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「街全体がホテル」実現の鍵は地域との距離感。SEKAI HOTEL独自の仕掛け論

大阪・布施と富山・高岡で展開する「SEKAI HOTEL」。街に点在する空き家や空きビルを再生利用して客室に仕立て、ホテルの受付や大浴場、レストランなどの機能も街に分散させることで、地域を自然に周回できる「街全体をホテルにする」宿泊施設です。
同社のコンセプトは、「旅先の日常に飛び込もう」。ゲストは、地域で愛されるお好み焼き店や立ち呑み店などで食事やお酒を楽しみ、お風呂は昔ながらの銭湯へ。翌朝は喫茶店のモーニングと、界隈に住んでいるかのような暮らしを体感できます。街の外からやって来るゲストを、まるで街全体が温かく迎えてくれるような仕組みがあるのです。
このような取組みは、地域にどんな変化をもたらしているのでしょうか。東大阪最大といわれる布施商店街をホテルに見立てた「SEKAI HOTEL Fuse」を訪れ、SEKAI HOTELのプロジェクトマネージャー、北川茉莉さんにお話をうかがいました。

SEKAI HOTEL Fuseのある商店街。この商店街で営業していた「婦人服キヨシマ」をリノベーションして、ホテルの受付としている
「地域では気づけない魅力」を発見して伝える。SEKAI HOTELの存在意義
―はじめに、「街全体をホテルにする」SEKAI HOTELの事業がスタートした背景を教えてください。
北川:当社はもともと不動産仲介業や建物のリノベーション業をしている会社でした。
不動産では、同じ広さ、同じ間取りの物件でも建っている場所で金額が大きく変わります。古い建物でもリノベーションを行うと、同じ物件なのに住みやすさや資産価値が向上することもありますよね。しかし、「地方都市」というだけで不動産の価値が低くみなされてしまうことに、とても違和感がありました。こうした背景から、「リノベーション」という概念を街へも応用して「エリア全体をリノベーションしたい」という発想になり、街に根づいている魅力を掘り起こす事業をはじめようと考えたのです。

SEKAI HOTEL株式会社 プロジェクトマネージャー 北川 茉莉さん
―「自分たちで魅力を見つけていこう」と考えた、ということでしょうか?
北川:そのとおりです。私たちスタッフ全員がほかの地域出身で、ここ、布施で生まれ育った人間は一人もいません。だからこそ、地域の生活者にとって当たり前になりすぎて見過ごされがちな魅力を発見できると思うんです。外から見つけた布施の魅力を伝えることで、地域の方々にも再認識してもらえるのではないかと。それが私たちの存在意義だと考えています。
SEKAI HOTEL Fuseでは、客室だけでなく、ホテルの受付、レストラン、大浴場などを布施駅前の商店街に点在させています。布施駅は、大阪市内や奈良市内、尼崎以西の兵庫県にもアクセスできる交通の便利なエリアです。駅前の商店街は精肉店や八百屋、衣料品店、飲食店など約350の店舗が連なり、東大阪最大級といわれています。
歩いていると全身ヒョウ柄の服を着たパンチパーマのおばちゃんが街ブラロケの取材を受けていたり、ご近所の方が「姉ちゃん元気か?」と声をかけてくれたりします。損得勘定ではない義理人情というか、やさしいおせっかいな世界が広がっている街です。

精肉店や酒屋、理容室・美容室などが並ぶ商店街の中にあるテナントをリノベーションし、SEKAI HOTELの客室をつくっている。SEKAI HOTEL Fuseの客室は全部で20室ある

SEKAI HOTEL Fuseの4つ目の客室の内観
―客室や大浴場など、ホテルの機能を点在させて「街全体をホテルにする」というアイデアは、どこから着想を得たのでしょうか?
北川:当時流行していたキュレーションサイトがヒントになりました。キュレーションサイトとは、特定のテーマに絞って情報を整理したWebサイトのこと。一つのサイト内に、定められたカテゴリーごとサイト運営元で選んだ情報が集約されている構造で、そこへ訪れれば運営元によって厳選されたおすすめの情報が見つけられます。
SEKAI HOTEL Fuseはまさにキュレーションサイトのように、地域の文化やおすすめスポットなどの情報を集約・整理して、訪れるゲストにお伝えしています。初めて訪れた街について、詳しい情報を手にいれることは難しいと思います。そのため、SEKAI HOTELが地域の人にしかわからないおすすめの店舗やスポットなどの特徴を整理してお客さまにお伝えすることこそが、新たな価値提供につながるのではないか、と考えたのです。
店舗の方は、一緒に街を盛り上げるパートナー。お互いに協力し合う関係性をつくる
―北川さんは布施という街の人とのつながりについて、どのように感じていますか?
北川:布施商店街の店舗さんは「お世話になった街にどう恩返しをしていこうか」といった感覚を持っている店舗さんが多く、「自分たちだけじゃなく街全体が盛り上がれば、巡り巡って返ってくる」という視点を持たれている方がたくさんいらっしゃいますね。
商店街の店舗さんからしたら、ホテルのゲストは常連にはなってくれない一見さんですよね。それでも、「来てくださったんだから心を込めておもてなしするよ」という姿勢の方が多く、私たちを受け入れてくださっているように感じています。
―どのようにして商店街の人々を巻き込んでいったのでしょうか?
北川:街を一緒に盛り上げるための対等なパートナーでいるように心がけています。たとえば、店舗さんにゲストのおもてなしをお願いしたいときには、「ゲストにこんな体験をしてもらいたいので、温かく迎え入れてくれないですか」と具体的に提案し、常連さんと同じように接していただくなど、できる範囲で協力をお願いしています。一方で、商店街のためになることには積極的に取り組んでいますね。たとえば、ホテルの機能を分散させているSEKAI HOTELにとって、商店街の通路はホテルの廊下のようなもの。地域清掃を行いながら商店街のみなさんと会話するのも、私たちにとって大切なことです。ほかにも、イベントを開催して地域の子どもたちを招いたり、店舗さんと何気なく雑談したりするなど、当たり前のコミュニケーションも大切にしていますね。
私たちの思いに、店舗さんも快く対応してくださっています。常連さんに行っているようなサービスをゲストにも体験してもらおうと、「ドリンク一杯サービス」「500円以上お買い上げで100円おまけ」などのオリジナルサービスを自主的につくってくださる店舗さんもいらっしゃいますね。

SEKAI HOTELがゲストに提供する「まちごとホテル 館内MAP」。「大阪感強めの店主」など、店舗の細かな特徴やSEKAI HOTELのゲスト限定のサービスなど、単なる地図ではなくゲストが街をディープに楽しむための情報が記載されている
―ゲストはホテルに宿泊するとどういう体験ができるのでしょうか?
北川:「どういう体験だったら、旅先の日常に飛び込んだと感じてもらえるか」を起点に、布施の街を自然とめぐっていただけるような仕掛けをご用意しています。「まちごとホテル 館内MAP」では、ホテルのレストランをご案内するかのように、お好み焼き店や寿司店、穴場の立ち飲み屋をご紹介したり、ゲストが布施の街をディープに楽しめるように店主の人柄がわかるような情報を入れるなど店舗の詳細な情報を入れてみたり。
―ゲストは行き先でどのように過ごすのでしょうか?
北川:ゲストには、チェックイン時に「SEKAI PASS」という専用パスをお渡しして、首から下げてもらい、ひと目で分かるようにしています。そうすると、ゲストは道を歩いているだけでも店舗さんから「どこからきたん?」と声をかけてもらったり、「ああ、セカイさんのお客さんね」というように、顔なじみとして迎え入れてもらえたりすることもありますね。
また、銭湯に行く際にはお部屋に木の桶を用意していて、そこにタオルと着替えを入れて銭湯に向かっていただきます。ツッコミ待ちアイテムというか、「なんやいいもの持ってるな」と言われてひと笑い起きるような、地域のコミュニティに「するっと入る」きっかけをていねいにつくり込んでいます。

SEKAI PASSを首から下げて街を観光すると、商店街の店舗さんから声がかかるかも

SEKAI HOTEL Fuseの大浴場は、布施商店街にある「戎湯」。ゲストはSEKAI HOTELで貸出しされる桶を持って銭湯へ(写真提供:SEKAI HOTEL Fuse)
―商店街の方々を巻き込むにあたり、課題となったことはありますか?
北川:最初は、カード形状のSEKAI PASSをゲストに持ち歩いてもらっていて、それを店舗さんで見せてもらうようにしていたんです。でもあるお店から、「見せるタイミングを失ったり、戸惑っている方がいたりする」とお聞きして、首から常に下げられるケースに変更しました。何度も微調整を重ねて、現在はこのかたちが成り立っています。
一方で、店舗さんには毎日のように訪れている常連さんが多いので、ゲストと常連さんの関係には心配する部分もありました。いつものようにお店で楽しみたい常連さんにとって、観光客がお店に訪れることで通いなれたお店の雰囲気に影響が出ないかと……。でもうれしいことに、新しい人との出会いを楽しみにしてくださっている常連さんがほとんどです。
スピード感をもってプロジェクトを推進するには?自治体や商店街との関わり方と客層の変化
―SEKAI HOTELは街を巻き込むプロジェクトですが、自治体や商店街とはどのように関わっていますか?
北川:自治体とも商店街とも適切な距離を保つように意識しています。スタートアップ企業である私たちが街に入り込んで事業をするにあたっては、自分たちのスピード感で進めることを重視しているからです。
地域によってはこれまでのやり方を守っていきたいという思いが強い傾向もあるかと思います。そのため私たちのように外部の新参者、しかも20代の人間が「街全体をホテルに……」と言ったら、理解できない感覚を持たれてしまうかもしれません。地域に入り込み過ぎず、離れすぎない、いい距離感を保ちながら、独自でさまざまな仕掛けができるような立場をつくっていますね。

―そうしたポジションで、街へどのようになじんでいくのでしょうか?
北川:私たちの取組みについて詳細はわからなくても、なんとなく街が盛り上がっている様子はわかってもらえていると思います。スーツケースを引いて街を歩くゲストが増えているのを目の当たりにしたり、商店街を取材するテレビなどのメディアも増えたり。
さらに、私たちはスタッフが地域の方に愛されることも大切だと考えているので、採用の際には人柄をかなり重視しています。「フレンドシップ」と表現しているのですが、ゲストにはおもてなし精神を持ちつつ、地域の方々とは対等の立場で、極端にへりくだらずに正面から相手とコミュニケーションが取れる人かどうか。それでいて認めてもらえるような、礼儀礼節や愛嬌が備わっているかをていねいに確認しています。
―SEKAI HOTELのお客さまはどんな方が多いのでしょうか。
北川:国内のお客さまがほとんどで、海外の方は平均して全体の3~5%くらい、大阪・関西万博を前にして15%くらいまで増えたところです。ただ、地域では多言語対応など、海外の方を受け入れる準備がまだ整っていないので、スタッフが店舗さんへ事前に訪れることをお伝えしたり、同行したりしています。店舗さんから、「どこの国の人かパスに書いてくれたら翻訳アプリですぐ対応できるから、相手も喜んでくれるんじゃないか」とアドバイスをもらったことも。おもてなしのプロからこうした助言をいただくことで、日々勉強しています。
一方、国内のお客さまでは、大阪の方が全体の15%ほどを占めています。下町の雰囲気が懐かしいだけではなく、新鮮に感じて遊びに来る若い方も多いですね。ほかにも、「子どもたちに大阪の商店街を知ってほしい」というご家族もいて、下町や大阪を感じられるテーマパーク的なスポットとして選んでくださる方もいます。
地域に自然と溶け込みながら、街をにぎやかに変容させる
SEKAI HOTELの取組みが街の人々にはどう映っているのか。北川さんと一緒に商店街のたこ焼き店「丸幸水産」と、酒店の奥の知る人ぞ知る立ち飲み店「立呑処 おおにし」を訪れて、お話をうかがいました。
―「SEKAI HOTEL」のお客さまが商店街に来るようになって、ご自身の店舗や商店街に変化はありましたか?
丸幸水産 デビさん:いいえ、変わりませんね。僕らにとっては当たり前の日常です。たとえば自宅の隣に人が引っ越してきても、街は変わらないじゃないですか。それと同じで日常は変わりません。僕らはSEKAI HOTELに泊まっている人も、いつものお客さんと同じように接しています。
もちろん、できることがあれば僕らも協力しますが、SEKAI HOTELを特別扱いすることはないですね。

たこ焼き店「丸幸水産」店主のデビさん。宿泊プランにある「食べ歩きプラン」「1泊10食つきプラン」を予約したゲストに配られる「食い倒れチケット」と引き換えに、たこ焼きを2個プラスしてくれる
立呑処 おおにし 大西雅子さん:家族連れや年配の人、若い人も増えて街がちょっと賑やかになりました。SEKAI HOTELへの宿泊がきっかけでうちに訪れてくれて、そのあとリピーターになってくれた方もいます。常連のおっちゃんがSEKAI HOTELのお客さんと意気投合しておごってあげたり、二軒目のスナックに一緒に行った人もいたりしました。これからも一緒にイベントなどをして、街を盛り上げていきたいですね。

SEKAI PASSを見せれば、ドリンクのサービスを受けられる(2024年12月取材時点)、立ち飲み店「立呑処 おおにし」大西雅子さん
広義での「関係人口」を増やす
―今後、SEKAI HOTELは布施の街にどんなアクションを起こしていこうと考えていますか?
北川:商店街のみなさんといろいろなアイデアを出し合って、一緒に面白いことへチャレンジしていきたいです。あくまで私たちは黒子として、外からの視点で街の見せ方や楽しみ方を提案していると考えているので、それによって店舗さんがいままで気づいていなかった自分の街の魅力を認識できるようになれたら、一つの役割を果たせたことになるかなと思います。
また、私たちは各ホテルに、その地域にちなんだ合言葉を定めています。布施は商売繁盛の戎神社があり、町工場がたくさんある街なので、「景気よくいこう!」を合言葉にしました。験を担ぎに来たり、気前の良い店主にちょっとおまけしてもらえたりする街ですよ、というメッセージや雰囲気も広く発信していきたいです。
―SEKAI HOTELのような街中ホテルは、どのような地域と相性がいいと考えていますか?
北川:地域の人たちの当事者意識が根づいている、人口10万人くらいまでの規模感が理想だと考えています。
百貨店や映画館がなくなるなどして少しずつ人どおりが減り、地域の方もいろいろな施策に取組んでみたけれどうまくいかず、どうしたらいいだろうというときに、一緒に解決に向けて歩みを進められるような関係性が理想です。そういった、街の人も私たちも同じ気持ちで協力し合えるような規模感の地域がぴったりくるのではないでしょうか。
また、近くに大学があるかどうかも考慮しています。大学の近くにあると、大学受験や合格後などに街へ訪れる機会も多く、SEKAI HOTELとしても、街としても長期的な関係を築きやすいですから。やがて、学生がその地域を好きになるきっかけの一つとして、SEKAI HOTELが貢献できればうれしいですね。

―移住につながったり、リピーターになったりするゲストもいらっしゃるのでしょうか?
北川:いらっしゃいますがまだ多くはありません。ゲストのなかには、カフェや立ち飲み屋さんのファンになって通い続ける方や、宿泊して知った練り物屋さんからお取り寄せする方、和菓子屋さんで鏡餅を注文する方もいらっしゃいます。私たちの取組みをきっかけに、これからも地域との関わりを続けていただけるような方を増やしていきたいと考えています。
この記事の内容は2025年3月6日の掲載時のものです。
Credits
- 取材・執筆
- 笹間聖子
- 写真
- 牛久保賢二
- 編集
- 野村英之(プレスラボ)、森谷美穂(CINRA, Inc.)