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「継続」と「信頼」がカギ。関係人口のあり方について有識者3人が考える
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特定の地域と継続的にかかわる人々を指す「関係人口」。移住者を増やすよりもハードルが低いため、地方創生のカギを握る存在として重要視する自治体や企業、団体も増えてきています。
そうした時流のなか、2025年2月18日に『関係人口創出のワクワク VS モヤモヤを語りつくす会』が開催されました。このイベントは、地方創生の取り組みに課題を抱える企業・団体が集まり、想いや悩みを共有し、知恵を出し合い、サステナブルな地域循環型社会をめざすプラットフォーム「Palette(パレット)」のキックオフイベント。NTT東日本 地域循環型ミライ研究所と国際大学グローバル・コミュニケーション・センターが共同で開催しました。
今回は、イベントの登壇者であり、関係人口について研究し、自らも積極的に地域とつながる3名の有識者にインタビュー。関係人口の創出が地方創生にどんな影響を与えるのか、現状の課題や成功例などを交えて話し合っていただきました。
「よそ者」と地域がかかわるメリットは?
―「関係人口」は比較的新しい言葉のように思います。どのような定義がされているのでしょうか?
伊藤:関係人口とは、2016年頃に誕生した概念で、地域やその地域の人々と多様なかかわりをもつ人々のことです。私は「特定の地域に関心を持って継続的に・多様にかかわる“よそ者”」という定義をよく使っています。
定住しないという意味では観光に近いと思われるかもしれませんが、その違いは「継続性」にあります。繰り返しその土地を訪れることはもちろん、訪れたあとに寄付をしたり、特産物をECサイトで購入したり。ふるさと納税もその一例です。

伊藤将人さん。「Palette」事務局、NTT東日本 地域循環型ミライ研究所の客員研究員を務める
庄司:「関係人口」という言葉自体は2016年に生まれましたが、SNSが普及した2000年代後半から関係人口のような概念はあったように感じています。
SNSを通して、近隣の数人でだけでなく地域全体でコミュニティを築いたり、さらに都市部の人たちに向けて「ぜひ地元に訪れてほしい」といった内容を発信したりする人たちが増えていき、「関係人口」がつくられていったのではないでしょうか。

庄司昌彦さん。伊藤さんと同じく「Palette」事務局のメンバー兼、NTT東日本 地域循環型ミライ研究所の客員研究員も務める
―概念としては以前からもあったのですね。関係人口が増えていくと、その当事者や地域にとってどのようなメリットが生まれるのでしょうか。
伊藤:まず関係人口として訪れる側のメリットとしては、自身の居住エリアにはない自然豊かな山村の魅力に触れたり、地域の人々と親密な関係性を築いたりすることによって、ウェルビーイング(Well-being)の向上が見込まれる点です。
受け入れる地域側としては「よそ者効果」という言い方もあるとおり、異なる価値観を持つ人が外から入ってくることで、新しい視点やアイデアが持ち込まれて感性が刺激されるといったメリットが生まれるでしょう。同じ環境に住む住人同士は、価値観が似てきたり、考え方が固定化されたりしてしまいがちだからです。
庄司:そうですね。新しい文化や考え方を持ち込んでくれる存在の比喩として「よそ者、若者、バカ者」が用いられますが、地域活性化やイノベーションには重要ともよくいわれていますよね。
水谷:私は東京出身なのですが、これまで新潟県佐渡島や秋田県鹿角市などの地域とかかわってきました。そこで、ほかの誰かが経験している日常、つまり「他日常」に触れることによって、あらためて自分の生活を見つめ直せているような実感があります。
地域の人にとっては、やはり自分の生まれ育った土地の魅力を再発見できて、シビックプライド(市民が地域や都市に対して抱く誇りや愛着、地域社会への貢献意識)が向上するという利点があるように感じますね。

水谷考嬉さん。地域循環型ミライ研究所 研究員
庄司:消費活動面でもメリットがありますよ。私は「関係消費」と呼んでいるのですが、自分とゆかりのある土地のものを買うと、その地域に貢献できたような気持ちになり、買い物をより楽しめるんです。観光をするにしても、最近ではただ訪れて写真を撮るだけでなく、より豊かな体験型の楽しみ方も増えていますし。
伊藤:いわゆる「コト消費」あるいは「応援消費」とも呼ばれていますね。こうした消費活動が活発化することで、地域に経済効果をもたらしてくれるメリットもあると思います。
移住ではないからこその魅力と、その裏にある課題
―移住や定住ではないからこその関係人口の価値については、どう考えていますか?
伊藤:住居を複数持つ人は少ないので、地域を盛り上げる施策を考える際に移住だけを目的とすると、単なる人の奪い合いになってしまい、人が集まる地域とそうでない地域で差が出る恐れがあります。でも、関係人口の場合は、一人でいくつもの地域にかかわることができますよね。そうした意味では、単純に人口が増える以上の影響や可能性を地域にもたらすことができるのではと考えられます。
一つの地域に家を買ったり籍を移したりすることは、強い意志や覚悟が必要になるでしょう。個人的には、もっと気楽に地域とかかわりを持っていいと思っています。
水谷:移住となると心理的ハードルも一気に上がってしまいますからね。地域の人からしても、「引っ越してくる人はどんな人なのだろうか」などといった警戒心を持ってしまう可能性もありますし。
「移住によって地域にかかわること」を0から1になることと考えると、関係人口は、さまざまな地域に、例えば0.3ずつかかわるようなイメージかなと思います。そうすることで双方にとってちょうどいい関係性を見出すことができるんじゃないでしょうか。

―一人あたり一つの地域にかかわる割合は少しでも、かかわる人が増えれば大きな力になりそうです。ちなみに関係人口の創出に取り組む企業や自治体から、何か課題はあがっているのでしょうか?
伊藤:企業によって、関係人口の創出に取り組む理由はさまざまです。地方創生を事業として収益性を求める企業もあれば、収益を度外視してCSR(Corporate Social Responsibility・企業の社会的責任)やCSV(Creating Shared Value・共有価値の創造)、あるいはブランディングのために取り組んでいる企業もある。
目的によって課題は変わってくると思うのですが、「関係人口が何人集まった」「関係団体をいくつつくれた」というように、数を目標にしてしまうと問題があると思っていて。あくまでウェルビーイング(Well-being)の側面から「関係人口にかかわる人や受け入れ地域にどれだけ豊かさをもたらせたか」という変化で測るべきだと考えています。
庄司:自治体からは「プレスリリースを出してニュースに取り上げられたのに、実態は活動がストップしている」「SNSの運営や学会での発表が目的になっている」というように、関係人口側との関係が続いていないような話も聞きます。

伊藤:地域を良くするのはどうしても時間がかかること。だからこそ、成果を早急に出そうと躍起になってしまうと、お互いにメリットを感じられるようないい関係を築くのが難しくなってしまうんですよね。
どんな地域に関係人口が増えている? 事例をもとに紹介
―関係人口の創出がうまくいっている地域と苦戦している地域には、どんな差があるのでしょうか。
伊藤:さまざまな人が行き来している地域って、実は結果的に移住者が増えていくんです。というのも、人の出入りがある地域は、はたからみると外の人間を受け入れる土壌があるように見えるからなんですよ。
―たしかにそうですね。おおらかな雰囲気が感じられるというか。
伊藤:具体的な例でいうと、新潟県の南魚沼(みなみうおぬま)市では「教育」を起点に関係人口が増えています。ほかの地域の大学生をボランティアやインターン、「ふるさとワーキングホリデー(ある期間地域で働き、収入を得ながら休日は自由に過ごすことができる)」という制度を用いて地域ぐるみで受け入れているので、若い人たちとの持続的な関係が構築されているんです。彼らが大人になったら、また訪れたいと感じてもらえるような好循環ができたり、実は移住にもつながっていたりするんです。
ほかにも長野県千曲(ちくま)市では、コロナ禍で増えたワーケーション(仕事・Workと休暇・Vacationを組み合わせた言葉。テレワークを活用して旅行先などで仕事をする働き方)をいち早く受け入れ、働きながら地域とかかわる人を増やしていきました。そうするうちに、最初はワーケーションで訪れていた人たちが、自分たちのような外部の人に地域とかかわってもらうための企画を立てるところまで発展していったんです。彼らのなかには空き家でカフェを営んだり、別荘を購入したりして活発に行き来している人がいます。

千曲市のほか、さまざまな地域でワーケーションの受け入れが進んでいる。写真は「働く×WellBeing×自然」をテーマに埼玉県横瀬市で提供されている自然環境下でのリモートワークの様子(画像提供:地域循環型ミライ研究所)
庄司:次々と新たな活動が起きている地域が、関係人口の創出に成功しているといえますね。元気のない地域ってどうしてもその土地の権力構造が固定化されていて、自由に行動しづらい印象がある。活動数を指標として見るとわかりやすいんじゃないかな。
地域との関係づくりは、人間関係づくりと同じ
―関係性の深め方について、どうすれば訪れる側と地域の人がうまく相互交流できると思いますか?
伊藤:訪れる側が最初から「地域を盛り上げに来ました」というのではなくて、まずは地域の人と信頼関係を築いていくことが大切だと思います。そのなかで、結果的に地域に貢献するような活動が生まれ、関係人口として継続したかかわりに発展していくという流れが理想だと思っています。
たとえば震災ボランティアとして訪れた人が、地域の人と一緒に作業をしたり食事をしたりするうちに関係性が深まっていき、気づいたら地域を盛り上げたいと考える人が集まりコミュニティが形成されていた。そんなふうに関係人口となっていくパターンがよくあります。
水谷:地域とともに一つのことを成し遂げる経験は重要だと思います。僕自身は「地域の祭り」をきっかけの一つとして企業と地域をつなぐプロジェクトを行っているのですが、企業の人が地域の人と一緒に祭りをすることは、新しい関係構築のハードルを下げるきっかけになっていて。
僕たちは「関わりしろ」と呼んでいますが、地域との接点を通してどんどんその地域に愛着が湧いていき、気づいたら関係人口になっていくというモデルケースが期待できると感じています。

庄司:よそ者がいきなり、地域の祭りを「する」側にまわらせてもらうのは、そう簡単なことではないですよね。
水谷:そうなんです。赤の他人が簡単に入っていけるような場所ではないので、市役所に相談し、祭りの運営団体をご紹介いただいたうえで「学ばせてください」とお願いして入っていきました。
伊藤:「Palette」のキックオフイベント『関係人口創出のワクワク VS モヤモヤを語りつくす会』でも似た話をしましたが、「学ばせてほしい」という入り方って、とても大事だと思います。地域との関係の築き方は基本的には人間関係と一緒で、プロセスを踏むことが大事なんですよね。たとえるなら、好意を抱いている人がいて、連絡を取り合って交際がはじまって、信頼を勝ち取ったらいずれ結婚に発展するかも、みたいな。ここでいう結婚が、定住っていうことですかね。
「Palette」キックオフイベントのアーカイブ動画。「Palette」とは、地方創生の取り組みに意欲はあるけれど、さまざまな課題を抱えている企業・団体を対象としたプラットフォームとして発足。今後もさまざまなテーマで、参加した方々の悩みや課題を共有し、解決に向けて知恵を出し合っていく、ゼミのような活動を予定している。
地域と継続的に交流する「関わりしろ」を積極的に探求していきたい
―関係人口の創出について、今後の展望についてお聞かせください。
伊藤:関係人口についてさまざまな取り組みが生まれていますが、まだまだ政策側と現場のあいだに乖離があるケースも多く見受けられます。
個人的には、社会が「これいいね」と大多数を巻き込んでひとつの方向へ進んでいるときは、どこかに落とし穴が隠れていると考えています。そのため、「本当にその方向で正しいのか」という批判的な視点を忘れることなく、「なんだあいつは」なんて声もすべて引き受けながら、現場に還元できるような役割を担っていけたらいいと思っています。
庄司:地域との関係の築き方は人間関係と同じ、という話をしたとおり、継続的な関係を維持するためには、一方的に「来てください」「来たら交流してください」と求めるだけでなく、相手の住んでいる場所も訪れて交流を深めることも大事だと思うんです。ただ、リアルなことをいうと、いま各都市のホテルの宿泊費が高騰している。かかわってくれた方が都市部に住んでいる場合、訪れるハードルが高くなってしまいます。
関係人口の問題を人間関係の問題と捉えるならば、お互いに行き来できることが大事ですよね。ですからたとえば都市の側でも、訪れてくれた人と地域を結びつける場や活動が必要なのではないでしょうか。そうすると、具体的に都市側に求められる仕組みってなんだろうか、その引き出しを増やすためにできることは? という問いが出てくるので、そういったテーマについても考えていきたいです。
水谷:関係人口創出に向けては、文化・食・自然など地域固有のあらゆるものが「関わりしろ」になる可能性があると考えています。
一方で、地域それぞれにおける理想の「関わりしろ」のあり方は? 「関わりしろ」を活用して地域外の人々をどうつなぐのか? さらには持続的な関係性を構築する仕組みとは? など、解決が難しくモヤモヤとした想いもたくさんあります。
モヤモヤを持ちつつも、地域を盛り上げたいという志を持った企業さんとともに、「Palette」という場所で混ざり合いながらこれからも地域について考え抜いていきたいです。

この記事の内容は2025年6月5日の掲載時のものです。
Credits
- 取材・執筆
- 波多野友子
- 写真
- 安井信介
- 編集
- 岩田悠里(プレスラボ)、森谷美穂(CINRA, Inc.)