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プログラミング言語・Rubyが街の旗印に。技術への寛容さが、人を惹きつける理由
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プログラミング言語を、街の旗印に——。
そんなユニークな取り組みを20年続けてきた街が、島根県松江市です。松江市は2006年から、プログラミング言語「Ruby」を軸にした産業振興「Ruby City MATSUEプロジェクト」を推進してきました。
当初は地域資源でも観光資源でもなかったプログラミング言語が、どのように街の日常に溶け込んだのでしょうか。
今回は松江市長の上定昭仁さん、Ruby開発者のまつもとゆきひろさん、そしてプロジェクトを担当する松江市職員のお二人にインタビュー。プロジェクトがはじまった経緯から、これまでの歩み、さらには街に生まれたよい循環についてうかがいました。
なぜ行政がプログラミング言語を応援? プロジェクトがはじまったきっかけ
「街の旗印」となったプログラミング言語・Ruby。プロジェクトは、いまから20年前、松江市役所の一室から静かに動き出しました。
プログラミング言語Rubyの公式Webサイト
【プログラミング言語・Rubyとは】
まつもとゆきひろさんが開発し、1995年に一般公開されて以降、世界中で使用されているプログラミング言語。シンプルで自然にプログラムを書くことができる柔軟性の高さが特徴。設計図にあたるソースコードが公開され、誰でも無償で利用・改良できる「オープンソースソフトウェア」の代表例のひとつ。現在も世界中の開発者によって育てられながら、数多くのWebサービスの開発などに使われている。
【Ruby City MATSUEプロジェクトとは】
松江市が2006年にはじめた、プログラミング言語Rubyを軸としたIT産業振興まちづくりの取り組み。「企業誘致」「人材育成」「コミュニティ支援」を柱に、島根県や地元企業、教育機関と連携しながら20年間続いている。
─まずは、2006年にプロジェクトがはじまった背景を教えてください。
上定市長
2005年の国勢調査で、松江市の人口ははじめて減少に転じ、特に若い世代の市外流出が大きな課題となっていました。一方、当時はパソコンやインターネットが普及しはじめた時期でもあり、松江市として、将来有望なソフトウェア産業を育成できないかという問題意識を持っていました。
そうしたなか、当時の産業振興担当課長が、松江市在住のRuby開発者・まつもとゆきひろさんに関する雑誌の記事を見つけ、Rubyをソフトウェア産業の起点にできないかと仮説を立て、まつもとさんを訪ねたことが、すべてのはじまりでした。汎用性が高くスタートアップに人気の高いRubyに着眼し、人口減少に直面する松江市に新しい産業を掘り起こすアイデアを発想し体現した担当者の功労には頭が下がります。
取材を受けるまつもとゆきひろさん(写真左)
プログラミング言語「Ruby」の開発者。1997年に島根県松江市へ移住し、現在は一般財団法人Rubyアソシエーション理事長を務める。松江市名誉市民
上定昭仁市長(写真右)
松江市長。日本政策投資銀行で国内外の要職を歴任したのち、2021年4月に就任。2025年4月に再選し、現在2期目となる
─まつもとさんは、松江市からの申し出をどう受け止めたのでしょうか?
まつもと
会社で普通に仕事をしていたら、市役所の方がいらっしゃって、「松江市としてRubyを応援したいんです」と、いきなり言われたんです。最初は、なんと答えていいかわかりませんでした(笑)。
そもそもRubyはオープンソースソフトウェア(以下、OSS。ソースコードが公開されていて、誰でも無償で利用・改良できるソフトウェア)なので、売り物ではありません。利用者が増えても、それ自体で利益が出るものではないんです。
それに、私自身は松江に住んでいますが、Rubyは私ひとりでつくっているわけではなく、アメリカやヨーロッパなど世界中の開発者が協力して育てているものです。だから「これが松江市の地域振興につながる」と言われても、正直なところ最初は「どういうことなんだろう」と半信半疑でした。
結局、当時の市長さんや職員の方の熱意に押されてお引き受けしたのですが、自治体がオープンソースを中心に産業振興をした例は、世界的にも聞いたことがありません。そのため、よい意味で予想外の申し出でしたね。
まずは「集まれる場所」を。市がつくった技術者の交流拠点
─Ruby City MATSUEプロジェクトは、まずどんな取り組みからはじめたのでしょうか?
まつもと
しばらくして、市の方から「何をしたらいいと思いますか」と相談を受けたので、まずお願いしたのは「技術者が集まれる場をつくってほしい」ということでした。技術者同士のコミュニティは、オンラインでのやりとりも大切ですが、実際に顔を合わせないと進まない話も多いんです。だから、まずは気軽に集まって交流できる場所が必要だと思いました。
鶴島
ちょうどJR松江駅前に空いているスペースがあったので、本市がすぐに「松江オープンソースラボ」という施設を整備しました。インターネットと電源を備え、技術者だけでなく企業の方や学生など、OSSに関連した利用内容であればさまざまな人が交流を深められるスペースとして開放しました。
島根県松江市役所 産業経済部 新産業創造課 鶴島祐介さん
2006年7月に開設した松江オープンソースラボ。JR松江駅のすぐ目の前にあり、OSSに関する会議や打ち合わせ、研修の場として利用できる
ラボには、会議用のテーブルや椅子、プロジェクターやRubyに関する図書が備え付けられている
まつもと
「松江オープンソースラボ」を開いたら、毎月のように交流イベントを開催したり、OSS協議会のセミナーなどのイベントを継続したりしたこともあって、本当に人が集まってきたんです。週末ごとに勉強会が開かれ、平日にも多くの人が来たので、「松江にこんなにエンジニアがいたんだ」と驚きました。
会社のなかで技術者が交流する姿は以前から見ていましたが、会社の垣根を越えて、地域の技術者が自然につながるコミュニティが生まれたのは、ユニークなことだったと思います。
─当時は「オープンソース」という考え方自体が、まだ一般的ではなかったのではないでしょうか。
まつもと
そうですね。いまでこそ世の中のITサービスの多くがオープンソースの上に成り立っていますが、2006年当時はその考え方自体、ほとんど知られていないものでした。「プログラミング言語をタダで配って、それは何になるの?」とたびたび聞かれるので、そのつど説明しないといけなかったんです。
佐々木
そういった背景もあり、プロジェクトの開始と同時期に、地元IT企業の有志の技術者が集まる「しまねOSS協議会」が発足しました。松江市と島根県も事務局として参加し、オープンソースとは何か、活用すると何ができるのかを伝える啓蒙の役割も担ってきたんです。
島根県松江市役所産業経済部 次長 佐々木武さん
2026年7月にしまねOSS協議会が中心となって開催された『オープンソースカンファレンス 2026 しまね』のポスター(画像提供:しまねOSS協議会)
『オープンソースカンファレンス 2026 しまね』の様子。「AI時代にWebはどう進化するのか」といった最新情報の講演や懇親会などが行われた(画像提供:しまねOSS協議会)
松江で学んだ子どもが、次の世代を育てる。街に生まれた循環
─「松江オープンソースラボ」立ち上げなどのコミュニティ支援が、どのように市の本格的な施策へ発展していったのでしょうか?
佐々木
プロジェクトがはじまった翌2007年に、県と市がさらに一体となって取り組む体制ができていきました。市のリソースだけでできることには限りがあるので、企業誘致は主に県が担い、市は人材育成やコミュニティ支援に力を入れていくという役割分担です。
そうした連携のなかで、松江市に進出するIT企業のオフィス賃料の一部を最長8年間補助する制度なども整えて、企業誘致のための支援制度を本格化したんです。
まつもと
まちづくりの施策を進めるうえでは、時代の追い風もありました。2009年から2012年頃のRubyは、Web開発の世界で強い注目を集めていて、技術に詳しい人なら誰もが知る言語でした。だから「世界中で使われている技術が松江にある」という事実そのものが、大きな説得力を持っていたと思います。
2009年には、Rubyのビジネス活用の最新動向を発信する国際会議『RubyWorld Conference』も松江市ではじまって、毎年、国内外から多くの人が来てくれるようになったんです。また、Ruby一般公開からちょうど30年が経過した2025年のイベント時には、延べ884人が来場しました。
『RubyWorld Conference 2025』では、まつもとさんが「Rubyコミュニティの30年」をテーマに基調講演を行った(画像提供:RubyWorld Conference開催実行委員会)
まつもと
全国から集まった来場者の方々が街のタクシーに乗ったり、居酒屋に行ったりするんですが、街の人は彼らのことを「Rubyさん」と呼んでいるそうなんです。居酒屋にガラガラっと入ると「あ、Rubyさんいらっしゃい」と迎えられることもあるとか(笑)。
そうして何度か松江を訪れるうちにこの街のファンになり、用事がなくても来てくださる方もいます。Rubyがきっかけではありますが、結果として松江市や島根県そのもののファンになってくれている。それだけ魅力のある街になっているのだと思います。
─あらためて、松江市にとってプログラミング言語Rubyが果たした役割とは何だったのでしょうか?
まつもと
「旗印」としての役割だと思います。
松江にいるIT技術者は全員がRubyを使っているわけではなく、ほかの技術に携わる人もたくさんいます。それでも、市がIT産業の振興に取り組むうえでは、人や企業、コミュニティの関心をひとつの方向へ集める旗印が必要でした。その役割を果たしたのがRubyだったんだと思います。
2006年以前、島根県や松江市に「ITの街」というイメージはゼロだったと思います。それが「Rubyといえば松江」といわれるまでになったんです。
上定市長
その成果は、数字にも表れています。2008年と2025年を比較すると、松江市内のソフトウェア・IT企業の合計売上高は200億円以上、従事者数は約550人増加しました*。この背景には、40社以上のIT企業が松江市に拠点を構え、IT技術者として働く人が大幅に増えたことがあります。
松江市を選ぶ民間企業にとって、「Rubyの聖地」であることは大きな理由となっていますが、その「聖地」において現にIT人材が育っていることが最大の要因ではないでしょうか。
また、松江市では、小学生・中学生向けのプログラミング教室や、Rubyを使ったロボットコンテスト『Matz葉がにロボコン』を毎年開催しています。子どもたちにとってRubyは身近な存在であり、プログラミングに触れる習慣が根づいているんです。そうした環境で育った子どもたちが地元のIT企業に就職し、次の世代を教える立場に成長していく。松江市には、人が育ち育てられる「サイクル」ができあがっています。だからこそ、10年後、15年後に地元のエンジニアが活躍する未来が想像できる。県外の企業にとっても、将来の成長を見込んで先行投資をしやすい環境があるのだと思います。
*一般社団法人島根県情報産業協会『ソフト系IT企業実態調査』(2008年度、2025年度)
2025年に松江市で行われた、子ども向けプログラミングコンテスト『第2回Matz葉がにロボコン』の様子(画像提供:松江市)
走行コースの上を、カニを模したロボットが走る様子(画像提供:松江市)
─その教育の環境は、松江市でどのように広がっていったのでしょうか?
佐々木
松江市では、2009年頃から夏休みや冬休みを利用して、中学生向けのプログラミング教室を開催していました。講師を務めていたのは、地元IT企業の技術者のみなさんです。教室を続けるなかで、生徒たちが十分にプログラミングを学べることや、地域に教えられる人材がいることが見えてきました。
そうした実績を積み重ねた結果、「学校の授業としても取り組めるのではないか」という見通しが立ち、2016年からは市内の全市立中学校でプログラミング教育をはじめました。これは、国の学習指導要領の改訂によってプログラミング教育が本格化するよりも前の取り組みだったんです。
鶴島
その流れを後押ししたのが、子どもでも扱いやすいように、地域のIT企業に所属するエンジニアによって開発された教育向けのプログラミング環境「Smalruby(スモウルビー)」です。松江にとって身近なRubyをベースにしているので、学校の先生方にとっても授業で扱いやすく、中学生たちにとっても地域の誇りであるRubyを題材に学べる。地域の産業と学びがつながる、松江らしいプログラミング教育の基盤になったと思います。
─Ruby City MATSUEプロジェクトは今年で20周年ですから、当時の子どもたちが大人になっている頃ですね。
佐々木
まさに、その循環が見えはじめています。プロジェクトに参加していた高専生が、卒業後に誘致企業へ就職し、今度は『Matz葉がにロボコン』で子どもたちを指導する側に回った例があります。
また、学生と地元IT企業のエンジニアがチームを組んでWebアプリを開発するイベント『松江City Hack!!』に参加した専門学校生が、そこで出会った企業に就職し、数年後に同じイベントで後輩を支える側になった例もありました。
『松江City Hack!!』イベントの様子(画像提供:松江市)
Rubyという旗印が街の「土壌」になった20年
─ITを旗印にした地域振興は、他の自治体でも試みられてきたと思います。そのなかで、なぜ松江では20年続いたのでしょうか?
まつもと
私自身が要因だと感じているのは、2つあります。
ひとつは、先ほどお話ししたように、Rubyが「わかりやすい旗印」になったこと。もうひとつは、現場の担当者に任せきりにせず、市長や知事といったトップが覚悟を決めて、やり抜いたことです。
─1つ目について、まちづくりの旗印が「Ruby」だったことには、どんな意味があったのでしょうか?
まつもと
Rubyそのものが、中立だったことに意味があるのではないでしょうか。
仮に街の旗印が特定企業の製品だと、「市がその企業だけを応援するのか」という問題が生じますし、企業の判断で突然サービスが終了するかもしれません。企業の意向に左右されないRubyの存在は、松江市が腰を据えて挑戦を続けるうえで大きくプラスに働いたと思います。
この20年のあいだに新しい技術が次々と生まれるなかで、『RubyWorld Conference』に人が集まり続けてくれるだろうかと考えたこともありました。でも、参加者はいまもほとんど減っていないんです。
なかには、仕事ではもうRubyを使っていないという人もいます。それでも毎年松江を訪れ、技術の話をして、おいしい魚を食べ、日本酒を飲んで帰っていく。何度か来るうちに松江のファンになって、用事がないのに遊びに来てくれる人までいます。
そうした人たちと話していると、Rubyはいまも変わらず松江の旗印なのだと感じます。単なる技術の枠を超えて、人と人とのつながりや地域への愛着が育ってきたことも、この取り組みが20年続いてきた理由のひとつだと思います。
『松江City Hack!!』イベントの様子(画像提供:松江市)
まつもと
また、2021年に上定さんが市長に就任した際に、プロジェクトを引き継いで、県も支援を続けてくれました。こればかりは自分たちではコントロールできないことなので、このよい関係が続いたのは本当にラッキーだったと思います。
上定市長
私自身、2021年に市長に就任する前から、松江市がRubyで発展する可能性を強く感じていました。
市長就任前、日本政策投資銀行でベンチャー投資を担当していたときに、シリコンバレーで出会ったスタンフォード大学の教授に島根県の出身と話したら、「Rubyの聖地ですね」と返ってきたんです。スタートアップの聖地・米国西海岸で松江のRubyが当たり前のように語られている。そのときはじめて、松江市の誇る地域資源が、世界レベルの価値を持っていることを思い知りました。
そのため、市長就任直後から、「Ruby City MATSUEプロジェクト」を受け継ぎ、さらにバージョンアップすることで、松江市の可能性を広げられると信じて、そのための取り組みを加速していきました。
─市の担当者から見て、取り組みが20年続いた理由はなんですか?
佐々木
取り組みが続いてきた土台としては、松江ならではの「人の距離の近さ」もあると思います。人口20万人に満たない街なので、自治体や企業、学校の先生や生徒たちと顔が見えやすいんです。
プロジェクトでは、行政(松江市と島根県)、市内のIT企業、学校(大学・高専・専門学校)という「産学官」に、「ITコミュニティ」を加えた4者で連携する体制を築いてきました。近い距離で、それぞれの立場を越えて話し合える関係性を育んできたことが、プロジェクトを長く続けてこられた理由のひとつだと思います。
技術に前向きな風土が、住みやすい街をつくる
─AIをはじめ、当時はなかった技術も次々に登場しているいま、20年で育った松江の土壌は、これからにどうつながっていくのでしょうか。
まつもと
大事なのは、Rubyという特定の技術がAIに使われるかどうか、という直接的な話ではありません。地域全体に、新しい技術を受け入れる気持ちが備わっているかどうかです。
昔の産業振興といえば「工業団地をつくって企業を誘致する」ことでしたが、働く場所の制約が小さくなった現代では、エンジニアにとっては企業の拠点よりも「個人が住みやすい場所かどうか」のほうが重要です。エンジニアにとって住みやすい街であれば、そこに人が集まり、結果として技術も集積していく。だからこそ、地域のコミュニティがどういうものかが、より問われるようになっているんですよね。
技術者にとって、新しい技術に対して地域がポジティブであるかどうかは、とても魅力的に映るポイントです。そうした技術に前向きな風土や、技術者同士のフレンドリーなつながりがあり、学びの場を通じて次の世代が育っていく。そうした土壌があってはじめて住みやすい環境になり、結果として技術の集まる場所になっていくのだと思います。
上定市長
そうですね。主役となるのは「人」ですよね。最先端の技術だけあっても、チャレンジする人やチャレンジできる環境がなければ「宝の持ち腐れ」になってしまいます。生成AIをはじめとするDX技術を使いこなして、実際に私たちの生活が豊かになることが必要不可欠です。
たとえば、松江市では、保育所の入所申し込みなど行政手続きのオンライン化やAIデマンドバスの導入、自動運転バスの実証実験を進めているのですが、技術を暮らしに実装するうえで大切なのは、市民のみなさまにその安全性や利便性や快適性を実感してもらうことにほかなりません。新たなチャレンジによりQOL(生活の質)が向上したと感じられれば、次の挑戦・変革も受け入れてもらえるし、この地で挑戦したいという人が手を挙げるようになります。そうやって課題解決につながる「サイクル」を生み出したいんです。
総務省「地域社会DX推進パッケージ事業(自動運転レベル4検証タイプ)」を活用して実施した、自動運転バス実証実験の様子(画像提供:松江市)
上定市長
少しずつですが松江市が変革・成長していることを背景にして、人口動態にも変化が現れています。松江市の人口減少は続いていますが、30歳代だけは転入が転出を上回る「社会増」に転じました。Rubyを土壌に、新たな挑戦を歓迎する風土があることは、ITリテラシーの高い若い世代にも響いていると感じます。
─そうしたRubyを起点とした街の変化や、人とのつながりは、国内にとどまらず世界にも広がっているそうですね。
上定市長
国際的なつながりという意味では、Rubyコミュニティが世界中に存在することは、大きな強みになっています。松江市という名前だけで海外に訴求するのは難しいですが、「Rubyのまち・松江」と言えば認知してもらえる。台湾、インド、アメリカなどとの、Rubyコミュニティを起点にした国際交流は、子どもたちの教育機会の拡大にもつながっています。
─最後に、松江市とRubyのこれからについて聞かせてください。
上定市長
2024年3月には、新たな基本計画「Ruby City MATSUE 2.0」を策定しました。従来のRuby City MATSUEプロジェクトの3つの軸である「企業誘致」「人材育成」「コミュニティ支援」に、「事業化支援」を加えたんです。
そこで、事業化をめざすイベントや、実際につくったITプロダクトを評価するコンテスト『MATSUE Tech-Product Award』を開催したところ、全国から応募が集まるようになりました。
松江市が2024年に新しく策定したIT産業振興の構想「Ruby City MATSUE 2.0」のチラシ
『MATSUE Tech-Product Award 2026』の様子。2026年度は全国9都道府県から集まった9組と、松江市のハッカソンプログラム「STEPコース」から進んだ1組の計10組が参加し、プロダクト開発のプレゼンテーションを繰り広げた(画像提供:松江市)
鶴島
そうしたイベントから生まれる新しい事業アイデアが、地域の課題解決に貢献するかたちで起業につながれば、街にとってプラスの方向へ進むはずです。今後は、事業化支援も力を入れて後押ししていきたいですね。
上定市長
松江市は、人口減少をはじめ課題が山積する「課題先進市」です。しかし、それを解決できれば「課題解決先進市」へ逆転できる。人口減少や少子高齢化はアジア各地で進んでいますから、これからの松江市のまちづくりは、日本だけでなく世界のロールモデルになると本気でとらえています。松江市は、これからもチャレンジを続けます。
この記事の内容は2026年9月15日掲載時のものです。
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Credits
- 取材・執筆
- 松本友也
- 一部画像撮影
- 上村窓
- 編集
- 牧之瀬裕加(CINRA,Inc.)