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10年で年間20万人以上が訪れる場に。沼垂テラス商店街がSNS発信で大切にしている軸は?
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かつて市場が並んでいた新潟市・沼垂エリアの長屋。一時は空き家になりましたが、いまではそこに24店舗が軒を連ね、毎月第1日曜の朝市には年間2万人以上が訪れます。2015年に誕生した「沼垂テラス商店街」によって、地域内外の人々が自然と交わる場へと生まれ変わりました。
その背景には、SNSを通じて街の魅力を地道に発信し続けてきた高岡はつえさんの存在があります。いまでは1万人以上のフォロワーがいる沼垂テラス商店街のアカウント。情報発信の工夫や、街に人が集まる仕掛けについて、お話をうかがいました。
かつてのにぎわいをもう一度。「沼垂テラス商店街」のはじまり
―まず、沼垂エリアはどんな地域なのでしょうか?
高岡:沼垂は、もともと港町として栄えた歴史があるエリアです。古い建物や廃線跡がいまも残っていて、まるでタイムスリップしたかのような、ノスタルジックでゆったりとした雰囲気がある街。
沼垂テラス商店街に入る小さな角をひとつ曲がった瞬間に、時間の流れがふっと緩やかになるような、そんな感覚を味わっていただけます。周辺にはお寺が連なっていて、穏やかな風景が広がっています。

沼垂テラス商店街の様子

高岡はつえさんと雑貨屋「ひとつぼし雑貨店」。雑貨屋はまちの案内所を兼ねており、高岡さんを中心に運営している
―この街の再生の発端は、高岡さんの弟さんである田村さん(現・テラスオフィス代表)が、沼垂エリアの長屋を買い取ったことがはじまりとお聞きしました。そのあと高岡さんも加わり、お二人で地域活性化をめざしたきっかけを教えてください。
高岡:きっかけは父の一言です。進学で一度地元を離れましたが、こちらに戻ってきたとき、あらためてこの街の良さに気づいたんです。両親は私が子どもの頃から居酒屋「大佐渡たむら」を営んでいました。街全体がにぎわいを見せていた当時の景色をいまでも覚えています。

高岡さんのご実家、大佐渡たむら
高岡:空き店舗が多く寂しくなってしまったところに、父がふと「ここで惣菜店をやってみようか」と言い出したのが、すべてのはじまりでした。その惣菜店をきっかけに、空き店舗で出店してくれる方を増やしていき、人が集まる場をつくっていこうと。そこで弟が、思い切って沼垂エリアの長屋を買い取ることを決断したのです。
私は当時ほかの会社に所属していて、「お手伝い」というかたちで事業計画や銀行融資のための書類づくりなどにかかわりました。ただその頃から、いずれお手伝いではなく、私も一緒にやるのかなと想像はしていました。
というのも、弟はもともと料理人。店舗運営で多忙を極めており、さらなる会社運営はキャパオーバーになると予想されました。さらに当時、実家で運営している「大佐渡たむら」の会計まわりは高齢の父がほとんどを担っており、いつかはほかの人に交代しなければならない日がくるとも考えていたんです。
私は銀行や貿易会社で働いていた経緯があります。それを活かして、地元である沼垂を一緒に再生していこうと考えたんです。2012年にはいまの朝市の前身となるイベントを仕掛けるなど、主体的に携わっていくようになりました。
―このプロジェクトの立ち上げ当初、地域にはどんな課題があったのでしょうか?
高岡:当時この場所は空き店舗ばかりで、残っていたのは4、5店舗ほど。どこも高齢の方が切り盛りしていて、いつ閉まってもおかしくない。まさにシャッター通りという言葉がぴったりの場所でした。小学生の通学路でもあるのに、どこか寂しさや、少し怖さすら感じる空気がありました。
1970年代の沼垂はにぎわいを見せていた場所だったのですが、高齢化と郊外への大型店進出により急速に衰退。新潟市の中心エリアからも少し外れ、商業地としてはあまり期待されていないような場所になってしまったのだと思います。

高岡はつえさん。商店街の視察対応や講演会、経理、店番など沼垂テラス商店街に関すること全般を行っている
―いまのにぎわいからは想像できないです。空き家活用にもさまざまなかたちがあるなかで、なぜ「商店街化」を選んだのでしょうか?
高岡:最初は「商店街」をつくるという発想はなかったんです。もともとこの通りは「沼垂市場通り」や「寺町市場通り」と呼ばれていて、地元の人たちにとっては市場であり「商店街」という感覚はなかったと思います。
ですが、ここは昔から長屋で商売が営まれていた場所。お店をやる場所として整備しようと考えて、父の言葉がきっかけとなった惣菜店をはじめとして、3店舗が集まった時点で「沼垂テラス」と名づけ、小さなイベントを仕掛けてスタートしました。

高岡さんのお父さまの一言がきっかけでつくられた惣菜店「Ruruck Kitchen」。店の壁には商店街の店舗マップが描かれている
高岡:イベントが少しずつ話題になり、出店要望も増えてきたタイミングで、知人から「商店街って名乗ってみたら?」と提案され、「それもいいかも」と。「商店街」という表現にすると、いろいろなお店が集まっているイメージがつきやすいなと思いました。
「沼垂テラス商店街」と名乗るようになってから、器やカフェ、花、衣服などのお店が増え、かつての「沼垂の台所」のようなにぎわいが少しずつ戻ってきたように感じています。
SNSで大切にしていることは、「新鮮な情報をリアルタイムで伝える」
―沼垂テラス商店街のInstagramには、1万人以上のフォロワーがいます。いつ頃から、どんなきっかけで運用をはじめたのでしょうか?
高岡:SNSでの情報発信は、沼垂テラス商店街がはじまった頃からFacebookページで行っていました。当初は反応がとても良かったのですが、次第にリアクションが鈍くなってきて、「世の中の流行的にもそろそろインスタかな」と感じるようになり、2017年からInstagramをはじめました。

高岡:投稿などアカウント運用は私が担当しています。沼垂テラス商店街に関すること全般を毎日こなしながらでの片手間運用ではありますが、「新鮮な情報をリアルタイムで伝える」ことを大切にして、できるだけタイミングを逃さず投稿するようにしています。
―発信をはじめたばかりの頃はご苦労もあったんじゃないでしょうか?
高岡:当初は、正直苦労ばかりでした。SNSの知識があるわけでもなく、日々の業務に追われ、投稿は完全に片手間。正直、写真が少しぼやけていたり、世界観に統一感がなかったりと、課題を多く感じていました。
とはいえ、スケジュールを組んで運用するのは現実的に難しく、「それならいまの空気感をそのまま届けよう」と発想を切り替えました。

写真を撮影する高岡さん。FacebookとXのアカウントについては、創業当初から運用をお手伝いしてくれているサポーターさんがいる
高岡:そんななかで本当にありがたかったのが、商店街の各店主や来街のお客さまが、それぞれのSNSアカウントで沼垂テラスのことを発信してくださったことです。
その投稿をリポストすることで、自分ひとりでは届けられない範囲に情報が広がっていきました。結果として集客にもつながり、大きな支えになってきたと感じています。私の場合は、一般的に大切だといわれている「世界観」よりも「新鮮さ」や投稿してくれた方との「つながり」を大事にしたことで、忙しいなかでも運用を続けることができました。
―てっきり専任の担当者が運用していると思っていたので、高岡さんがほかの業務の合間に投稿しているとは驚きました。リアルイベントと、オンラインでの情報発信の連携で気をつけていることはありますか?
高岡:朝市のときは、ワンちゃん連れの方に「写真を撮ってもいいですか?」と声をかけて撮影し、Instagramに投稿しています。単純に可愛いから撮ってはいるのですが(笑)、そこから会話が生まれたり、リポストにつながったりして、来街者とのつながりを自然に育むきっかけにもなっているんです。
高岡:SNSを見て「行ってみたい」「この空気感を体感したい」と思ってもらえたら、それが何よりです。特別なことはしていないけれど、ライブ感とぬくもりが伝わるように意識していますね。
イベント後には、公式ホームページでレポートや写真ギャラリーも公開しており、単なる記録ではなく体験の共有を意識しています。商店街の日常風景や、店主さんたちの人柄、ちょっとした出来事まで伝えることで、街の温度感やストーリーをより感じられるようにしています。

定期的に更新しているギャラリーの様子
県外の人にはSNSで、地域の人には対面で、商店街を知ってもらう
―コロナ禍では、チラシ配布などオフラインの手段にも力を入れたと聞きましたが、どんな効果がありましたか?
高岡:SNSは遠方の人へ情報を届けられるメリットがあります。ただ、コロナ禍で県外から人が来られなくなったとき、周辺の地域の方に告知がしっかり行き届いていないことに気づいたんです。
そこで、地域紙にチラシを折り込んでもらうなど地域の方の目に止まりやすい方法で情報発信を行いました。SNS中心だった私たちにとって紙媒体は手探りでしたが、「チラシを見て来ました」という声もあり、その効果を実感しましたね。
また2021年3月には、沼垂エリアをもっと知ってもらおうと、近隣の酒蔵や発酵メーカーと連携し、新潟駅からの回遊ルートを紹介する広域マップも制作。オンラインとリアルの両面から、街の魅力を伝える工夫を重ねました。
―チラシで知ってもらう方法のほかに、地域の方々とはどのように関係性を築いていったのでしょうか?
高岡:周辺地域の方々とのつながりは、時間をかけて丁寧に築くことを大切にしてきました。SNSも大事ですが、地域で活動するうえでは、やはり「顔を合わせる」関係性が一番重要だと感じています。
なかでも商店街のある沼垂エリアの方々とは信頼関係が重要になるので、町内会の会議や掃除に参加する、近所の方に毎日きちんと挨拶や情報交換をする。そんな小さな積み重ねを、10年以上続けてきました。ほかにも、小学校の街探検やお店巡りに協力したり、地元の中学校に呼ばれて講演しに行ったりもしていますね。
そうした積み重ねの先に少しずつ信頼が生まれ、いまでは「沼垂テラス商店街ができてよかった」と言ってくださるご近所の方も増えてきたと感じています。

―対面での関係構築も欠かせないんですね。ほかにも沼垂テラス商店街は、まちづくりの事例としてブランディングも成功しているように感じています。ブランドイメージをつくるために意識していることはありますか?
高岡:最初からブランドをつくろうと考えていたわけではありません。でも、「沼垂の歴史・文化・景観を活かし、ここでしか出会えないモノ・ヒト・空間を届けよう」という立ち上げ時のコンセプトを大切に、軸をずらさないよう意識し続けています。
2016年4月に「沼ネコ焼き」というお菓子を販売したことも、商店街の知名度が上がる大きなきっかけになりました。やはり食べ物の影響は大きいですね。いまではふるさと納税の返礼品にもなっています。

商店街の名物、沼ネコ焼き。以前このエリアは青果を中心とした市場だったため、ネズミの見張り番としてネコが重宝され、地域の人々にかわいがられ、暮らしていたそう。そんな沼垂のネコをモチーフに、おぐら、カスタード、笹団子、チョコなどの餡やクリームを、新潟県産コシヒカリの米粉が配合されたもちもちの生地で包み、ネコの顔をかたどってつくられた。期間限定でいちごみるくや抹茶クリーム味もある
「ここに住みたい」と思える街へ。沼垂テラス商店街がめざす次のステージ
―今年で沼垂テラス商店街は10周年を迎えました。これまでの振り返りと、今後挑戦したいことを教えてください。
高岡:沼垂エリアはこれまで、新潟市のなかでもあまり注目されてはいなかったエリアだったと思います。でも私たちが少しずつ盛り上げてきたことで、公衆トイレの改修や道路整備など、行政からの支援もいただけるようになりました。街の活気が行政を動かす理由のひとつになったのかもしれません。
ただ、いまでも課題は山積みです。特に駐車場がないことは大きな悩みで、「駐車場がないので車を駐められなくて帰ってしまった」というお声をいただくたびに、申し訳ない気持ちになります。周辺地域との連携も、もっと街を楽しんでいただけるよう協力の幅を広げていく必要を感じています。
今後の目標は、より快適な環境を整えるとともに、地域の方々との交流をさらに深め、若い世代がこの街で新しいことに挑戦できる土壌を育てていくことです。

10周年を記念して、2025年8月31日までスタンプラリーを開催。商店街のお店でスタンプを押してもらい、その数に応じて沼垂テラス商店街グッズがもらえる
―沼垂テラス商店街を今後どんなふうに育てていきたいと考えていますか?
高岡:まずはこの商店街をもっと充実させていくことが大切だと考えています。
ありがたいことに、テナントは常にほぼ埋まっていて、空きが出てもすぐに次の方が入ってくださる状況です。だからこそ、さらに多様なジャンルのお店を集めて、沼垂テラスならではの魅力を深め、ファンを増やしていきたい。
また、周辺にもゲストハウスや物販店、占いのお店など連携できる店舗が増えてきました。商店街の中だけで完結するのではなく、エリア全体が魅力的な場所になることで、訪れる理由が広がるはずです。
最終的には、商店街とその周辺の魅力が相乗効果を生み、「ここに住みたい」と思ってくれる人が増えていけばうれしいですね。街全体の活性化につながると信じています。

月に1度開催される朝市の様子(画像提供:沼垂テラス商店街)
―最後に、地域での取り組みをはじめたい人へ向けて、メッセージをお願いします。
高岡:まちづくりにかかわっていると、本当にたくさんの学びや出会いがあります。若い世代のなかにも「街を良くしたい」という想いを持っている方が多く、その姿にいつも励まされています。
そして、自分の取り組みが街の変化につながっていくことを肌で感じ、訪れた人が「来てよかった」と喜んでくれている様子を見ると、何にも代えがたい喜びが生まれます。こうした実感を得られるのは、まちづくりにかかわることの大きな魅力だと思います。
もしいま、「何かはじめたい」と感じている方がいるなら、その土地の魅力や人とのつながりを大切にしながら、できることからはじめてみてください。自ら動き、考え、続けていく――その積み重ねが街に活力をもたらし、やがて街の未来をつくっていくのだと思います。

高岡さんが営むひとつぼし雑貨店
この記事の内容は2025年6月10日の掲載時のものです。
Credits
- 取材・執筆
- 今成佳奈子
- 写真
- 梅津英輝
- 編集
- 岩田悠里(プレスラボ)、森谷美穂(CINRA, Inc.)