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なぜ現代はパーパスが必要?掲げるだけでは意味がない、企業の道しるべにするには

  • 循環型社会

NTT東日本グループでは、2023年に「パーパス(存在意義)」と、それに向けた「ビジョン(なりたい姿)」「ミッション(使命)」「バリュー(価値観と行動基準)」を制定しました。パーパスとして掲げたのは「地域循環型社会の共創」。あらゆるステークホルダーの共感を得ながら、地域の方々とともに持続可能な循環型の地域社会の実現をめざすという表明になります。

近年よく聞くようになった パーパスは掲げるだけでなく、社内の共通認識として浸透しなければ意味がありません。そのために、まずはパーパスを制定した意義や目的から把握する必要があります。そもそもなぜパーパスを決めたほうがいいのか、何のために決めるのかなど、皆さんはご存知でしょうか? 

今回はパーパス・ミッション・ビジョンの策定をはじめ、インナーブランディングを専門とする会社「イランコッペ」の代表・宮崎慎也さんに、パーパスの意義についてコラムを綴っていただきました。さまざまな企業の事例も交えながら、パーパスを掲げるだけでなく、企業の取組みに活かしていくことの難しさと大切さなどを紐解いてもらいます。

掲げるだけでは意味がない。パーパスの意義とは?

近年、「パーパス」や「ミッション」「ビジョン」「バリュー」のような、企業の方向性を示す言葉が注目されています。さまざまな横文字で混乱してしまいそうですが、それぞれ企業の行動や指針を共通認識として共有するために策定されています。各社によって定義は異なる場合もありますが、一般的に「パーパス」とは企業の存在意義を表し、「ミッション」は使命、「ビジョン」はありたい姿、「バリュー」は企業の価値観を表します。

もう少し噛み砕くと、以下のようになります。

(画像提供:株式会社イランコッペ)

企業が事業活動を行う際に、上記の3W1Hに答えるために策定しています。また、社会に対して企業の意思を表明する目的でも、パーパスやミッションを掲げる企業が増えてきています。

そこで問題になっているのは、パーパスやミッションをただ策定し、言葉だけが先行する場合です。「パーパスというのが大事らしい」という流行に乗って「うちの会社でもパーパスをつくろう」と方針を立てたのち、コピーライティングによる言葉だけが掲げられて、パーパスの取組みがそこで終了となるケースも多くなってきています。

たとえば、売上を最優先にしていた企業が社会的意義のあるパーパスを掲げ、会社の方針や意思決定の方向性を変えようとしても、社内にパーパスがうまく浸透しなければ、結局は旧来の企業文化や意思決定のままになるでしょう。また、現場でいくら社員がパーパスをもとに判断したとしても、上司が以前の価値判断に固執してしまうことで、現場との齟齬が起こることもしばしばあります。

つまり、パーパスの策定には浸透もセットで考えなければなりません。パーパスが社内で広く認知されることから始まり、その意義を社員一人ひとりが理解し、そして行動にまでつながっていくことを含めた一連の活動こそが、本質的なパーパス経営といえます。言葉をつくるのはその最初の一歩でしかありません。企業活動や経営計画はもちろん、日々の仕事のなかでもパーパスに基づく意思決定ができるような仕組みづくりや事業方針の策定、企業文化の醸成などが大切です。

なぜ近年、パーパスを掲げる企業が増えているのか

そもそもパーパスという言葉は、「パーパスドリブン経営」や前述の「パーパス経営」などの単語で使われます。つまり、「経営」を考えるうえで重要となる考え方なのです。2018年ころに生まれたとされる「パーパス経営」を定義すると、「パーパスに基づいて意思決定をする経営」ということになります。

パーパス経営以前、一般的な企業は「利益」や「売上」を第一目標として経営を行っていました。1970年代には経済学者のミルトン・フリードマンが「企業が負う社会的責任はただひとつ、ゲームのルールの範囲内で利潤を増加させることである」と言ったように、利潤追求こそが最上位でした。

しかしながら、企業の社会的責任や環境への配慮、顧客や従業員のウェルビーイングなどが重視され始めたことで、「この企業はなんのために存在するのか?」「単なる売上至上主義なのか?」ということが問われるようになりました。

2019年には、AppleやAmazon、ウォルマートなどのトップ企業の経営者たちをメンバーとする「ビジネス・ラウンドテーブル」において「もはや利益をビジネスの最終目標にしない」(*1)という趣旨の声明も発表され、株主中心からステークホルダー中心の経営への移行が加速しました。

また、国連では、2030年までに達成するべき「持続可能な開発目標(SDGs)」の進捗が芳しくないという現状から、2020年ごろに危機感を表明。日本国内でも積極的な推進活動が進んでいきました。さらには新型コロナウイルスの感染拡大も同時期に起こり、各企業は経済的価値のみならず社会的価値やソーシャルグッドな活動も追求する風潮が強くなっていきました。

企業が社会的意義を求めるようになったことで、その変化は各所で表れました。たとえば、企業で働きたいと思う求職者も「この会社は何のために企業活動を行っているのか?」を注目するようになり、給与や福利厚生だけではなく、社会的意義も重視するようになりました。

パーソル総合研究所が2022年に調査した「人的資本情報開示に関する調査」(*2)では、社会人よりも学生のほうが、就職先の検討の際に「社会貢献に積極的」「環境に配慮している」ことを重視する比率が高いというデータが出ており、若い世代が社会的な価値に注目していることがうかがえます。さらに、消費者もサステナビリティや環境への配慮を十分に行っている企業なのかを判断軸に加えるように変化していっています。

投資家にとっても、ESG投資のような地球環境に配慮した経営や、人的資本の開示のような従業員にとって働きやすい環境であるか、そして財務目標だけではなく非財務目標も重視しているかなど、投資先を選定するポイントも変化してきています。

(画像提供:株式会社イランコッペ)

以上のような変化に応えるかたちで、多くの企業が最上位の目的としてパーパスを掲げ、自分たちが「何のために企業活動を行っているのか?」を追い求めるようになりました。利潤追求だけでは、投資家も従業員もついてきてくれないからです。

このような時代の変化があるからこそ、単なるスローガンを掲げればいいというものではなく、パーパスを軸にした企業の取組みの方針策定をはじめ、従業員への向き合い方やふさわしい商品の開発・提供なども吟味する必要が出てきています。

2社の事例による、社員の意思決定につながるパーパス

企業が設定するパーパスは、その業界や事業内容によって多様ですが、社員の意思決定につながる事例として2社のパーパスを紹介します。

DXもパーパスドリブンで推進する生活用品メーカー

1社目は生活用品メーカーであるライオン株式会社(以下、LION)です。2018年に「より良い習慣づくりで、人々の毎日に貢献する(ReDesign)」(*3)というパーパスを掲げ、旧来のプロダクトドリブンの経営から、パーパスドリブンに変化しました。100年以上の歴史があるなかで、同社は「おはようからおやすみまで、暮らしをみつめる」「いつもの暮らしの中に」「今日を愛する。」などのスローガンを掲げ、人々の暮らしに寄り添いながら、つねに新しいプロダクトを発明してきました。

プロダクトの優劣や価格競争が激化するなかで、あらためてLIONらしさの追求がスタートし、WHYに当たるものとして、「ReDesign」という言葉が生まれます。そこには、人々の暮らしに目を向け、よりよい習慣づくりを再設計する(=ReDesign)会社であるという想いが込められています。

その代表例として挙げられるのは、1997年に発売されてから、いまなお多くの人に愛されている「キレイキレイ」という薬用泡ハンドソープです。単に商品開発・販売するだけでなく、特に力を入れているのが、手洗いという「昔からある習慣」を時代の変化に合わせながら浸透させる取組み。「キレイキレイしよう」という言葉とともに親子で正しい手洗いを根づかせるため、現代の子どもたちにも楽しく伝わるような工夫のもと、手洗い教室の開催や手洗い歌の制作などを国内外で実施しています。

ほかにも、歯ブラシがどのように使われ、どのように劣化しているかを、機械学習によって歯ブラシの劣化のプロセスを解析し、よりよい歯ブラシの「ReDesign」にも取組まれています。このように、当たり前の「習慣」の再設計をパーパスとして掲げることでプロダクト競争に陥らない、自社らしさの実現をめざしています。

家も野菜も薬も扱う小売企業のパーパス

「無印良品」の企画開発から商品調達、流通・販売を担う良品計画も、企業としての姿勢や信念を大切にしているといえます。明確にパーパスとは明言していないものの、2021年9月を第二創業と位置づけ、企業理念を再定義しました(*4)。「『人と自然とモノの望ましい関係と心豊かな人間社会』を考えた商品、サービス、店舗、活動を通じて『感じ良い暮らしと社会」の実現に貢献する。」という企業理念です(*5)。このなかで、WHYにあたるものは「感じ良い暮らしと社会の実現」の部分になるでしょう。

無添加の食品やパッケージがシンプルな生活雑貨などを展開する企業として、老若男女に知られている同社が、いまでは新鮮な野菜・生鮮食品や家の販売、さらには書店やキャンプ場の運営にまで事業展開が広がっています。そこには、まさに「感じ良い暮らしと社会の実現」が根幹にあります。

特に、地域に根ざした活動に取組んでいるのが象徴的です。店舗の「地域に土着した個店化」を掲げ、地域と共創するための「コミュニティマネージャー」という役職の育成を進めています。新潟県直江津の店舗では、このコミュニティマネージャーの活躍により、地域に役立つ店舗をめざし、2021年から一般用医薬品を取り扱う調剤薬局を併設。プロ仕様の医療機器を使った身体測定や健康相談ができる「まちの保健室」という取組みを開始しています。

さらに、2021年に全面開業した無印良品 港南台バーズ店では、「食品を買う場所がなくなって困っている」という近隣の住民の声が多くあがったことから、食の大型専門売り場を設けたという例もあります。このように、その地域ならではの店舗経営に取組むことで、「感じ良い暮らし」を広げることをめざしています。パーパスがあることによって、どんな商品を扱うのか、何のためにそれを販売するのか、そして、どういう店舗経営を行うかにまで、つながっていきます。

NTT東日本グループがパーパスを掲げた背景。受け継がれてきた歴史から紐解く

NTT東日本グループでは、2023年にパーパスとして「地域循環型社会の共創」を掲げました。これは、地域に密着した現場力とテクノロジーの力で、夢や希望を感じられる持続可能な循環型の地域社会を共創するという想いで策定されています。

NTT東日本グループのパーパス「地域循環型社会の共創」を表したピラミッド型の図(NTT東日本グループのサイト(https://www.ntt-east.co.jp/aboutus/purpose.html)より)

そもそも、NTT東日本の歴史を遡ってみると、このパーパスの意義が見えてきます。1952年に、持株会社であるNTTの前身となる日本電信電話公社が発足したころの目的は、戦後の経済復興のなかで、電話の需要が高まり、日本中に電話を普及させることでした。それは「電話で日本中をつなぐ」ことがパーパスだったともいえるかもしれません。

さらに時代が進み、通信が自由化され、1985年に日本電信電話株式会社(NTT)が設立されます。同年には日本初の携帯電話機を発売し、1992年には日本ではじめてインターネットサービスプロバイダのサービスを開始します。この時期は「日本中をインターネットでつなぐ」ということをめざしていたといえます。

1999年にNTTグループが持株体制へと移行し、NTT東日本が設立。ここでより一層、東日本という地域に密着しながら事業を展開していくことになります。それ以降は光ファイバーや高速無線通信と技術の進化に伴って、より早くより快適な通信サービスの提供をめざしてきました。

このように、NTT東日本グループはいつの時代も日本や地域を通信の力で「つなぐ」ことを第一に進化してきました。

通信も家族も地域もつなぐ。未来への道しるべとなる「地域循環型社会の共創」

このような流れのなかで、現代において求められる「つなぐ」を考えたときに、必要になるのが「地域」です。LIONが商品開発自体ではなく、時代に沿った習慣をつくることを最上位の目的としているように、NTT東日本グループは通信サービスの提供が目的ではなく、めざすものは「地域とつながり、共に創る」ということです。

これまで通信サービスの提供を通じて「つなぐ使命」を果たしてきたNTT東日本グループ。そのノウハウとデジタル技術を活用し、ソーシャル・イノベーション・パートナーとして、地域の方々とともにさまざまな分野のイノベーションに取組みながら、安心かつ便利で、活気のある「持続可能な輝くミライ社会」の実現をめざしています。

具体的には、MaaS(Mobility as a Service)による地域の交通手段の維持や、スマートストアによる店舗の省人化の推進。さらには、農業・製造業などの深刻な人手不足に悩む現場に、IoT(Internet of Things)やセンシング、ローカル5Gを活用したサポートの取組みなどにも力を入れています。人口減少や高齢化が進む時代。だからこそ地域の人々ともっとつながり、実際の声をうかがいながら、より良い未来を共に築こうとしています。

このように、地域にはこれまで以上にさまざまなつながりが必要になります。ネットワークも、家族との関係性も、地域企業との共創も、つながりです。NTT東日本グループは、通信やテクノロジーの力を活用して、お互いに支え合い、協力し合える社会をつくっていく、という想いを、「地域循環型社会の共創」というパーパスで表明しています。

「NTT東日本グループ Purpose Movie」の動画

企業のパーパスは、単なる理念や目標として一部の人だけがめざすものではなく、企業の社員がどんな意思決定をすべきかの指針となります。パーパスがどんなものかによって、歯ブラシから地域コミュニティまで、店舗運営から経営スタイルまでも変わっていきます。一社員から経営層まで、パーパスに対して何ができるのかを一人ひとりが考え、行動することで、パーパスが単なる言葉から、企業にとっての生きた道しるべになっていくでしょう。

*1 ビジネスラウンドテーブルの声明:「Business Roundtable Redefines the Purpose of a Corporation to Promote ‘An Economy That Serves All Americans’
*2 パーソル総合研究所:「人的資本情報開示に関する調査
*3 LION株式会社 ウェブサイト:「企業理念
*4 株式会社良品計画 ウェブサイト:「トップメッセージ
*5 株式会社良品計画 ウェブサイト:「企業情報

この記事の内容は2024年12月19日の掲載時のものです。

Credits

執筆
宮崎慎也
編集
吉田真也(CINRA,Inc.)