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岩美町がアニメ『Free!』ファンと歩んだ10年。町おこし成功のポイントは「余白」

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『Free!』ロケ参考地になった岩美町の展望台とアニメキャラクター

鳥取県の最東端に位置する岩美町。2013年より放送の京都アニメーション制作アニメ『Free!』シリーズのロケ参考地として注目を集めました。

シリーズ完結から4年が経ついまもなお人気は衰えず、岩美町公式コラボグッズの販売や10周年記念イベントの開催などを通じて、全国からファンが足を運び続けています。

今回は、岩美町が長年『Free!』ファンに親しまれている理由を探るべく、町内のアニメ関連スポット巡りツアーへ。さらに、岩美町観光協会の田中司さんと、ファンから移住を経て町役場で働く福岡咲陽子さんに話をうかがいました。『Free!』ファンと岩美町が10年かけて育んできた関係性をひも解きながら、コンテンツツーリズムを取り入れた町おこしを成功させるヒントを探っていきます。

アニメシリーズ『Free!』と岩美町の関係

鳥取県岩美町の海岸線一帯は「浦富海岸」と呼ばれ、「ユネスコ世界ジオパーク」にも認定された豊かな自然が広がっています。

かつては夏場を中心に多くの観光客が訪れていましたが、その数は年々減少。かつて、海岸線に軒を連ねていた民宿も、次第に数を減らしていきました。

そんな岩美町がにわかに活気づきはじめたのは、2013年のこと。きっかけは、水泳に青春を捧げた男子学生たちの日常を描くアニメシリーズ『Free!』の放送でした。

風光明媚な漁師町を舞台にしたこの物語の「ロケ参考地」であることをファンが知り、岩美町を訪れるようになったのです。

『Free!』のキャラクターが描かれたポスターとグッズ

岩美町観光協会の建物内のグッズ売り場

【アニメシリーズ『Free!』とは】

2013年放送開始。水泳に打ち込む男子学生たちの絆や葛藤、成長を描き、多くのファンを魅了した京都アニメーション制作の人気シリーズ。第1期TVアニメ『Free!』放送以降も『Free! -Eternal Summer-』などの続編や劇場版が多数展開され、2022年公開の『劇場版 Free!-the Final Stroke- 後編』にて完結した。

2025年には、「Free!」シリーズ製作委員会と岩美町の公式タイアップイベント『Free!×岩美町 -Starting point for a New Journey-』を開催。シリーズが完結した現在でも、岩美町には全国から絶え間なく『Free!』ファンが足を運び続けています。

放送開始から10年以上が経ったいまもなお、岩美町が愛される秘密を探るべく、岩美町観光協会で事務局長を務める田中司さん(以下、田中さん)の案内で、ファン行きつけのスポット巡りへと出発しました。

岩美町観光協会の建物で笑顔を見せる田中司さん

岩美町観光協会事務局長 田中司さん
鳥取県鳥取市出身。幼い頃から岩美町の自然と文化が好きで2013年に移住。現在は岩美町観光協会で、コンテンツツーリズムや観光振興全般を担当している

『Free!』シリーズゆかりのスポットを巡り、岩美町がファンに長く愛される理由を探す

1,000名以上の支援で生まれ変わった「田後公園展望台」

『Free!』シリーズゆかりのスポット巡りの出発点として最初に訪れたのは、田後(たじり)地区。ここは主人公・七瀬遙が生まれ育ったエリアのモデルとされています。

高台から望む漁港。海沿いに建物が並び、奥に日本海と緑の山並みが広がっている

田後地区の漁港と海沿いの町並みを高台から見下ろした風景

そんなエリアの高台に位置するのが、田後公園展望台です。ここは、美しい日本海と漁村の風景を見わたすことのできる展望スポット。アニメにもたびたび展望台が登場することから、ファンのあいだでも思い入れの深い人気スポットになっています。

遊歩道の先に東屋が立っている風景

田後公園展望台と日本海。『Free!』ファンにも親しまれるスポットのひとつ

そんな田後公園展望台ですが、かつては整備の手が行き届いておらず、木製の手すりや柵の劣化が進み、訪れる人々の安全を十分に確保できない状態になっていたといいます。

この事態を受けて、岩美町役場が2024年6月にクラウドファンディングを実施したところ、『Free!』のファンを中心に、またたく間に支援の輪が広がりました。最終的に1,000名以上からの支援を得て、強度の高い手すりと柵が新設されました。

木材が傷み、一部が劣化した手すり

損傷が激しかった、かつての田後公園展望台の手すり

黒い手すり越しに望む日本海

1,000名以上の支援で田後公園展望台に新設された手すり。行政とファンが一体となり、『Free!』ファンに親しまれてきた景色を守り抜いた

ファンが語る岩美町の魅力

展望台にのぼると、そこにはコスプレをしたファンの人々の姿が。『Free!』をきっかけにインターネット上で知り合い、岩美町を訪れるようになったといいます。なかには「今回の訪問が3度目」という方も。

「なぜ、何度も岩美町を訪れたくなるのか」とたずねてみると、「最初はアニメに登場する場所に行きたいという思いだったけれど、いつの間にかこの町そのものが好きになっていたんです」と笑顔で答えてくれました。

制服のコスプレで展望台に立つファン2人の後ろ姿

楽しそうに撮影を行っていたファンのお2人

最大の魅力は「人」なのだといいます。

「宿の方も、飲食店の方も、タクシーの運転手さんも、みなさんが優しく迎え入れてくれるんです。コスプレの衣装で歩いていても話しかけてくれて。そんな地元の方々との温かい交流を重ねるうちに、自然と『またここに来たい』と思うようになっていました」と、語ってくれました。

ファンが10年以上通う民宿「ビーチインたけそう」

海を望む立地に宿泊施設が並んでいる様子

浦富海岸・荒砂神社前に位置する「ビーチインたけそう」。全室オーシャンビューで、旬の地魚を使った料理が味わえる

次に訪れたのは、岩美町が誇る美しい海岸沿いに立つ民宿「ビーチインたけそう」です。「ここは『Free!』ファンの方々にとって思い入れの深い場所のひとつ」という田中さんの案内で、女将の武田恵さん(以下、恵さん)にお話を聞きました。

『Free!』のグッズが並ぶ宿のロビーに立つ恵さん

「ビーチインたけそう」の女将・恵さん

「2013年の10月頃、岩美町にコスプレをした若い女性がドッと増えはじめたんですよね。『Free!』のアニメが流行っていて、ファンが来るかもと息子から聞いてはいたのですが、それでも最初は驚きました」と恵さん。

それもそのはず、『Free!』シリーズ、アニメの第1期は、関東圏・近畿圏・BSで放送されており、ロケ参考地となった岩美町では、作品の存在を知らない人がほとんどだったそうです。

「ビーチインたけそう」はもともと、マリンアクティビティ目的の宿泊客が多い夏場に予約が集中する宿でした。しかし『Free!』放送開始以降、作品をきっかけに訪れたファンたちが集まるようになります。

彼女たちが年間を通して集うリピーターとなった背景には、ファンからの提案ではじまったキャラクターの「誕生日イベント」がありました。

「あるとき、ファンの子から『宿に祭壇をつくっていいか』と相談されたんです。詳しいことはわかりませんでしたが、『好きにやってください』とお返事をして(笑)」。

すると、たけそうの宴会場で『Free!』シリーズに登場するさまざまなキャラクターの「誕生祭」として、ほかの宿泊施設に泊まっているファンも参加自由の宴会が毎月のように開かれるように。オーナーの武田智一さん(以下、智一さん)も誕生祭に参加しながら、ファンの方々と積極的に交流を図っていたといいます。

『Free!』グッズの棚を背景に話をする田中さんとたけそうの女将・恵さん

観光協会の田中さん(左)と、「ビーチインたけそう」の女将・恵さん(右)。以前、宿で使っていた冷蔵庫が故障した際には、「いつもお世話になっているから」と『Free!』ファンたちが費用を出し合い、新たな冷蔵庫を贈ってくれたこともあるという

「宿泊料はいただいていますが、イベントのお酒や食事は持ち込み可にして、自由にやってもらっています。せっかく遠くから来ていただいたので、みんなでワイワイやってもらいたいですから」と恵さん。

そんな自由で開かれた雰囲気に魅せられてか、たくさんの『Free!』ファンがたけそうのリピーターとなったそう。シリーズが完結したいまでも誕生祭は続いているので、10年を超える付き合いになるお客さんも多くいるそうです。

「ビーチインたけそう」女将・恵さん

恵

10年以上にわたってたけそうに来てくださっている方は、このあたりの観光地は行き尽くして、いまではここを拠点に県内のほかの観光地や近隣県にも足を延ばしているみたいですね。町民の私たちよりも、岩美町のことを知っている『Free!』ファンはたくさんいると思いますよ(笑)。

多くのファンがグッズを求めて訪れる「サンテック」

サンテックの外観

次に訪れたのは、『Free!』シリーズとの岩美町コラボグッズの企画・製造・販売などを手がける有限会社サンテックの物販ショップ。出迎えてくれたのは、同社代表取締役の山本健太さん(以下、山本さん)です。

ショップに足を踏み入れると、そこには『Free!』を中心としたさまざまなアニメグッズが並んでいました。

サンテックの物販スペース。並んでいるのは「京アニショップ!」から卸した公式商品など多数

「もともとはアロマグッズや卒業式などの記念品の製造などが中心で、『Free!』シリーズのグッズを手がけるまで、アニメグッズをつくったことはなかったんです」と山本さん。

2013年当時、地域おこし協力隊として活動していた田中さんの妻と、役場で働いている岩美中学校の同級生からの依頼で挑戦することにしたそう。

『Free!』シリーズの公式グッズに囲まれて話をする山本健太さん

有限会社サンテックの代表取締役 山本さん

その後、ライセンサーである『Free!』製作委員会から公式グッズの販売許可を取得。岩美町とのコラボも実現し、岩美町限定商品も取り扱うようになると、全国から『Free!』ファンが訪れるようになりました。

『Free!』キャラクターが印刷されたスマホスタンドやチャーム

岩美町限定で書き下ろされたイラストのオリジナルグッズ

また、各キャラクターの誕生日には、『Free!』ファンの皆様が主体となり岩美町の各民宿で誕生祭が実施されており、イベントの際にサンテックにもグッズを求めるファンの行列ができるようになったそう。

笑顔のサンテック山本さん

山本

『Free!』シリーズにはたくさんのキャラクターが登場するので、1か月に1度はファン主体の誕生日イベントが開催されていて、最盛期にはイベントの度に200〜300人ほどのお客さまがいらっしゃいました。

今回、『Free!』シリーズにゆかりのあるスポットを巡るなかで見えてきたのは、全国から訪れるファンを温かく迎え入れる、地元の人々の姿でした。

特定の地域を参考に制作されたアニメなどのコンテンツは、ファンに「初訪問」のきっかけを提供します。しかし、その後の関係性をつなぎ止めるのは、コンテンツではなく、地域そのものが持つ魅力、つまり「街の人々」の力なのかもしれません。

「仕事」としてではなく「地域を愛する一人」として、ファンを受け入れる

では、ファンを惹きつけるその「人の温かさ」や受け入れ体制は、どのようにして町全体に広がっていったのでしょうか。

町のアニメ関連スポット巡りを終えた編集部は、案内役を務めてくれた田中さんにあらためてインタビューを実施。岩美町が、いかにして地域おこしを進めてきたのか、アニメ放送が開始した2013年当時から現在までを振り返ってもらいました。

—岩美町にたくさんの『Free!』ファンが訪れるようになった当初、町の反応はどのようなものだったのでしょうか?

田中

もともとクルマ社会で町を歩く人自体が少なく、若い女性もあまり見かけない地域でした。だからこそ、町を歩く若い女性が突然増えたときは町民も私も、みんな「何事だ!?」という感じでした(笑)。『Free!』シリーズの第1期は岩美ではBSでしか観ることができず、誰もその存在を知らなかったんです。

ともに地域おこし協力隊として働いていた妻が調べてみると、岩美町が『Free!』シリーズのロケ参考地になっていることがわかった。「これはチャンスだ」と、役場の人も巻き込んで町として何かできないかどうか考えることになったんです。

岩美町観光協会のロビーで手振りを使って話す田中さん

—町の方々はそこからどのようにして、ファンとかかわっていったのでしょうか?

田中

飲食店や宿泊施設を営む方々が、ファンの方々を受け入れる体制を整えてくれたんです。たとえば「ビーチインたけそう」の智一さんは、ファンの宴会に参加するなかで「『コスプレNG』の町も少なくない」という話を聞き、「それはよくない」と。そこから地域の商店や近隣の漁港の方々に対して「コスプレをしている方々も温かく迎えましょう」と自ら働きかけてくれたと聞いています。

『Free!』シリーズのキャラクターと岩美町内のスポットが描かれたロケ参考地マップ

『Free!』シリーズと岩美町がコラボして作成したロケ参考地マップ。町内の名所とロケ参考地がわかりやすく記されており、ファンにとって欠かせないアイテムとなっている

田中

しかしそれは「仕事」として、儲けるためにやったわけではありません。

町の人々の根底にあったのは「地元に人が来てくれてうれしい」という純粋な気持ちです。地域おこし協力隊だった妻や役場の担当者も、積極的にファンの集いに参加していましたし、自ら『Free!』シリーズのロケ参考地のことを調べ道案内役を買って出る町民もいらっしゃいました。岩美町のみんなが「ファンを受け入れる主体者」としてかかわってくれたからこそ、『Free!』ファンのみなさんが楽しめる「ロケ参考地・岩美町」がつくられていったのだと思っています。

アニメキャラクターの写真やグッズが並べられた部屋

岩美町観光協会の2階に設けられたファン同士の交流スペース「岩美の部室」。本数の少ない路線バスを待つファンのために会議室を開放したのがはじまり。いまではファンが持ち寄ったグッズが所狭しと飾られ、町とファンが一緒につくり上げた温かい空間となっている

机に置かれたペンとファン交流ノート

「岩美の部室」に置かれているファン交流ノート。訪れたファンたちのメッセージが綴られたノートは、現在46冊目を数える

机の上に並んだ交流ノート

ずらりと並べられた歴代の交流ノート。10年以上にわたり、この場所を訪れたファンたちの交流の証となっている

—町のみなさんが積極的に「自分ができること」に取り組んでくれたことで受け入れ体制が整っていったんですね。

田中

そうですね。町民の自発的な熱量に加えて、行政のトップである当時の町長が理解を示してくれたことも大きかったと感じています。

アニメを起点とした町おこしに対して、当初は役場内でも反対意見があがっていたと聞いています。一方で、地域おこし協力隊だった妻をはじめとする役場の若い担当者たちは、「このチャンスを逃してはいけない」と考えていたのだと思います。その背中を当時の町長が「いいじゃないか。やってみよう」と押してくれたわけです。

缶ミラーやポストカードなどのアニメ公式グッズが並んでいる様子

岩美町観光協会に並ぶ公式グッズやアニメ制作スタッフの色紙

—町長の前向きな姿勢が、町全体の「やってみよう」という空気を後押ししたのですね。

田中

そのとおりです。前例のないことでしたから、成功するかどうかはわかりません。それでも「やろう」と言えるトップがいたからこそ、いまがある。先ほど、田後公園展望台の手すりを見てもらいましたが、その資金源となったクラウドファンディングの実施は、いまの町長が言い出したことなんです。

やはり裁量権を持つ人がチャレンジングな姿勢を持っていることは、町おこしにおいて重要なことなのだと思います。

行政、町民、制作会社が一体となり、受け入れ体制をつくった

—『Free!』製作委員会との関係も、年々深まっているそうですね。

田中

そうですね。岩美町にこれほど長くファンが訪れ続けているのは、アニメ公式のスタッフの皆さんの力添えも大きいです。

はじめは手探りでしたが、2016年には公式コラボができるまでになりました。それを活用して制作した岩美町オリジナルグッズは、それを目当てに岩美を訪れるファンもいるほどの人気です。

そうして10年以上という時間をかけて少しずつ距離が縮まり、アニメ関係者の方々も、年々前のめりになって町おこしに協力してくださるようになりました。その集大成と言えるのが、2025年に開催した初の公式タイアップイベント『Free!×岩美町 -Starting point for a New Journey-』です。イベントを通じて地域が盛り上がったことから、地元の方からも好評でした。

岩美駅で交通整理をする人とファンの方々

公式タイアップイベント『Free!×岩美町 -Starting point for a New Journey-』開催時の岩美駅の様子

『Free!』のキャラクターが描かれたバス

『Free!×岩美町 -Starting point for a New Journey-』の開催を機に運行を開始したラッピングバス

―シリーズが完結したあとも、たくさんのファンが岩美町を訪れ続ける理由はどこにあるのでしょう?

田中

観光協会としてもさまざまな接点を設けてきましたが、一番の理由は、ファンのみなさんが「アニメのロケ参考地」という枠を超えて「岩美町という場所」そのものを好きになってくれたことだと思います。

行政、町民、そして制作会社が一体となり、受け入れを続けた結果、いまではただの観光ではなく、まるで自分の故郷に帰るような感覚で訪れてくれる方がたくさんいます。そうした方々のおかげで、いまの岩美町があるのだと感じています。

岩美の海を背景に笑う田中さん

ファンから岩美町に移住し、地域に貢献するまで

「アニメの参考地」としてだけでなく、「岩美町そのもの」を好きになり、何度もこの町へ帰ってくるファンたち。なかには、その想いが高じて移住を果たした方もいます。

私たちは岩美町役場へと移動し、同役場の企画財政課で移住定住相談員を務める福岡咲陽子(ふくおかさくやこ)さんにも加わっていただき、インタビューの続きを実施しました。

東京で生まれ育った福岡さんは、まさに『Free!』シリーズをきっかけに岩美町の存在を知り、2023年に地域おこし協力隊の一員として移住した一人です。現在は住民を受け入れる側に回った福岡さんに、岩美町との出会いや移住を決めた理由、そしてアニメを起点にした町おこしの可能性について聞きました。

—福岡さんは、もともと『Free!』シリーズのファンだったそうですね。

福岡

はい。アニメの第1期からファンになったのですが、当時は物語の舞台である「岩鳶町」のモデルになった町があるとは知らなかったんです。

放映開始から8年経った頃、SNSで「『Free!』シリーズのロケ参考地・岩美町に行ってきた」という投稿を偶然見かけて。「え! あの景色が実在するの!?」と本当に驚きました。

ロビーの椅子に座って話す福岡咲陽子さん

福岡咲陽子さん
岩美町役場の企画財政課で移住定住相談員を務める

—はじめて岩美町を訪れたときの印象はいかがでしたか?

福岡

ずっと画面越しに見ていた景色を目の当たりにして、「『岩鳶町』が本当にあったんだ!」ととても感動しました。というのも、第1期の放送当時、私は主人公たちと同じ高校生だったんです。そのため、作品を通じて彼らと一緒に成長しているような感覚がありました。

だからこそ、はじめて来たとき、「私は知らないあいだに岩美町の景色に勇気づけられたり、癒やされたりしていたんだな」と気づいたんです。はじめての場所なのに、ずっと前から知っていたような不思議な懐かしさを感じ、私にとって特別なパワースポットのように思ったことを覚えています。

—その後、移住を決意されたわけですね。

福岡

もともと、いつかは地方に移住したいと思っていたんです。でも、なかなか勇気が出なくて一歩を踏み出せずにいました。でも、どうしても岩美の景色が忘れられなかったんです。

—町役場の職員として、今後どのように町とかかわっていきたいと考えていますか?

福岡

「ファン」「移住者」そして「行政担当者」の3つの視点を持っていることが、私の強みになるかなと思っています。今後はそれを活かして、移住・定住のサポートから観光振興まで、幅広く岩美町に携わっていけるのが理想です。

青空の下に赤い屋根の岩美駅がある風景

ロケ参考地のひとつとなっている岩美駅

ファンをまちづくりの主体者にするための「余白」の力

—福岡さんのように、ファンからまちづくりにかかわる方が生まれるのは本当にすごいですね。ファンがここまで深く地域にかかわり続ける秘訣はどこにあるのでしょうか?

田中

重要なのは、「余白があること」ではないでしょうか。たとえば、「ビーチインたけそう」に祭壇をつくって誕生日イベントを開いたり、冷蔵庫をプレゼントしたり。あるいはクラウドファンディングに参加したり、イベントのボランティアスタッフを買って出てくれたり。岩美町を訪れる『Free!』のファンの方々はただの「お客さま」ではなく、もはや「まちづくりの主体者」でもあるんですよね。

そうやって主体的に町にかかわってくださることが、岩美町への愛着につながり、「この場所を守りたい」というさらなる行動へと循環していると感じます。

ただ、私たちは狙って「余白」をつくったわけではありません。岩美町は小さな町なので、予算や人手が限られており、イベントなどを完璧につくり込む余裕がなかったというのが正直なところなんです。それが結果的に、ファンの方々が「自分たちも何かできるかも」と自発的に助けてくださる余白につながったのではないかと思います。

椅子に座って笑う田中さんと福岡さん

—移住者であり、行政担当者でもある福岡さんの視点からは、コンテンツを活かした町おこしについてどのようにお考えですか?

福岡

全国には岩美町のように、魅力があってもなかなか観光客に恵まれていない町もたくさんあると思うんです。そういった場所を訪れるきっかけになるという意味で、アニメなどのコンテンツには大きな力があるのではないでしょうか。

そしてコンテンツの力を活かすために重要なのは、小さくても地道な取り組みを続けることだと思います。行政としてファンの方々と地域のみなさん、そして制作会社との信頼関係を築いていくことが、長く愛され続ける地域づくりにつながっていくのだと思います。

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笑顔で話をする福岡さん
日本地図と世界地図が並び、シールがびっしりと貼られている

「岩美の部室」に設置された訪問者の出身地ボード。日本国内だけでなく海外からも多数のファンが訪れている

—行政と町の方々、そしてファンが一体となり『Free!』というコンテンツを活かしたまちづくりを進めたことが、岩美町を長く愛される場所にしたわけですね。

田中

そうですね。あとは私たちが「お金儲け」に走らず、アニメを「町に来てもらうきっかけ」としてとらえていたことも大きかったと感じます。ビジネスとして利益を追求しようとすれば、ファンのみなさんはそれを敏感に感じ取っていたでしょうし、結果的に「余白」はなくなっていたのではと思うんです。

振り返ってみれば、町の規模感や町長の言葉、『Free!』シリーズが放送されたタイミングなど、さまざまな偶然が重なって生み出された「余白」が『Free!』ファンのみなさんに長く愛される岩美町をつくったのかもしれません。

この記事の内容は2026年10月7日掲載時のものです。

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Credits

取材・執筆
鷲尾諒太郎
写真
伊藤圭
編集
牧之瀬裕加(CINRA, Inc)

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