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祭りがつなぐ人と地域。写真家・芳賀日向が見つめた、春夏秋冬の日本の祭りと祈り
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日本には、地域ごとに長い歴史をもつ祭りが数多くあります。そこには人々の祈りや願い、その土地の歴史や風土が息づき、地域の人々を結びつける役割もはたしてきました。
そんな地域に根差した祭りを、40年以上にわたり国内外で訪ね歩き撮影し続けてきたのが「祭り写真家」の芳賀日向さんです。日本の47都道府県すべてと世界48か国の祭りを訪ね、父の代から続く芳賀ライブラリーには1,500以上の祭り・カーニバルの写真が30万枚以上収蔵されています。芳賀さんの写真は美しいだけでなく、祭りに込められた人々の祈りや想いまでも伝えてくれます。
そんな芳賀さんの心をとらえたのは、どんな祭りなのでしょうか? 今回は、芳賀さんがこれまで撮影してきた、春夏秋冬それぞれで印象深かった祭りを厳選。その祭りの魅力や意味、より深く楽しむための視点、さらには祭りから見えるその土地らしさまでうかがいました。「見る」だけでなく、その意味まで知ることで、祭りの風景はこれまでとは少し違って見えてくるかもしれません。
村全体が非日常空間に。「祭り写真家」が生まれたきっかけ
日本の各地にいまも残る、地域に根ざした祭り。単なる年中行事や観光イベントではなく、土地の歴史や伝統、風土、暮らし、自然観を映し出す、「地域文化の結晶」といえるでしょう。それらを長年にわたり撮影し続け、「祭り写真家」となったきっかけを、芳賀さんはこう語ります。
芳賀
祭りを追うようになったきっかけは、大学時代のフィールドワークで、メキシコのユカタン半島に行った経験からです。遺跡の発掘調査のために村を訪れていたのですが、昼間はとても静かで穏やかな村でした。
しかし、夜に再び訪れると、村の様子がまったく違っていて。人々は白い衣装を着て、ネオンや火を灯しながら音楽に合わせて踊り、村全体が「非日常的な空間」になっていたのです。その日だけ、普段見られない地域の人々の表情が垣間見えることにも、強く惹かれました。
そこで初めて「祭りの持つ力」を体感したという芳賀さん。非日常の空間がどのようにして生まれるのか興味を持ち、それから約10年間、世界中を巡り祭りを撮影し続けたといいます。
芳賀
世界各地の祭りを撮影したあと日本に戻り、あらためて自国の祭りを見てみると、その多様さに気づかされました。日本では、木や岩、滝など自然のあらゆるものに神が宿ると考えられており、それぞれの地域で多様な祭りが生まれています。
美しい祭りもあれば、火や水を使った激しい祭りもある。その多様性に強い魅力を感じるようになり、日本各地の祭りを撮影するようになりました。
では、そんな芳賀さんの心をとらえた日本の祭りとは、一体どんなものなのでしょうか? その魅力の一端をご紹介します。
春|豊穣と新たな命を願う祭り
藤守の田遊び(ふじもりのたあそび) / 静岡県焼津市
21番「猿田楽(さるでんがく)」を華やかに舞う青年たち
静岡県焼津市藤守の大井八幡宮で、毎年3月17日に行われる伝統行事。平安時代、大井川の氾濫を鎮め豊作を願った農民たちによってはじまったと伝えられている。春の田植えから秋の収穫までの稲作の営みを、25の演舞と、それが終わったのちに演じられる2演目で表現する予祝*1の祭りで、豊穣と地域の繁栄を願う。子どもが氏子入り*2する儀礼も含まれ、農の営みと人の成長を重ねて祝う祭りとして1200年以上受け継がれてきた。
*1 前祝いのこと
*2 生まれた子どもがその土地の守り神である「氏神(うじがみ)」に、地域の一員(=氏子)として認めてもらう儀式
芳賀
25の演舞を担うのは地域の若い青年たちです。なかでも見応えがあるのが「猿田楽」。彼らが舞う姿は、写真に収めるととても優雅に見えますが、実際には飛び跳ねるような力強い動きでかなりダイナミックです。おそらく、農業で培った力強い足腰を見せる意味合いもあったのではないでしょうか。
演舞のひとつ「早乙女」。5歳になった男子が神前に向かい三拝する。稲の成長と子どもの成長、二つの願いが込められている

芳賀
この祭りで特に大切なのは、祭りをとおして「子どもを地域の一員として迎え入れる」という考え方です。これを欠くと、地域のつながりやコミュニティの繁栄が途絶えてしまうともいわれてきました。だからこそ長く受け継がれてきた、地域に欠かせない人生儀礼なのだと思います。
日吉大社・山王祭(ひよしたいしゃ・さんのうさい) / 滋賀県大津市
日吉大社の祭神(その神社にまつられる神さま)の結婚を再現する儀式
滋賀県大津市の日吉大社で4月に行われる例大祭(れいたいさい)*3。全国に約3,800社ある「日吉・日枝・山王神社」の総本社で営まれ、神々の結婚と誕生を再現する壮大な神事として知られている。奥宮から運び出した神輿が、急な坂道を駆け下りる「午(うま)の神事」や、きらびやかな衣装を身につけた稚児が街を練り歩く「花渡り式」、神輿を激しく揺らすことで神さまの出産を表現する「宵宮落とし神事(よいみやおとししんじ)」などが行われ、地域の繁栄と五穀豊穣を祈願する祭り。
*3 神社で毎年1回(または2回)執り行われる、最も重要で格式高い祭り
芳賀
日吉大社の東本宮*4の祭神・大山咋神(おおやまくいのかみ)と、鴨玉依姫(かもたまよりひめ)の結婚と誕生を象徴的に表す神事といわれています。神さま同士の物語を壮大な神事として表している、非常に印象深い祭りです。
最大の見どころは、祭りのはじまりを告げる「午の神事」。4月12日の夜、山頂にある奥宮から大山咋神と鴨玉依姫、それぞれの神さまを遷した2基の神輿が、急坂を一気に下ります。暗闇のなか松明の火を頼りに、駕輿丁(かよちょう)と呼ばれる若い担ぎ手が駆け降りていくさまは圧巻です。
*4 日吉大社は西本宮と東本宮を中心に構成されている
勇ましい担ぎ手により、男女の祭神が山道を駆け下る「午の神事」
満開の桜の下を神さまに捧げる花を掲げて稚児行列を行う「花渡り式」
4基の神輿を大政所(おおまんどころ)と呼ばれる場所で激しく揺する「宵宮落とし神事」。30分にわたり、「お産」を再現している。「周囲に響き渡るグワーン、グワーンという大きな音は陣痛を表すともいわれ、ものすごい迫力です」と芳賀さん

芳賀
東本宮の大山咋神はかつて比叡山から迎えられた神だとされていることから、山王祭には比叡山*5のお坊さんもお祝いに訪れます。神道と仏教*6という垣根を超えて神さまの結婚と出産を祝い、地域の発展を願う。そんな、日本の宗教が持つおおらかな受容性と、地域に寄り添う信仰の姿を感じる祭りでもあります。
*5 天台宗(仏教)の宗派の総本山
*6 神道:日本にもともとあった 自然や祖先を敬う信仰 / 仏教:インドで生まれ、中国・朝鮮半島を経て伝わった悟りをめざす宗教
夏|火と神事が生む神秘の祭り
那智の扇祭り(なちのおうぎまつり) / 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町
那智大社の12柱の神々が扇神輿(おうぎみこし)に還され、那智の滝へ里帰りする神事。氏子たちが松明の炎で参道を清めていく
1,000年以上続く熊野那智大社の例大祭。毎年7月14日に行われる。那智大社の12柱の神々が那智の滝へ里帰りする神事で、神さまが通る参道を清めるため、氏子たちが重さ50kg以上もある巨大な松明(たいまつ)を掲げて進む。続いて本社より12体の神霊を宿した扇神輿が渡御*7し、滝前の飛龍神社へ向かっていく。火と水の聖地で営まれる壮大な儀式を通して、海上安全や農業の発展を祈願する。
*7 ご神体が神輿や船に乗って、本社からお旅所(目的地)へ移動すること
芳賀
私が特に好きな壮大な祭りのひとつで、これまで何度も足を運んでいます。自然の景観と神事のスケールが合わさり、まるで別世界にいるような感覚になるんです。ハイライトは「御火行事(おひぎょうじ)」。大松明を持った氏子たちが「ハリャ、ハリャ」と声を上げながら参道を降りてくる光景は凄まじい迫力で、燃え盛る炎の音まで体に響いてきます。そのうしろを12基の扇神輿が続き、目の前を通り過ぎるときには、ゴオゴオという炎の音がして、すさまじい迫力。まさに神さまの世界です。
担ぎ手たちは地域の人々の願いを背負っており、農業をはじめとする地域産業の発展や子孫繁栄など、多くの人がさまざまな願いを託しているんです。
扇神輿は滝本にある熊野那智大社の別宮・飛龍神社(ひろうじんじゃ)に到着。ご神体である那智の滝の前に12基の扇神輿が並ぶ。芸能の奉納や儀式を経て、今年の農業の安全を祈る。「この滝には絶対に神さまがいる、と思えるくらいの迫力があります」と芳賀さん
松明の火が強くなりすぎた場合、口に水を含んで火を弱める。水のかけ具合と松明の迫力が見事に合わさった1枚。芳賀さんは「この写真を撮るのに4年ほどかかりました」と語る

芳賀
勇壮な御火行事に注目が集まりがちですが、それだけではありません。落差133メートルを一段で流れ落ちる那智の滝は、この地で古くから聖域とされ、ご神体そのものとして敬われてきました。
この祭りは、家族の無事や農作物の実り、子どもの健やかな成長など、日々の願いが何世代にもわたって託されてきました。担い手はその何十人分もの祈りを一身に背負うことになります。そうした地域の想いを受け継いできた積み重ねが、この祭りを今日までつないできたのだと感じます。
御宝殿熊野神社例祭(ごほうでんくまのじんじゃれいさい) / 福島県いわき市
天皇の使いである「勅使童児(ちょくしどうじ)」の役を務める男の子
福島県いわき市の御宝殿熊野神社で、海の日とその前日に行われる例祭。五穀豊穣への感謝と祈りを趣旨とする祭礼で、7歳の稚児(男児)が天皇の使いとして「勅使童児」の役を務める。海で禊を行ったのち、神社で一晩籠り、一睡もせず神事に臨む。神事では子どもたちによる稚児田楽*8と、神を招き、魔物を祓い、子孫繁栄と豊作を祈願し国の平和を祈る民俗芸能「風流」が奉納される。翌日、飾り馬に乗って参道を進む途中に稚児が眠ると、地域の人々は神さまが宿ったと感じ、静かに手を合わせる。神事と民俗芸能が一体となった、日本の重要無形民俗文化財に指定された祭り。
*8 子どもたちのみが担う田楽。五穀豊穣への感謝と祈りを奉納するもの
芳賀
7歳の稚児が登場する、とても愛らしい祭りです。この祭りでは稚児田楽や民俗芸能「風流」が奉納される、日本でもほかに類を見ない独特の神事が行われます。稚児が一晩籠(こも)るあいだ、地域の子どもたちが稚児田楽を奉納し、地域の人々が見守るんです。
翌日、思わずこっくりと寝てしまった稚児の姿がとにかくかわいらしく、地域全体がやわらかな幸福感に包まれます。子どもたちによる稚児田楽と、地域の青年たちに代々受け継がれてきた「風流」といった民俗芸能が一体になった、全国的にも珍しい祭りだと思います。
勅使童児の前で披露される「稚児田楽」。8人の小学生が田楽を演じる
馬に揺られ、眠りに落ちる勅使童児。「とにかく稚児がかわいかったですね」と芳賀さん

芳賀
この祭りはいわき市の貴重な文化遺産でもあります。また、地域の子どもたちが総出で参加し、それぞれに役割を担う点も大きな特徴です。子どもとともに地域全体で祭りを支える姿は、まさにこの土地ならではといえるでしょう。
秋|地域の誇りと収穫を祝う祭り
長崎くんち / 長崎県長崎市
外国文化が混ざり合った異国情緒ある祭り。観客からは多くの声援が飛んでいる
長崎市の諏訪神社で約400年前から続く秋祭り。10月7日から9日に開催。長崎の古い地域を7つに分け、それぞれの「踊町(おどりちょう)」ごとに奉納芸を行う。伝統的な日本舞踊「本踊り」からはじまり、鎖国時代も海外との交流が続いた歴史を背景に、中国やヨーロッパの文化を取り入れた演し物(だしもの)*9が特徴。巨大な傘鉾(かさぼこ *10)や曳き物(ひきもの)、龍踊(じゃおどり)など多彩な芸能が披露され、異国情緒あふれる祭りとして知られている。
*9 神さまへ感謝の気持ちを伝えるための芸能
*10 神霊が宿る依代(よりしろ。場所のこと)として用いられる、飾り付けられた大きな傘
芳賀
日本でも指折りの素晴らしい祭りだと思います。最大の魅力は、「魅せる芸」として完成度が高く、洗練されているところ。そして、鎖国時代から外国文化を取り入れてきた長崎らしい独特の個性があることです。
日本に漂着した二人のオランダ人をテーマにした創作舞踊である「阿蘭陀万歳(おらんだまんざい)」、中国の雨乞いの神事を起源とし、五穀豊穣を祈る「龍踊」、それに、ポルトガルと交易した南蛮船を模した曳き物。さまざまな異国文化を取り込みながら発展してきた、長崎くんちならではの懐の深さも、この祭りの大きな魅力だと思います。
300年以上前に中国から伝わった「龍踊」。長崎くんちを代表する演し物。龍衆(じゃしゅう)と呼ばれる人が龍を担ぎ、龍は黄金の宝珠を追いかけている

芳賀
私は7年間通ってすべての演し物を見ましたが、写真を撮るなかで祭りの見方が変わったエピソードがあります。当時、龍踊を撮影したなかで自信があった一枚を龍踊の舞台監督に見せたら、ダメ出しされて。龍踊で重要なのは、先頭で龍の頭を持つ踊り手の「腕の形」だというんです。「龍頭こそ最大の見せ場で、踊町の誇りです。龍衆たちはしっかりと腕を伸ばし、魂を込めて龍の勢いを表現しようとする。その様子をとらえていない写真はダメなんだ」と。
ハッとしましたね。私は龍踊の見た目の華やかさにとらわれるあまり、祭りの心や、地域の人たちが大切にしているポイントを理解していなかった。祭事にかかわる人たちの心や思いが伝わるように撮ることが、写真家の役割なのだと、あらためて気づかされるできごとでした。
新居浜太鼓祭り(にいはまたいこまつり) / 愛媛県新居浜市
太鼓台と呼ばれる山車を横一列に並べ、回転する「かきくらべ」
愛媛県新居浜市で10月に行われる勇壮な祭り。祭りの主役は「太鼓台」と呼ばれる巨大な山車。高さ5メートル以上、重さ約2.5トンの太鼓台を150人ほどで担ぐ。豪華な立体刺繍の飾り幕が特徴で、地域ごとに代々受け継がれている。約20台の太鼓台が集結する「統一寄せ」や、太鼓台同士を横一列にくっつけた状態で回転する迫力ある「かきくらべ」が見どころ。
芳賀
私はこの祭りを「連帯感の祭り」と呼んでいます。太鼓台がぴったりと並び、激しく揺さぶられる統一寄せでは、巨大な山車が波のようにうねり、ものすごい迫力になります。そして何より魅力なのが、太鼓台を飾る立体刺繍です。龍を表現した刺繍はまるで生きているようで、縫師の技術の結晶といえるでしょう。
師匠から受け継いだ技法を用いて、飾り幕に立体刺繍を施す。刺繍と彫刻の表現を職人技でつくり出した龍は、まるで生きているかのような迫力を持つ

芳賀
漁師町という地域性もあってか、豪快で迫力のある雰囲気をまとったお祭りです。力強さや熱量を前面に出し、地域全体も熱気に包まれることで、翌日からの一年間を乗り切るエネルギーを蓄えていたのではないでしょうか。
冬|火と物語が彩る祭り
野沢温泉の道祖神祭り / 長野県野沢温泉村
社殿に火をつけようと迫る人々と、厄年の男衆との攻防
長野県・野沢温泉村で毎年1月13日から15日に行われる祭りで、無病息災や五穀豊穣を祈る伝統行事。14日より、高さ9メートルもの社殿が村人の手で建てられる。15日の夜、松明を持った人々が社殿に火をつけようと迫り、厄年の男衆は必死に守り抜こうと立ち向かうなど、迫力ある攻防が繰り広げられる。やがて火が勢いを増し、巨大な火柱が上がり、社殿は燃え落ちていく。勇ましさと神秘さが同居する、野沢温泉を代表する壮大な祭り。
芳賀
日本を代表する火祭りだと思います。社殿の上に立つのは42歳の厄年の男衆で、その下で火を防ぐのは25歳の厄年の男衆。松明を持った人々が火を放ち、激しい攻防が続くなかでも、上の男衆は肩を組んで歌いながら最後まで盛り上げるんです。
山から木を刈り出して徹夜で組み上げた社殿が、やがて燃え落ちる光景には、何とも言えない儚さがあります。厄年の世代が年ごとに役割を務める姿から、ただ迫力ある行事というだけでなく、日ごろから地域を支える世代間の強い連帯も感じられる祭りです。
1月14日の夜から翌日にかけて、厄年の男たちが釘などを使わず、手作業で社殿を組み上げる。その後神に祈りを捧げ、火祭りが始まる
大きな社殿が大きな火柱とともに燃え盛る

芳賀
野沢温泉はパウダースノーの雪質で知られ、多くのインバウンドのスキーヤーが訪れます。そのため、観光客向けの仕様にしているお店も多く見られますが、この祭りに関しては観光向けにつくり替えられることなく、昔から地域に受け継がれてきた伝統を変えずに守り続けていることも魅力です。
秩父夜祭(ちちぶよまつり) / 埼玉県秩父市
巨大な屋台が登場する秩父夜祭
埼玉県秩父市で12月に行われる秩父神社の例大祭。約350年の歴史を持ち、京都祇園祭・高山祭と並ぶ日本三大曳山祭(ひきやままつり)の一つ。豪華な屋台が曳き回され、最終夜には坂道に屋台が曳き上げられる。太鼓と囃子が響くなか、夜空には花火が打ち上がり、冬の秩父を彩る。
芳賀
この祭りの魅力は、華やかな屋台や花火だけではなく、その背景にある物語です。秩父の武甲山に宿る龍神さまと、秩父神社に祀られた妙見さまが、年に一度だけ会うという伝承があり、秩父夜祭はその「逢瀬」を表す祭りだといわれています。秩父には、妙見さまのおかげで秩父の養蚕業が潤ったという伝承があり、地域の人々の信仰を集めているんですね。
祭りの初日には、正妻である八坂刀売命(やさかとめのみこと)に、年に一度の逢瀬の許可を得るための祭礼「馬場町諏訪渡り」が行われる

芳賀
最後の花火は、観光のために上げているわけではなく、龍神さまと妙見さまの逢瀬を祝うためのもの。この花火が終わったら、龍神さまは冬の武甲山に帰って行くんだなと、切なさを感じました。祭りに付随する物語や背景を知ると、何気なく見ていた目の前の儀式に込められた意味が浮かび上がり、より魅力を感じられるんです。
災厄を乗り越え感じた、日本の祭りが持つ力
祭りには目には見えない力が宿っています。地域の人々は年に一度の祭りに祈りや願いを込め、祭りによって地域のつながりを保つ役割もはたしてきました。そんな祭りが持つ力について、芳賀さんは次のように語ります。
芳賀
私が祭りの力を実感するのは、大きな災害が起きたときです。生きるのに精一杯で、祭りどころじゃないとなるのも当然のこと。実際、震災直後やコロナ禍では多くの祭りが中止になりました。
それでも、「こんなときだからこそ祭りをやるべきだ」と声を上げる人たちが必ず現れるんです。コロナ禍に訪ねたある村では、「戦争のときでもご先祖さまは祭りを続けてきた。祭りに向けて一丸になることで地域は団結してきた」と聞きました。
東日本大震災や能登の地震でも、しばらくすると復興の希望として祭りを再開しようとする動きが生まれました。里の人や、里から遠く離れた人に力を与える存在として、祭りの価値があらためて見直されているのだと思います。
沖縄県 西表島で毎年秋に開催される「祖納の節祭(そないのしち)」。ミリクさま(写真先頭)に続くフダチミとアンガー。島唄が流れる厳粛な雰囲気のなか、行列が浜をめざす祭り。コロナ禍でも万全な感染対策がなされたうえで、島民の想いをのせて開催された
以前は、祭りの華やかさや美しさなど、目に見える魅力を中心に撮影していた芳賀さん。しかし、いまはその祭りに込められた人々の想いを想像し、土地の歴史や背景をもふまえたうえで写真を撮りたいと考えています。
芳賀
祭りというのは、人と土地を強く結びつける絆であり、地域の人々の心を集める象徴のような存在だと思っています。祭り写真家として、祭りの芯、つまり「心(こころ)」が伝わる写真を撮らなければいけないという使命感を強く感じていますし、これからも発信していきたいです。
※祭礼の運営方法や観覧ルールは年によって変わることがあります。参加・観覧の際は、主催者・自治体等が案内する最新情報と安全上の注意に従ってください。
この記事の内容は2026年4月2日掲載時のものです。
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Credits
- 取材・執筆
- 榎並紀行(やじろべえ)
- 編集
- 服部桃子(CINRA, Inc.)
- 提供画像
- 芳賀ライブラリー