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なぜ松江では、怪談が語り継がれるの?「見えないもの」を地域資源に変えるヒント

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タイトル画像。夕方の月照寺でゴーストツアーを行う様子

街を歩いていると、ふと怪談の気配に出会う——作家・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が愛した数多くの怪談の舞台である城下町、島根県松江市。NHK連続テレビ小説『ばけばけ』の盛り上がりもあり、「怪談のふるさと」としてあらためて注目を集めています。

松江における怪談は、「人を怖がらせるためのエンターテインメント」ではありません。では、松江の人々にとって「怪談」とは一体なんなのか? そしてなぜ、松江という土地にはこれほどまでに数多くの怪談が根づき、いまも語り継がれているのでしょうか。

今回は、松江の怪談文化を体感できる『松江ゴーストツアー』の語り部のお二人と、小泉八雲の曾孫で民俗学者の小泉凡さんにインタビュー。

「怪談」という文化的資源がどのように地域に根ざし、やがて新たな地域振興へと展開していったのか。私たちが自らの足元にある物語を見つめ直し、地域とかかわっていくためのヒントを探ります。

「怪談」が当たり前にある暮らし。松江という地域がもつ特性とは?

はじめに、松江の怪談をいまに伝え続ける『松江ゴーストツアー』語り部の石垣猿之助さんと佐藤夕子さんに、松江という土地と怪談の深い関係性についてうかがいました。

松江という地域において、怪談はどのような存在なのでしょうか。

佐藤

松江という街は小泉八雲、そして彼が残した怪談文化と切っても切れない縁があります。

私自身、松江で生まれ育ちましたが、物心つく前から父親が八雲の「耳なし芳一」や「雪女」のカセットテープを買ってきてくれて。夜に読み聞かせの代わりに流してくれたのが怪談との最初の出会いでした。当時はあまりにも怖くて、寝るどころではなくなり、大泣きしてしまったのをよく覚えています(笑)。

【小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)とは】
ギリシャ生まれ、アイルランド育ちのアイルランド人作家。1890年に来日し、島根県松江市で教師として暮らすなかで、松江や日本各地に伝わる民間伝承、怪談に惹かれ、『知られぬ日本の面影』『怪談』などの書籍を出版した。1896年に松江出身の小泉セツと正式に結婚して日本国籍を取得し、「小泉八雲」を名乗った。八雲は、日本に伝わる民話をもとに、そこにある普遍的な意味を見出し、文学として再提示した。

『松江ゴーストツアー』の語り部として活動している、石垣猿之助さん(左)と佐藤夕子さん(右)

幼少期から生活のなかに八雲の怪談があったのですね。

佐藤

それからも、常に身近に物語がありました。私の小学校の先生は、八雲の『知られぬ日本の面影』に登場する「小豆とぎ橋」という話の舞台になったといわれる、普門院というお寺のご住職でした。自己紹介代わりに地元の怪談をみんなの前で語ってくれたことも印象に残っています。

子どもの頃から、街の古い橋や通りを歩けば、親や周囲の大人から「ここは昔ね……」と自然に言い伝えを聞かされる。それを特別に怪談として意識するわけではなく、生活の一部として受け入れ、身近なものとして暮らしていく。それが松江の子どもたちにとっての当たり前の日常なんです。

石垣さんは、松江と怪談の関係についてどう思いますか?

石垣

私は島根県の西部出身で、大人になってから松江に移住したのですが、あらためて松江を見渡してみると、この街がどれほど深く怪談を地域文化として大切にしているかがわかります。実は松江市では、小学校4年生のカリキュラムに「小泉八雲」と「松江城」の学習がしっかりと組み込まれているんです。市民としての誇りや地域の文化を、子どもの段階から教える取り組みを行っている。

私自身も昨年、小学生の前で怪談を語る機会があったのですが、みんな事前に八雲のことを一生懸命調べて、真剣な眼差しで聞いてくれました。こうした教育もあり、「怪談を通じて松江を語れる」土壌が若い世代にもしっかり受け継がれている。これはこの地域ならではの大きな特徴だと思います。

怪談の奥にある風土への「畏れ」と、地域にとっての役割

恐怖を演出する現代の怖い話や都市伝説とは違い、松江の怪談には土地の歴史や風土、そして独特の精神性が宿っているとお聞きしました。

石垣

そうですね。どこの地域にも怖い話や伝承はあると思いますが、松江の怪談の最大の特徴は、地域の歴史、風土、風習、そして人々の信仰と地続きになっている点です。八雲がなぜこれほど松江の怪談に惹かれたかというと、地元に伝わる怪談や言い伝えを、妻のセツから聞くなかで、この街の風土そのものに強い興味を持ったからだと思うんですよね。

八雲は特に、「境界」という場所に強い関心を示していました。山際や水際というのは、古来より妖怪や霊が出入りする、非常に不安定な「あの世とこの世の境界」だとされてきた場所なんです。

松江にはそういった「境界」が多かったということでしょうか。

石垣

松江は宍道湖(しんじこ)などの豊かな水辺に囲まれていると同時に、少し足を伸ばせば緑深い山々が連なる地形でもあります。

怪談が生まれる背景には、ほとんどの場合そうした地形や歴史的な裏づけがあります。そこにあるのは、ただの「怖さ」ではなく、目に見えない自然や霊的なものに対する「畏れ」であり、尊敬の念なんです。

大亀の石像の上に、人の背丈の2倍以上ありそうな、巨大な石碑が乗っている。

松江ゴーストツアーでも訪れる、月照寺の大亀(げっしょうじのおおがめ)像。かつて街で大暴れしたため、背中に重い石碑を乗せられて封じ込められたという言い伝えがあり、小泉八雲の随筆『知られぬ日本の面影』にも紹介されている

自然への畏敬の念が、怪談として表れているんですね。

石垣

はい。実はそれだけでなく、怪談が土地の危険性やルールを伝える役割を果たしていたともいわれているんです。

具体的なお話でいうと、松江城天守の近くに「馬洗池(うまあらいけ)」という、かつて馬の体を洗っていた池があります。ここには「亡くなった人に会いたくなったら、息を止めて池の周りを3回歩くと会える」という言い伝えが残されています。でも、実際にやろうとしたらどうなるかというと、池が大きいので息が続かずに死んでしまう。

要するに、「死んだら(あの世で)会えますよ」というオチなのですが、その背景を深く考えてみると実はとても理にかなっているんです。

天守のそばにある池で深さもあるので、子どもたちが近くで遊んでいて落ちたらとても危険です。つまり、この言い伝えは「ここは危険な場所だから近づいてはいけないよ」という先祖伝来の戒めであり、「ここから先は人間が、ずかずか入ってはいけない」という自然界との境界線を示しているんですね。

松江の怪談は、単なるエンターテインメントではなく、こうした戒めや、目に見えない自然への畏敬の念、そして信仰といったものを伝える役割を担ってきたといえるのではないでしょうか。

怪談をとおして松江を疑似体験する『ゴーストツアー』

お二人が語り部を務める『松江ゴーストツアー』では、どういった取り組みをされているのでしょうか。

石垣

『松江ゴーストツアー』は、小泉八雲の怪談の舞台となった松江の風土や暮らし、空気感を肌で感じてもらうための試みです。もともとは二十年前に、小泉凡先生が発案されたものです。

【『松江ゴーストツアー』とは】
小泉八雲が再話した怪談を聞きながら松江の夜の魅力を再発見する観光ツアー。八雲の曾孫である小泉凡さんが監修を務めている。地元の語り部が案内役となり、2時間ほど暗闇のなかで五感を研ぎ澄ましながら、怪談の世界を巡る。

石垣

私たち語り部は、単にストーリーを説明しているわけではありません。城下町の小さな路地、宍道湖に沈む夕日、あたりを包み込む朝靄……そうした松江の風景そのものが怪談の一部であり、聞き手は語り部の声をとおして、松江という土地を五感で疑似体験しているのだと思います。

ツアー中、参加者の方々はどのような反応をされるのでしょうか。

佐藤

ツアーの途中、参加者の方が誰も口をきかなくなり、シーンと静まり返ることがあります。つまらなかったのかなと思って声をかけると、実は完全に夜の松江の世界に入り込んで、移動中も頭のなかでイメージを膨らませていたんです。そうした反応に出会えるのは、このツアーの醍醐味ですね。

また、最近は「子どもに地元の怪談を聞かせたい」と、地域の方が親子で参加してくださることもあります。怖いかもしれないけれど、一緒に歩きながら「ここがあのお話の舞台なんだね」と肌で感じてもらえる。そうやって地元の方が地域の物語を体験してくださることは、語り部としても本当にうれしいですね。

語り部二人の後ろ姿

『松江ゴーストツアー』の語り部のオリジナルパーカー。背中に描かれているイラストは1890年、ニューヨークから日本へと旅立つ八雲のうしろ姿。来日に同行した画家のウェルドンが描いたスケッチを使用している

そうした地域資源である怪談を次世代へ語り継いでいくために、今後どのようなことを大切にしていきたいとお考えですか?

佐藤

松江でも少しずつビルが建ち、私が生まれた頃と比べると景色が変わりつつある場所も増えてきました。それでも、お城の周りなどにはまだ変わらない風景が残っています。物語で伝えられているものと同じ景色を見ることで感じられるリアリティがあるので、最低限そうした街の姿は残していきたいですね。

石垣

そうですね。松江に怪談文化をこれからも残していくため、私たちが一番守るべきなのは「土地との結びつき」だと思っています。松江には、物語の舞台となったお寺や湖、川、橋などの風景がいまも変わらず残っています。

日常の風景のなかに「あ、ここはあの物語の場所だね」と感じられる空気が残っていること。それが街への愛着を生み、地域を大切にしようという気持ちにつながっていくのではないでしょうか。この土地との結び付きが失われてしまえば、松江の怪談もただの都市伝説になってしまいますからね。

怪談は隠しておきたかった?松江が「怪談のふるさと」に変化したきっかけ

続いて、小泉八雲の曾孫であり、民俗学者として『松江ゴーストツアー』を監修する小泉凡さんに、文化資源としての怪談の価値と、それを地域資源へと展開していくプロセスについてうかがいました。

語り部さんのお話をうかがい、怪談が地域の人々の暮らしや風景と深く結び付いていることがわかりました。あらためて、小泉凡さんが考える「怪談」の定義について教えていただきたいです。

小泉

一般的に怪談は超自然をテーマとする物語ですが、その多くは伝説化して地域に根づいています。八雲は「怪談には一面の真理(truth)がある」と言いましたが、怪談とはまさに「目に見えない異界から人間世界に送られてくる大切なメッセージ」といえるでしょう。

小泉凡さん
民俗学者であり、小泉八雲の曾孫。妖怪や怪談、小泉八雲研究を専門とし、地域文化を観光やまちづくりに活かす実践研究に取り組む。小泉八雲記念館館長、松江ゴーストツアー監修者

怪談に込められた「真理」とは、たとえばどのようなものでしょうか。

小泉

たとえば、松江の大雄寺(だいおうじ)などにも伝わる「子育て幽霊」の話。亡くなった母親が、墓のなかで生まれたわが子を育てるために幽霊となって水飴を買いにくるという怪談ですが、八雲はこの物語から「母の愛は死よりも強い」という真理を再話で伝えました。

現代でも親が子をかばうようにして亡くなった、といった痛ましいニュースを聞くと、怪談に込められた「母の愛」という真理が、時空を超えて存在しているのかもしれないと強く感じます。

また、松江にも伝わる「河童」の話。河童が馬を水に引きずり込もうとする物語の背景には、古代ユーラシア大陸に存在した「水の神に生きた馬を捧げる」という信仰文化が隠れています。怪談の背後には、自然を畏怖して森羅万象に霊魂の存在を認めるアニミズムや民俗信仰がしっかりと息づいているのです。

松江にも、そうした民俗信仰が深く根づいていますよね。

小泉

ええ。松江は城下町であり、城の内と外が明確に区別され、その境界(周縁部)に怪談が集中しています。また、出雲地方には、古くからの伝統を大切にしてきた文化や気質もあり、古い物語が消えずに「たまりやすい」環境、またアニミズムを大切にする土壌があったことが大きいでしょう。

小泉八雲記念館の入り口。小泉八雲の垂れ幕と妻・セツの企画展の垂れ幕がかかっている

小泉八雲記念館の入り口。小泉八雲の妻・セツをモデルにしたNHK連続テレビ小説『ばけばけ』の放送をきっかけに、セツに焦点を当てた企画展にも多くの来館者が訪れているという

小泉八雲旧居の内部。縁側越しに、美しく手入れされた日本庭園が見える

小泉八雲旧居。四季折々の庭を眺められる縁側は、八雲が愛した場所のひとつ。ここで物語の着想を得ながら、静かな時間を過ごしたそう

怪談には人間の本質や歴史が潜在しているのですね。ただ、一般的には怪談は「怖いもの」として認知されている側面が大きいと思います。観光資源として打ち出すことに、懸念などはなかったのでしょうか。

小泉

実をいうと、松江の怪談が最初から地域資源として扱われていたわけではありません。おっしゃるとおり、「怪談のふるさと」というと不気味なイメージを持たれかねないため、以前はむしろ隠しておきたいという空気もあったように思います。

その「隠しておきたい」という空気が、変化したきっかけは何だったのですか?

小泉

転機となったのは、十数年前に行った怪談談義のイベントです。元スタジオジブリ制作デスクで作家の木原浩勝さんが「境港は妖怪のふるさと、出雲は神話のふるさと。松江は『怪談のふるさと』でよいじゃないか」とおっしゃってくださったんです。

怪談が多いということは、自然や異界を畏怖する心を持った人が多いということ。そこから少しずつ、怪談をポジティブな地域資源としてとらえ直す機運が高まっていきました。

黒い装丁に赤い花と緑の花が図案化され、『KWAIDAN LAFCADIO HEARN』の英字が印刷された『怪談』初版本の表紙。

小泉八雲記念館に所蔵されている『怪談』初版本(1904年、アメリカのホートン・ミフリン社より出版)

かたちのない伝承や物語を、観光資源にするには?

そうした意識の変化のなかで、2008年に『松江ゴーストツアー』がスタートしたのですね。かたちのない物語をツアー化するにあたり、ほかの地域の事例なども参考にされたのでしょうか。

小泉

私はアイルランドのダブリンやロンドン、アメリカのニューオーリンズなどで、20年以上前から「物語」が観光資源になっているのを見てきました。特にアイルランドの「妖精博物館(National Leprechaun Museum)」は衝撃的で、展示品を見るのではなく、5つの部屋を巡りながら、語り部による妖精の話を中心に楽しむ博物館なんです。こうした事例を通じ、「かたちあるものでなくても、観光資源になる」と確信しました。

そこで、松江ツーリズム研究会と協力して『松江ゴーストツアー』を企画したんです。2018年以降、主催は松江観光協会に引き継がれ、現在に至っています。ツアーを実施するにあたり、私は次の「4つのポリシー」を大切にしています。

【『松江ゴーストツアー』が大切にする4つのポリシー】

  • 遊び心を持つこと(主催者も参加者も楽しむ)
  • 「闇への畏怖の念」を感じること(懐中電灯の明かりだけで歩き、闇の怖さを体験する)
  • 「耳で楽しむ観光」であること(視覚に頼らない体験)
  • 怪談にある「一面の真理」を一人ひとりに考えてもらうこと

小泉

単なる大人の肝試しではなく、怪談の余白からメッセージを感じてもらう。語り部のみなさんがこれを深く理解し、実践してくださっているからこそ、長く続くツアーになっているのではないでしょうか。

懐中電灯に照らされた夜道を進むゴーストツアー参加者

松江ゴーストツアーが行われる夜の月照寺(画像提供:松江観光協会)

黒い床に文字やイラストが白く映し出されている

小泉八雲記念館内の行燈(あんどん)風展示には、八雲が『狂歌百物語』から選んで描いた自筆の妖怪画と狂歌が映し出されている

「見えないものを大切にする」という怪談が、現代においてどのような価値をもつとお考えですか。

小泉

いま、森羅万象に魂が宿るというアニミズムの世界に、あらためて目を向ける人が世界中に増えていると感じています。近年は世界中で八雲の怪談をテーマにしたアート展やイベントが大盛況となっていて、イタリアのミラノで2022年に開催された『日本の幽霊と精霊たち』という展覧会には半年間で9万5,000人もの人々が足を運びました。

怪談は、自然と人間、現実世界と見えない世界、生者と死者を「つなぐ文学」です。環境問題などさまざまな課題が表面化する現代社会のなかで、私たちはもう一度、自然に対して謙虚になり、妖怪や怪談に込められたメッセージに耳を傾けながら、共生の道を模索するタイミングを迎えているように感じます。

小泉八雲旧居の縁側と八雲が実際に使っていた机と椅子

小泉八雲旧居。机は、原稿を書くために小泉八雲が特注した。左目を失明していた八雲が目を近づけて執筆しやすくするため、机の高さは通常より高くなっている

最後に、松江のように無形の伝承や物語を地域の宝として活かしたいと考えているほかの地域の方へ、アドバイスをお願いします。

小泉

まずは「かたちのないものでも資源化できる」ということを知っていただきたいですね。そして、伝承や物語をただ面白おかしく扱うのではなく、専門家の知見を借りながら、背後にある民俗信仰や精神性をしっかりと理解したうえで活かすことが重要だと思います。

また、観光資源として長続きさせるためには「シンプルであること」が大切です。盛大なイベントを一度だけ行うより、小さくても地道な活動をいかに継続するか。その方法を模索してほしいと思います。

活かし方は、地域によってそれぞれです。たとえば岩手県の遠野では、遠野駅からほど近い「とおの物語の館」で語り部の民話を聞くことができます。遠野は広い地域なので、駅で話を聞いてから各々自転車やレンタカーで街を回ってもらうスタイルが合っているのでしょう。一方、「一条妖怪ストリート」として知られる京都の大将軍商店街では、年に一度、仮装行列などのイベントを行っています。こうしたやり方もあるかと思います。

松江の場合は、街がコンパクトにまとまっているため「歩いて回る」といういまのゴーストツアーのかたちが最適でした。その土地のスケールや風土に一番合った手法を見つけることが、成功の鍵になるはずです。

この記事の内容は2026年8月6日掲載時のものです。

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Credits

取材・執筆
榎並紀行(やじろべえ)
写真
上村窓
編集
牧之瀬裕加(CINRA, Inc)

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