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「特務機関NERV防災」が問う災害情報との向き合い方。地域を越えた情報伝達の意義
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地震や津波、豪雨などの災害時において、「情報」は人の行動を左右し、時に生死を分けます。どこで何が起きているのか、いま自分はどう行動すべきなのか——その判断を支えるのが、正確で迅速な情報です。
防災アプリ「特務機関NERV防災」は、2026年2月時点で累計ダウンロード数804万回を記録。従来の行政区分やメディアの枠にとらわれず、速報性と実用性を重視した情報提供を行っています。SNSでも迅速な情報発信を続けており、いまや多くの人にとって欠かせない「新しい公共インフラ」のひとつともいえます。
今回は、特務機関NERV防災アプリを運営するゲヒルン株式会社の石森大貴さんと、さまざまな自然災害に対する科学技術の研究を行う国立研究開発法人防災科学技術研究所(以下、防災科研)総合防災情報センター長の臼田裕一郎さんの対談を実施。
地域の枠を越えて共有される災害情報が私たちの行動をどう支えるのか、そしてこれから私たちが災害情報とどう向き合っていくべきかを聞きました。
災害時には、「目の前に見える情報」だけでは足りない
—防災科研では、これまで多くの災害対応を見てこられたと思います。過去の災害時に、「情報のあり方」が被害の大きさに影響した事例はありますか。
臼田
災害発生時に、情報が重要であることは間違いありません。
たとえば、2011年の東日本大震災発生当時、現場では懸命な対応が行われていましたが、病院情報と交通情報が別々の系統で管理されていたため、 必要な情報が十分に結びつかない場面がありました。その結果、移動や搬送に想定以上の時間がかかってしまうケースもあったと聞いています。
防災科学技術研究所 臼田裕一郎さん。慶應義塾大学大学院博士課程修了後、防災科研に入所。現在は社会防災研究領域長も務める
臼田
重要なのは、当時「情報がなかった」わけではないという点です。組織が違えば情報の所管が分かれるのは当然ですが、持っている情報を隣の組織と共有するだけでも、役に立つ場面は多くあります。道路や電気などのインフラ情報は、医療・救助・物流といったあらゆる行動の前提となり、状況変化による影響範囲が広い。災害時に誰しもが必要とする情報だと言えるでしょう。
だからこそ、災害時の情報共有のあり方には、まだ取り組める余地があると感じています。
—被災者への情報提供にも課題があるのでしょうか。
臼田
2019年に発生した令和元年東日本台風では、長野県を流れる千曲川が決壊して大規模な洪水災害が発生しました。
当時、被災者は夜間に避難していましたが、朝になると雨が弱まり、そこまで危険には見えない状況となったため、避難先から自宅へ戻る判断をした人もいたそうです。
しかし、実際には雨は止んでも川の水位が上昇しており、その情報が十分に伝わっていなかったのか、結果として、帰宅した自宅で被害に遭ってしまった人もいたのです。
この事例が示すのは、正しい判断には「目の前に見える状況」だけでは不十分な場合がある、ということです。
もし、より広範囲の情報や、時間の流れをふまえた情報があれば、数十分後、あるいは数時間後を見越した行動を選べた可能性もあります。災害時には、目に映る状況だけでなく、その背後や周辺で何が起きているのかをふまえた判断が求められます。
「とにかく1秒でも早く」。ジレンマを乗り越えて災害情報を伝える特務機関NERV防災
—「特務機関NERV防災(以下、NERV防災)」アプリは、身近な地域だけでなく、より広範囲の災害情報を得ることができるツールとして多くの人が活用しています。このサービスはどのようにして生まれたのでしょうか。

「特務機関NERV防災」アプリとは
地震・津波・噴火の速報や土砂災害・浸水害・洪水害の危険度といった防災気象情報を、ユーザーの現在地や登録地点に基づき最適化して配信するスマートフォン用サービス。
気象業務支援センター(気象庁本庁舎および大阪管区気象台内)と接続した専用線から、情報をダイレクトに受け取ることで信頼性を担保し、ゲヒルン株式会社が独自に開発した技術により国内最速レベルの情報配信を実現している。
石森
もともとは、2010年にX(旧Twitter)の個人アカウントで災害関連情報の発信をはじめたことが活動の原点です。その後、東日本大震災で、宮城県石巻市の家族が被災したことをきっかけに、より真剣に取り組むようになったんです。
東日本大震災を経て、行政機関をはじめとする公的組織も次第にSNSでの情報発信を本格化するようになりました。そうした中でも、NERV防災のSNSアカウントは徐々にフォロワーを増やしていきました。
NERV防災は1個のアカウントで全国の災害情報を網羅的に発信していたため、「いま日本のどこで何が起きているのか」がわかるメリットがあったんです。ただ、網羅性がある半面「いま自分がいる場所で必要な情報が埋もれてしまう」と感じる人もいました。
NERV防災のXアカウント(2026年1月時点)。「特務機関NERV」という名前は、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』に登場する国連直属の非公開組織からとったもの。社会的意義のある活動として、『エヴァンゲリオン』シリーズの版元から使用許諾を得て名称およびロゴマークを使用している
石森
「市区町村ごとにアカウントを分けて欲しい」といった声をいただくこともありましたが、現実的にその数のアカウントを管理することはできません。
そこで、位置情報を活用したアプリを開発して2019年に提供を開始し、ユーザーごとに適切な災害情報を届けられるようにしました。
ゲヒルン株式会社 石森大貴さん。宮城県石巻市出身。2010年、大学在学中にゲヒルン株式会社を設立し、代表取締役に就任。2019年9月に「特務機関NERV防災」アプリをリリースした
—公的機関などから提供される災害情報発信のサービスとの違いはなんでしょうか。
石森
公的機関が提供するサービスの強みは「確実性」で、NERV防災の強みは「速報性」だと考えています。この2つの両立は難しく、そこには役割のすみ分けがあると考えています。
そもそもこの活動に取り組むようになったのは、東日本大震災が起こった際に「いち早く情報を入手して、家族に避難を促したい」という想いがあったからです。だからこそ、とにかく1秒でも早くユーザーに情報を伝えることを重視してきました。
NERV防災では気象庁からの情報を高度に処理し、独自のプッシュ通知で配信しています。クラウドシステムを活用してアクセス集中の影響を受けにくくし、国内最速レベルでの速報配信を実現しているんです。
一方、速報性を重視するがゆえに、詳細な取材や裏取りを一部省略せざるを得ない面があるのも事実で、そこには常にジレンマがあります。そのため、ユーザーの方には、確実性を重視する公共機関が提供するサービスなど複数の情報源とあわせて使ってほしいと思っています。
臼田
災害情報は、とかく確実性と速報性の二項対立で語られがちですが、結局のところ一番重要なのは、それらを越えた「信頼性」なのだと思います。
信頼性とは1回の情報発信だけで担保されるものではありません。情報源としての使い勝手や、これまで出してきた情報の正しさなどを受け手側が経験則として積み重ねていくことが信頼につながるのです。また、いざ災害が発生した際にも、何より早くその災害に向き合うなど、真摯な対応を続けていくことも重要です。
—NERV防災のXアカウントは、自動ではなく手動と思われるメッセージも発信していますよね。
石森
そうですね。大きな地震などの発生時には状況に応じて、私自身が手動でポストしています。2025年12月8日に発生した青森県東方沖地震の際も、時間帯が深夜だったこともあり、「まずは落ち着いてください」と呼びかけました。
揺れが強かった地域のみなさん、落ち着いて行動してください。夜間ですので足元によく注意してください。念のため枕元に靴や懐中電灯の備えを。
— 特務機関NERV (@UN_NERV) December 8, 2025
石森
災害時には、チーム全員が起きてスタンバイしてくれています。また、アプリのアップデート情報などを発信する際にも、機能面をただ伝えるだけでなく、私たちの想いまで書くことも多いですね。
臼田
運営に携わる方々が、芯を持って発信することは大切ですね。これこそ、自分たちの意思をはっきりと載せられる民間の強みだと思います。
行政と民間が補完しあい、境界線のない情報を届ける
—地域における災害情報伝達には、どのような課題がありますか。
臼田
大きな課題は、自治体など行政区分による「境界線」にあると考えています。
たとえば、洪水の危険性や災害発生時の避難場所などを示した「ハザードマップ」は各自治体が作成しますが、ほとんどが自治体間の境界で情報が区切られています。
もちろん、自治体ごとの文化や事情、風土や地形に合わせた情報発信は大事です。ただ一方で、自然災害が広域に及ぶ場面では、その災害範囲を俯瞰できる情報を見ることも同じくらい重要だと思います。なぜなら、自然災害は自治体の境界線に関係なくやってくるからです。
ゲヒルン株式会社がある東京都千代田区の洪水ハザードマップの例
臼田
かといって、単に隣の自治体の情報を見ることで解決するかというと、そういうわけにもいきません。自治体ごとに、表現や情報の出し方が異なるからです。
たとえば、自分の住む自治体では避難所を示すマークの色で「赤色=福祉避難所」と表示していたとします。しかし、隣の自治体では「赤色=水害時に避難してはいけない避難所」を示している場合もあり得ます。こうした違いは、災害時には混乱や誤解を招く要因になりかねません。
こうした課題を行政と民間でどう補完しあっていくかが、これからの災害情報には求められているのだと思います。
—行政と民間の連携強化に向けては、どういった動きがありますか?
臼田
連携については、国も重要性を認識して取り組んでいます。たとえばデジタル庁は、国と民間が連携してデータを利活用するための基盤整備を推進しています。
また、民間の優れた防災サービスやアプリを自治体が検索・調達しやすいようにまとめたWebサイト「防災DXサービスマップ」を運用していますが、これは防災DXに関する技術動向を把握する目的もあります。今後は、こうした取り組みを足掛かりに、複数の防災アプリやシステム間でのデータ連携を進め、利便性を高めていくことをめざしています。
デジタル庁が公開している「防災DXサービスマップ」
臼田
同じくデジタル庁の声掛けで、2022年には「防災DX官民共創協議会」が発足しました。協議会には民間事業者や自治体などが参画し、関係省庁とも意見交換を行っています。
こうした取り組みを通じて、行政と民間が連携した成功事例を広げていきたいと思っています。
石森
NERV防災も、発信力を活かしながら、研究所や自治体のみなさんと協力し、一緒に取り組んでいければと思っています。
たとえば、NERV防災では現在防災科研さんから提供してもらった情報を発信しています。防災科研さんは研究所なので、日本各地の地震計データから揺れの大きさや広がりをほぼ瞬時に計算する「リアルタイム震度」といった、ちょっとマニアックな情報も収集しているんです。こうした情報も、私たちの発信力を活用し、よりわかりやすく届けられるようにしたいと思っています。
このように、情報を持つ側とそれを届ける側がうまく連携することで、防災情報はより大きな力を発揮すると考えています。
臼田
そうですね。地域の話に戻ると、すでに各地の工夫によって機能している仕組みもたくさんあります。たとえば、防災無線の音声を各家庭に配布した小型のスピーカーに直接届ける仕組みもそのひとつです。
こうした例を見ると、新しい仕組みを一からつくるだけでなく、地域ごとに風土に合った方法や、現時点で手元にある設備や環境をどう活かすかという視点も重要だと感じます。
行政や民間のさらなる連携を進めるなかで、地域に適した防災施策を「知らなかったからできなかった」という状況を少しでも減らし、より幅広い選択肢を検討できる状態をつくっていきたいと考えています。
最終的に命を守るのは「情報ではなく行動」
—情報を受け取る私たちは、日常のなかでどのような意識を持って災害に備えていけばよいでしょうか。
臼田
防災に限らず、旅行先で訪れてみたい場所を探すときや、おいしいものを探すときなどでもいいので、普段から「自分で情報を探す癖」を持つことが大事だと思います。
普段からさまざまな情報や情報源に触れ、取捨選択することが、災害時における行動の選択肢を増やすことにつながると思います。
—災害時、情報を受け取る私たちは、災害情報とどのように向き合うべきだと考えますか?
石森
私は、情報そのものは「答え」ではないと思っています。情報が直接、命を助けてくれるわけではありません。自分の命を守るのは、自分が判断し、自分で起こした行動だけです。
実は、NERV防災アプリをリリースする以前のことですが、私たちの情報発信が本当に誰かの役に立っているのかわからず、モヤモヤしていた時期がありました。そんなとき、宮城県のリアス・アーク美術館で目にした言葉に大きな刺激を受けました
全てが停止してしまった東日本大震災では、情報の有無が多くの人々の生死を分けたことだろう。事前に得ていた情報によって救われた命があった一方で、その情報によって命を落とした人もいただろう。
直後に、情報があれば救えた命もたくさんあったに違いない。
私たち現代人は、情報に命を託している。
情報がないと行動が遅れる。しかし、あのような大規模災害が発生したなら、情報を待つ前に、想像力を働かせ、自ら行動しなければならない。
リアス・アーク美術館 常設展示「東日本大震災の記録と津波の災害史」
キーワードパネル「情報」より
NERV防災の石森さんが影響を受けた、リアス・アーク美術館のキーワードパネル「情報」(画像提供:リアス・アーク美術館)
リアス・アーク美術館の展示室風景(画像提供:リアス・アーク美術館)
石森
情報は万能ではなく、不完全な面もある——だからこそ、私たちはユーザーが単純に、「NERV防災アプリを入れれば安心だ」と考えることのないよう、メッセージを伝え続けています。
臼田
従来、災害情報といえば「質実剛健」が第一で、地味でも正確に伝えることが大切だとされてきました。そんなこれまでの常識とは違って、NERV防災が発信するメッセージは筋が通っていて、その上「かっこいい」んですよね。だからこそ、多くの人の支持があるのではないでしょうか。
「防災に取り組んでいる人はかっこいい」。そんな価値観が社会に広がったとき、私たちは災害に対して、これまでにはない強さを手に入れられるはずです。
この記事の内容は2026年3月11日掲載時のものです。
Credits
- 取材・執筆
- 多田慎介
- 撮影
- 上村窓
- 編集
- 岩田悠里(プレスラボ)、牧之瀬裕加(CINRA, Inc.)