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保育園留学で地球を救う?子どもと家族の移住体験からはじまるミライへのプロジェクト

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子どもには、多様な環境や文化に触れながらのびのびと過ごしてほしい。そんな願いから生まれたのが「保育園留学」です。

保育園留学とは、子どもたちが多様な地域の保育園へ「留学」し、家族とともに留学先の地域に滞在しながら、暮らしを体験できるプログラム。現在では全国40以上の地域で実施されており、これまでに利用した家族は、本プログラムがはじまった2021年から3年間で累計1,800家族に上っています。

このプログラムを立ち上げたのは、株式会社キッチハイク。今回はCEOの山本雅也さんに、保育園留学発足の経緯をはじめ、子育て環境への想いや地域とかかわりながら子育てをする意義、そして地方創生におけるビジョンについて、お話をうかがいしました。

「子どもによい環境を提供したい」都市部の親の想いが、過疎地の課題解決の一手に

―「保育園留学」について、あらためて教えていただけますか。

山本:保育園留学は、通わせたい保育園がある地域に、家族で1~2週間滞在できる暮らし体験プログラムです。滞在中は、家族のために用意された寮や、住宅などの宿泊施設で暮らします。これらの施設には生活必需品が揃っており、リモートワークができる環境も整備されています。また、週末には「釣り体験」や「スキー体験」など、その地域特有の自然体験やアクティビティを楽しむことも可能です。

そんな保育園留学は、「子ども」と「家族」と「地域」をつなぎ、未来をつくろうという趣旨のもと、北海道厚沢部町(あっさぶちょう)にある認定こども園「はぜる」を皮切りに2021年の秋からスタートしました。

北海道厚沢部町の認定こども園「はぜる」の園舎(画像提供:株式会社キッチハイク)

―もともとは「食」をテーマにした事業を展開されていたキッチハイクが、保育園留学をはじめたきっかけはなんだったのでしょうか。

山本:直接的なきっかけは、2021年の夏に、わが家が厚沢部町の認定こども園「はぜる」に保育園留学“0号”として3週間滞在したことです。そもそも「はぜる」への保育園留学をしようと思った背景には、娘に対する私の想いがありました。

当時は横浜駅の近くで暮らしていて、娘を通わせたい保育園は定員がいっぱいで入れず、別の保育園を利用していました。ただ、その保育園は土地柄から園庭がなく、外遊びの際には、先生方がビルの間を通って街中の小さな公園まで子どもたちを連れて行ってくれていました。

さらに、その頃はコロナの影響で外出もなかなかできず、人との接触もはばかられるような状態。そうした日々のなかで、次第に「この環境で生活することは、娘のためになっているんだろうか」と、娘によりよい環境を提供したいという一心で、日本全国の保育園を調べつくすほど、保育園のことばかり考えていたのです。

もともと、厚沢部町役場から名産品であるじゃがいも「メークイン」のPRブランディングの相談を受けていたこともあり、「世界一すてきな過疎のまち」というキャッチフレーズを掲げる厚沢部町には、どんな保育園があるのだろうと気になって調べはじめました。そのなかで目に留まったのが、森に囲まれた丘の上にある「はぜる」の写真でした。雷に打たれたような衝撃を受けた私は、「娘をこの保育園に通わせたい」と強く思ったのです。

 

2021年夏に北海道厚沢部町へ保育園留学をした山本さんご家族(画像提供:株式会社キッチハイク)

山本:とはいえ、当時はもちろん「保育園留学」という言葉も仕組みもありませんし、自分たちの仕事や生活環境をがらっと変え、いきなり移住を選択するのはハードルが高い。しかし、内閣府による一時預かり事業(*1)を利用すれば、在籍していない保育園であっても、厚沢部町の場合は月に12日程度通えることを知っていたんです。

娘を「はぜる」に一時的に通わせてもいいですかと、厚沢部町役場に直接相談してみたところ、役場の方は「前例もないけれど、わざわざ私たちの町の保育園を選んできてくださるなら」と快諾してくださり、保育園留学“0号”として滞在させてもらうことになったのです。

実際に滞在してみると、園舎や自然体験はもちろん、保育園の先生方が子どもの主体性や創造性を引き出そうと、子どもたちと熱心に向き合われている姿勢に心から感動しました。2021年の冬にもう一度、保育園留学をしたことで決意が固まり、娘を「はぜる」に通わせるべく、厚沢部町に移住することを決めました。

広々とした北海道厚沢部町「はぜる」の園内で遊ぶ子どもたち(画像提供:株式会社キッチハイク)

北海道厚沢部町「はぜる」では、雪が積もった園庭でいただくユニークな昼食も(画像提供:株式会社キッチハイク)

―そこからどのようなプロセスを経て、保育園留学の事業化に至ったのでしょうか。

山本:事業化の背景には、厚沢部町 政策推進課 主幹兼政策推進係長の木口孝志さんというキーマンの存在がありました。木口さんは厚沢部町で生まれ育ち、過疎化が進む厚沢部町の未来を真剣に考えられている方です。

彼と昼食やお酒の席をともにしながら何度も話すなかで、わが家のプライベートな体験としてはじめた保育園留学が、厚沢部町の未来に希望をもたらす可能性があるのではないかと、事業に発展する萌芽を感じたんです。

それから、厚沢部町役場や「はぜる」の方々のご協力を得ながら、一つひとつ環境を整えていきました。結果、私たち自身はもちろん、地域のみなさんの熱い想いも後押しとなり、構想からわずか3か月というスピードで保育園留学の申し込み受付をスタートできたのです。

その後は、複雑だった申し込み方法の改善や決済方法の利便性向上をはじめ、小児科や夜間診察を実施している病院が近くにない地域で、子どもが体調を崩した場合に場所を選ばず診療を受けられる、オンライン診療の導入など、さまざまな取組みを充実させていっています。

北海道厚沢部町で開催された「過疎未来会議」にて、セッション中に木口さん(写真右)と撮影した一枚(画像提供:株式会社キッチハイク)

在園児にも、新しい価値観や誇りをもたらしたい。受け入れる保育園や地域への影響

―「保育園留学」を通じて、子どもや家族が得られる具体的なメリットについて教えていただけますか。

山本:保育園留学を利用した子どもにとっては、日常を抜け出して、別の日常に飛び込ませてもらえることが大きなメリットになりますよね。地域の人や自然、生活環境に触れることで、自身の視野を広げることができます。それは子どもと一緒に地域にお邪魔して、その暮らしを体感する家族も同じだと思います。

わが家は厚沢部町に2度留学するなかで、「一生このまま首都圏で暮らし続けていくのか」など、妻とたくさん話し合い人生を見つめ直した結果、より「娘ファースト」な人生を選ぼうという結論にたどり着きました。子どもや家族の人生を見つめ直す大きなきっかけになり得ることが、保育園留学を利用する家族のメリットだと思っています。

ただ、保育園留学ではまず、留学を受け入れる地域や在園児たちにとっても、よいものであり続けられるかどうかという軸を大切にしています。

在園児側のメリットのひとつには、多様な価値観に触れられることがあります。たとえば、厚沢部町のように小さな町だと、同級生が10人前後で、小学校から中学校までの12年間は同じ顔ぶれで過ごすことが多いです。つまり、日常のなかで触れられる価値観や考え方がどうしても限られてしまうのです。

そうした環境に、全国各地からたくさんの家族が留学しにきて「てっぺんが見えない何十階建てのマンションやビルがたくさんあるんだよ」「沖縄ではエイサーという踊りを踊るよ」などと、彼らにとっての「当たり前」について話してくれることによって、在園児の世界を広げることにつながるのではないかと思っています。

熊本県天草市の認定こども園「もぐし海のこども園」の近くにある茂串白浜海水浴場で、磯遊びをする子どもたち(画像提供:株式会社キッチハイク)

山本:留学する側の子どもたちは、在園児たちから「この時期の雪は雪だるまをつくりやすいんだよ」などと、さまざまな自然体験から体感をともなった知恵を教えてもらっているようです。それは同時に、在園児が自分たちの知識を教えてあげる立場になること。子どもたちのコミュニケーションのなかで、在園児は「自分たちの日常が価値あるものなんだ」という気づきを得ることができるんです。

―受け入れる地域の方々や保育園へのメリットには、どのようなものがあるでしょうか。

山本:保育園留学を受け入れる地域の方々には、ご自身が住む地域に誇りや愛着を持ち、よりよくしていこうとする「シビックプライド」の醸成や、保育園で働く先生方の日々のモチベーション向上につながる側面もあると思います。

2024年の秋頃から、保育園留学をしたご家族からは、「その地域の魅力を知ることができ、また行きたいと思えた」「先生方がとても熱心で、子どもの可能性を伸ばしてくれる」などの感想をいただいています。どの声にも滞在中に知り合った地域のみなさんや、保育園の先生方への感謝であふれていて、これを地域の方々や先生方に伝えていけば、自分たちの地元や仕事にますます誇りを持つことにもつながるのではないかと考えています。

北海道厚沢部町「はぜる」で園の先生と親が会話する様子(画像提供:株式会社キッチハイク)

山本:観光地ではない地方の地域の方々にとって、町に見慣れない家族や子どもがいるのはうれしいようで、わが家が厚沢部町に保育園留学をしたときも「あそこのお店の料理はおいしいよ」「こっちに川があるよ」などと積極的に話しかけてくれました。

また、保育園留学の利用者が増えることにより、保育園事業運営や地域経済への効果も期待できます。このような取組みは、留学する側がフィーチャーされがちですが、実態としては双方にとってのメリットを大切にしています。

留学先を第2の故郷に。ミライの関係人口の創出へ

―留学する側だけでなく、地方創生の観点でも意義があるのですね。

山本:保育園留学を一言でいうと、「地方における希望」だと思っています。

日本は、世界的に見ても少子高齢化が最も進んでいる国のひとつですが、そのなかでも厚沢部町をはじめとした過疎地域は状況が深刻化しており、まさに猶予のない状態です。観光資源が少なく、地域外からの経済流入が少ない、関係人口が少ないといった課題も共通しています。

保育園留学は、こうした地域の複雑に入り組む課題を一手で解決できる可能性があると考えています。実際に、現在保育園留学を実施している地域の約7割が過疎地域ですが、留学した家族の約1%が移住にまで到達したという統計も出ています。

―移住に至らなかった家族が、地域とかかわり続けている例はありますか。

山本:保育園留学は、必ずしも移住を目的としたものではありません。厚沢部町に留学した家族のなかには、移住せずに年に4回も厚沢部町を訪れる方もいらっしゃいます。住居や仕事の事情などで移住が叶わなくても、「第2の故郷」として訪れてくれる人、いわゆる「関係人口」としてかかわってくれる人が増えていることは、私たちとしてもうれしいですね。

保育園留学を利用している子どもと一緒に、親も自然豊かな環境で過ごすことができる(画像提供:株式会社キッチハイク)

山本:また、保育園留学を選択いただく手段のひとつとして実施しているのが「留学先納税」という取組みです。これは保育園留学の費用の一部をふるさと納税で支払えるというもので、利用するご家族の留学費用を抑えつつ、地域によりダイレクトに貢献できます。厚沢部町からスタートしたこの仕組みは、全国13地域にまで拡大しました。

保育園留学をした子どもと各地域のご縁が中長期的に続いていくことで、未来の関係人口の創出にもつなげていけたらうれしいです。

「地域こそ未来」。保育園留学で切り開くミライへの取組み

―「保育園留学」を通じて、地域とともに描く未来のビジョンについてお考えをお聞かせください。

山本:まずは各地の保育園を「メゾンブランド(最高峰のブランド)」の域にまで昇華していきたいと考えています。これまで各地域の保育園はあまり注目されてきませんでしたが、地域ごとに向き合い方が異なる資産だと理解しています。

たとえば、熊本県・天草市の「もぐし海のこども園」では、子どもたちにどろんこ、葉っぱ、石ころといった自然素材に親しんでもらうために、園庭にあえて滑り台や鉄棒などの遊具を設置していません。岐阜県美濃市の「美濃保育園」では、市内の約80%が森林であることから、子どもたちに木を身近に感じてもらえるよう、園舎には地元木材を、おもちゃには天然の木材を使用するといった「木育」を導入しています。

「もぐし海のこども園」の園庭(画像提供:株式会社キッチハイク)

岐阜県美濃市の「美濃保育園」はお寺のなかにあり、園舎は天然の地元木材を使っている(画像提供:株式会社キッチハイク)

山本:こうした各地域の素晴らしいオリジナリティをさらに引き立て、メゾンブランドとなるようにその価値を高めていくことが、私たちのめざすところです。

2つ目は「地域をひとつの地球ととらえる」というアプローチを意識すること。近年、持続可能な社会の実現をめざし、地球全体を視野に入れたデザイン思考が広まりつつあります。

そこで、私たちは厚沢部町のような小さな町をひとつの地球ととらえることで、自律分散型かつ、持続可能な仕組みをデザインできるのではないかと考えています。こうした「小さな地球」がたくさんあるのがこの地球の姿であり、地方創生の先に「地球創生」へつながっていくと信じています。

私たちのビジョンを一言で表すなら「地域こそ未来」。保育園留学を通じて、子どもたちは豊かな経験を、家族は新たな喜びを得て、地域には活力が生まれます。保育園留学は、子ども、家族、そして地域がともに未来を切り拓く、まさに共創の取組みなのです。

自然に囲まれた保育園の園庭で遊ぶ子どもたち(画像提供:株式会社キッチハイク)

*1:こども家庭庁「一時預かり事業

この記事の内容は2025年2月14日掲載時のものです。
「保育園留学」は株式会社キッチハイク、「留学先納税」は株式会社ギフティの商標です。

Credits

取材・執筆
佐々木ののか
編集
exwrite、CINRA, Inc.