地元産のお米の販売や、米袋から手づくりしたバッグを店内で使う買い物かごとして活用している

「岩崎さんの野菜が地元で買えない」。直売所「タネト」開業に至るまで

雲仙で暮らしはじめた奥津さんが驚いたのは、岩崎さんのつくる野菜が地元では買えないこと。

奥津

いい食材は都市部へ送られて、地域には残らない。その構造は雲仙でも同じでした。せっかく産地に住んでいるのに、その土地ならではの食材を地元の人が買えない。それを残念に感じたんです。

また、雲仙には岩崎さんだけでなく、在来種やオーガニックの作物を育てる小規模農家が数多くいることもわかりました。そうした野菜を地域の人たちが日常的に買える場所があればいいのに――。そんな想いを抱いていた頃、奥津さんに、地元の農産物直売所を新たなかたちで運営してみないかという話が舞い込みます。

奥津

最初は、誰かがやってくれたらいいなと思って、八百屋や流通に携わる人たちへ声をかけました。でも「こんな場所でオーガニック直売所は成り立たない」と、誰も引き受けてくれなかったんです。不思議なもので、簡単ではないからこそ「それだけやる価値がある」と思えてきた。なにより、自分自身がそういった直売所が本当に欲しかったんです。だったら、自分でやるしかないなって。

開業に向けて地元の生産者に声をかけてまわり、多くの関係者と何度も話し合いを重ねました。一人ひとりと向き合い、自らがめざす直売所のあり方を丁寧に伝えながら、少しずつ理解者と協力者を増やしていきます。

そして移住から約6年後の2019年11月、オーガニック直売所「タネト」をオープンしたのでした。

タネトの店内に掲げられた看板。「オーガニックで雑多で井戸端のような直売所」とある

野菜や在来種を真ん中に置く場づくり。「地域の井戸端」という発想

「タネト」を訪れると、まず目を引くのが、店の中央に並べられた野菜たち。そのまわりには、地域でつくられた調味料や加工品、地元の作家による器や古本などが並んでいます。それらに共通するのは、「便利さや効率化のなかで行き場を失いかけたものに光を当てたい」という奥津さんの想いです。

タネトの店内。真ん中に野菜がずらりと並び、自然とお客さん同士の会話が生まれる

古本の販売スペース

食器も販売している

珍しい野菜を前に、訪れたお客さんが、「これはどうやって食べるの?」「はじめて見る野菜ですね」と自然に言葉を交わします。奥津さんが調理法を教え、お客さん同士でおすすめの食べ方を教え合うこともしばしば。地元の買い物客はもちろん、農家や料理人、ときには旅人までもが野菜を囲み、会話の輪が広がります。その光景はまさに「タネト」のコンセプト「地域の井戸端」そのもの。

奥津

いろんな人が混ざり合う、その感覚がいいと思うんですよね。井戸端って、水という価値あるものが湧き出る井戸があるから人が集まるじゃないですか。僕にとってその水は野菜。そして井戸を気持ちよく保つ管理人が、僕なんです。

地域に井戸端をつくるには、ハードを用意するだけでは足りないんです。真ん中に何かが湧いていないと成り立たない。フェアで気持ちのいい状態を整えながら、真ん中には野菜という水が常に湧いている。人を集めているのは僕ではなく野菜なので、話したい人は話せばいいし、目的が達成されたら帰ってもいい。

在来種の種も販売

取材当日も、「タネト」の井戸端にはたくさんの人が集まっていました。そのなかのひとりが、小浜温泉にある日本料理店「彩雲」の店主・宮下裕之さんです。

タネトをきっかけに雲仙の野菜に魅了されたという宮下さん。「タネトは小浜という土地を間違いなくよい方向へ変えていると思いますよ」と語る

東京で17年、自身の店を営んできた宮下さんは、旅行で訪れた島原半島で、雲の一部が虹色に色づく「彩雲」を人生ではじめて目にし、その体験に導かれるように夫婦で雲仙へ移住。翌年の2022年、橘湾を望む絶景の地に、オーガニック野菜と天然の地魚でもてなす日本料理店「彩雲」をオープンしました。そんな宮下さんは、雲仙へ来て野菜との向き合い方が180度変わったといいます。

宮下

東京でも、各地のオーガニック野菜を使っていました。その頃は、届いた野菜を見て「どう活かそうか」と考えていたんです。でも「タネト」で雲仙の野菜と向き合うようになって、その関係が逆転しました。自分が野菜を活かしているんじゃない。野菜のほうから、「こう切った方がいい」「こう料理した方がいい」と、料理のあり方を教えてくれるようになったんです。

野菜の声が聞こえるというと大げさかもしれませんが、野菜ごとの個性を丁寧に観察して、その特性に沿って調理すると、味がぴたりとはまるんです。

お話しする宮下さんと奥津さん

店内で野菜の処理が行われていた

宮下さんのように、「タネト」をきっかけに雲仙の野菜に魅了される料理人は少なくありません。そんな出会いを数多く見届けてきた奥津さんは、最終的には農家と料理人が「タネト」を介さず、直接やり取りする関係になることが理想だと話します。

箱に盛られた八朔

規格外の果物が、「タネト」をきっかけに東京の人気菓子店で活用されるようになった例も。タネトは人と食をつなぐ交差点になっている

交わることのない人たちが出会う「橋」をかけたい

そんな奥津さんが、「タネト」の運営と同じくらい力を注いでいるのが、種や食文化をテーマにした展示やイベントです。飲食店やパン屋、菓子店など分野を問わず、全国の人気店や生産者が集まる『タネトの日曜市』や、農業やデザインの価値を問い直す『種を蒔くデザイン展』など、その企画は多岐にわたります。

マイクを持ってトークする奥津さんと、ゲストの男女2名

種と農、風土と食をテーマにした大型のデザイン・トーク展『種を蒔くデザイン展 二〇二四』。在来種の種や野菜の展示、生産者やデザイナー、料理人によるトークなどを通して、種をめぐる文化を多角的に紹介した(写真提供:奥津爾さん)

奥津さんがめざしているのは、普段なら交わることのない人たちが出会う「接続面」をつくること。

奥津

だからこそイベントの座組にはこだわります。会ったことがない人同士や、一見すると相反するような人を組み合わせることで、お互いの世界が広がって、その後も関係性が続いていく。それが一番うれしいことですね。

たとえば料理人の方って、意外と交流が狭くなりがちなところもある気がしていて。うちを通して世界を広げてもらいたいという想いがあるので、ミシュランガイドで星を獲得したような店と、地元の人に愛されている町のお店をあえて組み合わせたりするんです。

出荷農家と談笑する奥津さん

実際に、『タネトの日曜市』で味わった料理のおいしさに惹かれ、その料理を目当てに別の地域まで足を運んだイベント参加者もいるそう。また、農家と料理人がつながることで、それまで活用先のなかった規格外の野菜や果物が料理として提供されるなど、新たな循環も生まれています。「タネト」やイベントでの出会いが、人と土地をつなぐ新たなきっかけになっているのです。

また、小浜温泉にある温泉宿「蒸気家」では、「タネト」で購入した野菜を宿へ持ち込み、「蒸し釜料理」を楽しむ過ごし方も定着しつつあるとか。一軒の直売所を起点に、人の流れが地域全体へと広がりはじめているのです。

奥津

僕は、店とか企画って、「橋」じゃなきゃいけないと思うんですよね。異質な世界と世界をつなぐ橋。良い橋だったら自然と人は渡ってくるし、それがまた別の誰かにつながっていく。そんな橋を、できるだけたくさんつくりたいと思うんです。「タネト」自体も橋なんですよね。僕らは0から1を生み出しているわけじゃない。この野菜たちと皆さんをつなぐ橋なんです。

こうした活動の根底にあるのが、奥津さんの「在来種」へのまなざしです。

奥津

在来種って、30年くらい自家採種を続けて、ようやくその土地の野菜といえるようになるんです。育った野菜から種を採り、ふたたび育てて種を採る。それを何十年、何百年と繰り返すことで、土地の風土に合った野菜になっていく。種を採るたびに1年分の風土が刻まれるとして、30年続ければ30年分がDNAに刻まれる。在来種の野菜を食べるということは、30年分の風土を食べることと同じなんです。

その体験を奥津さんは、ワインなどの世界で語られる「テロワール(育つ場所が持つ自然環境や風土のすべてが味わいや個性に影響を与えるという概念)」に重ねます。

奥津

現代の農業では、野菜の種のほとんどが海外産で、化学肥料や農薬の多くが海外由来のものです。そう考えると、野菜において、土地の風土や歴史を最も色濃く映し出しているテロワールって、僕は在来種だと思うんですよ。

箱に積まれたかぼちゃ

しかし、その在来種の多くがいま、存在すら知られないまま静かに姿を消しつつあります。在来種は形や大きさが揃いづらく収量も安定しないため、規格化された流通には乗りにくく、生産効率の高い品種へと切り替わるなかで年々つくり手が減っています。さらに、多くの在来種は特定の農家が自家採種によって守り継いでいるため、種を受け継ぐ人がいなければ、その土地から姿を消してしまうのです。奥津さんは、その状況に強い危機感を抱いています。

奥津

岩崎さんが農業をやめて、種を受け継ぐ人がいなければ、そこで途絶えてしまう野菜もあります。あとになって「残しておけばよかった」「もう一度食べたい」と思っても、種は一度失われたら、二度ともとには戻せないんです。

多様性のあるものが一定数、世の中に流通していること。奥津さんは、在来種を守ることこそが、日本の地域文化を守ることにつながると力を込めます。

在来種は「生きた文化遺産」。地域が旅の「目的地」になる未来へ

日本には現在も、各地に数多くの在来種が残されているといわれます。これほど多くの在来種が受け継がれている国は、世界でも珍しいと奥津さんはいいます。

奥津

「ファーム・トゥ・テーブル(生産者と食卓を近づける考え方)」を世界に広めたカリフォルニアのレストラン「シェ・パニース」の創業者アリス・ウォーターズは、半径100マイル、およそ160キロメートル圏内の食材を使用するという考え方を提唱しました。

一方、「タネト」は直売所から半径20キロメートル圏内の在来種やオーガニック野菜だけで店が成り立っている。それだけ、身近な場所にさまざまな種の畑があって、生産者やお店との距離が近いということなんです。日本は、小さなエリアの食材だけで独自の食文化を成立させられる、マイクロなガストロノミーが展開できる特別な国だと思っています

雲仙の美しい土地やそこで育てられた作物はすでに高く評価され、多くの料理人が雲仙の在来種や食文化を学ぶために、この地を訪れはじめています。2025年8月には、国内外の料理人が「新しい郷土料理」を披露し合うイベント『郷土料理の日 雲仙』も開催されました。

料理をしている男性の料理人3名

2025年8月に雲仙で行われた『郷土料理の日 雲仙』。国内外で活躍する料理人たちが、それぞれの感性で「新しい郷土料理」を表現する料理交流会。デンマーク・コペンハーゲンの世界的レストラン「ノーマ」でヘッドR&Dシェフを務めていた髙橋惇一さんをはじめ、九州各地から15人の料理人が参加した。イベントで発表された15人の料理人による「新しい郷土料理」は、『郷土料理の日 雲仙』と題した冊子にまとまっている(撮影:繁延あづささん / 写真提供:奥津爾さん)

奥津

日本には、雲仙以外にも豊かな食文化が残っている地域がたくさんあります。どんな郷土料理も、その土地で長く育てられてきた作物があってはじめて生まれたものですよね。だから、地域の食文化と在来種は切り離せないと思っていて。在来種は生きた文化遺産だし、生きた郷土史なんです。それが日本には、世界でも突出して残っている。無理に観光資源をつくり出さなくても、そこに在来種があって、その魅力を表現できる料理人がいる。それだけで、その土地ならではの価値になるんです。

「オーガニック直売所 タネト」と書かれた看板

奥津

在来種を起点にした郷土料理で世界中から人を呼び込むことも、日本が本気になれば決して不可能ではないと思うんです。食には、それくらいとてつもないことができる力がある。しかも、それができるのは一部の大都市じゃない。日本のあらゆる地域、毛細血管の先の先にこそ、本当に豊穣な食文化がある。本質的な食を求める世界中の料理人や美食家が、日本の小さな地域を旅の目的地として選ぶようになる。そんな未来が、きっと来ると思っています。僕は、その可能性をまず雲仙で証明したいんです。

こうした奥津さんの構想を、雲仙だけでなく全国へ広げ、社会実装する試みが、いままさに動き出そうとしている「種を蒔くクロニクル」。地域に残る在来種や郷土料理、生産者の営みを未来へつなぐため、各地の自治体や企業、地域のプレイヤーと連携しながら、新たな拠点づくりや交流の機会を生み出すプロジェクトです。

奥津

このプロジェクトでは、全国各地で「タネト」のような拠点づくりを進めながら、在来種や郷土料理を未来へつないでいきます。その土地ならではの食文化を記録し、各地のプレイヤー同士をつなぐことで、日本各地にゆるやかな食のネットワークを築いていく。そういった一連の取り組みが全国に広がって、日本各地に世界中の人が訪れるようになったら面白いですよね。

かぼちゃを持ってお話する奥津さん

生産者が受け継いできた在来種や食文化に人が出会い、その価値が新たな営みや交流を生む。そして、地域に誇りが育ち、経済が循環していくこと。生産者が自らの仕事に誇りを持ち、その営みを未来へつないでいく仕組みをつくること──。それこそが、奥津さんが挑み続けているテーマです。

岩崎さんという一人の種採り農家の畑から芽吹いた小さな種は、「タネト」という新たな場を生み、そこから旅立った種が、日本各地へ散らばって、新たな芽を出そうとしています。その小さな変化は、もうすでにはじまっています。

この記事の内容は2026年9月17日掲載時のものです。

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Credits

取材・執筆
いわくまみちこ(マイアミ企画)
写真
志鎌康平
編集
服部桃子(CINRA, Inc.)

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