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俳優・小林涼子が挑む持続可能な農業。循環型農法「アクアポニックス」で見据える未来

  • 循環型社会
  • 農業
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NHK連続テレビ小説『虎に翼』に出演するなど、俳優として活躍しながら、会社経営、農園の運営なども行っている小林涼子さん。2014年から新潟で農業に携わっており、その後持続的に農業と向き合える仕組みをつくりたいと思い、2021年に株式会社AGRIKOを設立しました。現在、農福連携*¹の取り組みをはじめ、さまざまな分野にも活動の幅を広げています。

そんな小林さんの農園「AGRIKO FARM」の特徴といえるのが、野菜と魚を一緒に育てる循環型の農業システム「アクアポニックス」を採用していること。小林さんが環境負荷の少ない農法を選んだ理由や、持続可能な社会の実現に必要だと感じていることとは? 地域とのつながり、これからの農業に対する考えも含めて、小林さんのいまの想いをうかがいました。

*1 農林水産省「農福連携の推進

「農業の子」になる?小林涼子が俳優業と農業を両立して見えたこと

―そもそもなぜ、農業をはじめたのでしょうか?また、ご自身で起業するまでの経緯や背景を教えてください。

小林:俳優業で走り続けてきた20代の頃、少し疲れてしまった時期がありました。そんなとき、2014年頃からリフレッシュのために家族と一緒に新潟へ行き、父の友人の田んぼで田植えや収穫など農業のお手伝いをする機会があって。お米ができていく様子が見られたり、自然のなかで過ごしたりすることで、どんどん農業が好きになっていきました。その後コロナ禍に入り、私の家族の体調不良も重なったことで、新潟に通うことができなくなり、農業を続けることが困難になってしまったんです。

それまでは農作物を育て、収穫し、食べる、その繰り返しがずっと続くものだと思ってきたけれど、決して当たり前のことじゃない、そんな危機感を感じました。私にも何かできることがあるのではないか、でもひとりでは限界があるので、仲間をつくって持続可能なかたちでやっていこうと思い、AGRIKOを立ち上げました。

NHK『虎に翼』など、数多くのドラマや映画などで活躍する俳優の小林涼子さん

株式会社AGRIKO代表取締役であり、俳優の小林涼子さん

―小林さんが2021年に設立した株式会社AGRIKOでは、どのような事業を展開しているのでしょうか?

小林:AGRIKOでは現在「農・福・食・働」という4つの事業を展開しています。

「農」は、私が農業にかかわるきっかけになった新潟の田畑で行う農業と、生まれ育った都市部で行うアクアポニックスを用いたファーム事業。「福」は、「福祉=幸せ」の語源に由来し、障がい者雇用や法人向けのアートレンタル、社員向けの接遇講習など、働く人たちの心と体が元気で、幸せになるよう働きかけていく事業です。

「食」は「FARM to TABLE」を事業としていて、ファームで採れた野菜をレストランに卸すほか、収穫した農作物をクラフトビールや食品に加工し、みなさんの食卓にも届けられるようにしています。「働」はクライアントさんとともに働き方を整えていくもので、ほかの企業のブランディングや障がい者雇用をサポートしていくコンサル事業も行っています。

活動がここまで広がったのは、自分ひとりでやろうとせずに、一つひとつのご縁を大切にしてきたからだと思います。そしてちょうど会社を立ち上げたときはコロナ禍だったのですが、そのなかでも「新しいことにチャレンジしよう」「できることから積み上げていこう」と前向きに取り組んできたことが大きかったと考えています。いろいろな才能が根を張り、芽吹き、育っていく「土」のような会社になっていけたらという想いで、仲間を集めていきました。

東京・表参道にオープンしたAGRIKO LABORATORY

東京・表参道にオープンしたAGRIKO LABORATORY

―社名のAGRIKOには、どのような意味を込めたのでしょうか?

小林:もともと農業は親の仕事を子どもが継いでいく、というイメージが強かったのですが、農家の子でなくても農業は継いでいける。みんな地球の子であり、自分の生活に密着している農業にかかわることができる、そうなっていきたい。そんな想いから「農業(=AGRICULTURE)の子になります!」という意味でAGRIKOという名前をつけました。

新潟での農業体験から、株式会社AGRIKOを企業した俳優の小林涼子さん

誰もが幸せに働けることをめざして。アクアポニックスをとおして生まれた、地域とのつながり

―魚と野菜を同じシステム内で育てる「アクアポニックス」は、環境不可の少ない循環型農業として近年日本でも注目されています。小林さんがアクアポニックスと出会ったのはどんなきっかけだったのでしょうか?

小林:アクアポニックスと出会ったのは、新潟と同じように生まれ育った東京でも農業ができないかと模索していたときです。新潟のように、何でも育てられる豊かな農地を東京で探していたのですが、なかなか見つからなくて。そして同時期に「いろいろな環境や条件のなかで、どうやったら農業がもっと持続可能になるのだろう」ということにも興味が湧くようになりました。東京の、しかも限られた場所で生産する方法はないかと考えていたときに、海外の友人からアクアポニックスを教えてもらいました。

AGRIKO FARM桜新町に設置してあるアクアポニックス

AGRIKO FARM桜新町に設置してあるアクアポニックス。屋内に設置することが多いなか、AGRIKOでは日本初の屋外に挑戦している(画像提供:株式会社AGRIKO)

─実際にアクアポニックスを実践してみて感じるメリットを教えてください。

小林:調べてみると、アクアポニックスは野菜の栽培と魚の養殖を同時に行うことができ生産性も高く、また環境に優しいナチュラルな生産方法ということがわかりました。魚の排泄物が微生物によって分解され、野菜や植物に栄養として吸収される、そして浄化された水がふたたび魚の水槽に戻る。そんな里山やビオトープにも共通する循環性が、新しい栽培方法なのにどこか懐かしさを感じるシステムだと魅力を感じました。

そこで、さっそく家のベランダで小規模のアクアポニックス(ベラポニックス)の装置をつくりました。そして実験的に栽培をはじめてみたら、ちゃんと育ったんです。

これはいける! と思い、農園での採用を決めました。こうしてアクアポニックスを実践していくうちに、メディアからも注目をいただくようになりました。いまではアクアポニックスをとおして、農業の魅力を感じてもらえるきっかけになっていると思いますし、教育への活用やヒーリング効果など、副次的なメリットも実感しています。

*2 特定の生物が生存できる環境を備えた場所のこと。ドイツ語の「Bio(生物)」と「Top(場所)」を組み合わせた言葉。

農薬や化学肥料、除草剤を使用していない環境に優しいアクアポニックスは、次世代の持続可能な循環型農業として注目されている

農薬や化学肥料、除草剤を使用していない環境に優しいアクアポニックスは、次世代の持続可能な循環型農業として注目されている(画像提供:株式会社AGRIKO)

gicca池田山のお料理

AGRIKO白金では、ファームで収穫した野菜や魚をビル内のレストラン「gicca池田山」で提供。「ビル産ビル消」を行っている(画像提供:株式会社AGRIKO)

―新潟と東京で農業をされていると、各地域とのつながり方にも違いを感じるのではないかと思います。小林さんは、どのようにそれぞれの地域と向き合っていますか?

小林:地方と都会にはそれぞれ異なる風土があり、どちらも素敵なところがあります。その地域がどういった場所で、どういう人たちが住んでいて、どんな日々を過ごしているか。その風土は地域によって全然違いますし、どちらが優れているわけでもない。

地域と交流をしていくときには、フラットに向き合う必要があります。すべてそろっている場所なんてないですから、あるものに感謝をしていくという価値観を私は大切にしていますね。

AGRIKOの「農」事業を軸としてさまざまな分野に活動を広げる小林涼子さん

―東京では桜新町と白金でアクアポニックス農法を導入した循環型農福連携ファーム「AGRIKO FARM」を運営し、企業と協業するかたちで障がい者の方も働ける場を提供されています。地域の方々とは、どのようにかかわっていますか?

小林:ファームでは、近隣に住む方々が働いてくださっていて。「スタッフ」として、企業の障がい者雇用で障がいのある方々が約20名、「サポーターズ」として、子育て世代のお母さんたちが約17名、常時2~3名で一緒に働いています。みんなの日報を読んではファームの様子や作業の進捗などを確認し、植物の状態に合わせて細かくやり取りしながら栽培を続けられているので、とても助けられています。

それから夏には、ファームで協業企業のみなさんやその顧客の方々とのイベントを開催しました。会社のスタッフやサポーターズのご家族をファームに招いて、子どもを中心に自由研究や納涼会もしています。最初の自由研究は、私も子どもの頃にやっていた「水質検査をしよう」というテーマで行いました。

昨年はスタッフの希望もあり、「アクアポニックスをつくろう」というテーマで2週にわたって取り組みました。アクアポニックスをつくるということは、魚がいて、さらに野菜も育てなければいけません。命の重さや食べ物のありがたみを感じてもらえるような、いい機会になったのではないかと思います。

こういった取り組みをとおして、地域の方々や子どもたちと触れ合うことで私たちもすごく勉強になっています。実は「AGRIKOの社長になる!」と言ってくれた子もいて、とても嬉しかったですね。

AGRIKO FARMで働くみなさん

企業と障がい者の方をマッチングし、雇用の安定化を支援することで、いろいろな人が農業にかかわることができる「農福連携」を実現させている(画像提供:株式会社AGRIKO)

AGRIKO FARMでスタッフと一緒に働く小林涼子さん

(画像提供:株式会社AGRIKO)

ネガティブなことも、とらえ方を少し変えるだけでいい空気がつくれる

―小林さんは、持続可能であることを軸にされていますが、農業にかかわるうえで、大切にしていきたいと思うことや、意識していることを教えてください。

小林:AGRIKOのスタッフには「楽しい、そしておいしい」と思ってもらいながら農業に携わってもらいたいので、「こうしようね」とか「こうしなきゃ」という伝え方をあまりしないようにしています。

創業当初は、人も、お金も、場所も、技術も、知識も、能力もないところからスタートしました。ないことを嘆くのではなく、ポジティブにとらえて、まずは何事も楽しむ。そして最初から完璧をめざすことはせず、どうすればできるようになるのかを柔軟に考えながらやってきました。

幸いにも、サポーターズとして参加していただいている方々はお母さんとしての経験も豊富! ものすごく発想力豊かで、つまずくことがあっても「大丈夫、こっちならできるよ」と、解決策をたくさん教えてくれるのでとても心強いです。いまでは、みんなで楽しみながら取り組むことをとても大切にしています。

AGRIKO FARMで働くスタッフの多くは子育て世代のお母さんたち

AGRIKO FARMで働くスタッフのみなさん。子育て世代の女性たち、障がいを持つ人たちにとっても働きやすい環境づくりをめざしている(画像提供:株式会社AGRIKO)

AGRIKO FARMで働くスタッフ

(画像提供:株式会社AGRIKO)

─サポーターズのみなさんと一緒に働くなかで、発見はありましたか?具体的なエピソードがあればおうかがいしたいです。

小林:以前、アクアポニックスを設置している場所に雪が積もってしまい、全体がガチガチに凍ってしまったことがあったんです。私が「全部駄目になっちゃうかも……」と弱気になっていると、サポーターズの方が「でも! 魚はぴんぴん生きているし、雪が解けたら植物も大丈夫よ!」と声をかけてくださって。

その言葉を聞いたときに、たしかにとらえ方を少し変えるだけで、みんなが前向きな気持ちで取り組めるんだと気づきました。私も「積もった雪で雪だるまをつくりましょう!」と、楽しみながら解決に向かう方法を提案した結果、寒がりながらもスタッフみんなで作業を進められて、雪かきもできて。結果、魚は無事で、育てていたお花も元気いっぱいで問題なく出荷することができました。

会社をはじめた頃はどこかで完璧をめざそうとしていましたが、ポジティブな仲間と協力しあったり、頼ったりすることで目の前のことが解決していくことを実感しました。そして、いろいろな課題と立ち向かうためには土台となる健康な身体が必要で、毎日きちんとご飯を食べて、自分自身が元気でいることも大事。健康第一で信頼できる仲間がいれば、何があっても「大丈夫、こうすればいける!」って踏ん張り、乗り越えられることがたくさんある。それは植物も、魚も、そして人間も同じだと思います。

AGRIKOで働く地域の方たちに支えられていると言う小林涼子さん

「楽しい」「おいしい」が農業のきっかけに。少しでも農業へのハードルを低くしたい

―小林さんは今後、どのように事業を展開していこうと考えているのでしょうか?

小林:「農・福・食・働」それぞれの事業を掛け合わせていくことで、理想の循環を生み出したいと思っています。そのために、まずはファームを増やし、農作物を生産できる量を増やすことで生産を安定させたいですね。また、規模を拡大させることで、少しでも働ける人が多くなればと思います。いまは野菜だけでなく、クラフトビールの原料になるホップもファームで生産しているのですが、生鮮食品だけでなく加工食品も消費者に届けられるようにしたい。このようにたくさんのフックや入口をつくることで、農業の魅力に気づいてくれる人や、かかわってくれる人(関係人口)が増えていくといいなと思っています。

AGRIKO FARMで働く方が書いてくれた苗のポット

苗ポットに書かれている文字は、ファームで働く方が書いてくれたもの

―理想の「農業」をつくるうえで、小林さんが感じている今後の課題はありますか?

小林:農業に対する意識の転換です。実際に自分で農業を続けてきて、やはりプロフェッショナルなお仕事だなと感じています。けれど、たくさんある工程のなかで作業を細分化してみると、誰にでもできることはたくさんあり、かかわれるものなんです。そして「食べる」ということはとても身近なことですから、まずは「楽しい」「おいしい」を入口に、みんなが当事者となって農業に対するハードルを少し下げること。そして自分たちの半径5メートルに、「農」がある生活を意識してもらいたいなと思っています。農業のプロになりたい人を増やすだけではなく、かかわる人の間口が広がっていくといいですね。

私も、幼い頃から家族が「食」を大切にしていたので、食育や自然に触れてきたのですが、いま思えばそういう原体験が農業の入口になったのかなと。自分のできるところから、そういうきっかけづくりをして、少しずつ農業にかかわる人口を増やしていけたらと思います。

―最後に、農業に興味を持っている方、これからはじめようと思っている方に向けて、メッセージをお願いします。

小林:大切なのは、何事も柔軟に考えてみることだと思います。まずは自分の目の前にある課題や「ちょっと面白いな」と思ったことに触れてみて、やってみて、学んでいく。挑戦して失敗しても、その結果を糧に新しい方法を考えていくことがとても大事だと思います。

そして小さな目標、課題を解決できるようになったら、次はもう少し大きな挑戦をしてみる。1つの分野に絞りすぎない姿勢があるといいと思います。農業のことだけをやるのではなく、アクアポニックスや教育、福祉など、さまざまな分野のものと農業をかけ合わせて考えることで、いままで以上の力を出すことができるはずです。

循環型農福連携ファームを運営する、俳優の小林涼子さん

この記事の内容は2025年6月17日掲載時のものです。

Credits

取材・執筆
宇治田エリ
写真
タケシタトモヒロ
編集
篠崎奈津子(CINRA, Inc.)