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地域の魅力を「小さな出版」で編み直す。ローカルZINEがつくる、新たなコミュニティと表現

  • 公開日
宇野港編集室でこれまで制作されたローカルZINE

近年、「ZINE(ジン)」と呼ばれる、個人や少人数で制作する小規模な出版物が静かなブームを呼んでいます。『文学フリマ』などのイベントが盛況を呈し、全国各地でつくり手と読み手が直接交流する光景が見られるようになりました。

自分たちの視点で街を記録して伝える、ZINEという「小さな出版活動」は、これからの地域づくりにおいてどんな可能性を秘めているのでしょうか。

お話をうかがうのは、編集者・文筆家であり個人出版レーベル「破船房(はせんぼう)」を主宰する仲俣暁生さんと、岡山県の宇野港を拠点にコワーキング・ZINEスタジオ「宇野港編集室」を運営する橋本誠さん。「自分たちの街を、自分たちの視点で記録し、伝える」——ZINEを通じた新しい地域とのかかわり方について、お二人に語り合っていただきました。

そもそもZINEとは?「明確な定義がない」からこそ広がる世界

近年、「ZINE(ジン)」という言葉を見聞きする機会が増えました。なんとなく「ZINE=小規模な出版物」と認識している人は多いと思いますが、具体的にどのようなものを指すのでしょうか?

仲俣

ここ数年、ZINEという言葉が広く流布したきっかけは、『文学フリマ*1』の規模が急拡大し、東京ビッグサイトで開催されるようになったことが大きいと思います。歴史を遡れば、個人が自発的につくる小規模な出版物というのは、1960年頃は「ミニコミ」と呼ばれていましたし、1990年代には「リトルプレス」、あるいは文芸やアニメの領域では「同人誌」といったように、さまざまな呼称がありました。

日本において「ZINE」という言葉が一般化する前段階として、『TOKYO ART BOOK FAIR(東京アートブックフェア)*2』の影響も大きかったと私は見ています。

当初「ZINE」という言葉は、『TOKYO ART BOOK FAIR』で販売されるような「ビジュアル中心のアート系小規模出版物」というニュアンスが強かったように思いますが、いまはそこから意味合いが広がり、同人誌もリトルプレスも、すべてひっくるめて「ZINE」と呼ばれるようになっている。

そのため「ZINE」とは、つくり手もプロとアマチュアが混在していて、いい意味で「明確な定義がない」「制約がない」出版物を指す言葉になっているのが現状ですね。

仲俣さんの個人出版レーベル「破船房」でも、さまざまなZINEを制作されています。

仲俣

そうですね。ただ、個人的に自身のレーベルから出すものについては「ZINE」ではなく、シンプルに「本」だと思っています。現在のZINEは先ほど話したようにもともとの意味から離れた意味で用いられているため、自分が制作した本をそう形容するのは、やや違和感があるからです。

*1 文学作品の展示即売会。札幌・岩手・東京・京都・大阪・広島・福岡・香川の8か所を中心に開催されている
*2 2009年にスタートした、アート出版に特化した日本で初めてのブックフェア

白い丸テーブルの上に、仲俣暁生さんと橋本誠さんがかかわったZINEがそれぞれ並んでいる

仲俣さんの個人出版レーベル「破船房」の出版物(左)と、橋本さんが主宰する「宇野港編集室」で制作されたZINE(右)

テーブルに並べられたZINEを手に取りながら、仲俣暁生さんと橋本誠さんが笑顔を浮かべている

橋本誠さん(左)
コワーキング・ZINEスタジオ「宇野港編集室」運営。各地でZINE講座の講師も務める
仲俣暁生さん(右)
編集者・文筆家、大正大学教授。個人出版レーベル「破船房」主宰

橋本

以前、ZINEカルチャーに詳しいライター・翻訳家の野中モモさんとご一緒した際にZINEのお話をうかがったのですが、彼女は「小さな声をすくい上げるもの」「自主的で気軽なもの」こそがZINEの核ではないかとおっしゃっていました。

最近では印刷所に頼んだ立派な製本のものも増えましたが、私が最初につくったZINEはA3の紙を折っただけの簡素なもので、販売価格も200円でした。そういう「手づくりの薄い本」からはじまるような、特別な資格やスキルがなくてもいろんな人が声を上げられる小さなメディアというのが、やはりZINEの原点なのかなと感じています。

仲俣

そうですね。野中さんがおっしゃるように、本来ZINEには「力が弱いもの」「声が小さいもの」「主流の価値観ではないもの」を拾い上げるオルタナティブなメディアとしての役割がありました。「誰でも、どんなかたちでも表現していい」という間口の広さこそが、ZINEの一番の魅力だと思います。

ZINEの持つ「軽やかさ」が、いまの時代にフィットしている

お二人もご自身のレーベルや編集室を立ち上げZINEを制作されています。きっかけは何だったのでしょうか。

仲俣

私は長年、商業出版の世界で仕事をしてきました。商業出版は、多くの人に本を届けるために確立されたとても合理的なシステムです。しかし、いざ一個人が「いま、これを伝えたい」と思ったときに、そのシステムに乗せるには、部数的に一定の規模が必要なため、少し「重い」と感じることもありました。

そこで、自分の本を自由に出せる仕組みを自分で持ちたいと考え、個人出版レーベル「破船房」を立ち上げました。その流れで、試しに若い人たちの真似をして冊子をつくって売ってみたら、思いのほかうまくいったんです。

大学で学生に編集とデザインを教えているのですが、いまの学生は既存の商業雑誌をあまり読まないように思います。でも、「『文学フリマ』に向けて自分たちでZINEをつくってみよう」と提案すると、驚くほど生き生きと取り組みはじめる。それを見て、いまの時代においてはZINEのような「軽い出版」がリアリティのある表現手段になり得るのではないかと感じました。

同人誌用の印刷会社も増えてきたし、数百円で刷ったものでも立派なメディアになる。その軽やかさがいまの世代の感覚にフィットしているのだと思います。

仲俣さんが学生とともに『TAMAGAWA BOOK CARNIVAL』に出店した際の様子

橋本

私は2019年に瀬戸内で開催されたブックフェアに仕事仲間と一緒に出展したのが最初です。それまでは仕事で執筆を依頼したり、されたりする側だったのですが、仕事ではないかたちで書いてみようと思い立ったんです。自分で紙を折りたたんで本にする作業自体が楽しく、さらにそれを直接手渡して会話するコミュニケーションが本当に面白かった。

その経験からZINE講座を頼まれるようになり、ZINEという手段を用いて自身の想いを発信したい人が各地にたくさんいることに気づきました。その後、岡山の宇野港に拠点を構える際、地域に開かれた文化的な接点として「ZINEがちょうどいいのではないか」と考え、「宇野港編集室」というZINEの制作拠点となるスタジオを立ち上げたんです。

橋本さんが制作したZINEを開いて読む仲俣さん

橋本さんがはじめて制作したZINEは、1枚の紙を折っただけのシンプルな「折り本」。形式やテーマに縛られない自由度の高さも、ZINEの大きな魅力

「破船房」から刊行された、さまざまな冊子の表紙

仲俣さんの「破船房」では絶版となっていた自身の著書『ポスト・ムラカミの日本文学』を改訂新版として完全復刊させたほか、『橋本治「再読」ノート』や出版論エッセイ集『本の町は、アマゾンより強い』など、独自の文芸批評や出版メディア論に関するオリジナル作品を継続的に刊行

宇野港編集室でこれまで制作されたローカルZINE。多種多様なテーマ、判型のZINEが並ぶ

橋本誠さんが運営する「宇野港編集室」の拠点は岡山県・宇野港エリア。地域に開かれた文化的な接点としてスタジオを運営している

岡山・宇野港で生まれるリアル。「地域の日常」をローカルZINEで編む

橋本さんが拠点を置く岡山県玉野市の宇野港は、『瀬戸内国際芸術祭』の舞台である直島などへの玄関口であり、アートや文化への関心が高い人々が行き交う場所ですね。そこでZINEをつくる意味や、実際に生まれている事例を教えてください。

橋本

宇野港は、旅行者と地元の人々が交差する結節点です。この場所でZINEを通じた発信を行うと、地域の知られざる側面や、そこに暮らす人の個性が可視化されていく可能性を感じています。

スタジオにはリソグラフ*3を置いていて、地域の方々が続々とZINEをつくっています。例えば、移住者のリアルな日々を綴った日記や、岡山と倉敷のお土産のおまんじゅうの違いを徹底的に比較考察したZINEなどがあります。見た目はほぼ同じおまんじゅうを真剣に検証するという、観光サイトには絶対に載らないようなマニアックな視点が面白いんです。

*3 昔のガリ版印刷やシルクスクリーン印刷に近い印刷機。ズレやムラを生かしたアナログ感のある表現がZINE印刷で人気になっている

橋本さんによる小豆島での出張ZINE講座の様子

仲俣

おまんじゅうのZINE、抜群に面白いですね。最初の数ページを読んだだけで完全に心をつかまれました(笑)。これを大規模なイベントで売る必要はなくて、その地域でつくられ、その地域で読まれることに大きな意味があると感じます。

「おまんじゅうZINE」を手に取る仲俣暁生さん

岡山銘菓の「大手まんぢゅう」と「藤戸まんぢゅう」の違いを徹底検証。橋本さんいわく「地元のタブー(?)」に切り込んだ、挑戦的なZINE

橋本

ほかにも、地域の有志が月2回開催している「ラジオ体操の会」から生まれたZINEがあります。参加メンバーを中心とした有志21人に、1人あたり見開き2ページずつの原稿を募集し、一冊にまとめたものです。畑のこと、猫のこと、昔ここで走っていた連絡船のことなど、「この街にはこういう人たちが暮らしているんだ」ということがよくわかる内容になっています。

宇野港編集室の利用メンバーの多くは出版のプロではありません。ライターやデザイナーもいますが、会社などで働いている人もいて、「紙や本が好き」なのは共通項かもしれません。最近では「地域の人の話を聞き書きしてみたい」という声もあるので、ZINEが地域を再発見するツールとして機能していくのかもしれないと感じます。

公式の観光パンフレットにはない、生活者ならではの温度感やリアリティが感じられる情報ですね。そうした発信は、外から来る人にも響くのでしょうか。

橋本

響くと思います。観光目的ではなく移住先を探して宇野港を訪れた方が、私たちのZINEを読んで「こういう面白い活動をしている人がいるなら、この街は楽しそうだ」と興味を持ってくれることもあります。市民が自分たちの視点でつくった手づくりのZINEだからこそ、街の空気をダイレクトに伝えてくれる効果があるのでしょう。

「農作物の成長」をテーマにしたZINEのページを開き、興味をそそられた写真を指差している橋本さんの手元

地元民が集う「宇野港ラジオ体操」参加者有志の手で制作されたZINE。ある人は地域の歴史を、ある人は自身の畑で育つ農作物の生育状況を紹介するなど、地元の人がそれぞれの伝えたいことを自由気ままに発信している

ちなみに、みなさんがつくられたZINEは、どのような場所で読まれ、どう広がっていくのでしょうか。

仲俣

ZINEはお金を儲けることが第一の目的ではなく、「コミュニケーションを発生させること」に重きが置かれています。ですから、必ずしも普通の本屋さんに置く必要はありません。

私の場合は、自分の生活動線上にある行きつけの本屋さん、あるいはよく行くカフェに「置いてくれませんか」とお願いすることが多いです。たとえば行きつけのカフェに置かせてもらうと、飲食のついでに意外なほど買ってもらえたりするんですよ。

あるいは駅前の多目的スペースなど、日常の通り道で販売することもあります。人の生活の動線のなかにZINEが染み出していくと、たまたま通りかかった人が「何だろう?」と手に取ってくれるんです。

また、自分が直接行けない遠方の地域では、代わりにZINEを手売りしてくれる仲間がいます。こうしたネットワークを通じて、全国のさまざまなコミュニティへZINEが届いていくんです。

橋本

私たちも、岡山県内外のイベントに出向いてZINEを出張販売することがあります。仲俣さんがおっしゃるように、ZINEを介したコミュニケーションは非常に豊かです。イベントではじめてZINEを買ってくれた人が、2回目に会うと「私もつくってみたんです」と自分自身の作品を持ってきてくれたりする。

ZINEというメディアを介することで、地域に潜在していた「つくり手」と「読み手」が可視化され、似た関心を持つ人同士がつながり、そこで新しいコミュニティが立ち上がっていく手応えを感じています。

SNS疲れの時代に、「ちょうどいい」ZINEの距離感

誰もがSNSで簡単に発信できる時代にあって、あえて「紙のZINE」を手渡しで届けることの価値はどこにあるとお考えですか?

仲俣

いま、多くの人がSNSのアルゴリズムに疲れを感じていますよね。バズるかどうかに一喜一憂し、常にネット上の反応を気にしなければならない。そんなSNSの引力から離れたいと思っている人にとって、ZINEのコミュニケーションの深さや距離感は「ちょうどいい」のだと思います。紙の手触りとともに「これ、つくってみたんです」「読みました、面白かったです」とやり取りする。そこにホッとする感覚があるのでしょう。

対談中、楽しそうに笑みを浮かべる仲俣さん

仲俣

また、「本」という形態が持つ力も大きいです。以前、神保町でZINEを売っていたとき、小学校2年生の女の子がお母さんと一緒に来て、私のZINEを数ページ読んで「面白い!」と買っていってくれたことがありました。

このように、ZINEには世代を超えて予想外の読者に届く面白さがあるんです。「活字離れ」と言われていても、やはり日本には社会全体に「本を読む」という文化が染み付いていることを実感します。

橋本

たしかに、SNSのような即座の「いいね!」とは違って、あとになってから「あのZINEのあの部分、すごくよかったです」と熱量のある感想をいただくことが多いですね。

ZINEって「愛読書」というほど重たいものではなく、書き手と読み手のあいだにSNSでいう「相互フォロー」のようなつながりがあるわけでもない。気楽につくれて、気軽に読める。なおかつ「自分軸」でとらえられる点が、多くの人の心をつかんでいるのではないかと思います。

最後に、これからローカルZINEをつくってみたい、地域で発信をしてみたいと考えている読者に向けて、メッセージをお願いします。

仲俣

かつてローカルメディアといえば、都市部を拠点とするプロの編集者やデザイナーが地域に赴いて制作するような、立派で重厚なものが主流でした。しかし、私自身がプレイヤーとして全国を回るなかで見えてきたのは、草の根のように、地域の人たち自身から生え出てくる創造性の豊かさです。

大掛かりな仕掛けは必要ありません。宇野港編集室のような印刷機がある拠点や、シェア型書店の棚がひとつあるだけでいい。「私たちも発信してみようよ」という気軽な会話が各地域で生まれていくことに、私は大きな可能性を感じています。

橋本

ZINEは「大したものじゃないかもしれないけれど、だからこそ自分にもつくれる」というハードルの低さが魅力です。まずは紙1枚を折ったものでもいい。地域の小さなイベントやお店がZINEを取り扱ってくれれば、そこから発信ははじめられます。

そこで大切なのは、「みんなで地域の魅力を発掘して盛り上げよう」と肩肘を張るのではなく、自分が面白いと思ったことを、自分なりの視点で残してみようという感覚です。おまんじゅうの食べ比べもそうですが、観光ガイドには決して載らないような、その土地で過ごしているからこそ感じる魅力を、自分の言葉で伝えていく。

その個人的な発信が、結果として誰かに届き、共感を生み、人と人とが交わる「結節点」になっていく。そこから新しい文化や人の流れが自然発生的に生まれていくプロセスが、とても面白いんです。

ZINEというメディアはまだまだ多くの可能性を秘めています。地域とのかかわり方が少し広がったり、いつもの街が少しだけ面白く感じられたり。大きなムーブメントではないかもしれませんが、「小さなきっかけ」をつくる力がZINEにはあると感じています。

この記事の内容は2026年8月18日掲載時のものです。

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Credits

取材・執筆
榎並紀行(やじろべえ)
写真
丹野雄二
編集
服部桃子(CINRA, Inc.)

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