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国際園芸博覧会(GREEN×EXPO 2027)ってなに?歴史や意義を専門家と探る
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2027年3月から、神奈川県横浜市で『2027年国際園芸博覧会(GREEN×EXPO 2027)』が開催されます。最大規模のA1クラスでの国内開催は、じつに37年ぶり。
『国際園芸博覧会(以下、園芸博覧会)』と聞くと、「花と緑の祭典」や一過性のイベントを思い浮かべる人も多いかもしれません。しかし、実は『園芸博覧会』は長い歴史のなかで育まれてきた文化的背景と社会的意義を持つ場でもあります。
今回は、そんな『園芸博覧会』の起こりや変遷、『万博』との違い、さらにいま日本で開催されることの意義について探ります。『GREEN×EXPO 2027』に「農&園藝チーフコーディネーター」としてかかわる千葉大学大学院園芸学研究院客員教授の賀来宏和さんと、「2027年国際園芸博覧会政府出展懇談会」および「AIPHコンペティション実施検討委員会」の委員を務める同大学院園芸学研究院教授の秋田典子さんに話をうかがいました。
二度と戦争を起こさない。平和への願いを込めてスタートした『国際園芸博覧会』
―2027年3月から半年にわたり、横浜で『GREEN×EXPO 2027』が開催されます。いわゆる『万博』と『園芸博覧会』の違いから教えていただけますか?
賀来
博覧会と聞くと、多くの人は2025年の『大阪・関西万博』のようなものを思い浮かべるでしょう。ですが『園芸博覧会』は、『万博』とは異なる成り立ちを持つ博覧会です。
賀来宏和さん
千葉大学大学院園芸学研究院 客員教授。国際園芸博覧会や花のテーマ施設など、園芸・造園分野の事業企画・監理に携わる。NPO法人社叢学会理事、NPO法人日本園芸福祉普及協会理事を務める。また、『パシフィックフローラ』(2004年)総合プロデューサー、『平城遷都1300年記念事業』(2010年)ランドスケーププロデューサーも担当した。『GREEN×EXPO 2027』では、「農&園藝チーフコーディネーター」としてかかわっている
賀来
まず、開催の目的に違いがあります。『万博』の起源は1851年にロンドンで行われた『第一回ロンドン万博』にあります。当時の『万博』では、産業革命を経た欧州列強の力を誇示する目的で、各国の産業や文化の交流が行われていました。
賀来
一方、『園芸博覧会』は1960年にオランダのロッテルダムではじめて開催されました。こちらは、第二次世界大戦においてフランスやイギリス、ドイツ、イタリアといった大国に挟まれ、戦禍を受けたオランダやベルギーが中心になり、いわば「平和の祭典」としてスタートしたものでした。『園芸博覧会』は、花や緑による交流やその産業振興を通じてヨーロッパに「二度と戦争を起こさない」という想いではじまったのです。
1960年にはじめて開催された『ロッテルダム国際園芸博覧会(愛称:フロリアード)』を訪れたオランダのチーズ売りの伝統衣装を着た女性たち。園芸博が、国の伝統産業や文化を発信する場でもあったことを物語っている(画像出典:Herbert Behrens, Nationaal Archief / Anefo)
賀来
また、『万博』と『園芸博覧会』では、運営母体と開催を認める仕組みにも違いがあります。『万博』は、各国政府がかかわる博覧会国際事務局(BIE)が認定するのに対し、『園芸博覧会』は、現在イギリスに事務局がある国際園芸家協会(AIPH)という民間団体が承認します。
なお、『園芸博覧会』には、規模や開催期間に応じてA1、B、C、Dと4種類の区分があり、そのなかで最も大規模なのがA1クラスです。このA1クラスについては、BIEから認定を受けることになりますが、慣例的にいわばそのまま『万博』とされます。つまり、A1クラスの『園芸博覧会』として開催される今回の『GREEN×EXPO 2027』は『万博』でもあるということです。
国際園芸博覧会の区分。A1・B・C・Dのクラスに分かれ、規模や開催期間、内容などの基準が定められている
―ヨーロッパが『園芸博覧会』の発祥地ということですが、そもそもヨーロッパでは、どのような園芸文化があったのでしょうか?
賀来
園芸文化がかたちづくられる以前に、ヨーロッパでは大航海時代(15世紀半ば〜17世紀半ば)をきっかけに、「植物」に対する関心が高まったといわれています。あるいは、植物を求めて大航海時代が始まったといえるかもしれません。
大航海時代、アジア航路を切り開いたポルトガルの航海者バスコ・ダ・ガマ。1498年、香辛料や植物資源を求めてインド・カリカットに到達した(画像出典:Ernesto Casanova, Library of Congress)
賀来
温暖な気候で豊かな自然に恵まれた日本に住んでいるとあまり想像できないかもしれませんが、ヨーロッパ、とりわけイギリスは、日本と比較すると高緯度の寒冷地であり、もともと植物が豊かに育つ環境ではありませんでした。そこで大航海時代のヨーロッパ諸国は、香辛料をはじめ、食用や衣食住、医療などに活用できる植物資源を世界中から集めようとしました。
やがて、そうした植物の収集は衣食住の実用目的にとどまらず、富や権力の象徴として、美しい植物や珍しい植物を観賞用に収集する動きへと広がっていきました。いわば、貴族などの社会の上流階級の嗜みや教養の証として園芸文化が起こりはじめるわけです。
19世紀半ば、イギリスで産業革命が起こると、それまで上流階級の囲われた嗜みだった園芸が、イギリスをはじめとするヨーロッパの経済的に豊かになった市民階級にも広がっていきます。あくまでも、産業振興によって裕福になった新興市民であり、庶民全般という意味ではありませんが、その過程で園芸愛好者団体が成立され、後の『園芸博覧会』へとつながっていったのです。
―園芸文化は、ヨーロッパの人々にとって、暮らしや社会のなかで重要な存在だったのですね。
秋田
そうですね。ちなみに、1851年にはじめて開催された『万博』、『ロンドン万博』のメイン会場となった「クリスタル・パレス(水晶宮)」という建物は、ジョセフ・パクストンという庭師によって設計されたものでした。
1851年の『ロンドン万博』開会式。ジョセフ・パクストンが設計したクリスタル・パレスで、ヴィクトリア女王が博覧会の幕開けを宣言する様子。温室技術を応用して建設されたクリスタル・パレスは、当時の産業と園芸、建築を象徴する存在だった(画像出典:Louis Haghe, Victoria and Albert Museum)
秋田
初開催の『万博』のメインとなる建物の設計者として、温室をつくる庭師が登用された——このことからも、当時の庭師が非常に優れた技術を持っていたこと、また、為政者や上流階級のなかで園芸文化が重要な位置付けにあったことがよくわかると思います。
秋田典子さん
千葉大学大学院園芸学研究院 教授。日本造園学会理事や日本都市計画学会学理事、日本建築学会理事などを務める。国土交通省の社会資本整備審議会委員や、地方自治体の都市計画・景観審議会委員、福島県復興祈念公園の設計検討委員などを担当。『GREEN×EXPO 2027』では、「2027年国際園芸博覧会政府出展懇談会」および「AIPHコンペティション実施検討委員会」の委員を務める
日本では過去3度開催。『国際園芸博覧会』が社会や人々にもたらしたもの
―「花や緑による交流と平和の実現」を目的にはじまった園芸博覧会ですが、その後、目的や意義は変わっていったのでしょうか?
賀来
近代化が進み、当初の「平和への願い」に加え、新たに「都市のなかに、どう緑地空間をつくっていくか」という課題が意識されるようになりました。たとえば、1993年にドイツのシュトゥットガルトで開催された『園芸博覧会』は、都市を囲む二重の環状緑地帯を完結させるという目的がありました。
こういう緑地空間の整備に加えて、ここ10年間の傾向としては、グリーンシティやサステナビリティといった、地球環境に配慮する文脈がより強く反映されるようになっています。近年の展示では、環境保全の取り組みや植物資源、食糧需給などの課題に関する情報発信が増えてきているように思えます。
秋田
時代ごとの変遷もありますが、開催国や地域の課題によっても意義と目的は変わります。「なぜ、いまこの場所で『園芸博覧会』を開催するのか?」。そこにたしかな理念やビジョンが必要だと思いますね。
―これまで、さまざまな『園芸博覧会』を訪れたなかで、時代の変化や社会の変遷を特に感じた展示はありましたか?
賀来
ドイツでは、A1クラスとBクラスの園芸博覧会が年次によって計画的に実施されていましたが、これらの博覧会でよく見る光景のひとつとして、さまざまな穀物を並べた展示がありました。それを見ながら親が子どもに「いつも食べているパンの原料なんだよ」と説明しているシーンが印象的だったことを思い出します。
日本は四季が明確で自然が豊かで、資源がいつでも手に入るため、日本人にとっては植物資源問題の重要性を認識しにくいのかもしれません。ですが、園芸博覧会の根底には植物資源への認識や渇望があり、食料を含め開催国の人々の暮らし生活に欠かせないもの、今後の地球環境のためにもなくてはならないものとして植物資源の重要性を伝えるーー。『園芸博覧会』では、こうしたメッセージが込められた展示が増えてきているように感じます。展示を見るとき、つい表面上の面白さに注目しがちかと思いますが、その裏に隠れた理念が重要ですね。
ドイツ・マンハイムで開催されたBUGA2023の「農の展示」。畑のような区画に作物が植えられ、解説パネルを読みながら農の仕組みを学べる
BUGA2023の農の展示エリア。派手な演出はないものの、農作物や土地利用について解説するパネルが設置され、来場者が足を止めて学べる展示となっている
秋田
私は2022年にオランダで開かれた『アルメーレ国際園芸博覧会』で、心に深く残る展示がありました。当初、参加予定だったウクライナが開幕1か月前にロシアの侵攻を受け、展示ができなくなってしまったのです。
会場の広い敷地に看板だけが残されていたのですが、ボランティアの方々によって、中央部分にはウクライナの国旗を表す青色と黄色の花が植えられていました。各国のにぎやかな展示が並ぶなか、小さく咲く花がかえって印象的で、平和の象徴である花を通じて伝えられるメッセージについて、あらためて考えさせられましたね。
アルメーレ国際園芸博覧会の会場に設けられたウクライナの展示予定地。ロシアの侵攻により公式展示は実現しなかったが、ボランティアによって青と黄色の花が植えられ、ウクライナ国旗を表す花壇がつくられた
―日本でもこれまで、何度か『園芸博覧会』が開催されてきました。これらは、開催地域や社会に何を残したといえるでしょうか?
賀来
日本では、1990年に『国際花と緑の博覧会(通称:花の万博)』(大阪府)、2000年に『ジャパンフローラ2000(愛称:淡路花博)』(兵庫県)、2004年には『パシフィックフローラ2004(愛称:浜名湖花博)』(静岡県)が開催されましたね。
1990年の『花の万博』では、急激な経済成長に伴う公害問題などを背景に、政府が「緑の三倍増構想」を掲げ、多様な政策を推進するなかで、そのひとつとして「都市の緑化を推進する・街に緑を取り戻す」という大きな目標がありました。会場には2,300万人以上が訪れ、多くの人々が緑の大切さを実感しました。その理念や思想は、開催後も全国の自治体や企業、そして市民に継承されているといえます。
たとえば、『花の万博』の基本理念継承事業のひとつとしてはじまった『全国花のまちづくりコンクール』は現在も続いていて、全国の花と緑を活用したまちづくりを広く発信しています。また、経済団体や大企業が社会貢献の公益的な事業として緑化活動を推進し、市民も園芸に関心を持つようになりました。1997年には「ガーデニング」が新語・流行語大賞にもノミネートされるほど、暮らしのなかで花や緑を楽しむ文化が広がったんです。
思いどおりにならない植物や園芸を通じて、人生の苦しみと喜びを知る
―お二人の話を聞いていると、緑や花が都市や社会にとって、そして人々の暮らしにとって、どれだけ大切なものなのかを再認識させられます。
秋田
そうですね。私が園芸学部の学生たちに、最初の授業で必ず話すことがあります。それは、いまから500年以上前の1516年にイングランドの思想家であるトマス・モアが発表した小説作品『ユートピア』のこと。その物語のなかで描かれている理想郷(ユートピア)に住む市民たちが、最も熱心に取り組んでいる趣味が、実は園芸なんです。市民たちは競うように花を育てて愛で、果樹を育てて収穫しているんです。面白いですよね。
産業革命が起こるずっと前から、園芸が理想郷の市民の一番の趣味として描かれるくらい、植物や園芸というものは人々の暮らしに欠かせない、普遍的な文化なのだと思います。
―あらためてお二人は、植物や園芸の魅力はどこにあると考えますか?
秋田
植物は枯れるし、死にます。人間の思いどおりにはならないところもある。『車輪の下』で有名なドイツの文学者、ヘルマン・ヘッセは『庭仕事の愉しみ』内の小説のなかで「木を植えてよい庭を作るのは容易ではない。一国を統治するのと同じくらいむずかしい。完全でないものも愛する決心をしなくてはならない」と綴っています(『庭仕事の愉しみ』ヘルマン・ヘッセ著、岡田朝雄訳、草思社刊より)。
私たち人間も同じように不完全ですし、世界は思いどおりにならないことだらけです。でも植物が循環するように、ザラザラとした現実のなかに、希望や生きる喜びを見出すこともできるんですよね。
賀来
秋田先生がおっしゃるとおりで、自然や植物というのはまるでコントロールできません。自分も畑を借りて農作物を育てていますが、何年やっても思いどおりにはならないんですよね。でも、だからこそ学ぶことも多くて。園芸博覧会を一つの契機として、多くの人に、植物を育てる・植物に向き合う経験をしてもらいたいですね。
畑を借りなくても、マンションで一鉢の花を育ててみるだけでいい。枯らしてしまうこともあるでしょう。それでも、もう一度トライしてみて、自分なりの育てる工夫を見つけていく。そこから、生きていくための大切な知恵を学べるのではないかと思います。
自然との向き合い方を見直し、日本の園芸文化を世界に発信する機会に
―2027年には、神奈川県横浜市で『GREEN×EXPO 2027』が開催されます。いまこのタイミングで開催する意義をどうとらえていますか?
秋田
今回の『GREEN×EXPO 2027』は、日本では37年ぶりとなるA1クラスの大規模な『園芸博覧会』で、同時に『万博』でもあります。
日本で開催されてきた主な国際博覧会。『GREEN×EXPO 2027』は、日本では37年ぶりとなるA1クラスの大規模な園芸博覧会として開催される予定
秋田
1990年の『大阪花の万博』は湿地帯をゴミや残土処分場として使用されていた埋立地の鶴見緑地、2025年の『大阪・関西万博』は、大阪湾の埋立地で開催されましたよね。
一方、今回の『GREEN×EXPO 2027』の開催地である神奈川県横浜市旭区・瀬谷区は、もともと「上瀬谷通信施設跡地」と呼ばれる米軍施設の跡地です。基地になる前は、養蚕や農業などが行われていましたが、その後70年ほど、地域は時間が止まったような空白地帯になっており、貴重な自然資本が残っています。
こうした背景もあり、『GREEN×EXPO 2027』は、瀬谷という土地に新たな価値を生み出す意義があると感じています。
さらに、『大阪・関西万博』は仮設施設を中心とした埋立地での開催だったのに対し、『GREEN×EXPO 2027』の会場では、閉幕後も敷地の半分以上は公園として残される計画になっています。原風景の残る瀬谷の地に、かつて存在していた自然に想いを馳せることができる緑地をふたたびつくり、会期後も継続的に活用していくことができるのです。
―なるほど。時間が止まっていた土地だからこそ、今回の開催で新しい価値を生み出す意義があるんですね。
賀来
そうですね。さらに、自然とともに生きる暮らしをあらためて私たちが見直す機会になれば、『GREEN×EXPO 2027』はさらに意義深いものになると思います。
いまは、環境保全の文脈で「GX(グリーントランスインフォメーション)」や「生物の多様性を守る」といった言葉を頻繁に耳にしますよね。これらは国際社会の要請を受けて国内でも取り組みが始まり、広く世間に浸透していったものです。
ただ、こうした言葉が広がる以前から、そもそも日本人の営みのなかには、自然とともに生きる暮らしがありました。明治の近代化以前の日本は、食料自給率はほぼ100%で、当たり前のことですが化学製品はありませんので、有機栽培をはじめとする、きわめて環境負荷の少ない生活を営んでいたといわれています。
もちろん、利便性や快適性を追求した「豊かさ」も重要な要素ですが、今回の『GREEN×EXPO 2027』は、「日本人と自然」「日本人と植物」という観点から、もう一度その価値を見直し、世界に示していく機会になるのではないでしょうか。
―たしかに、日本人は古くから自然に畏敬の念を抱き、草木や花を愛でる暮らしを送ってきたといわれますよね。
賀来
江戸時代の日本では、世界に先駆けて園芸が庶民の生活に広く浸透していました。人々が貧しくとも細やかな日常的な暮らしのなかで花や緑を取り入れ、庭のある屋敷では庭師が季節ごとに庭を手入れしていたのです。開国後、日本を訪れた外国人は、園芸が上流階級だけでなく庶民にも広く浸透していることにとても驚き、また、豊かな植物が大量に販売されていることに驚嘆したと書き残しています。当時の日本には、世界最高峰の園芸文化、そして言うならば西洋社会とは異なる別の文明社会が花開いていたといっても大袈裟ではありません。
秋田
特に日本庭園は、世界的に見ても評価の高い日本文化のひとつです。『GREEN×EXPO 2027』では、日本庭園を、文化コンテンツとして実際に体験してもらい、その価値をあらためて伝えるきっかけにもなればと考えています。
また、海外の方からは、ここまでハッキリと四季を感じられる国は珍しいという話をよく聞きます。梅にはじまり、春の桜、秋の菊、冬の椿と四季折々の花が楽しめるのは日本ならではの魅力です。世界の人々から見れば、それは決して当たり前のことではありません。
『GREEN×EXPO 2027』は春から半年にわたって開催されるので、まさに季節ごとの花の旬や変化をあらためて感じる機会にもなります。『万博』は何度も訪れてパビリオンを制覇する楽しみがあったかと思いますが、『園芸博覧会』も何度も訪れることで、同じ場所から見た風景が季節ごとに移り変わっていく様子を楽しめるのではないでしょうか。
すべての根幹である植物の価値を、『GREEN×EXPO 2027』を契機に、あらためて広げていければと思います。
この記事の内容は2026年3月19日掲載時のものです。
Credits
- 取材・執筆
- 榎並紀行(やじろべえ)
- 写真
- 上村窓
- 編集
- 牧之瀬裕加(CINRA, Inc)