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デジタル先進国デンマークから学ぶ、地方創生。平等性と満足感を保つスマートシティとは

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ICTやAIなどの最先端デジタル技術の活用により、さまざまな課題を解決したり、都市のインフラや経済を活性化したりすることで、人々の生活がより快適になることをめざす「スマートシティ」。いま、日本各地でこの取組みが徐々に広まるなか、世界に目を向けると、最先端の技術を人々の生活に浸透させている都市が数多く存在しています。


なかでも北欧のデンマークやスウェーデンでは、「人中心のウェルビーイングなまちづくり」が行われており、世界のなかでもデジタルインフラを活用したまちづくりが進んでいるといわれています。その証拠に、イギリスの政治経済誌『エコノミスト』の調査部門EIU(Economist Intelligence Unit)が発表した、2024年世界で最も住みやすい都市ランキング(*1)によると、デンマークの首都コペンハーゲンが2位となっています。北欧はどのようにデジタル技術を都市に実装し、浸透させていったのでしょうか。また、日本との違いはどこにあるのでしょうか。

今回は、デンマークと日本の二拠点で研究活動をされている安岡美佳さんに、北欧の地方創生におけるまちづくり事例や、海外から見た日本の課題などをコラムで綴っていただきました。

北欧、デンマークに住んで感じたまちづくりの基礎

私は、「社会における情報技術(IT)」の研究と実践に取組む研究者です。人を幸せにするITとは何か、人が幸せになるためにITは何ができるのか、そんなことを研究課題に据え、実験・実践する日々を過ごしています。そんな私がデンマークに研究の拠点を持ったのは偶然ですが、必然ともいえるかもしれません。それは、デンマークも、毎日の生活を豊かにするためのITや仕組みを積極的に試し、社会実装する国だからです。

2005年、当初、私は日本ではじめた博士研究を終わらせるために、デンマークの首都コペンハーゲンに来ました。そこから、日本とデンマークを行き来する生活をはじめ、早20年の歳月が流れています。この間に、北欧の街は大きく変わりました。1960年代より推進されてきた公共空間を重視したまちづくりは、21世紀のいま、テクノロジーを活用したスマートなまちづくりへと移行しています。

デンマークと日本の二拠点で活動する安岡美佳さん(画像提供:安岡美佳さん)

2025年現在、デンマークは、人間中心のウェルビーイングなまちづくりを実践する「スマートシティ」(参考記事:「スマートシティ」がめざすミライとは?基礎から学ぶ地方創生)として世界的に注目されています。スマートシティというと、センサーやIoT、ドローンやサイネージなどをイメージするかもしれませんが、北欧のスマートシティの特徴は、そのようなテクノロジーが前面に出てくるまちづくりではありません。そもそも、スマートシティと聞いて多くの人がイメージする、キラキラしたテクノロジーが設置されている街の姿を、北欧の街を歩いていても見る機会はほとんどないでしょう。テクノロジーというよりは、自然豊かな暮らしやすい街並みがあるだけで、ロボットレストランや無人店舗も多くありませんし、一週間北欧に滞在しただけでは、スマートシティの片鱗を体験することはほぼ不可能です。

そう、北欧のスマートシティは、デジタルが風景に溶け込み、一見して何がスマートなのかわからないのです。でも、確実に毎日の生活がデジタルやテクノロジーに支えられ便利になっています。

スマートシティには、IT以外のテクノロジー(再生可能エネルギーや効率的な経済プロセス)の活用やサステナビリティや環境保護の観点もありますが、今回はITをテーマに、北欧のまちづくりをご紹介したいと思います。

改札がない駅、遠隔で医療の診察……。平等性と満足感を保つデンマークのスマートシティ

北欧のスマートシティは、先端テクノロジーの活用といった見た目の華やかさはないかもしれません。でも、社会に生きる私たちの毎日を確実に一歩ずつ高品質にしているところに特徴があります。個々の都合に合わせたサービスが受けられる、弱者に皺寄せすることなく、みんなが平等に、少しずつ、より満足を感じられる、そんなスマートなまちづくりが進められています(*2)。

デンマーク・コペンハーゲンの新しい住宅エリア。自然に寄り添った快適な日常が、テクノロジーに支えられて可能になっている(画像提供:安岡美佳さん)

たとえば、この20年でデンマークの公共機関の窓口サービスの大半は、オンラインで手続きできるようになりました。2010年には、半日かかっていた引越し手続きは、2025年現在10分で完結します。働き盛りの子育て世代は、半休を取る必要もありませんし、ぐずる子どもを連れて窓口手続きの長い列に並ぶ必要もありません。子どもが寝ついた夜の隙間時間に、オンライン、もしくはアプリにより短時間で手続きを済ませることができるからです。2024年には、後見人制度(*3)を用いて遠隔に住む子どもが、高齢化した親の各種行政手続きをすることもできるようになりました。

2024年秋に登場した交通系アプリRejsekort(ライゼコート)は、日本のSuicaのような交通ICカードの機能で、モバイル公共交通サービスをスマートフォンのアプリで提供しています。これには、スマートシティ・デンマークならではのスマートな仕組みが搭載されています。以前はカードをターミナル(磁気カード専用のスタンド)にかざしチェックイン・アウトをする必要があったのですが、いまではアプリを使うことで、駅に対して物理的なアクションをとる必要がなくなりました。スマートフォンの画面上に現れる最寄り駅確認を承認するだけで、乗車・降車手続きが完了となるため、デンマークのメトロ・電車では、日本のような改札口もありません。

いままで、電車が来ているのにターミナルが混み合っていて電車を逃した、降車して歩いているときに、チェックアウトの手続きを忘れたことに気づきわざわざ駅にあるターミナルまで戻った……そんな経験をしているコペンハーゲンっ子は、アプリの登場でちょっとした幸せを感じています。

駅のホームに設置してあるRejsekortのターミナル。これまでは交通ICカードをタッチして乗車・降車をしていた(写真提供:安岡美佳さん)

Rejsekort(ライゼコート)のアプリ。乗車時は、右にスワイプしてチェックイン(画像提供:安岡美佳さん)

降車時にまたアプリを起動させてボタンをスワイプするだけでバスや電車に乗ることができる(画像提供:安岡美佳さん)

デンマークのデジタル化の特徴は、国全体にセキュアなネットワークがひかれ、社会の隅々にまでにデジタルソリューションがしっかりと行き届いているという点にあります。プライバシーやセキュリティが確保された高速ネットワークが、デジタルインフラとして社会の隅々にまで敷設され、敷設するだけにとどまらず、それがきちんと安心安全な公共・民間サービスにつながっているのです。そのため、住む場所が都会か田舎かにかかわらず、すべての人に多くの恩恵をもたらしています。

地方は一般的に都市圏とのデジタルデバイドが課題となりがちです。ですが、北欧では特に、都会と田舎の差は縮まりつつあります。

北欧の人々は自然が大好きで、都会に住む多くの人が週末の度に自然に囲まれた別荘で英気を養っています。なかには田舎暮らしをはじめる人もいますが、仕事の制約や、利便性の低下から、本格的な田舎暮らしを躊躇していました。しかしながら、リモートワークのインフラが整ったことで、物理的な制約のない職種や職場が増加し、働き手の自由度が拡大しています。デジタル化が進んでいることで、セキュアにネットワークに繋ぐことができれば、どこで仕事をしても変わらない、出社の必要がない分野もIT分野をはじめとし、多くみられるようになってきました。さらに、遠隔医療の発達や福祉技術の社会実装が進んだことから(*4)遠く離れた病院に出向かなくてもオンラインで診察が簡単に受けられるようになりました。

上記の例は、単なる優れたアプリやサービスひとつで実現した話ではありません。デジタルインフラが社会の隅々にまで整っていること、そして、その背後にさまざまなアプリなどと連携したデジタル社会基盤が整い、デジタル個人認証・個人証明が簡便にできることで、安心安全かつプライバシー・セキュリティが確保されたサービスが可能になっているのです。

デンマークにある市役所では、窓口対応予約が行われている。オンラインでも予約はできるが、実際に市役所を訪問し予約する市民も多々みられる(画像提供:安岡美佳さん)

なぜいまのスマートシティができあがった?福祉国家・デンマークの市民の義務とは

デンマークがいまのスマートシティをつくり上げた背景には、北欧独自の「人」「人の幸福」を軸にした考え方があります。デンマークは、1960年代の経済発展、社会的な平等運動の広がりを契機に、福祉国家の維持という国民の総意を持って社会づくりが進められてきました。過去50年の経済停滞などの模索の時期を経て、福祉国家の役割がより明確化され強固になったといわれます。そして、いまも、すべての人が平等で不安なく、幸せな暮らしをすることを社会づくりの礎に据えていることから、スマートシティもデジタル化も、すべての行動はそこからはじまり、そこに回帰するのです。

福祉国家では、すべての人が平等に幸せになることをめざしているので、いわゆる少数者や弱者の主観的意見が重視されます。その際、トップで議論するリーダーたちが他者の気持ちを慮り代表として話すのではなく、「当事者の気持ちは当事者にしかわからない」と考えます。

だからこそ、トップの義務は、少数者を排除しないこと、そして、みんなが社会に参加することを重視し、自分の意見を言い、新しい世界をともにつくる環境を整えることです。同時に、社会を構成する私たち一人ひとりは、人任せにせず、みんなで社会をつくるという姿勢を持ち、市民の一人として社会への「共同責任」を持つことが義務として求められます。

この根底には、社会における多様性を認識し受け入れ、自分が多数者と違う考えを持っているならば、周囲の人々とともに変化を求めること、そして主体的にアクションを起こすという考えが根付いています。

コペンハーゲンの街に設置されている電子カウンター。自転車が、1日と1年間に何台通過したかを可視化することで、市民がまちづくりに貢献できていることを実感しやすくしている(画像提供:安岡美佳さん)

デンマークでデジタル化が進展し、いまのようなスマートなまちづくりが進められたのは、「福祉国家の維持」という想いがあります。その想いに基づいた行政の施策としてのデジタル戦略が功を奏したことは事実ですが、それだけではありません。

デジタルを活用する際、新技術が社会に出現すると、決まって多くの人が反発しますし、それはデンマークでも同じです。ただ、そこで終わらずに、社会の構成員である市民一人ひとりが、福祉国家を維持するために必要なデジタルの利点を模索して納得し、納得しない場合には行動して望む方向に変えていきました。だからこそ、いまのデジタル社会、スマート社会の姿があるのです。

多様な意見を取りまとめるのは簡単ではありません。だからこそ、失敗を許容しつつ、まずやってみることが重要になります。

たとえば、デンマークではコロナ禍に、Smittestop(感染を止める、という意味)という接触追跡アプリがデンマークで導入されました。当初は市民からの猛反発がありましたが、懸念に関して、オープン既存メディアやオンラインメディアを活用し、市民主導の議論が繰り広げられました。同時に、政府は根気よく説明を続け、ロケーションデータは取得されないこと、プライバシーが配慮されていること、感染リスクを通知することで感染拡大を防ぐことが社会全体として重要課題であることが繰り返し市民に伝えられ、産官学民で議論が重ねられました。

1年後、伝える努力が積み重ねられたことで、住民の半数以上が利用するまでになりました。広まった理由として、ユーザビリティが向上し使いやすくなったこと、他人へのコロナ感染の危険性を回避できるという効果が認識されたことも大きかったといわれます。しかしながら、行政と市民が専門家の知見を借りつつ、オープンな議論を進めたことで、健康な人も、既往症などで感染に大きな不安のある人も、みんなが納得する解決策が模索されたことは重要なきっかけでした。

このアプリの恩恵だけとはいいませんが、デンマークでは外出制限は数か月のみでほぼなかったも等しく、感染拡大時も美術館や遊園地などは通常営業していました。

失敗したらやめてもいいし、やり直してもいいし、違う方法を試すこともできるわけです。みんなが納得する方法を探すには、とりあえず一歩を踏み出さなければ何もはじまりません。

このように、福祉国家の維持のために、デンマークは、デジタルを活用し、効率化を図り、人手不足を補うという戦略を選択しました。そして、福祉国家にとってのデジタル推進とは、社会の隅々まで恩恵が行き届くということが前提であるとし、そのための努力を重ねてきたのです。

「デジタル」が前面に押し出されていない街並みだが、目に見えないところでデジタルが活躍している(写真提供:安岡美佳さん)

日本のミライのまちづくりの第一歩は「同じ方向に向かって一致団結する」こと

デンマークから、日本のまちづくりのヒントや学びは、どこに見出せるでしょうか?

デンマークで執られている方法は、個人主義、自己主張に示されるまさしく欧州的なアプローチです。自分の意見を主張するという行為自体は、日本社会にも重要なことではありますが、北欧の方法をそのまま日本に適用するのは、社会文化的な違いを考えると親和性が低く思えます。

やはり、北欧を参考にしつつも、日本は日本に合った方法を自分たちで模索するしかないのです。一つ示唆的なのは、前述のように、デンマークはすべての基本に「民主主義と福祉国家の維持」という確固とした国民の総意があるという点です。

海外に拠点があることで、日本を第三者的立ち位置から見ることができる私には、現在の日本では、多くの新しいまちづくりの試みの萌芽が見られると感じています。特に、大きな街よりも小さな街や村などで、この傾向が顕著に見えます。地方の中小都市では、産官学民が、同じ目的に向かい、トップダウンとボトムアップの両方からまちづくりを進めています。たとえば、私がいまかかわっている石川県小松市では、市の施策や公約の実施が、市民のボトムアップの活動に支えられている良い例です。(*5)小松市では、市民と一緒に「未来型図書館づくり」プロジェクトが、コンセプトをつくるところから進められています。そこでは、市民が主体的に自分ごととして参加し、意見を交わし合う「リビングラボ」という手段を活用しています。

石川県小松市でのリビングラボの様子。リビングラボでは、年代や役職を問わず、市民を中心とした意見交換がされている。(写真提供:安岡美佳さん・小松市市長公室未来型図書館づくり推進チーム)

このように「リビングラボ」などの場を用いて、外からの新しい視点が持ち込まれたり、古くから存在する価値の再評価がされたり、再発見されたりしています。日本はいままで、海外の成功事例に目を向けてしまう傾向にありましたが、足元を見つめ、いまそこにある価値を掘り起こす試みが、想いある人たちの間で草の根的に生まれています。

そんな人たちへのメッセージとして、私が考える北欧から学べることは、「参加型の環境づくり」です。北欧では、想いのある人たちが第一歩を踏み出し、多様な人たちと模索し、創造し、変化を受容し続けるためのツールと仕組みが模索されてきました。

たとえば、先ほどご紹介した「リビングラボ」も参加型環境づくりの一つの手段です(*5)。詳しい解説は、デンマークや石川県小松市の実例をもとに記した、拙著やリビングラボの解説記事等を参考にしていただきたいと思いますが、この手法を活用することで、多くの当事者たちのニーズに沿うことが可能になったり、当事者自身の考えや態度が変化することで、新しい解決策が生み出されたりすることが期待できます。そして、人間中心のイノベーティブなまちづくりに一歩近づくことができると考えています。

人を大切にするデンマークのスマートシティの根本に、私が見たのは、「人間への愛」です。人は失敗するし、間違えるし、忘れやすい。それらを認めることで、はじめて、人の不得意な部分をサポートしつつ、得意な能力を拡張できそうなデジタルやサービスも考えられるようになります。そしてそれこそが、北欧のめざす「福祉国家を支えるスマートシティ」だと思うのです。

では、日本のめざすべきスマートシティはどのようなものでしょうか? 私たちはまず、理想の日本社会のイメージを共有し、同じ方向に向かって一致団結する必要があると思います。ここで一歩立ち止まって、私たちの幸せを第一義に据え、私たちの未来の地域、未来のまちづくりを考えてみませんか。

この記事の内容は2025年2月27日掲載時のものです。

Credits

執筆
安岡美佳
編集
篠崎奈津子(CINRA, Inc.)