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防災DXの課題と可能性とは?災害対策のエキスパート鼎談から考える、理想の備え方

毎年のように大規模な自然災害が発生する日本。災害の被害を最小限に食い止めるには、迅速で無駄のない災害対応が求められます。しかし、少子高齢化による人手不足で、自治体が防災や災害対応に割けるリソースは限られています。そこで期待されるのが、「防災DX」の推進。デジタル技術を駆使することで、地域の防災力を強化し、災害時に効率的かつ適切な支援を行うための取組みが、全国各地で進んでいます。
今回は、防災アナウンサー、危機管理関連の情報を扱う『リスク対策.com』の編集長、防災家の3名の防災エキスパートにお集まりいただき、防災DXにまつわる鼎談を実施。国や地方におけるデジタル技術を使った防災への取組みの現状や課題、革新的な事例、さらには個人として備えておくべきことなどをうかがいました。
実際の被災地で痛感したこと。防災DXの現在地と課題
─はじめに、防災DXやICTを活用した防災対策の現状について、みなさんの見解をおうかがいします。奥村さんは2024年の能登半島地震の被災地で取材や支援活動を行っていますが、自治体や各避難所でのデジタルの活用状況というのはいかがでしたか?
奥村:全ての被災地を回れたわけではないのですが、少なくとも私が訪れた地域は十分にデジタルを活用できているとはいえない状況でした。私は発災から1週間後のタイミングで被災地に向かいましたが、そのときは通信環境が寸断されていて、車両走行の実績データをもとに通行可能な道を地図上に示す「通れるマップ」など、自治体が提供しているシステムも十分に活用できなかったですね。
もちろん各インフラ会社が復旧にあたってくれて、局地的に通信できる場所はありましたが、範囲はかなり限定されていました。

東日本大震災を経験し、防災アナウンサーとしても活躍する奥村奈津美さん
奥村:また、私が能登で衝撃を受けたのは支援物資のことです。1週間経っても、お弁当やおにぎり、パンすら届いていないという避難所が多くありました。アルファ化米などは届いていましたが、賞味期限の短い温かいお弁当などは全くないという状況で……。
─どのような原因が考えられますか?
奥村:ひとつはやはり管理の難しさです。能登半島のある自治体に私が訪れたときは、当初100か所ほどの避難所がありました。通信環境が十分ではないなか、各避難所にどんな人が何人くらい避難していて、どういう物資がどれくらい必要なのかを把握することがまず難しい状況で。道路状況が悪いなか、能登半島の先端まで「賞味期限内に3食を届ける」ことが、いかに難しいのかを痛感しました。
発災から2か月が経った頃、被災自治体の職員さんにうかがったのですが、当時は紙に手書きで支援物資の管理を行っていたそうです。2日に1回、避難所のみなさんに「欲しいもの」を紙に書いてもらって回収し、それを発注して翌日に届けるというやり方です。時間がかかるので生鮮食品はなかなか届けられません。また、支援物資も備蓄拠点には届いているものの、そのことが避難所まで伝わっていないという問題もありました。結局は担当者が拠点に足を運んで確認するなど、ラストワンマイル(最終目的地までの人や物の移動)を人力で解決せざるを得ないような状況でしたね。
中澤:いま奥村さんがおっしゃったように、受け入れ側の体制が整っておらず、どこかでつっかえてしまって末端の避難所まで届かないというケースは往々にしてありますよね。もちろん、相対的に見れば防災DXの意識や取組みが徐々に広まっていますし、東日本大震災以降は災害が起こった際、被災地からの要請を待たずして物資が届く「プッシュ型支援」も活発になってきました。とはいえ被災地で活かすことができないとなると、支援の仕組みを見直す必要があると思います。

組織の危機管理とBCP(事業継続計画)に役立つ専門誌、リスク対策.com編集長の中澤幸介さん
─それこそ避難所ごとに不足しているものをデジタル端末で集計してリアルタイムで管理し、すぐに届けるような仕組みがあれば解決できるような気もしますが、そんなに簡単なことではないのでしょうか?
奥村:そうしたシステムがそもそも整備されていない自治体もありますし、仮にあったとしても、やはり通信の問題で有事の際に機能しないということもあります。システムをつくっても実際に使われていないのであれば、それは整備したことにはならないのかなと。
中澤:また、支援の体制は自治体によって取組みにも差がありますからね。災害というのは自治体単位で起こるわけではないので、仮にA町が優れたシステムを導入していたとしても、B村にはそれがなかった場合、被災エリアのなかでも支援のレベルやクオリティに差がついてしまいます。みんなが等しく手厚い支援を受けられるようにするためには、やはり統一の仕組みが必要ですよね。

─自治体ごとバラバラにデジタルを導入しても、ルールや仕組みが標準化されていないと、かえって混乱を招いてしまうこともありそうです。
中澤:たとえば、罹災証明書ひとつとっても自治体によって仕組みが違うことがあります。また、避難所名簿なども「書き方」がバラバラだったりするんですよ。名前を漢字で書かせるところもあれば、ひらがなで書かせるところもある。生年月日も西暦と和暦が混在していたりして、情報を管理しづらいわけです。
それだとデジタルで一元管理しようにも、「誰かがいったん情報を整理しなおして、もう一度入力する」みたいな手間が発生する。DXがかえって余計な仕事を増やしてしまう典型例ですよね。現行の災害対策基本法は市町村に権限を委譲しているため難しい部分もありますが、最低限のフォーマットを揃えるくらいのことは、国主導でやっていくのが理想的だと思います。
野村:国も省庁によって防災や災害対応が違っていたりしますからね。ただ、最近は新しい総合防災情報システムをつくり、国として対応を一本化しようという動きもあります。
また、市町村単位でも、連携できる部分はあると思います。たとえば、119番通報などは複数の自治体が窓口を統合し、情報を一元管理したり、デジタル化によって情報の保護を強化したり、広域ネットワークの構築で大規模災害時の応援要請をスムーズに行えるようにする動きも見られます。複数の市町村が予算を出し合い、消防だけでなく、普段の防災に関しても同様の取組みがあったっていい。さらにいえば、防災、福祉、医療、介護も含めた複合型の連携拠点を設けるみたいなことがあってもいいですよね。

23年間の消防士経験を活かし、防災家・危機管理アドバイザーとして活動する野村功次郎さん
カギとなる「フェーズフリー」とは?国や地域で進む防災対策
─みなさんが注目している、防災DXにまつわる特徴的な動きや取組みがあれば教えてください。
中澤:自治体レベルよりは上流の取組みになりますが、2016年から運用開始した「SIP4D」には注目しています。防災科学技術研究所が試験運用を行っている「基盤的防災情報流通ネットワーク」で、災害時に多くの組織が発信する多様な情報を収集し、災害対応にあたる各組織にデータとして共有するというものです。災害対応にあたる各機関が必要な情報をうまく共有できず、十分な支援活動が行えなかった東日本大震災の課題をふまえ、組織を越えて情報を利用しやすいかたちで迅速に提供するために生まれました。2016年の熊本地震でも用いられ、発災から10分後にはエリアごとのおおよその被害状況が把握できるようになっています。
特に、小規模な自治体は少人数で災害対応にあたらなければならないため、事前におおよその被害状況を把握しておくことがとても大事です。近年はさらに被害予測の技術も進歩していますし、SIP4Dのようなシステムをさらに国主導で使いやすいものにブラッシュアップしていくことが重要だと思いますね。

野村:中澤先生のお話に少し関連しますが、NTTグループも台風による通信ケーブルの被害を軽減するために、AIで被害状況などを予測する取組みを進めていますよね。台風が上陸する3、4日前に風速や進路による被害範囲を想定し、どこにどれくらいの人員などのリソースを投入するかシミュレーションをする。従来のフィードバック型ではなくて、あらかじめ被害状況を予測して動く「フィードフォワード型」の災害対策が、ICTの技術によって進化しているというのは感じます。
奥村:私はNICT(国立研究開発法人情報通信研究機構)が手がけられた「NerveNet」(ナーブネット)に注目しています。衛星通信からの強力で安全なネットワークを、平時でも災害時でも使えるようにするというもので、宮崎県延岡市でも「のべおかスマートシティWi-Fi」というかたちで導入されています。
ポイントは「平時でも使える」という点ですね。たとえば、平時には観光情報をプッシュ型で発信することで地域の消費喚起などに活用でき、災害時には携帯電話の基地局が被害を受けて使えない場合のネットワークとして機能する。主要な避難所や交通結節点でつながるようになっているため、スマホでの情報収集やLINEでの連絡をスムーズに行うことができます。
また、延岡市では「デジタル・コックピット」という、避難所の物資を確保するシステム構築を進めています。これは、平時の物流システムを活かし、有事に必要なタイミングで、必要な量だけ生活物資などを調達したり、地域の災害情報や物資情報などをリアルタイムに地図上で把握できたりするサービスです。それぞれの避難所がメーカーさんに直で必要な物資を発注できるプラットフォームで、全国初の試みだそうです。さらに、「どの拠点に何が届いているか」を見える化するような仕組みもつくると発表されていて、かなり進んだ自治体という印象ですね。
平時と有事のどちらでも適切に使える「フェーズフリー」であることが、いざというときのカギになると思います。

野村:あとは、現実空間の環境を仮想空間に再現するデジタルツイン(参考記事:実寸大の3Dデータが叶える、みんなが納得するまちづくり。「VIRTUAL SHIZUOKA構想」とは)の活用による災害対応のシミュレーションも進んでいますよね。たとえば、デジタル技術を活用して仮想空間上に実在の山と全く同じものを再現し、土砂災害などがあった場合に災害後のデータと以前のデータを見比べることで被害状況を正確に把握する。その結果、適切かつ効率的な対応策を迅速に打ち出すことができます。
2021年に起きた熱海の土石流災害でも、ニュースですぐに「何トンの土石流が発生して……」という情報が発信されましたよね。あれもデジタルツインを活用しているからです。こうした先手、先手の対応策をとるための技術活用は進んでいますし、今後もさらなる進化が期待できると思います。
理想の防災は、「知らないうちに備えられている」という状態
─最後に、大規模災害を想定し個人として備えておくべきことについてもお聞きしたいです。備蓄などは当たり前として、ほかに普段からやっておいた方がいいことはありますか?
中澤:いま「備蓄は当たり前」とおっしゃいましたが、実は全く当たり前ではないんです。というのも、私たちが備蓄に関するアンケート調査などを行うと、たいていは「備蓄を全くしていない」という回答が最も多くなる。備蓄をしているという人でも、平均するとせいぜい「1日ちょっと」というところです。
大きな震災が起こるたび、ローリングストック(日常の中に食料備蓄を取込むこと)の重要性などがクローズアップされますが、それでもやはり、やらない人は一定数いるんですね。もちろん、「それでも言い続ける」ということも大事なのですが、防災に対する関心の裾野を広げると同時に、少しでも興味を持った人の防災への意識や知見をより高めていくことも必要なのかなと思います。
もし、こうした記事を読んで少しでも関心を持たれた方は、まずは自分や家族の命を守るための準備を行うこと。そして、そのまま防災についての情報収集などを続け、災害時に周囲を助けられる人になってほしいですね。

奥村:私も個人レベルでの備えには限界があると感じています。私自身も、仙台の東日本放送にいた頃は、2008年の岩手・宮城内陸地震などの災害報道に携わる身でありながら、自分では何も備えていなかったんです。その後、東日本大震災で自宅被災したときにはじめて命の危機を感じて、備蓄や防災の大切さを痛感しました。
野村:現状では個人で備えていない人もたくさんいらっしゃると思うので、自治体主導で「防災が習慣化された環境づくり」を進めていく必要があるでしょうね。ただ、私は個人レベルで、もっともっと防災について啓蒙していくことも同じくらい重要ではないかと考えています。
私は講演会の冒頭で、いつもお客さんにこんな質問をします。「いまの時刻は14時ですが、どなたか今日の14時時点の気温、湿度、風向、風速を言えますか?」と。答えられる人はほぼいません。つまり、多くの人は天気予報をチェックしていても、晴れか雨か、花粉が飛ぶかどうかくらいしか気にしていないんです。
できれば、今日の気温、湿度、風向、風速をチェックし、「火災があったらどの方向に逃げるか」ということまで決めておいてほしいです。そこまでやるのが「備え」だと思いますし、それができる人はみんなが混乱しているなかでも適切なリスク対応ができます。これだけ自然災害が多い国、時代に生きる以上は、それくらいの意識を持っていても決しておかしなことではないと思います。

奥村:いざというときのために、あらかじめ意識しておくことって大事ですよね。また、それと同じくらい「備え」として私が重要だと思うのは、先ほども申し上げた「フェーズフリー」の概念です。たとえば、企業が日常のQOL(生活の質)を上げるためのプロダクトやサービスをつくるとします。その際には必ず、「災害時にも役立つ」という視点を入れるようにする。そうしたものが世の中に増えていけば、平時だけでなく災害時にもそのまま違和感なく使えて、「知らないうちに備えられている」みたいな状態をつくれると思うんです。
中澤:たしかに、災害時を意識するだけでなく、日常の延長線上で「備え」につながる状態を考えることも大切ですよね。私は「縁助(えんじょ)」という言葉をよく使うのですが、災害時には日頃の「縁」を通じた助け合いが物をいうと思っています。家族の縁、職場の縁、よく買い物に行くスーパーの店員さんとの縁など、いろいろな場所で普段からコミュニケーションをとっておき、災害が起こったときに助け合える関係を築いておくことが重要だと考えています。
そうすれば、少なくとも避難所で孤立無縁になって、誰にも頼れず孤独を感じたり、それが原因で心身に不調をきたしてしまったりするような事態は避けられるのではないでしょうか。
奥村:そうですね。備えられていない人でも被災後の数日間を生き延びられるような状態を日頃からつくれれば、発災直後の混乱も少しは緩和されるはず。そういう社会になったらいいですよね。

この記事の内容は2025年1月27日掲載時のものです。
Credits
- 取材・執筆
- 榎並紀之(やじろべえ)
- 撮影
- 前田立
- 編集
- 篠崎奈津子(CINRA, Inc.)