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沼津・戸田で深海魚が「地域の宝」になった理由。外からの視点が発掘した新たな価値とは

  • 公開日
丸吉食堂の暖簾をあげる中島寿之さんと横に立っている青山沙織さん

静岡県沼津市、駿河湾に面した人口2,200人ほどの漁村・戸田(へだ)地区。

ここでは、漁船が高級魚を水揚げしていますが、網には同じ水深に棲む魚も一緒にかかってきます。しかし、市場で値のつかない魚は、捨てられるか、自家消費されるだけの存在でした。

そんな価値を見出されずにいた深海魚に光を当て、町の新たな地域資源へと育て上げた人たちがいます。

お話をうかがったのは、プロジェクトの立ち上げを担った元・戸田観光協会副会長で現・丸吉食堂店主の中島寿之さんと、地域おこし協力隊として移り住んだ青山沙織さんのお二人。地元の人でなかったからこそ気づいた価値が、いかにして街の誇りへと変わっていったのか。その軌跡を語っていただきました。

漁師だけが食べていた深海魚に見出した価値

静岡県内における戸田の位置を示した地図

戸田(へだ)は静岡県・伊豆半島西部に位置する漁村。駿河湾に面し、豊かな自然と海の幸に恵まれた地域として知られている

青空の下、大量の魚が水揚げされている

トロール漁で魚を水揚げしている様子

日本一深い湾として知られる、駿河湾。海岸から少し離れるだけで急激に水深が深くなるこの海は、深海魚たちにとって絶好の生息地です。

その海に面した戸田で現在も7隻の船が行っているのが、長年この地で続く「トロール漁(底引き網漁)」。長さ3,000メートル以上にも及ぶロープで巨大な網を深海へ沈め、海底を引くようにしてさらう豪快な漁法です。狙うのは、水深数百メートルに潜むアカムツやタカアシガニといった高級魚。しかし巨大な網を引き上げると、同じ海域に棲む多種多様な深海魚たちも、必然的に一緒にかかってくるのです。

戸田の人々にとって、もともと深海魚はどんな存在だったのでしょうか。

中島

私が戸田に越してきた1996年ごろは、深海魚を身近に感じていた方はかなり少なかったと思います。

深海魚のごく一部は沼津の魚市場へ出荷されていましたが、残りは漁師さんたちが自分たちのおかずにしたり、ご近所さんに配ったり。あとはほとんど捨てられていました。なので、少なくとも20年ほど前まで、深海魚を身近に感じていたのは、漁師さんとそのご近所さんだけだったんです。

海と山、漁港を背景に、笑顔で中島さんが立っている

中島寿之さん
元戸田観光協会副会長。1996年に妻の実家がある静岡県沼津市の戸田に移住。深海魚料理が食べられる丸吉食堂を営む傍ら、「へだ温泉深海魚プロジェクト」を立ち上げ、深海魚の撮影会、シンポジウムなどを開催

中島

ただ、戸田の生まれではない「よそ者」の私からすると、深海魚の多い光景はものすごく魅力的でした。

もともと水産学を学んでいたくらい生き物や魚が好きだったのもあり、当時からタカアシガニを一船買い(ひとつの船で獲れた魚をすべて買い取ること)していたので、毎日船が帰ってくると船着き場へ行って獲れたものを見ていたんです。

すると船によっては、売り物にならない深海魚が甲板に無造作に散乱している。図鑑のなかでしか見たことのないような珍しい魚が、目の前にたくさん転がっているわけですよ。私からするとそれが楽しくて楽しくて。知らない魚を見て、毎日感動していました。

戸田ではどのような深海魚が水揚げされるのでしょうか。

中島

漁で狙うのは、アカムツ(ノドグロ)やメギス(ニギス)、アオメエソ(メヒカリ)といった深海魚のほか、タカアシガニ、ヒゲナガエビといった経済価値の高いものです。

赤と白の体をしたアカムツ(ノドグロ)の写真

水深100〜200メートルの深海で穫れるアカムツ(ノドグロ)

白い体、赤いヒレの深海魚ゴソ(ハシキンメ)の写真

水深200〜600メートルで穫れるゴソ(ハシキンメ)

深海魚を紹介するイラストポスターを指さし、笑顔を浮かべる中島さん

中島

こうした魚は市場に出荷されますが、市場で値のつかないそれ以外の深海魚は、漁師が家に持ち帰っていました。いまでは干物が人気のギンメダイなんかも、ごく一部だけ食べて、あとはみんな捨ててしまっていたんですよね。

せっかく獲れたのに、もったいない気もしますね。

中島

私もそう感じていました。せっかくこんなに面白くておいしい魚がいるのに、もったいない。そのうち、深海魚そのものの魅力や、それらが水揚げされる戸田ならではの風景をたくさんの人に知ってもらいたいという気持ちが強くなったんです。

まずは自分にできることからはじめようと、当時は食堂とともに民宿も営んでいたので、その宿泊客を船着き場に案内することからはじめました。「戸田ではこんな魚が獲れるんですよ」と見せ、夕食に出して食べてもらったんです。それが、のちに「へだ温泉深海魚プロジェクト」につながっていきました。

深海魚プロジェクト始動。「よそ者」だからこそ見えた宝の山とは

そんな想いではじまった「へだ温泉深海魚プロジェクト」とは、どんなものですか?

中島

「へだ温泉深海魚プロジェクト」とは、2014年に戸田観光協会を主体に、地元飲食宿泊事業者などで立ち上げた団体です。

プロジェクトで最初に実施したのは、「深海魚撮影会」です。市場で捨てられる深海魚を漁師さんにもらってきて、ブルーシートの上に広げ、参加者に好きなように写真を撮ってもらうイベントを実施したんです。全国に深海魚ファンがいることはわかっていたので、きっと喜んでもらえるだろうと思いました。

ただ、単発のイベントで終わらせるのではなく、継続的に戸田の魅力を発信し、効果を広げていく仕組みづくりも意識していました。参加者には「撮った写真をどんどんSNSにアップしてください」と呼びかけ、さらに、その投稿写真を活用した「深海魚フォトコンテスト」の開催も当初から企画していたんです。

撮影会の定員はもともと35人に設定していたのですが、受付初日に定員が埋まり、その後も電話が鳴りっぱなしで。結局、50人まで受け入れることにしましたが、その枠もすぐに埋まりました。

賞状を持ってマイクの前で話をする青山さんと表彰される子ども

「深海魚フォトコンテスト」の授賞式の様子

そうしてプロジェクトが大きな盛り上がりを見せるなか、青山さんは2018年に沼津市の地域おこし協力隊に就任したんですね。

青山

もともとダイビングなど海が好きで、「深海魚を活用した町おこし」というテーマが目に留まりました。空き家活用や特産物PRの募集が多いなか、深海魚で町おこしなんて多分ここしかやっていないんじゃないかな、と。

私自身、それまでは航空機メーカーなどで働いていて、町おこしに携わったことがありませんでしたし、深海魚オタクというほどの知識もなく、決して身近な存在ではありませんでした。でも、地元でもない場所で、「深海魚という自分にとって未知な世界だからこそ、チャレンジしてみたい」と思ったんです。ただ、着任当初は何をすればいいか見当がつきませんでした。

海と山、漁港を背景に、青山さんが笑顔で立っている

青山沙織さん
2018年に沼津市の地域おこし協力隊として戸田に移住。深海魚を活用した町おこしに従事し、現在はその日に獲れた深海魚を届けるサービス「深海魚直送便」を展開している

中島

青山さんが来たばかりの頃は、よくわからないまま深海魚の水槽管理を任されていて、大変そうでしたよね。

青山

そうなんです。港の近くにある漁協の展示施設「ヘダトロール」に深海魚用の水槽が設置されたものの、当時は誰も飼い方がよくわかっていなくて、「青山さんよろしくね!」と任されてしまって。ただ、環境が悪いせいか水槽に入れた深海魚がしばしば死んでしまい、漁師の方々からは「何もわからんやつが水槽やらされてるぞ」と思われていたみたいです(笑)。

そこから、どのように地域に溶け込んでいったのでしょうか。

青山

毎日港をうろうろして「水槽の人」として顔を覚えてもらうようにしていました。そんなとき、いつものように展示施設の水槽に魚を入れようとしていると漁師さんが、「この飼い方だとだめだ」と声をかけてくれたんです。そこから一緒に水槽を見てくれるようになり、少しずつ漁師さんたちともつながりができました。

さらに、中島さんたちのイベントも手伝わせてもらうなかで、自分に何ができるかを模索していきました。

水槽に何匹かの深海魚や海老が泳いでいる様子

青山さんが当初お世話をしていた深海魚の水槽。深海では赤色が保護色(見えない色)となるため、見た目が赤く美しい魚も多いという

青山

転機になったのは、2018年に実施した『駿河湾の深海魚アートデザインコンテスト』です。深海魚をモチーフにしたアート作品を募集したのですが、応募数や反響がすごかったんです。

『駿河湾の深海魚アートデザインコンテスト』とは、面白いですね。どこから着想を得たのでしょうか。

青山

戸田に来てすぐ、トロール船に乗せてもらったのですが、甲板に無造作に置かれた深海魚を見たとき、まるで「宝石箱」のようだと思ったんです。

深海魚って、一般的に想像する魚のかたちではない、見た目が珍しかったり、かわいかったりする魚がたくさんいて。アート文脈での活用ができるんじゃないかと思い、コンテストを企画したんです。

獲れたての深海魚を日本全国へ。異色のサービスが生まれた背景

現在、青山さんはご自身で立ち上げた「深海魚直送便」というサービスを展開していますよね。

青山

そうですね。実は『駿河湾の深海魚アートデザインコンテスト』以降にもさまざまなイベントを企画したのですが、コロナ禍ですべて実施できなくなってしまったんです。

そこで、戸田に来なくても深海魚の魅力に触れてもらえないかと考えて、その日に獲れた新鮮な深海魚を直送するサービス「深海魚直送便」を立ち上げました。

オオグソクムシやメンダコなど、食用に向かない魚を詰め合わせた「ヘンテコ深海魚便」もあるそうですね。

青山

そうなんです。当初は食用のボックスを買ってくれた方に、「食べられないけど面白い魚」として、希望があれば「おまけ」でつけていたんです。ただ、ほぼすべてのお客さんが希望してくださったうえに、「この人はサメ」「この人はメンダコ」とそれぞれの希望を確認しながら一つひとつ箱詰めしていくオペレーションが煩雑になってしまって。

あと、メンダコはとてもかわいいけれど、めちゃくちゃ臭いんです(笑)。なので、食用のボックスに間違えて入れたら全部食べられなくなってしまう。

それで、「いっそおまけだけのボックスをつくろう」と。そうしてできたのが、現在の「ヘンテコ深海魚便」です。これが結果的に、深海魚ファンや研究者の方々から人気の商品になったんですよね。

ボックスには、毎回内容が変わる約30匹の深海魚を詰め合わせていて、ときには購入した研究者の方から新種が入っていたと連絡が来ることもあるんです。

さまざまな深海魚やヒトデ、貝などが詰められたボックス

「深海魚直送便」で販売されている「ヘンテコ深海魚便」。食用ではなく標本や研究・観察を目的としている

「あおやまさおりのしんかいソーセージ」のパッケージとビニールで密閉された5本のソーセージ

深海魚直送便でも購入できる「あおやまさおりのしんかいソーセージ」。豚肉のなかに、深海魚や深海のイカをミンチにして混ぜ込んでいる

地域外の人だからこそ生み出せた変化

中島さんは、地域おこし協力隊として戸田にやってきた青山さんの活動をどうご覧になっていましたか。

中島

思いついたことをどんどん実行し、結果を出すところがすごいな、と。さまざまなアイデアがあっても、観光客の増加や経済価値の創出など、結果が出なければ意味がありません。アイデアをかたちにし、結果につなげる姿を見せてもらっていること自体が、地域にとって大きな意味があると感じています。

青山

ありがとうございます。私からすると、中島さんのような地域の方の存在はとても大きいんですよ。私が直送便をやりたいと言ったとき、漁師の方々のなかには「本当に売れるのか」と疑問を抱く方もいましたが、中島さんはそんな深海魚の価値をわかっていて、背中を押してくれたんです。

漁港を背景に話をしている中島さんと青山さん

長年見慣れている地元の方からすれば、それらはあまりにも日常的な存在で、特別な価値を感じにくかったのかもしれませんね。

中島

そうですね。そういった地域の意識を変えられたことも、このプロジェクトの大きな成果だと思っています。

たとえば、先ほどお話しした最初の「深海魚撮影会」は、開催時間を漁船が港に帰ってくる14時から16時に設定しました。たくさんの方々が深海魚を楽しみに待っているところを、漁から戻った漁師のみなさんに見てもらいたいと思ったためです。

実際の漁師のみなさんの反応はいかがでしたか?

中島

船が着くと、参加者がみんな船のところへ行って、すごく喜びながら写真を撮るんです。深海魚ファンからすると、漁師さんは大スターなんですよ。漁師さんが魚を獲ってこなければ何もはじまりませんから。

そうやって参加者が目を輝かせながら深海魚を写真に収めたり、触ったりする様子を見て、地元の漁師や漁協の方々の意識もどんどん変わっていきました。最初は「撮影会なんてやっても誰も集まらないんじゃないか」と消極的でしたが、初回を終えると「あのイベント、次はいつやるんだ」と聞いてくれるようになったんです。

青いハッピを着て魚を展示する人々

道の駅「くるら戸田」で実施された『深海魚フェスティバル』の様子。イベントでは、深海魚の触れる実物展示や標本づくりのワークショップ、深海魚グッズ販売や音楽ライブなどが行われた

地域の人が、自分たちの仕事に誇りを持つ機会になったんですね。

青山

そうですね。イベントだけでなく「深海魚直送便」が一定の成果を上げたことで、一部の漁師さんたちが、独自に通販をはじめるようにもなりました。また、漁協も最近は、以前は食用として販売していなかった魚も買ってくれると聞きます。私自身、職員さんから「この魚には需要があるか」「いくらで売れると思うか」と聞かれたりするようにもなりました。

私一人の力では、買い取って販売できる量は限られています。でも、私がきっかけをつくったことで、漁師さんたちそれぞれが深海魚を資源として活用し、ダイレクトに販売して戸田を発信してくれるようになった。そのおかげで、私一人では決してできなかったような大きな広がりが生まれているんです。

まずはやってみる。小さな成功体験の積み重ねが、周囲の心を動かす

これまでの活動のなかで、特にお二人のやりがいにつながった出来事はありますか?

中島

最初の撮影会に来てくれた、当時小学5年生の男の子のことですね。彼はマニアックな図鑑にしか載っていない「ワニグチツノザメ」という珍しい小さなサメを見つけて、誰にも取られないようにずっと握って離さなかったんです。イベント終了後にその子に差し上げたのですが、その後、私たちが開いたシンポジウムに、凍結したそのサメを持参して来てくれて。東京大学の先生に一生懸命説明していたんです。

青山

以降も、イベントを開催するたびに名古屋から通ってくださるんですよ。

中島

私たちのプロジェクトが、少なくとも一人の少年に大きな感動を届けられたことは、私たちにとっても非常に大きな成功体験になりました。

今後さらに挑戦していきたいことはありますか。

青山

深海魚の価値をもっと上げていきたいですね。近年は燃料代や輸送コストが高騰しているうえ、温暖化の影響などで漁獲量自体が減少傾向にあります。だからこそ、たくさん獲って売るのではなく、価値を高めることが重要だと思うんです。

たとえば、深海にいるサメも食べたらおいしいのですが、そのことが認知されていないため、価格がつきにくくて。でも、「市場価値がない」というのは逆にチャンスでもあります。まだ認知度がないからこそ、これから戸田ならではの「名物」になり得る魚がたくさんいるんですよ。

1杯のタカアシガニを二人がかりで持つ中島さんと青山さん。背景には生け簀がある

戸田の深海で獲れるタカアシガニと

中島

一方で、ほとんどの深海魚は狙って獲っているわけではないので、漁獲量が不安定で、飲食店などでは定番メニューにしにくいのがネックです。

そのため、今後は定番以外の深海魚も漁協などが買い上げて各店に卸す仕組みをつくりたいです。そうすれば、飲食店でも安定して深海魚料理を提供できるはずです。「戸田に行けば、いろんな深海魚料理が食べられる」という状態をつくれれば、さらなる認知度の向上が見込めるのではないでしょうか。「戸田=深海魚」というイメージは徐々に広がっていますが、まだまだ伸びしろがあると思うんです。

大型のパネルやディスプレイ、ショーケース内の模型で深海魚が紹介されている

道の駅「くるら戸田」の展示コーナーでは、深海魚にまつわるさまざまな展示がされている

彩色した深海魚を詰めたビンが複数展示されている様子。ビンには深海魚の名前がラベリングされている

「くるら戸田」では深海魚の実物も見ることができる

ほかの地域にも、地元の人だからこそ気づけていない価値があると思います。それを活用したいと考えている方々へ、アドバイスをいただけますか。

青山

「とりあえずやってみよう」といいたいですね。「これって価値があるのかもしれない」と思っていても、何かしらのかたちにして誰かに提示しないと、本当に価値があるかどうかはわからないと思うんです。

頭で考えているだけでは実現しないので、なんでもいいからとにかくやってみる。そうして周りの人が喜んでくれれば、さまざまな施策のきっかけが見えてくるのではないでしょうか。

中島

地域を盛り上げたいと思って活動する側が、心から活動を楽しむことが重要だと思っています。自分たちが楽しまなければ、ほかの人を楽しませることはできませんから。だから、まず自分が何を楽しいと感じるのかを見つける。それを見つけられた人は、きっと何かアクションを起こすと思うんですよ。

そして、人を巻き込むためには成功体験が大事です。最初の撮影会で参加してくれたみなさんが喜んでいる姿を見たからこそ、いまがある。まずは小さくても一歩を踏み出して、成功体験を積み重ねていくことが大切なんだと思います。

かに・磯料理」と書かれた店の暖簾の前に立つ中島さんと青山さん

この記事の内容は2026年8月5日掲載時のものです。

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Credits

取材・執筆
鷲尾諒太郎
写真
伊藤圭
編集
牧之瀬裕加(CINRA, Inc)

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