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ローカルから日本をアップデートする。地域のミツバチ・井上貴至が描く地方創生の未来図

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花から花を飛び回るミツバチのように、地域間や人々の新しいつながりを生み出し続けている人物がいます。現在、山形市の副市長を務める井上貴至さんです。

「地域には魅力あふれる面白い人がたくさんいますが、会うべき人とつながっていないことも多いです。イノベーションに大切なことは『新しい組み合わせ』。だから自分は『地域を飛び回るミツバチ』のような存在になれれば」と井上さんは話します。

2008年に総務省に入省後、地域の行政に取組みながら、1年間で50か所のお祭りに参加したり、現在も全国の市町村を巡ろうと各地を飛び回ったり、軽快なフットワークで活動し続ける井上さん。山形市でも、開かれたコミュニティの場として、年齢や職業、役職、国籍関係なく、誰でも参加できる朝の勉強会「山形おっはークラブ」を開催するなどエネルギッシュに活躍しています。

そんな井上さんに、地方で働き暮らすことの魅力や、地域(ローカル)だからこそできることについて、お話をうかがいました。

東日本大震災から見えた地方の課題。地域住民のドリブルを、パスでつないでいくために

─井上さんが「地域社会」に興味を持ちはじめたきっかけは何だったのでしょうか?

井上:子どもの頃から電車が好きで、新大阪駅の近くに住んでいたので祖母に連れられてよく電車を見に行きました。なかでも寝台列車が好きで、行き先の遠くの街に思いを馳せたことが自分の知らない地域に興味を持つ原体験だったように思います。

電車をきっかけにテレビゲーム『桃太郎電鉄シリーズ』にもハマりましたね。ゲームをしていると、全国各地の特産品が出てきたりするじゃないですか。そこからいろいろな地域に興味をもつようになりました。

また、大阪に住んでいるなかで、「地元の企業がどんどん東京に進出していってしまうなぁ」と漠然と考えていたことも、いま思えば、地域について考えはじめるきっかけになっていたのかもしれません。

山形市 副市長の井上貴至さん

─大学では弁護士でもある川人博先生の「法と社会と人権ゼミ」で学ばれたそうですが、どのような経験をされましたか?

井上:先生からは「君らは何も知らないから、とにかく現場に行きなさい」と言われて、さまざまな地域でフィールドワークを行いました。現場でいろいろな分野の方からお話を聞くのがすごく楽しかったですね。

総務省に入って自治体に配属されてからもさまざまな人と会いました。愛知県の市町村課に配属されたときには、1年間で約50か所のお祭りに行きましたが、「大企業の社長よりも、こうして祭りで神輿を担いでいる方がいい」という地域のおじさんがいたりするのは面白かったですね。

地域の方と接していると、そういったご自身のホームグラウンドで活躍している方が輝く姿に触発され、地域社会についてより深く考えることが増えていったと思います。

─大学卒業後は総務省に入省されましたが、総務省を希望された理由を教えていただけますか?

井上:地域の実情を現場で知り、それを国の制度に反映させていくという役割を担いたいと思ったんです。学生時代に現場の重要性は感じていましたので、総務省では霞ヶ関の庁舎だけではなく、市町村の現場に近いところで働ける機会もあることに魅力を感じましたね。マクロとミクロを行き来しながら、現場で気がついたことを制度に反映し、そのアップデートした制度をまた現場で活かしていくことができる。そんなサイクルで仕事ができる環境を、面白いと感じたんです。

─入省後、さまざまな地域の方とつながっていくなかで、現場のどのような課題に気がつき、制度に反映させていったのでしょうか?

井上:まず、入省3年目のときに東日本大震災がありました。いてもたってもいられなくなり、週末になるたびに被災地に入って、物資の仕分けや掃除をしていたんです。その体験が自分にとってはひとつの転機になりました。被災現場に触れるなかで、毎日を一生懸命、全力で、全身全霊で生きていこうと思いましたし、自分がやっていきたいことをあらためて見つめ直す機会になりました。

当時の被災地には、総務省の先輩方や企業の方、教育機関の方たちが集まり、被災地の「中と外」のつなぎ役、つまり現場の困りごとを解決するために外の人や制度、機会などをつなぐ人がたくさん活躍していました。

一方で、全国に目を向けてみると、過疎化や高齢化が進んでいるのは被災地に限ったことではなく、さまざまな地域で課題になっているわけです。サッカーで例えると、地域の方は自分の持ち場で一生懸命「ドリブル」をしていると思うんです。ただ、そこからパスを出す先、つまり中と外をつないでくれる人が少ないとも思っていました。

そこで、地域の人がつないだドリブルをしっかりゴールまで届けるためのつなぎ役をたてつけることを考えました。それ以前にも、総務省からは都道府県や政令指定都市に人材を派遣していたのですが、本当に人手不足で困っている小さな市町村にこそ人材を派遣しよう、ということで「地方創生人材支援制度」(※1)を提案しました。

※1:国家公務員、大学研究者、民間企業社員等の総合的または専門的な知見を有する人材を副市町村長や部職員、アドバイザーなどとして地方公共団体に派遣し、ノウハウを活かして地方創生を推進する制度

官僚自らが地域に赴く。「地方創生人材支援制度」第1号として赴任した長島町時代の取組み

─その「地方創生人材支援制度」の第1号としてご自身が鹿児島県長島町に派遣され、副町長も務めました。当時を振り返っていかがでしょうか?

井上:長島町は鹿児島県北西部の海沿いに位置する人口約1万人の小さな町です。まず、派遣されて最初の3か月ぐらいは、町内のイベントに参加したりしながら、いろいろな人の話を聞きました。大学時代のフィールドワークと同じ感覚ですね。そのなかで特に印象的だったのは、モジャコ船に乗ったことです。

長島町は養殖ぶり生産量日本一で、ぶりの稚魚を捕獲するモジャコ漁が盛んですが、地元の方からその漁の話を聞いて「モジャコ船に乗せてください」とお願いしたんです。周りからは過酷だからやめたほうがいいと言われたのですが、長島町のことをより理解するためにお願いして乗せてもらいました。

実際に乗ってみると波が激しく、揺れが強くて大変でした。漁師さんからは「波がはねて船が浮くから、そのときは船にとどまろうとしないで、わざと海に落ちてくれ。船に落ちたら体を打って怪我をする」と。そして、「気がついたら助けてあげるから」という冗談もいただきました(笑)。

長島町時代、船の上で『東北食べる通信』初代編集長の高橋博之さんと(画像提供:井上貴至さん)

井上:でも、その日を境に漁師さんたちとの距離が縮まったと思います。漁師さんや農家さんとは、役場などかしこまった場所で会っても本音で話せないことが多かったんです。ところが、現場に行くと、「これ、食べてみろ。うまいだろ」とか、そういうちょっとしたコミュニケーションから、いろいろなことが聞けるんです。

長島町のなかでも、町内に高校が無くなってしまったことで進学にかかる費用が負担になっていることや、進学を機に町を出る人も多いという話を聞きました。そこで、長島町を出ても、地元名産の出世魚のように成長して戻ってきてほしいという思いで「ぶり奨学金制度」(※2)をつくりました。県外の大学などに進学した人でも卒業後10年以内に長島町にUターンしてくれれば、奨学ローンの返済を町のつくった基金から全額補填するという制度です。

※2:2016年にスタートした長島町の奨学金制度。金融機関からぶり奨学ローンを借りて返済した場合、元金相当額については卒業後に長島町に戻って居住している期間分を、利子相当額については全期間分をぶり奨学基金から補填する。

私が長島町にいるのは限られた期間ですから、一過性のものではなく、サステナブルな仕組みをつくりたいと考えていました。たとえば、ぶり奨学金制度についても、地域貢献に積極的に取組む鹿児島相互信用金庫と連携することで、超低金利で資金調達を行い、さらにその元金や利子分についても地域住民の方や地元企業からご理解をいただきながら可能な範囲で寄付をお願いしたりもしています。

それ以外にも、ふるさと納税制度を活用し、行政の財源だけで完結させようとするのではなく、町全体で協力し合い、自立できる仕組みづくりをしています。

─そのほかの取組みはいかがでしょうか? また、取組みを通じて感じた長島町の変化についても教えてください。

井上:ほかには、長島町には空き家がたくさんあったのですが、それを売買するマーケットがないという課題がありました。行政だけで実際の空き家を見ても、それが使えるものなのかどうか、判断ができません。

そこで、余暇の釣りを通じて知り合った県内の大手不動産会社の社長や、地域おこし協力隊の方に協力をあおぎました。不動産のプロや地域をよく知るメンバーがつながって情報を整理し、さらに遠方の方の内見にはVRを使うなどデジタルも取り入れることで、しっかりマーケットとして機能する仕組みを整備しました。

長島町は10年前の2014年に行われた調査で「消滅可能性自治体(※3)」と指摘されましたが、2024年の調査では脱却しています。合計特殊出生率は2.11となり、これは全国の自治体で4番目に高い数字です。地域ぐるみでの長期的な取組みが、結果として現れてきていると思います。

※3:2020年から2050年までの30年間で、20歳から39歳の若年女性人口が50%以上減少すると見込まれる自治体のこと。若年女性人口の減少により出生数が減り、人口減少が加速することで自治体が消滅する可能性があることから、この定義が用いられている。

地域をリスペクトし、一人ひとりと誠実に向き合う。情熱は必ず伝わっていく

─現在、山形市の副市長に就任し4年目となりましたが、井上さんが感じる、山形の魅力はどのようなところでしょう?

井上:四季がはっきりして懐かしい日本を感じられることが魅力だと思います。桜や紅葉、温泉、雪景色など、その時々の季節を感じられますので、何度足を運んでも楽しめる場所です。県内の標高差があるため、土地によって個性豊かな特徴があります。

それは食文化の特徴にもつながります。チェーン店の進出が比較的遅かったことで伝統的な食文化のオリジナリティを残しつつ、その一方でイノベーティブなものも取り入れているのが面白いと思います。また、山形市は過去400年間、戦災や震災がなかった世界的に見ても珍しい都市で、工芸や文化芸術の裾野が広く残っていることも素晴らしいですね。

─山形市で進めている取組みを教えてください。

井上:山形市は県庁所在地ですので、教育・産業・医療・文化・スポーツなどの都市機能がサステナブルに機能していることが大事です。そのためにも、地域の人材育成に注力していくことが重要だと考えています。小・中学校に電子黒板を導入したり、市立高校にも最先端のIT機材を入れたりするなど、教育に力を入れるほか、山形市売上増進支援センターY-bizによる中小企業支援、DX推進や女性活躍の促進などに現在注力しているところです。

また、現在山形市では、中心市街地のグランドデザインを改訂して「歩くほど幸せになるまち」をビジョンに掲げています。専用アプリで歩数を管理する「山形市健康ポイント事業SUKSK(スクスク)」などの取組みを通じて、歩行者通行量が増加したり、市民の健康寿命が伸びたりといった成果が出ています。

そのほかにも、移住促進の取組みとして、山形市では移住希望者の事情に合わせたオーダーメイド型の移住ツアー企画も実施しています。地方で暮らす魅力をファクトベースで伝えていくことが大切だと考えています。

─山形でも人と人をつなげる活動をしていますね。

井上:朝の勉強会「山形おっはークラブ」を開催しています。東京でも2週間に1回「地域力おっはークラブ」として100回以上開催してきた勉強会です。山形でも「気軽に、楽しく、中身濃く」をモットーに、地域の現場で活動する人に、その思いや経験を話してもらい、みんなで知恵を共有しながら新しいものを生み出していくことをめざす場です。

おっはークラブ開催時の様子(画像提供:井上貴至さん)

井上:一番の特徴は「オープンコミュニティ」ということ。集まるのは市民の方に加えて、移住者、旅人、たまたま帰省した人など、さまざまです。中学生や高校生、大学生の参加もありますが、年代や立場に関係なく、メンバー同士が仲良くなっているのがうれしいですね。

一期一会の緩やかなつながりから、オープンイノベーションが起こるような仕組みづくりにも注力しています。たとえば、ゲストスピーカーの話を聞いたあと、すぐに質疑応答に移るのではなく、座っている席の横や前後の人と感想を共有する「魔法の3分間」という時間を設けています。友達同士で来ると隣に座ったりしますが、前後だとまったく知らない人と話す機会になるわけです。異なる視点からの感想を得ることで、ゲストスピーカーの話の理解度がより深まると思います。また、コーヒーショップを会場にするなど、堅苦しくない雰囲気を心がけています。

そのようなつながりのなかから、「山形駅西口で焚き火イベントをやろう」とか、「山形の伝統野菜、蔵王かぼちゃの祭りをしよう」とか、楽しいアイデアが次々と生まれています。

―井上さんご自身が地域に溶け込んでいくために心がけていることはありますか?

井上:長年にわたって続けてきた柔道の感覚を、公私問わずどんなときでも意識しています。柔道は一対一で相手と向き合うスポーツです。そして、相手の懐に飛び込んでいくわけです。それは地域とのかかわりでも同じです。礼にはじまり、一人ひとりをリスペクトして誠実に、情熱を持って向き合えば、必ず伝わるはずです。

私が長島町でモジャコ船に乗ったことは、インターネットよりも早く地域のクチコミで広がっていました。自分の情熱や本気度が伝わっていたのかなと思います。

山形を地方創生のモデルケースに、日本全体を多極分散的にアップデートしたい

―地方で暮らすことの魅力については、どのようにお考えでしょうか?

井上:ローカルは課題もありますが、魅力も大きいと思います。山形であれば、世界的に評価されている飲食店が数多くあったり、山形交響楽団という山形を拠点に活動しているプロオーケストラの演奏会に気軽に行くことができたり、ウィンタースポーツを楽しむことができたりと、文化的な豊かさがたくさんある街です。

蔵王のスキー場にて(画像提供:井上貴至さん)

―井上さんご自身の今後の目標を教えてください。

井上:個人としての目標は、100歳まで柔道を続けることです。あとは、自分の名前に似ている気がしたこともあって大学時代に「平成の伊能忠敬になる!」と決意したのですが、日本全国の市区町村をすべて回りたいと思っています。いまの時点で1,500の市区町村に行きましたが、やはり離島などに行く機会がなかなかないんですよね。

仕事の面では、一貫して私が伝えてきたことでもあるのですが、ローカルから日本をアップデートしたいです。人口減少や少子化が進む地域が多いなかで、長島町の「ぶり奨学金制度」のような取組みが各地域で生まれてくることを期待していますし、私自身そのお手伝いができればと思います。

現在、山形県民会館があった場所に、新たに山形市民会館を建設する計画があります。これまでにないデザインの会館となる予定で、このリニューアルも、ある意味ではアップデートのひとつです。イベントがあるときに限らず、いつでも市民会館に来てもらって、遊んだり、デートしたり、勉強したり、お茶したりする人が増えてほしいなと。もちろん市民会館の機能として、映画上映や演劇、演奏会なども開催し、訪れた人の文化的な裾野が広がるような、「自分もなにかやりたいな」と市民の主体性を引き出していくようなきっかけになればと思います。

2029年度にリニューアルオープンを予定している山形市民会館。外観は「1本の大樹」をイメージしデザインされている

―ローカルから日本をアップデートするために考えていかなければならないことは何でしょうか?

井上:日本は世界的に見ても、首都である東京に一極集中し過ぎています。集中し過ぎたがゆえに、課題自体を見つけにくい状況になっているとも思います。人口が多いので、ビジネスチャンスも多そうに見えますが、意外と本質的なイノベーションは生まれにくくなっているのではないかな、とも思うんです。

そういう意味でも、いまの日本はすごく複雑化していると感じます。ローカルから実績を積み上げていくのは、山形市のためでもあり、ひいては山形から日本の地方創生のモデルケースをつくり、多極分散的にアップデートしながら日本全体を豊かにしていくためでもあります。

本来、日本は山をひとつ越えれば自分たちが暮らす地域とは異なるお祭りや食文化に出会うことができるような、多彩で豊かな自然と文化がある国です。そういった特色を踏まえて地域の課題に向き合いながら、新しい価値を創造していくことが重要ではないでしょうか。

一匹のミツバチが飛び回っても、できることは限られています。つながった人たちや地域とともに、自分たちができること、やりたいこと、そして持続していくために求められていることに取組みながら、これからもシナジーを生み出していきたいです。そのためにも、自分自身が本気で、情熱をもって取組んでいくことが大切だと思います。

この記事の内容は2025年3月27日の掲載時のものです。

Credits

取材・執筆
松田陽
写真
土田凌
編集
プレスラボ、CINRA,Inc.