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里山の暮らしを300年後まで。クラフトジンで福島を盛り上げる若者が描く、地域の未来
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「福島のイメージを、『美味しい』で変えたいんです」。そう語るのは、福島県川内村でクラフトジンの蒸溜所を営む大島草太さん。
栃木県出身の大島さんがはじめて川内村を訪れたのは2015年。穏やかな空気感と、いまも残る里山の暮らしに惹かれ、移住を決めました。2024年にはクラフトジンの蒸溜所を立ち上げ、川内村から「世界一のジン」をつくろうと、村の植物や日本古来の植生を用いたお酒づくりに向き合っています。
大島さんの願いは「美味しいジン」で福島のイメージをポジティブに上書きすること。そして、ジンをきっかけに川内村に人を呼び込むこと。大島さんのこれまでの奮闘と現在地、川内村の未来についてうかがいました。
里山の植物から生まれる、川内村のクラフトジン
―大島さんは2024年にnaturadistill(ナチュラディスティル) 川内村蒸溜所を創業し、川内村産のクラフトジンをつくられています。そもそもジンとはどんなお酒で、どのような魅力があるのでしょうか?
大島
ジンは、ハーブやフルーツ、樹木といった自然の風味をつけて蒸溜する、ボタニカル(植物)由来なお酒です。ジュニパーベリー*1という果実を使っていればほかはどんな植物を組み合わせてもOKなので、その地域ならではの植物や、つくり手が表現したいことを詰め込めるんです。バーなどで飲まれることが多く、ジンに込められた想いや土地の背景、物語も含めて楽しまれる方が多いですね。
*1 ヒノキ科の常緑低木ジュニパーの熟した果実を乾燥させた香辛料・ハーブ
大島草太さん
株式会社Kokage 代表取締役 / 「naturadistill 川内村蒸溜所」代表。栃木県出身。福島大学1年生だった2015年に授業で川内村を訪れ、大学卒業後に移住。日本の植物を活かしたジンの蒸溜に取り組んでいる
福島県川内村とは?
福島県双葉郡に位置し、阿武隈高地の中央に広がる山あいの村。いたるところに川が流れるこの村では、住民が井戸水や湧水を使いながら暮らしを営んでいる。川内村内にある平伏沼は、モリアオガエルの繁殖地として天然記念物に指定されている。東日本大震災に伴う原発事故によって全村避難を経験したものの、いまは多くの住民が戻り、村全体で約2,500人が生活している。
―naturadistillのジンにも、川内村という土地の物語が詰め込まれているのでしょうか。
大島
はい。たとえば、僕たちがジンの香りの軸、「キーボタニカル」として使っている「かやの実」。福島県は他県に比べ、多くのかやの木が自生していて、川内村でもかやの実がたくさん採れます。また、日本固有種である「ニオイコブシ」や国産の香木である「クロモジ」なども生息している。多様な植物に恵まれた川内村、福島だからこそnaturadistillらしいジンをつくれるんです。
日本の固有種を軸に、旬の植物や、社員それぞれが好きな植物をチョイスすることも。取材時に仕込んでいたのは、製造担当のメンバーが好きな梅の花を使ったジン。春のはじまりを感じさせる、甘い香りが特徴
かやの実を軸に、ニオイコブシやクロモジなどで香りづけしたクラフトジン

大島
かやの実は8月の最終週あたりにグレープフルーツに近い柑橘系の芳香を放ちます。最も香りが強くなるタイミングで収穫したものを使えるのも、僕たちが土地に根差しているから。川内村にある蒸溜所だからこそ、単に土地の特産品を使うだけでなく、そのポテンシャルを最大限に活かすところまで酒づくりを突き詰められるんです。
かやの実(写真提供:株式会社Kokage)
―多様な植物が自生していること以外に、川内村のどういった環境がジンづくりに適していますか?
大島
まず、豊富な地下水が使える点。川内村は、福島県内で唯一、上水道施設がなく、全世帯が地下水や湧水を使っているんです。原料となる清らかな水はジンの味に大きく影響しますし、蒸溜工程に欠かせない冷却水としても、年間通じて水温が安定している地下水は最適です。水道代もかかりませんので、コスト面でも大きなアドバンテージがあります。
また、「自然のなかに人が暮らす」という、昔ながらの里山の暮らしが残っていることも大きいですね。里山の暮らしとは、山のなかに人が入り、手入れをし、その恵みを享受することです。
―里山の暮らしとクラフトジンが、どう結びつくのでしょうか?
大島
たとえば、かやの実を使いたいと思ったのも、里山に暮らす地元のおじいちゃんの影響です。村内でお会いした際に突然、手のにおいを嗅がせてきて「いい香りだろ。このへんに自生している、かやの実だよ」と教えてくれました。それは、山とともに暮らしていなければわからないことですよね。
大島さんにとって思い入れのある植物は「ホップ」。前職でビールの醸造に携わっていたこともあり、ホップを使ったジンを仕込み中だという
―ジンを通じてそうした背景を知ると、地域そのものへの興味も湧いてきますね。
大島
それが僕たちの狙いでもあります。naturadistillがめざしているのは、ジンを通じて川内村や日本の森林を感じてもらうこと、好きになってもらうことです。実際、僕たちのジンを飲んで味を気に入り、蒸溜所に行ってみたいと、シンガポールから足を運んでくれたお客さんもいます。これからもジンを入り口に、世界中の人がこの地域を訪れるきっかけをつくっていきたいです。
海外で感じた「福島」への厳しい視線。栃木県出身の大島さんが村の活性化に取り組む理由
―大島さんは栃木出身だそうですね。川内村に対する思いの強さから、てっきりここで生まれ育ったのかと。
大島
生まれも育ちも栃木県の宇都宮市です。大学が福島で、川内村との最初の接点は大学1年生のときに授業で訪れたこと。村に2週間滞在して地域の魅力や課題を探す、フィールドワーク型の授業でした。そのときに川内村の空気感や、人と自然が共存する暮らし、地域を復興しようと奮闘する人々の熱量などに惹かれ、授業が終わってからも村へ通うようになったんです。
―そのときの体験が、川内村で事業をはじめる動機になったのでしょうか?
大島
それもありますが、もっと大きなきっかけは大学を休学して、ワーキングホリデー制度を利用してカナダで働いたときのことです。現地の人からどこから来たのか尋ねられ「福島」と答えると、それまで明るかった表情が一変しました。震災から数年が経過しているのに、「人が住めないところでしょ」といったネガティブな反応をされて。いまは復興しているといくら説明しても信じてもらえず、一度染み付いてしまったイメージを言葉で覆す難しさを痛感しました。
言葉や情報で伝えることに限界があるなら、「美味しい」「面白い」といった感性に訴える何かを福島から発信して、ポジティブなイメージに上書きしていけばいいんじゃないか。漠然とですが、そんな想いを抱くようになり、2019年から川内村で事業をはじめました。
川内村公式キャラクター「モリタロウ」をデザインしたボトルも
―当初からジンづくりをしていたのですか?
大島
いえ、ジンに行き着くまでにいろんなことをやりました。たとえば、規格外で出荷できないリンゴを使ったハーブティーの製造・販売。当時はSDGsが特に注目されはじめた頃ということもあり、フードロス問題の解決や地域の未利用資源の有効活用をうたって活動していました。ただ、自分のなかでその発信の仕方に違和感が生じてきて……。それって、僕が本当にやりたいことなのだろうかと思いはじめたんです。
社会貢献ありきではなく、まずは僕自身が何かを面白いとか、感動するくらい美味しいと感じて、だから伝えたいとなる。そういう順番であるべきではないかと。自分の内側に動機がないとつまらないし、多くの人に届けることはできないと考えました。
―それでクラフトジンに行き着いたと。地域でお酒づくりをはじめるにあたり、仕入れ先や協力者といった人脈はどのように築いていきましたか?
大島
もともと大学の授業をきっかけに知り合った人がいたほか、大学3年のときにはキッチンカーで起業していたのも大きかったです。この村で活動していきたいという僕の本気度が地域の人たちに少しずつ伝わり、協力してくださる方が増えていきました。
また、僕自身も数年前から川内村や近隣の町で暮らしていますので、地域のコミュニティとかかわるなかでいろんな人とつながりましたね。
はじめは村長さんや地域の代表の方々とのやりとりが中心でしたが、暮らしを重ねるうちに、農家さんや林業の方から、地元のお年寄りまで、自然と顔なじみが増えていきました。
店内ではnaturadistillオリジナルグッズも販売している
大島
ちなみに、naturadistillを立ち上げるときはオープンデーと称して地域のみなさんを蒸溜所にお迎えし、説明する場を設けました。お酒をつくるだけでなく、ジンをきっかけにこの地域へ足を運んでくれる人を増やしたい。この蒸溜所を起点に、いずれは宿泊施設やレストランバーなどもつくって地域全体を活性化したいという展望を、村全体の模型をつくって説明したんです。
それまでは「日本酒をつくるらしい」と誤解されている方も多かったのですが、オープンデーをきっかけに僕がやろうとしていること、酒造りからまちづくりに発展させたいという意気込みも伝わって、理解者や協力者が増えたと思います。
未来の川内村の模型(写真提供:株式会社Kokage)

大島
地元の人の反応として、最初はジンというお酒自体に馴染みがない人も多かったのですが、いまはありがたいことに味を気に入ってくださり、ご好評をいただいています。
農業、林業、教育、観光。ジンづくりをとおして地域とつながる
―ジンづくりをとおして、川内村の地場産業とはどのようなかかわりがありますか?
大島
まずは一次産業の「農業」と「林業」ですね。農業については、この土地で育てたいちごなどの農作物をジンの原料として使わせていただいています。
林業については、森にどんな植物が自生しているか、どう活用できるかを考えています。この辺りの森林はかつて近隣の炭鉱で消費するために植えられたアカマツばかりなんです。それがいまになって木が疲れてきて、どんどん枯れている。
人の都合で単一につくりかえてしまったものを、林業のプロの手を借りながらもう一度多様な森に再生し、その資源を僕たちが使っていけるようにしたいと思っています。
―森の循環という点では、山の資源を「採りすぎない」ことも重要ですね。
大島
そうですね。資本主義的に拡張していくばかりでは、どこかで自然との折り合いがつかなくなってしまいます。ですから、naturadistillでは生産数の上限を月3,000本までと決め、いくら注文が増えてもそれ以上はつくらない。山の資源を採り尽くすのではなく、これからも木が育ち、森が生き生きと循環するように「残す」ことも意識しています。
里山でとれたかやの枝
大島
それから「教育」。地元の教育委員会や玉川大学と連携し、小学生を蒸溜所に招いてジンづくりを体験してもらう授業を2026年4月から開始しました。自分で選んだ植物から生まれたジンを、20歳になったときに飲んでもらいたいなと。タイムカプセルのように手紙と一緒に保管しておけば記念にもなりますし、大人になったときにあらためて地元への誇りや、この土地とのつながりを感じてもらえるのではないかと思うんです。
小学生との交流が地域の担い手を育てることにつながってくれればとも考えています。この地域でのお酒づくりが、自然と社会貢献に結びついていく。それが、川内村に僕たちの蒸溜所が存在する意義なのかなと思います。
蒸溜所見学やブレンド体験(予約制)も行うなど、蒸溜所を地域の観光資源として活用している
大島
観光についても同じ考えですね。川内村を「通り過ぎる場所から目的地にしていきたい」という想いはありつつも、観光客が一度来て終わりといった「消費される場所」にはしたくない。オーバーツーリズムになって、地域に負荷がかかるようでは元も子もありませんから。
観光客をたくさん呼び込むというよりは、少人数でもいいから村に数日滞在して、地域をより深く知ろうとしてくれる人に選んでもらいたいと考えています。
―そのためには、どのような仕掛けが必要でしょうか?
大島
直近の計画としては、蒸溜所の2階にレストランバーをつくろうと動いています。地元食材を使ったフレンチベースのコース料理と一緒に、ジンを楽しんでもらえる場所ですね。
いずれはオーベルジュ*2にしたくて、宿泊施設も構想中です。ただ泊まるだけでなく、オリジナルジンをつくったり、お酒を仕込む樽を見ながらゆっくりできたり、地元の人が川内村の植生についてガイドしてくれるツアーや収穫体験がセットになっていたりと、この地域ならではの付加価値のあるコンテンツを提供したいと思っています。そしてできれば一度だけでなく、同じ人が何度も足を運んでくれるような場所にしていきたいです。
*2 宿泊施設を兼ね備えたレストラン
壁に貼られたオーベルジュの建築パース
いまの川内村が好き。300年後も続く里山をつくるために
―川内村で活動を始めた理由のひとつに、「福島に対するイメージを上書きしたい」という想いがあったとのことですが、当初に比べて福島に向けられる目線も変わってきていると感じますか?
大島
そうですね。たとえば、先ほどお話ししたシンガポールからのお客さんも、福島に対して何の先入観もなく、ただ僕らのジンが好きで、川内村のことをもっと知りたいという想いで蒸溜所を訪ねてくださいました。そういう意味では、少しずつ変わってきているのかなと。
そもそも僕らのターゲットって「福島を応援したい人」とかではなく、純粋にお酒が好きな人や、naturadistillの世界観が好きな人たちなんです。震災復興の象徴みたいなかたちでnaturadistillを取り上げてくださるメディアも多いのですが、僕らとしては何かの象徴としてではなく、まず純粋に、お酒好きに選んでもらいたい。
何のバイアスもかかっていない状態で僕たちのジンのファンになってもらい、それをきっかけに福島のことを知ってもらったり、福島のイメージが変わったりするのが理想です。
ジンの愛好家の方にも満足してもらえる、クオリティの高いお酒をつくっている自信もありますし、それがモノづくりの本質だと思うので。
―最後にあらためて、川内村のこれからについてお聞かせください。大島さんは10年後、20年後、あるいはもっと先の未来の川内村に、どうあってほしいと思いますか?
大島
前提として、僕も地元の人々も「いまの川内村」が大好きなんです。商業施設をもっとつくってほしいとも思っていないし、便利な暮らしを望んでいるわけでもない。自然と人とのほどよい距離感や、四季を感じる里山の暮らしこそ最高だと思っています。
その一方で、このまま何もしなければ村の人口は減り続け、現在の暮らしも維持できなくなるという危機感は当たり前に抱いていて。そのためには、いまの川内村に魅力を感じ、このかけがえのない暮らしを守りたいと思ってくれる人を増やすこと、また、地域内で経済が回っていくような仕組みをつくっていくことが大事で、僕も微力ながらその一助になれたらと思っています。
当面の目標は、ここで「世界一のジン」をつくり、世界から注目されること。ジンをきっかけに、川内村の空気感が好きな人が集まってくる流れを5年以内につくることです。そして、最終的には、かやの木が成木になる300年後まで地域が持続できるような循環を生み出していきたいと思っています。そのときに、地元の植生を使ったジンが地域に愛される存在になっていたらうれしいですね。
この記事の内容は2026年5月7日掲載時のものです。
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Credits
- 取材・執筆
- 榎並紀行(やじろべえ)
- 写真
- 志鎌康平
- 編集
- 服部桃子(CINRA, Inc.)