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観光スポットは「人」。白馬村の「村ガチャ」が導く、一期一会の旅のかたち
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長野県白馬村で、観光の常識を覆すユニークな取り組みが注目を集めています。
その名も「村ガチャ」。
500円玉を入れてハンドルを回すと、カプセルから出てくるのは村民の顔写真入りカードと特典チケット。そのチケットを持って村民に会いに行けば、さまざまな特典とともに、白馬村の個性豊かな人々との交流が待っている──「人」そのものを観光資源にしたこの仕組みは、観光客の回遊を促すだけでなく、移住や関係人口の拡大にもつながっているといいます。
今回の取材では、村ガチャの発案者である佐藤敦俊さんをはじめ、村ガチャに協力する村民の方々にお話をうかがいました。それぞれの視点から見えてきた村ガチャの可能性と、人との出会いを軸にした観光の未来像を探ります。
500円で「地元の人との出会い」を引き当てる、新しい観光体験
─はじめに「村ガチャ」がどんなものなのか、説明をお願いできますか。
佐藤
村ガチャは、「一期一会を何度でも。回してつながる旅の体験を」をテーマにした、1回500円で楽しめるカプセルトイです。出てくるカプセルには、白馬村に暮らす村民の名前や趣味などが記載された「村民カード」と、その村民が営む店舗や施設にちなんだサービスを受けられる「特典チケット」、そして白馬村の公式キャラクター「ヴィクトワール・シュヴァルブラン・村男III世」の「ステッカー」が入っています。
遊び方はシンプルで、カードに載っている村民を訪ねて特典チケットを手渡すと、さまざまなサービスを受けられるのと同時に、会話を通じて村民との交流を深められる……という仕組みになっています。
佐藤敦俊さん。2014年、長野県北安曇郡小谷村へ移住。その後、白馬村で白馬エリアの地形に特化した地域密着型のスノーボード「THE DAY.HAKUBA」の製造販売を手がける。2022年にスノーボードの販促活動の一環として「村ガチャ」をスタートした
佐藤
白馬村は、スキーやスノーボードなど冬のアクティビティで知られる国内有数の観光地です。一方で、観光客が冬に集中してしまうという課題があります。また、近年はインバウンド需要の高まりと移住者の増加により、多様な人々が集う村へと変化しています。
白馬村はもともと「民宿発祥の地」といわれるほど民宿の文化が根づいている分、新しい人を受け入れることに慣れていて、訪れた人との交流を楽しむ風土があります。だからこそ、「人」そのものを観光資源にできるのではないか、と考えたんです。白馬村の魅力を支えているのは自然だけではなく、そこに暮らす人々の温かさやユニークさ。村ガチャは、そうした「地元の人との出会い」をきっかけに、季節を問わず訪れたくなる新しい旅のかたちをつくりたいという思いから生まれました。
─ただ特典がもらえるだけではなくて、村民と話すことが条件になっているのが特徴的だと感じました。
佐藤
そうですね。「人と話すこと」こそが、その土地を好きになるいちばんのきっかけだと思っています。私も旅好きなのですが、「忘れられない旅ってなんだろう?」と振り返ってみると、「ヒッチハイクで地元の人の車に乗せてもらった」とか「泊まった旅館の女将さんに教えてもらった居酒屋が美味しかった」とか、やはり「人」が起点になっている思い出が多いんですよね。村ガチャを通じて、旅先での思いがけない人との「一期一会」を生み出せたらいいなと考えています。
─特典はどのようなものがあるのでしょうか。
佐藤
飲食店では、飲み物が無料になったり、食べ物が割引になったりする場合が多いです。協力してくれるみなさんのご厚意で、どれも500円以上の価値がある内容になっています。
なかには「地元産お米2キロプレゼント」「ホールケーキ丸ごとプレゼント」「日帰りテントサウナ無料」「スキージャンプ選手が案内する白馬ジャンプ競技場見学ツアー券」といった、本数の少ないレアチケットもあるんです。そうだ、「白馬村で白馬に乗馬体験」っていうのもありますよ(笑)。特に体験型の特典は、意外性やユーモアを感じてもらえるように意識して企画しています。
村ガチャをはじめた当初は、私の知人の範囲で協力してもらえる9組の特典でのスタートでした。その後しばらくは私から声をかけて参加してもらうことがほとんどだったんですけど、地元の新聞やテレビなどさまざまなメディアで取り上げられるようになり、ご近所の方々から「面白いことやってるね」「ウチも何か出そうか?」と声をかけてもらえる機会が増えていったんです。現在では、約50組の村民が特典の提供者として協力してくれています。
村ガチャのスタート時に協力してくれた9組の村民カード。うち半数は昔から白馬村で暮らす人々、もう半数は他地域からの移住者だった。その後も参加の輪は広がり、これまでに約70組の村民が協力し、約90の特典が生まれている。多様な背景をもつ村民たちが、この企画を支え続けている
村ガチャの仕組みをまとめると……
① 500円で村ガチャを回す。
② カプセルには村民カード & 特典チケットが入っている。
③ カードの村民に会いに行き、特典をGET!
【特典例】
・コーヒー1杯無料券
・地元産お米2キロプレゼント
・日帰りテントサウナ無料
・白馬村で白馬に乗馬体験
・スキー選手と一緒にジャンプ競技場を見学 ……など
村ガチャを回してみよう!
JR白馬駅近くの複合施設「Snow Peak LAND STATION HAKUBA」に設置されている村ガチャ。現在は村内の計4か所に設置されている
①500円玉を入れてハンドルを回すと……
②カプセルのなかには、「村民カード」(上段中央)、「特典チケット」(下段)、白馬村の公式キャラクター「ヴィクトワール・シュヴァルブラン・村男III世」のシール(上段左)が入っている。ちなみに、村男III世のシールは21種類あり、集めたくなる楽しさがリピーターにつながる効果もあるのだそう
③「特典チケット」の表面。出てきた特典は「白馬農場ジェラテリア ジェラート シングル」
④「特典チケット」の裏面。特典を提供してくれる村民「あきこさん」のプロフィールが記載されている。文面には「白馬農場産のお米や【○○】を使ったお食事も提供しています。」といったように、いくつかのキーワードが伏せ字で書かれており、それが会話のきっかけとなる仕掛け。知らない人にいきなり話しかけるというハードルを下げ、自然に交流を生み出す工夫が凝らされている
⑤チケット交換ボード。当たったけれど都合が合わず使えなかった特典チケットをボードに貼り、代わりにボードにあるチケットを受け取ることができる。交換ボードを導入する前はチケットの使用率が20%前後だったが、導入後はおよそ50%に。「チケットの使用率は、村ガチャを運営するうえで重要な指標のひとつ」と佐藤さんは語る
⑥「お土産村ガチャ」。土産売り場でも購入できるカプセルトイで、箱のなかには村ガチャカプセルと金太郎飴が入っている。観光客がお土産として持ち帰り、受け取った人が次の観光客として白馬を訪れる──そんな循環を生み出すことを狙っている
「DJ駅長」から「ホームステイ」まで、一生ものの思い出になる特典も
─そもそも、どんなきっかけから村ガチャを思いついたんですか?
佐藤
ある飲み会で「面白いカプセルトイってなんだ?」という話題で盛り上がったんですよ。そのときにふと、東京で見かけた「赤の他人の証明写真が出てくるガチャ」を思い出して。知らないおじさんの証明写真が出てくるだけなのに、妙にインパクトがあって印象に残っていたんです。
ただ、「もう少し工夫したら、もっと面白くなるんじゃないか」と思って。たとえば、それが「実際に会いに行ける」としたら……と発想を広げていったら、ちょうど「DJ駅長」の存在が頭をよぎったんです。
─DJ駅長……?
佐藤
2022年4月に白馬駅に着任した古畑幸信駅長のことです。古畑さんは趣味でDJをやる方で、あるとき彼がDJをしている動画がSNSでものすごくバズったんですよ。その投稿に対して「こんな駅長がいる街っていいな!」「今度会いに白馬まで行ってみよう!」といったコメントがたくさんついていて。それを見て「『場所』と同じように、『人』も観光スポットになるんだ」と、ハッとしたんです。
「赤の他人が出てくるガチャ」と「『人』が観光の目的になり得る」という2つの要素をうまく結びつければ、新しい観光資源になるんじゃないか──。そんなアイデアから、村ガチャの構想が生まれ、気づけばその飲み会の最中にカプセルトイの本体をネットで購入していました(笑)。あ、ちなみに村ガチャには「DJ駅長と駅長室でお茶ができる」チケットも入っていますよ。
「DJ駅長」こと白馬駅長・古畑幸信さん。村ガチャでは、特典チケット「DJ駅長と駅長室でお茶ができる」で会うことができる画像提供:佐藤敦俊さん)
─佐藤さんもガチャの特典に何か提供されているんですか?
佐藤
私は「佐藤家にホームステイできる券」を入れています。それで年に数回、全く知らない人が実際に泊まりに来るんですけど、最初は結構気まずいんですよね。うちの家族も「え、この人だれ?」って感じで(笑)。
─そ、それはそうでしょうね……(笑)。
佐藤
でも、帰るころには仲良くなれています。それに、来てくれた人にとっても「ガチャして知らん人のウチに泊まってきた!」って、一生ネタにできるくらいの忘れられない思い出になるんじゃないかと。そうやって白馬村がその人にとっての特別な、何度も足を運びたくなる「第二の故郷」みたいな場所になってくれたらうれしいですね。
─村ガチャは村内に何台置いていますか?
佐藤
現在は4台に絞って設置しています。以前は最大で12台設置していたこともあるのですが、景品の詰め替えや補充の作業が大変で、管理のしやすさを考えて減らしました。せっかくなので、村ガチャを設置してくれている村民のところに、いまからご案内しますね!
「自分も村民カードに加わりたい!」移住者が感じた村ガチャの魅力
2024年8月にオープンした「Hakuba Third Place Lodge」。名前には「あなたにとって白馬村、このロッジが『サードプレイス』となりますように」との想いが込められている。近くのゲレンデに歩いてアクセス可能で、夏季は屋外でバーベキューやテントサウナも楽しめる
佐藤さんに連れられて、取材班は村ガチャ設置場所のひとつ「Hakuba Third Place Lodge」に移動。そこで、オーナーの猪瀬映良さんにお話をうかがいました。
「Hakuba Third Place Lodge」オーナーの猪瀬映良さん。東京都出身。長野県に本社がある電機メーカーに勤めていたが、海外赴任中のコロナ禍をきっかけに自主退職し、東京でWebマーケティングの会社を起業。スノーボードが好きで、会社員時代によく白馬に通っていた経験もあり、英語を活かして外国人観光客と接する仕事がしたいと思ったことから、2022年に白馬村へ移住。2024年6月に白馬村五竜スキー場の麓にある宿泊施設を購入し、現在に至る
─村ガチャを設置するまでの経緯について、教えていただけますか。
猪瀬
白馬に移住して間もなく、村ガチャの存在を知りました。そのとき、ちょうど佐藤さんが村ガチャ運営のための寄付を募っていたので、「面白い取り組みだな」と思って少し支援させてもらったんです。
佐藤
あれは本当に助かりました、ありがとう。
猪瀬
はじめて村内の飲食店でバッタリ会ったときには「あ、有名人だ!」って思いました(笑)。当時、佐藤さんは村ガチャの発案者としてメディアにも取り上げられていて、白馬ではすっかり知られた存在になっていたんです。
それからは、白馬でロッジをオープンしようと考えていたこともあって、ビジネスの先輩である佐藤さんにいろいろと相談に乗ってもらうようになりました。そして2025年の9月、ロッジオープンから1年経ち、落ち着いたタイミングで「せっかくだから自分も村民カードに入れてください」と佐藤さんにお願いしたら、「じゃあ、ついでにガチャも置いてみる?」って提案してもらったんです。
佐藤
ちなみに、猪瀬さんの特典チケットはかなりレアですよ。「ロッジ宿泊無料券(※4月から11月の平日限定)」ですから。
─それは太っ腹ですね!
ロビーに設置されている村ガチャ。宿泊者の部屋、食堂、玄関をつなぐ動線の中間地点にあり、宿泊者が必ず通る場所に置かれている
猪瀬
佐藤さんには移住してからたびたびお世話になっていて、村ガチャにも協力したいという気持ちはずっとあったので、やっと仲間に入れてうれしいです。
─どんな人たちが村ガチャを回していますか?
猪瀬
よく目にするのは、子ども連れのファミリーですね。カプセルトイを見つけると、中身に関係なくお子さんが回したがるんです(笑)。中身については、親御さんたちがおおむね喜んでくれています。「近くにこんなお店もあるんだ」という新しい気づきにもつながっているみたいですね。
それに、村ガチャがあるとお客さんとのコミュニケーションが豊かになりますよね。「村ガチャ……ってなんですか?」というのが話のきっかけにもなるし、チケットを見せてもらって「あの店はパンがすごく美味しくて」などと会話が広がります。まだ設置して間もないですが、かなりポジティブな効果があると実感しています。
佐藤
そう言ってもらえてホッとしました。そしたら次は、もう1人の「特典を提供している村民」にもぜひお話を聞いてもらえたらと思うので、移動しましょう!
「集客」の先に生まれる「人のつながり」がカフェの風景を変えた
白馬村みそら野地区にある「おうちcafe ほがらか」。自慢の手づくりバンズのハンバーガーはテイクアウトも可能
続いて取材班が案内されたのは、別荘エリアに軒を構える「おうちcafe ほがらか」。そこで店主の日城光朗さんにお話をうかがいました。
「おうちcafe ほがらか」店主の日城光朗さん。兵庫県出身。叔父が白馬村で宿を営んでいた関係で、子どものころからよく白馬村に遊びに来ていた。2016年に白馬村に移住し、両親が所有していた一軒家の1階部分を改装して、念願だったカフェをオープン
─村ガチャに参加するまでの経緯について、教えていただけますか。
日城
ある日、まかないを食べながらテレビを観ていたら、村ガチャの取り組みが特集されていて。それで佐藤さんのことをはじめて知ったんです。「白馬にもすごい人がいるんだ、ウチも参加したらお客さん増えるかなぁ」なんて思ってたら、数日後に佐藤さんがひょっこりお店にご飯を食べに来てくれたんですよね。
そこで顔見知りになって、1か月後くらいにまたお店に来てくれたときに「村ガチャに入れてもらえますか?」って聞いたら、「もちろん! あ、いま村ガチャの本体が車にあるから、それも置いていくね」って、その日のうちに村ガチャの参加だけじゃなくて設置まで決まりました(笑)。
佐藤
いまは設置台数を絞ったから、ここには置いてないけどね。ああいうのはほら、勢いが大事だから(笑)。
看板メニューの「ほがらかバーガー」。バンズからパテ、照り焼きソースまで自家製にこだわった逸品。村ガチャの特典としてバーガー単品がサービスされる(写真はポテトつきのセット)
─実際に村ガチャに参加して、どんな効果がありましたか?
日城
ありがたいことに、参加する前に比べると客数は2〜3倍に増えました。うちの店は別荘エリアにあって、観光客が普段あまり通らない立地なので、「通りすがりに見つけて入る」ようなお客さんはほとんどいなかったんです。そのため、これまでは地元のお客さんが中心で集客に苦労していたのですが、村ガチャのおかげで観光客にも店を知ってもらえる導線ができたのが、本当にありがたいなと感じています。いまでは、村ガチャをきっかけに訪れた観光客の方がリピーターになってくれることも多く、客層が少しずつ変わってきているのも実感しています。
「おうちcafe ほがらか」店主の日城光朗さんの村民カードと特典チケット(画像提供:佐藤敦俊さん)
日城
自分は口下手なんですが、村ガチャのチケットを持ってきた方には、できるだけこちらから声をかけるようにしています。「村ガチャ、面白い取り組みですよね」と話すきっかけが自然と生まれるので、すごくコミュニケーションが取りやすくて助かっています。私も、チケットを持ってきてくれるお客さんとコミュニケーションを取りたいという気持ちが強いんです。こちらのプロフィールも載せているから、「実は私も兵庫県出身で」などと共通点が見つかって、話が盛り上がることもたびたびあります。そうやって仲良くなった方が、またリピートしてくれることも多くて。もう佐藤さんの家に足を向けて寝られません(笑)。
佐藤
そんな大げさな(笑)。「村ガチャがきっかけで知り合ったお客さんと、プライベートで飲みに行ったり、一緒に滑りに行ったりするようになった」という話は、ほかの店でもチラホラ聞きますね。
日城
そういえば、さっきまで特典チケットでハンバーガーを食べに来たお客さんがいたんですけど、「実は村ガチャがきっかけで、最近福岡から白馬に移住してきたんです」って言ってましたよ。
佐藤
え、マジですか?
日城
特典チケットのプロフィールにも「〇〇から引っ越してきました」と書いてあるから、その人が移住者だとわかるんですよね。だから、特典チケットのおかげで初対面でも自然に会話が生まれて、移住を検討している観光客の方が、実際に移住した村民に相談しやすいんです。今回のお客さんも、白馬の移住者にリアルな話を聞けて、ここに住むイメージが湧いたから移住の決断ができた、とお話しされていました。
佐藤
それはめっちゃうれしいな……。
日城
しかも、村ガチャって外からのお客さんだけじゃなくて、村民同士がつながるきっかけにもなっていますよね。移住したての人が顔見知りを増やしていくのに便利なツールだなと感じます。昨年末に佐藤さんが、村ガチャの関係者の交流会「村ガチャ感謝祭」を開催してくれたんですけど、そこで知り合いがすごく増えました。お互い面識はなくても、「村ガチャに参加している」という共通点があると安心して話せるなと。本当に、いろんな側面で村ガチャの恩恵を感じています。
「村ガチャ感謝祭」の開催時の様子。会場の提供や運営のサポートなど、多くの村民や関係者の協力によって実現したイベントで、村ガチャを通じた交流の輪が一層広がった(画像提供:佐藤敦俊さん)
白馬から全国へ。究極の一期一会でつながる「村ガチャブラザーズ」構想
最後に、佐藤さんの事務所にお邪魔し、村ガチャの成果や今後の展開についてお話をうかがいました。
事務所の壁には、これまでにつくられた村民カードと特典チケットがずらりと並ぶ
─村ガチャの取り組みの成果は、どのようなところに感じていますか?
佐藤
数値面で見ると、現在は年間で2,000回ほど村ガチャが回されています。特典チケットの使用率が50%なので、1,000回分は村ガチャ経由で地域内の回遊を生んでいると考えると、村の観光業への影響は小さくないととらえています。また、先ほど話題に出た「村民同士のつながりの創出」にもかなり寄与できているなと実感していますね。
─今後、村ガチャをどのように発展させていこうと考えていますか?
佐藤
一番やりたいなと思っているのは、「村ガチャブラザーズ都市構想」の実現ですね。現在、山形県鮭川村と沖縄県石垣市、埼玉県狭山市などで白馬の村ガチャをモデルにした取り組みが展開されていて、私はこれらの地域を「村ガチャブラザーズ」と定義しています。
いま考えているのが、村ガチャブラザーズの地域同士で回遊を生む施策です。たとえば、白馬の村ガチャで「超レア村民チケット」が当たったら、航空券がプレゼントされて沖縄県の石垣島の島民に会いに行ける……というイメージですね。これこそ、何のゆかりもないところから脈絡もなく出会いが生まれる「究極の一期一会」じゃないかなと思っていて。
いまでは、多くの自治体関係者の方々が視察のために白馬村を訪れるようになりました。村ガチャを通じてつながる街を増やしていくと、それぞれの街は「本来は出会うはずのなかった人」との縁が広がっていきます。この構想がうまく機能すれば、従来になかった新しい観光のかたちになるのではないかとワクワクしているんです。
─ロマンのある壮大な構想ですね……!
佐藤
私は村ガチャ自体を観光のメインコンテンツだとは思っていなくて、あくまで「回遊を生むための補助的ツール」だととらえています。ただ、その回遊の先にいる「人」は、どんなコンテンツにも負けない魅力を秘めているはずです。
観光資源の乏しい地域にも、魅力的な人は必ずいる。だとすれば、目立った名所がなくても「その人に会いに行く旅」が成立し得る。そういう可能性を村ガチャで掘り起こしていけたら、観光の概念がもっと豊かに広がっていくと思います。
─「人」を起点に、観光を拡張していくと。
佐藤
以前、「観光」の定義についてさまざまな文献を調べていたのですが、そのなかで「観光とは、普段見ることのできない風景、風習、習慣を見て回る旅行である」という記述がありました。これをふまえて「風景」はハードであり、「風習」と「習慣」は人が生み出すソフトだととらえると、このハードとソフトの両面を充実させることが、観光業の要だと考えられます。
昨今の観光は、ソフト面への眼差しが弱まっている気がするんですよね。ホテルの無人チェックインは便利だし、おすすめの飲食店や映えスポットはスマホで調べればすぐに出てくる。けれども、そこで省略されている「人」との接触って、観光の醍醐味だったはずなんです。村ガチャは、観光におけるハードとソフトの接続を回復し、バランスを取り戻すツールなのだろうと考えています。
─村ガチャのような取り組みを他の地域で続けていくとしたら、どんなことを意識したり、大切にしたりするとよいと思いますか?
佐藤
白馬村で村ガチャがうまく続けられている要因を考えてみると、一番大事なのは「企画する当事者の熱量」なのかなと。村ガチャは単体で事業として成立するものではありません。私も一応、「本業である地域密着型スノーボードブランドの販促のため」というお題目のもとで村ガチャを展開してきましたが、正直にいうと本業より時間を取られていた時期もあって、「自分はこんなに身を削って何をしているんだ?」と悩んだこともありました。というか、いまでもちょくちょく悩んでいます(笑)。
本業のスノーボードブランドを手がけながら、村ガチャの企画・運営も行う佐藤さん。少人数のチームで、年間2,000個におよぶカプセルトイの封入作業などをこなしている
佐藤
正直、やり方だけ真似をしても、それだけではなかなかうまくいかないと思います。そういう意味では、再現性が低いモデルなのかもしれません。
それと、個人的な感覚ですが、村ガチャは「行政ではなく民間主導だからこそ成立する」部分もあると思っています。行政主導で進めようとすると、「村民全員に平等に声をかけて、公平な取り組みにしなければならない」といった制約が生まれ、調整が非常に難しくなるのではないでしょうか。私は個人として動いたからこそ、見切り発車でもはじめられたし、ごく身近な知人の範囲から少しずつ広げていくことができました。
村ガチャの魅力の要は特典コンテンツであり、地域ごとの関係構築やコミュニケーションがあってこそ成立します。その関係づくりには時間も労力もかかり、思うように進まないことも少なくありません。
白馬村に来られない人のために考案された「リモート村ガチャ」。ふるさと納税の返礼品として提供されており、Webで村ガチャを回す権利を購入してもらい、佐藤さんが代理で村ガチャを回す。「42歳(当時)のおじさんが、あなたの代わりに村ガチャを回します」というふれこみで大きな話題を呼んだ。佐藤さんは「流行りものは必ずチェックする」という習慣を持っており、そうしたアンテナの高さが、ユニークなアイデアを生み出す発想力につながっている

佐藤さん
いま村長にも相談しているところなのですが、村長のカードが出たら「村長室で人生相談ができる」という特典をつくれたら面白いなと思っています!
佐藤
それでも続けているのは、理屈じゃないところでやりがいや楽しさを感じているからだろうなと。村の人たちが本当に魅力的だと感じているからこそ、それを多くの人に知ってもらいたい。単純にユーモアをもって人を楽しませるのが好き。地域振興や観光の可能性をもっと探求したい──そういった気持ちが集まって、冷めない村ガチャ熱につながっているんだと思います。
大変さを理解したうえで、それでも「村ガチャをやってみたい!」と思った方は、いつでも白馬村に遊びに来てください。私が伝えられるノウハウはすべてお伝えします。そして、ぜひ村ガチャブラザーズに仲間入りしてほしいです。一緒に「村ガチャを回して全国各地につながる旅」のネットワークを広げて、日本中の観光を盛り上げていきましょう!
この記事の内容は2025年12月9日掲載時のものです。
Credits
- 取材・執筆
- 西山武志
- 写真
- 関口佳代
- 編集
- 包國文朗(CINRA, Inc.)