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『孤独のグルメ』原作者・久住昌之が語る旅の哲学。地域の「余白」を感じる歩き方とは?
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『孤独のグルメ』の原作者として知られる久住昌之さん。漫画家、エッセイスト、音楽家など、久住さんの多彩な表現活動のひとつの源となっているのが「旅」です。
行き先を決めすぎず、街を歩き、人を眺め、風景の変化を味わう。インターネットやAIに頼るのではなく、自分の感覚で見つけたものを面白がり、土地の空気ごと味わうように旅をする——。
そのまなざしは、食や街の背景にある人々の営みを浮かび上がらせ、作品の世界にも息づいています。久住さんは、旅のなかで何を見つめ、地域とどうかかわってきたのか。印象深い出会いや気づきを、ドラマ『孤独のグルメ』の舞台にもなった吉祥寺「カヤシマ」でうかがいました。
目的地より「過程」を楽しむ。久住流・旅の歩き方
―久住さんは全国さまざまな場所を旅し、それこそ『孤独のグルメ』の主人公・井之頭五郎のように各地の食を味わってこられたと思います。「食」を目当てに旅先を決めることもあるのでしょうか?
久住
食が目当てになることはないですね。そもそも事前にお店を調べることもほとんどありません。旅の大半は仕事で呼ばれて行くもので、街歩きをテーマにした番組に出演したり、地域で講演をしたりすることも多いんです。講演の前には、その土地の空気を自分なりに感じておきたくて、できるだけ街を歩くようにしています。
「このあたりに行ってみよう」と大まかな目安は決めますが、基本は出たとこ勝負。この前、滋賀県の北近江に呼ばれたときも、「まず長浜に行って、そこから西へ歩いてみよう」と。そんな旅の仕方が多いですね。
久住昌之さん
漫画家・ミュージシャン。東京都三鷹市出身。1981年、泉晴紀(現・和泉晴紀)と「泉昌之」名義で漫画家デビュー。実弟・久住卓也との漫画ユニット「Q.B.B.」では、『中学生日記』で第45回文藝春秋漫画賞受賞。谷口ジローと手がけた『孤独のグルメ』は2012年にドラマ化され、人気シリーズとなる
―目的地を決めずに歩いて、街の雰囲気を感じたり、面白いものを見つけたりするわけですね。
久住
そうですね。たとえば北近江に行ったとき、「そういえば、琵琶湖をちゃんと見たことがないな。どれくらい大きいんだろう」と思ったんです。地図やインターネットで見ても実感がわかない。「じゃあ、船に乗ればいいんじゃないか」って。実際に長浜港まで行ってみたら観光船が出ていて、コースもずいぶん多いんですよ。
琵琶湖に限らず、はじめての土地で一番わかりにくいのは「距離感」や「規模感」です。同じ5キロメートル四方でも、坂の有無で体感は変わるし、商店がぎゅーっと密集している街もあれば、ばらけた街もある。そういうことは、やっぱり歩いてみないとわからないんですよね。
―たしかに、そうした「距離感」は車で観光スポットを巡るだけでは感じにくいですよね。
久住
僕はそこが旅の面白さだと思うんです。事前に調べすぎたり行き先をきっちり決めたりすると、目的地に向かうことだけに意識が集中して、「途中」や「過程」に意識が向かなくなる。
先日、三陸の浄土ヶ浜に行ったときも、観光バスが次々とやってきて、降りてきた人たちがスマホで写真を撮り、3分もしないうちにバスへ戻っていく。もちろん、それぞれの旅の楽しみ方があると思うんですが、僕にはそれが旅というよりも「確認作業」のように見えてしまうんです。もう少しその場にいて肉眼で眺めていれば、海の色や岩の色が移ろう景色の面白さに出会えるのに。もったいないなと思います。
効率では味わえない、店そのものを楽しむ「小さな旅」
―最近は「タイパ」を求めて、効率よく観光スポットを巡る旅が増えているように感じます。
久住
そうですね。たとえば、『孤独のグルメ』を観てこのカヤシマに来る人って、ほぼナポリタンを頼むと思うんですよ。ドラマで五郎が食べていたから。でも、ここはナポリタン専門店じゃなくて、たくさんメニューがあるでしょ。ほら、壁にもいろいろ貼ってあるじゃないですか。ほかのメニューも見て、お店やお客さんを見渡し、雰囲気を感じて、自分の頭で考えたうえで「やっぱりナポリタンだな」ってなるならいいんです。最初から決めつけずに、まずははじめての店そのものを楽しむっていうのかな。
今回のインタビュー場所となった、吉祥寺の老舗喫茶店「カヤシマ」。ドラマ『孤独のグルメ』にも登場。昼は喫茶店、夜は居酒屋として営業している
カヤシマの店内
壁に貼られた手書きメニュー。価格が上書きされた跡や紙の風合いに、店の歴史がにじむ

久住
お店のあちこちをよく見ていると、こういう値段が上書きされているメニューにも気づいたりして、味わいがあっていいですよね
―それこそ五郎も、毎回いろんなメニューを吟味して、ほかのお客さんが食べているものを観察しながら、時間をかけて料理を選んでいます。
久住
つくり手としては、料理だけでなく「お店そのもの」を見せたいんです。カヤシマのナポリタンも、店主やアルバイト、常連客、駅からの距離や店までの道のり、店内の雰囲気やメニューの多様さ——そうした要素が重なって、あの味になる。すべてが少しずつ影響していると思うんですよ。
ドラマで五郎がお店にたどり着くまでの道を描いたり、たくさんのメニューを前に悩んだりするのも、それを含めてお店を味わうことだと考えているからです。言ってみれば、それだってひとつの旅。お店探しからはじまって、料理にたどり着くまでの小さな旅なんです。
―『孤独のグルメ』では、五郎以外のお客さんの会話なども細かく描写されていますよね。
久住
細かい丁寧な描写というのは、谷口ジローさん(漫画の作画を担当)のお考えでもあるんです。五郎は口数が少ないから、背景を細かく描かないと、読者が五郎の気持ちになれないだろうと。五郎がお店の何を見て、どんな会話を聞いて、なぜこれを食べたくなったのか。テレビのスタッフは、谷口さんが絵で表したことを、動画でやろうとしているんです。
それはシーズン1がはじまるとき、僕がドラマ版のスタッフにお願いしました。「淡々と、丁寧に」と。
店頭に置かれた『孤独のグルメ』登場店の巡礼ガイドブック
壁には久住さんのサイン色紙も
AIが教える名所より、「道端に落ちているナス」が面白いこともある
―五郎は訪れた街で気になった店に飛び込むスタイルですが、久住さんご自身は旅先でどのようにお店を選んでいますか?
久住
その土地の名物など最低限は調べますけど、基本は現地での感覚を大切にしています。先日も、北九州市の黒崎を朝早くから歩いていたんだけど、少し離れた場所に9時からやっているうどん屋があることがわかったんですよ。ちょっと遠いけど行こうかなと思ったら、すぐ近くにイタリア料理店があって。営業しているようなので近づくと、お店の前に貼り紙があったんです。
「お店の駐車場が満車のときは裏の駐車場も使えます」と。で、そのすぐ下に小さく「ただし、提携はしていません」って。要は有料ということなんだけど、申し訳なさそうに書いてあるものだから、思わず笑っちゃって「いい人だなあ」と。それで、うどん屋をやめてイタリアンにしました。
―偶然の発見に心を動かされてお店を決める。行き先を定めない旅の醍醐味ですね。
久住
旅先での偶然の出会いは大切にしています。面白いことって、どこから飛んでくるかわからない。それに気づけるように、できるだけリラックスして歩くようにしています。あそこに行かなきゃ、あれを食べなきゃといった目的にとらわれると、途中の面白いものを見逃してしまう。
さっきのイタリア料理屋に行ったときも、途中の道端に新鮮なナスが落ちていて。急いでいたら気づけなかったでしょうね。で、店のメニューにナスのスパゲティがあったりすると「もしかして、仕入れの途中で落としたのかな?」なんて想像したりして(笑)。そういうことに「自分で気づく」のが面白いじゃないですか。AIが教えてくれる評判のよいお店に行けばハズレはないでしょうが、自分の感覚を信じて入ったお店が「当たり」だった場合、余計にうれしくなりますよね。
変わりゆく地方の風景。長浜、悪石島、そしてドラマが描く希望
―全国を旅するなかで、地域の変化を感じることはありますか?
久住
ありますね。ある時期、地方を訪れるたびに、主要駅周辺が「どこも同じ景色」になっていると感じていました。大型商業施設とチェーン店ばかりが並んでいて。個人店が消えていって。
僕の地元の三鷹もそうでした。小学生の頃は高度経済成長期で住宅が増え、遊んでいた原っぱや雑木林がどんどんなくなっていった。駄菓子屋や食堂が消えて、コンビニに変わっていく。好きだった場所が次々になくなる、あの無常感ですよね。地方の街を歩いていると、ときどきそんな記憶と重なる瞬間があって、「ああ、街ってこうやって変わっていくんだな」と。
―「かつての地方都市」に感じていたということは、いまは違う動きを見せている地域もあるのでしょうか?
久住
そうですね。地域によっては、また新たな姿で復興を遂げようとしている事例もあると思います。
たとえば、先ほども話が出た滋賀県の長浜。江戸時代は琵琶湖の湖上輸送で栄え、蔵が多く並ぶ街でしたが、車社会へと移るにつれ衰退し、かつての街の象徴だった土蔵造りの「黒壁銀行」*1も取り壊しの話が出るほどになっていました。
*1 1900年に建てられた第百三十国立銀行長浜支店。のちの明治銀行長浜支店
そんな状況のなかで、「壊してしまうのはもったいない」と立ち上がったのが地域の人たちでした。ヒントにしたのが、ヨーロッパのガラス工芸です。長浜には当時、ガラス工芸の歴史はありませんでしたが、ヨーロッパにも視察に赴き、リーダーがその可能性を信じて後押したそうです。
そうして黒壁銀行の建物を「黒壁ガラス館本館」として保存・活用し、ガラス事業を軸にした新たなまちづくりがはじまりました。次第に人の流れが生まれ、リピーターも増え、いまでは観光地として賑わっています。
黒壁ガラス館本館の外観(画像提供:株式会社黒壁)
黒壁ガラス館本館の内観(画像提供:株式会社黒壁)
1906年当時の明治銀行長浜支店(長浜市発行『長浜百年』より)
―蔵をうまく活用することで、地域を盛り上げながら景観も守っているわけですね。
久住
そうですね。長浜のよさは、「蔵」という地域の資源を壊さず、むしろ活かして街の再生を進めた点だと思います。そうしたものをうまく活用できず、結果として失ってしまう地域もあるなかで、よいまちづくりの好例ではないでしょうか。
長浜に限らず、かつて栄えた地域には昔ながらの建物が資源として残っています。それを活かせるリーダーがいれば、復活の可能性は十分あると思います。
―地方では人口減少や都心部への一極集中が大きな社会課題となっています。そんななかでも頑張っている自治体はあると。
久住
あると思います。長浜とは違うタイプの例ですが、2025年9月に訪れた鹿児島県・トカラ列島の悪石島ですね。島民は約80人で、そのうち20人が子どもなんです。
島では、小中学生の山海留学*2を積極的に受け入れたり、自然のなかで子育てしたい家族が実際に移り住んだりもしています。大自然のなかでのびのびと遊ぶ島の子どもたちは、表情がとても明るいんですよ。本当によい取り組みだと思いました。暮らしは決して便利ではないけれど、若い夫婦が移住して子どもが生まれたりと、希望を感じますね。
*2 離島や山間部などの地域で、一定期間その土地に滞在しながら地元の学校に通う制度。都市部の子どもが自然豊かな環境で生活や学びを体験できる教育プログラム
悪石島が属する鹿児島県・十島村の公式YouTubeチャンネル。特別編として久住さんが悪石島を訪れる動画が公開されている
―久住さんはドラマ版『孤独のグルメ』の脚本監修も担当していらっしゃいますが、大晦日スペシャルの舞台設定にも地域を応援するメッセージが込められているように感じます。2024年は震災に見舞われた能登半島、2025年は米騒動に揺れた米どころ・新潟が舞台でした。
久住
テレビドラマの影響力って侮れないなと思うんです。だからこそ、観た人が「いいところだな、行ってみたいな」と思えるように、丁寧に描きたい。観光名所を見せるのではなくて、そこに生きる「人」を描きたいんです。
―番組のなかで、能登半島地震で倒壊した建物を五郎が見つめるシーンが印象的でした。
久住
当時、地震から約1年が経っても、能登には倒壊したままの建物がそのまんま並んでいる現実があった。それを見たら、正直言いようのない怒りの感情も湧きました。でも、それをただ悲惨なものとして映すのではなく、痛ましい災害に見舞われつつも現地で暮らし、復活しようと、ときににこやかに頑張っている人がいることも感じてもらいたかった。そのために、五郎に語らせるのではなく、音楽で表現できたらと思ったんです。
人の温度に出会う旅。スマホをしまって街を歩こう
―今後、久住さんが旅の発信や作品を通じて、掘り下げていきたいテーマを教えてください。
久住
僕のなかのテーマはずっと変わらず「世の中の見過ごしがちな面白いことを、誰にでもわかるように面白く伝える」ことですね。最近、長野の善光寺で、カウンターだけの小さな蕎麦屋に入ったんです。カウンターの端っこに座ったら、店主のおばあさんが「もっとこっちに座りなさいよ」って言うんです。それで移動しながら「一見の客にもやさしい店主さんだな」と思ってたら、「届かないから」って(笑)。そういう小さな勘違い、現実とのギャップが面白いんです。笑いながらも、人っていいなぁと思う。
何かを掘り下げるというより、面白いものにできるだけ多く出会いたいかな。その一つひとつの積み重ねが漫画や文章、あらゆる表現の糧になってくると思うので。そういう意味でも、旅を大事にしたいですね。
―久住さんのように旅先で面白いものに出会う、あるいは、それに気づくコツはあるのでしょうか?
久住
繰り返しになるけど、やっぱりリラックスでしょうね。肩の力を抜いて歩くと、目の前にある面白いものや、偶然の出会いをつかまえられると思います。あとは、事前に調べすぎないことかな。調べすぎると事前に見るべきポイントが決まってしまって、ほかのものに目が向かなくなるんですよね。
もちろんインターネットやAIは便利なんだけど、全部頼るのではなく「半分」くらいにしたらいいと思う。もう半分は、現地での出たとこ勝負。本当に面白いものって現地に行かないと見つけられないと思うから。
この記事の内容は2026年4月14日掲載時のものです。
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Credits
- 取材・執筆
- 榎並紀行(やじろべえ)
- 写真
- 北原千恵美
- 編集
- 包國文朗(CINRA, Inc.)