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「移住&開業」のヒントが詰まった本4選。「道草書店」夫婦が実体験を交えて厳選
コロナ禍を経て、働き方やライフスタイルの価値観の多様化によって人々の関心が高まっている地方への「移住」。移住を検討されている人のなかには、移住先での起業やお店の開業などにも挑戦してみたい方もいるのではないでしょうか。ただ、いきなり馴染みのない地域で事業をはじめるのは、なかなか勇気がいることです。
そこで今回、「移住&開業」に役立ったり、勇気がもらえたりする本を実際の経験者に4冊選んでもらいました。選書してくれたのは神奈川県真鶴町(まなづるまち)で「道草書店」を営む、中村竹夫さん&中村道子さんご夫婦。もともと知り合いがいなかった真鶴町に家族3人(夫・妻・娘)で移住したのち、「道草書店」を開業されました。不安ななかで移住&開業を決断し、地域の人々から愛される本屋になるまで、お二人の背中を押してくれた4冊とは?
「移住&開業」のヒントになる本4冊。「道草書店」のストーリーも交えて紹介
1冊目:『小さな人気店をつくる!移動販売のはじめ方』平山晋(同文舘出版)
もともと東京に住んでいた私たちは、「自然のある環境で子どもを育てたい」という想いから移住先を探していました。偶然、真鶴町にドライブで訪れた際、海で浴びた潮風と静かな町並みに惹かれて一瞬でこの町が気に入り、移住することを決めました。
また、私たち夫婦は、子育てしながら共働きしていくことの大変さも痛感していたので、家庭と仕事を切り離すのではなく、両方が混ざりあうような働き方をしていきたいと考えていました。そのために、これまでの仕事を辞め、移住先でゼロから新たな生業をつくることも決めていました。しかし、移住した直後にコロナ禍が到来。縁もゆかりもない土地。これから人とつながっていこうとした時期に、しばらくは人とつながれず、起業のアイデアも浮かばないまま、つらい時期を過ごしました。
それでも、少しずつではありますが、町の人と会話を交わす機会も徐々に増えていきました。特に子どもを連れて歩いていると、町のお年寄りの方がよく声をかけてくれたんです。ある日、何気ない会話のなかで聞こえてきたのが「本屋がなくて不便なのよ」という一言でした。たしかに、それまで真鶴町には本屋が一軒もなかったのです。
本屋の立ち上げをぼんやりと考えてはみるものの、業界の経験がまったくない夫婦二人。いきなり店舗を構えるのはリスクが大きいと思っていました。そんな矢先、ふと目に止まったのが自宅の本棚にあった『移動販売のはじめ方』でした。
この本は、キッチンカーを開業するまでの流れがわかりやすく書かれており、未経験の人でも移動販売をはじめられるような多くのヒントが載っています。移動販売をするにあたり必要な知識を得られたこと、特に開業資金と運転資金についての考え方はとても参考になりました。この本を読んで「本を移動販売で売る」というアイデアが降りてきたんです。
数か月後、私たちは軽自動車に本を100冊ほど積んで、移動本屋「道草書店」としてスタートしました。「本と移動販売」という掛け合わせで、まずは本屋を小さくはじめることや、真鶴町に限らず本屋のない地域に本の販売をしていくというアイデアに至ったのは、本書のおかげです。私たちの小さくて大きな一歩を後押ししたのは、まさにこの本との出会いでした。キッチンカーに限らず、移動販売をはじめようと思っている人や、未経験でも新しい生業に挑戦したいと思っている方にはおすすめの一冊です。(中村竹夫さん)
2冊目:『リーン・スタートアップ ムダのない起業プロセスでイノベーションを生み出す』エリック・リース(日経BP社)
起業には、優れた計画、戦略、市場調査などが必要ですが、不確実性の高いことへのチャレンジには、さらにいくつものステップが伴います。そんな起業の教科書ともいうべき、考え方や実例が本書には記されています。
真鶴町に移住したとき、真鶴町に起業支援をする起業塾がありました。起業を考えて移住してきたにもかかわらず、アイデアも浮かばずに、じたばたとしていた私たち夫婦はそこへ相談しに行きました。そのとき、起業塾の方に紹介してもらったのが、この本です。
本書は、シリコンバレーの多くのスタートアップ企業が採用している、製品・サービスの開発手法の「リーン・スタートアップ」について詳しく書かれています。リーン・スタートアップの5原則を紹介しながら、成功例、失敗例を踏まえて実践的な手法が解説されています。
起業時、特に参考にしたのは「大きく考え、小さくスタートする」という実験的手法でした。ザッポス(世界最大のオンライン靴店)の例をもとに、仮説から検証を踏まえて、潜在的な顧客数の想定やその顧客たちが望んでいることを学ぶことも重要であると、本書から教わりました。
「真鶴町で本を買いたい人がいる」という仮説を立て、出店先の場所や時間帯などを変えながら、検証が繰り返せる「移動本屋」という実験的な小さなお店をはじめることになったのも、この本から得たヒントが大きいです。
小さく実践してみることで得られる小規模の失敗と成功が、やがて大きな財産になっていきます。本書を紹介してくれた経営塾の方も、「事業計画書をつくる前に、やれることがあるのでは?」と、私に問いかけてくれました。その一言とこの本は、「小さくはじめる」ことへの背中を押してくれました。起業に興味があるけれど、なにからはじめてよいかわからないという方におすすめの本です。(中村道子さん)
3冊目:『古くてあたらしい仕事』島田 潤一郎(新潮社)
私たちが起業を決めた当初、本屋を運営した経験がないうえに、「本は売れない」といわれる時代に本屋を起業するという矛盾だらけの状態でした。はたして本屋としてやっていけるのかという不安だけでなく、それ以前に地元の人々との関係を構築できるのか、そもそもこの地域において本屋が本当に必要なのかなど、悩みが尽きませんでした。そんな時期に「まずは本に携わる仕事ついて知りたい」と思い、手に取ったのがこの本でした。
本書は、出版社の経験がゼロの状態から、「夏葉社」という出版社をひとりで立ち上げられた方によるエッセイ本です。従兄の死をきっかけに、出版社を立ち上げた著者による起業からのストーリーが描かれています。未経験からスタートした筆者の状況は当時の私たちとも重なり、本書から得た勇気や学びが心の支えになりました。
なかでも私が本書で参考にしたのは、「誰のために」つくるのかという筆者の思考でした。起業当初は周りの人たちから本当に必要とされるのかを気にしてしまうものです。ですが、そもそも起業するうえで「誰に喜んでもらいたいのか」を明確に思い描いて行動しなければ、誰かを振り向かせることは難しいのです。不特定多数ではなく、「誰に喜んでほしいのか」が考え抜かれた商品・サービスこそ、人の心を動かすのだと本書に気づかされました。
この本を読んでから、私たち道草書店は、誰のために、どのような人に喜んでもらいたいのかを具体的にイメージするようになりました。まずは真鶴町で暮らす人々を喜ばせたいという想いから、町内でマルシェを開催しました。どういった方々が地域にお住まいなのかを知るためにも、本の販売だけでなく、地元のフードや小物などを販売するコーナーを設けたり、お子さまを対象に紙芝居もしたりと、たくさんの方々との交流を図りました。そうした取り組みから徐々に顔見知りの関係性を築くことができ、地域の方の意見も反映しながら運営していく現状のスタイルに行き着きました。
また、「誰のために」をいくら考え抜いても、本屋というものは「ひとり」では成立しません。出版社や校正士、取次、書店などさまざまな人が携わる「リレー」といえます。本や情報を受け取ったり渡したりして、人と人のつながりのうえで仕事が成り立っています。そして、その一人ひとりが誰かを喜ばせるためや「この本を届けたい」という思いのもと、働いていると思います。
実際に、私たちも本屋を運営していくなかで、出版社の方が本を直接届けに来てくださることがあり、その本の制作の背景やどのような想いでつくられたのかなどをお聞きすることがあります。お話をうかがうことで、私たちも「この本を届けたい」という想いがより一層強くなることは多いです。
そういった「仕事」に関わる人々とのエピソードも、この本には書かれています。「誰のために」や他者とのつながりについて考えることは、結果的に自分が大切にしたい仕事の価値観を知ることにもつながり、いまの働き方を見つめ直すきっかけにもなるはずです。そういった「誰のために」「なんのために」働くのかを再考したい方におすすめの一冊です。(中村道子さん)
4冊目:『Third Way 第3の道のつくり方』山口絵理子(ディスカバー・トゥエンティワン)
なにかを選択すること、決めること。困難な選択になればなるほど、「これでいいのだろうか」と思ってしまうものです。
バングラデシュで鞄づくりを一人ではじめた著者は、既存の道を歩んできたのではなく、まさに自身の道を切り開いてきた開拓者といえます。著者が提案しているのは、「第3の道(サードウェイ)」。
相反する2つのもののどちらか一方を選択するのではなく、「相反する2軸をかけ合わせて、新しい道を想像する」と定義しています。これによって、「両者の交差点で生まれるアイデアや共感、相互作用などがもう一段高い次元での解決策を、広く社会に提供するものであると信じている」と述べています。
私は、東京で暮らしていた頃、会社員としてフルタイムで働く仕事の忙しさと家族と過ごす時間の少なさで葛藤していました。仕事も家庭も犠牲にしたくないこと、どちらかだけを選択することはできないと思っていたときに、本書に出会いました。「どういう人生にしていきたいか」について、あらためて考えるきっかけを与えてくれた本です。
この本を読んで、どんな仕事が好きなのか、どんな家庭にしていきたいのかなどをあらためて考えました。そこから明確になったのが、私は人と接する仕事が好きで、なにか自分の仕事をゼロから設計してみたいということ。そして、家庭面では、自然の豊かな場所で子育てをしたいと思っていた自分に気がつきました。
暮らしのために、なにを大切にしていきたいか、どんな風に生きたいのか問い直し、東京を離れて真鶴町へ拠点を移すことにしました。人生の岐路において、なにかを選択することに迷っている方におすすめしたい一冊です。(中村道子さん)
実際のエピソードを交えながら、おすすめ本を選書してくれた中村ご夫妻。お二人に具体的なアドバイスや新たな挑戦へのインスピレーションを与えてくれたこの4冊は、同じく移住や開業を考える方々にとっても道しるべとなるでしょう。ぜひ今回ご紹介した本を参考に、あなた自身の新たな道を切り開くための一歩に役立ててみてください。
この記事の内容は2024年12月19日の掲載時のものです。
Credits
- 執筆
- 中村竹夫&中村道子(道草書店)
- 撮影
- タケシタトモヒロ
- 編集
- 吉田真也(CINRA,Inc.)