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うどんとそばに宿る「地域の味」。フードライター・白央篤司さんがたどる、日本の麺
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うどんやそばといった「麺」は、どこにでもある身近な食べ物でありながら、その土地の気候や歴史、暮らしぶりを色濃く映し出す存在です。
同じうどんでも、出汁や太さ、食べる時間帯まで地域ごとに異なり、そこには長い年月をかけて育まれてきた「日常の知恵」があります。
今回、全国各地を歩いてきたフードライター・白央篤司さんが、その地域で出会った麺料理を、旅の記憶とともに綴ります。郷土料理の背景にある土地の物語に耳を澄ませ、人と地域をつなぐ「食の力」に触れながら、いまあらためて「食を受け継ぐこと」の意味を考えていきませんか?
旅先で出会う、日本各地の「普段の麺」
日本各地を旅して、ご当地の名物を食べる。これが何よりの楽しみ、という方も多いのではないでしょうか。私も、そうなんです。特に地元の人々の「生活の一部」となっているような食べ物を知りたい。食べてみたい。
「所変われば品変わる」とよく申しますが、各地で愛される食べ物も本当にさまざまです。同じようなものでも、東日本と西日本では味わいが違うこともめずらしくありません。関西の方から「うどんやそばのおつゆの色が、関東は真っ黒で驚いた」なんて話を聞いたことはないでしょうか。
関東風の黒いおつゆも、関西風の色の薄いおつゆも、それぞれのおいしさがあり、地域に暮らす人々の生活に根づいてきたものです。今回はそんな「にっぽんの麺」の話をしながら、あちこちを食べ歩いてみるとしましょう。
地域の味が、うどんの個性をつくる
いりこ出汁との相性良し、香川県の讃岐うどん
「にっぽんの麺」をテーマに考えたとき、私はまず数年前に旅した香川県の観音寺市を思い出しました。香川県といえば、「讃岐うどん」で有名なところ。讃岐は主に香川県の旧国名で、昔から良質な小麦に恵まれ、塩や醤油づくりも盛んだったことから、古くからうどんはこの地の名物でありました。
観音寺市の伊吹島周辺は、讃岐うどんに欠かせない「いりこ」の漁場であり、加工場があるところです。いりことは、つまり煮干しのこと。カタクチイワシという魚を網で捕えたら船でそのまま加工場に大急ぎで運び、ゆでて干して、いりこはつくられていきます。
香川県最西端、伊吹島周辺の海(画像提供:白央篤司さん)
「何より時間が勝負。網にかかってから加工が早ければ早いほど、良質ないりこになります」と地元の業者さんに教わりました。鮮度のよい状態で加工するのが大事なのだと。
讃岐うどんの出汁に欠かせないいりこ。そのなかでも伊吹島で加工された「伊吹いりこ」は地域ブランドとなっている(画像提供:白央篤司さん)
歯ごたえ豊かな讃岐うどんには、いりこの力強いうま味が活きた出汁も欠かせないもの。この相性のよさが、人を惹きつける力の源泉だと私は思います。
地元の方に連れて行ってもらったお店で体験したおいしさは、忘れがたいものがありました。讃岐うどんのお店もさまざまなスタイルがありますが、訪ねたお店は製麺所の一部が食堂になっており、朝の7時にはもう数名が並ぶ人気ぶり。そう、早朝からやっていて、朝食に利用する人も多いのです。自分で食べたい量の麺を取り、自分でゆでてうつわに盛って、おつゆをかけるセルフシステムでした。
「自分でゆでるから、好みの加減の歯ごたえに出来る。おつゆを取るときはソッとね。具のいりこが崩れて汁が濁っちゃうから」とお店の方が教えてくれます。薬味として並ぶのは、刻みねぎやおろししょうが、天かすにいりごま。慣れた手つきで好みの味に調えていく近所の方を見ていて、通っているであろう月日の長さを思うのでした。
香川県の特産品、讃岐うどん(画像提供:白央篤司さん)
老若男女に愛される、三重県の伊勢うどん
うどんのありようも各地でさまざまです。讃岐うどんとは対照的に、三重県の伊勢市で食べ継がれる「伊勢うどん」は、柔らかさが特徴。しっかりと麺をゆでて柔らかくし、たまり醤油を使った甘いたれをかけていただきます。はじめて食べたとき、自分の思う「うどん像」とあまりにかけ離れているので驚きました。
歯に少し力を入れただけで切れる麺に、とろりとした甘いたれ。びっくりしている私に、「私らにとっては、うどんといればこれなんですよ」と地元の方がおっしゃいます。まさに「所変われば“食”変わる」と思いました。
以前はお店でしか食べられなかった伊勢うどん。現在伊勢地域ではスーパーマーケットでも売られ、家庭でも手軽に食べられる
豆味噌をじっくり煮込んだ、名古屋の味噌煮込みうどん
その三重県のお隣、愛知県の名古屋市周辺にも名物うどんがありますね。そう、「味噌煮込みうどん」です。地元の方に話を聞くと、「寒くなってくるとどうにも食べたくなります」「いやいや、夏の冷房の効いた部屋で食べるのがまたうまい」なんてやりとりがあり、愛されているなあ……としみじみ。
原点は、愛知県北西部から岐阜県・三重県にまたがって広がる濃尾平野の農家で、味噌汁にうどんや野菜をあれこれと入れ、煮込んで食べていたもの。これを元にして、明治後期に飲食店が考案して広がったと伝わります。使われる味噌は豆味噌で、これまた地元の特産品。黒ずんだ色合いと渋めの味が特徴ですが、煮込むほどにまろやかになるのが豆味噌の面白さ。じっくり煮るこの料理と相性ぴったり、というわけです。うどんは直接鍋に入れて煮込まれ、コシは強め。
濃厚な豆味噌とコシの強いうどんを使った、味噌煮込みうどん(出典:農林水産省「うちの郷土料理」)
また名古屋で麺といえば、幅広のきしめんも有名です。平たいことで早くゆで上がるので、「時間を節約したがる名古屋人気質に合っていたから広まった」なんて説もあるよう。
冬の群馬をあたためてきた幅広麺、おきりこみ
幅広の麺といえば、群馬県の「おきりこみ」も思い出されます。特に冬場よく食べられてきたもので、小麦粉を練って綿棒でのばしたものを平たく切り、里芋や大根、にんじんなどの根菜を煮た汁に直接入れて煮込むもの。
季節の野菜を煮込む、おきりこみ(出典:農林水産省「うちの郷土料理」)
山間部の農家で育った、現在80代の男性は「子どもの頃は毎日のように食べた。母親がその都度粉を練って、手切りにして麺をつくってくれて」と教えてくれました。「麺を切り込む、切っては煮込む」ことから、「おきりこみ」の名になったともいわれます。味つけは家によって味噌だったり醤油だったり。かつては素朴な家庭料理でしたが、現在は観光客に提供する飲食店も増え、群馬を代表する郷土料理のひとつになっています。
そばがつなぐ、地域と人の物語
「ごひいきの一軒」がある街、長野県・松本のそば
群馬県の西側、長野県といえば、そばどころとして全国に知られています。冷涼な気候から、米よりもそば栽培に適していた歴史があり、朝夜の寒暖差が大きいことによって良質なそばがよく育ちます。
そしてそばづくりには、よい水が欠かせません。松本市は名水地としても知られる地域です。美ヶ原など周囲の山々からの伏流水が地下には豊かにたくわえられ、市内を歩けばあちこちに井戸や湧き水のスポットを見つけることができます。
松本市内には、そば自慢のお店が多く立ち並ぶ(画像提供:白央篤司さん)
そばづくりといえば、まず粉に水を加えてこねて練り、生地をつくって切ったのち、たっぷりのお湯でゆで、そして冷水にとって水気を切って完成。そばつゆに必要な出汁を引くにも、いい水が必要となります。また昔は、そばを粉にするには水車を用いた臼も使われていました。松本の街にも、かつては水車がそこかしこに見られたことでしょう。
松本の人々と話してみると、多くの方に「ごひいきのそば店」があります。「お好きなそば店を教えてください」なんてお願いすると、話が止まらなくなる人に何度も出会いました。あまり食にこだわりはない、という人でも「小さい頃から親に連れられて行ったので、そばを食べる店は決まっている」なんてことも。
「年末には必ずどこそこの店でそばを食べる、そうでないと年を越せない」という話もよく聞かれます。年越しそばは、「細く長くすこやかに……」と、そばの細さ長さに引っかけて、来たる年の幸せを祈るもの。こうした風習も、大事にしていきたいものだと私は思います。
年の瀬に恋しくなる、京都のニシンそば
年越しそばのことを書いていたら、京都の師走の風景がふと思い出されてきました。ニシンを干物に加工した、いわゆる「身欠(みが)きニシン」を甘露煮に仕立て、温かいおそばにのせていただく「ニシンそば」をご存知でしょうか。
京都名物のひとつで、あっさりした関西風の出汁と、こってり甘い煮魚が不思議と相性よし。クセになる味わいにファンが多く、「年越しそばの定番」とする京都人は多いのです。京都の中央部は山に囲まれ海からも遠く、海産物といえば乾物で親しむのが古くは常でした。ニシンそばは明治15年に京都市内のそば店で考案された、と伝わっています。
骨まで柔らかく煮炊きあげたニシンと、香り高い出汁でいただくニシンそば
熱々の瓦で味わう、山口名物・瓦そば
ちょっと変わったそば料理といえば、山口県の「瓦そば」を推したいところ。下関市豊浦町は川棚地区発祥の名物料理なのですが、見た目が最高にユニークなのです。熱々の瓦の上に茶そばがのせられ、その上には錦糸卵、甘辛く焼かれた牛肉、海苔、レモンにもみじおろしが段々になって、カラフルなことこの上なく。
茶そばが熱で次第にパリッとなってきたころを見計らって、めんつゆにつけていただきます。これがびっくり、意外なおいしさ。レモンともみじおろしはとっておき、途中で味変に使うのがおすすめ。口がさっぱりとして、レモンとそばが合うものだと二度驚きました。
山口県の人気料理、瓦そば。300度近い高温の瓦で焼かれるので、最後まで熱々で食べられる(画像提供:白央篤司さん)
明治10年の西南戦争の折、兵士たちが野戦中の調理に瓦を用いて肉などを焼いた……というエピソードをもとに、昭和30年代に考案されたと伝わります。人気は広がって県内でも広く食べられており、近年では「フライパンやホットプレートを使って自宅でもつくりますよ」という人が増えています。
そばの原点を味わう、徳島県・そば米汁
日本人はそばを縄文時代から食べていたようですが、もともとはそばの実の殻を剥いて、粒のまま煮炊きして食べていました。その古風なスタイルをいまに伝える料理が、徳島県の祖谷地方に残っています。その名も「そば米汁」で、そばの実の粒を米に見立て、雑炊のように食べるもの。
鶏肉やにんじん、ちくわなどの具をそば米とともにしばし煮て、お酒、醤油で味つけするシンプルな料理ですが、そばの香りがしっかりと漂って胃に軽く、そのおいしさに私は一度でファンになりました。祖谷地方は山間部で米栽培が難しいことから、そばが貴重な食糧として用いられてきたようです。
お米とは違い、プチプチとした食感が楽しめる徳島県のそば米汁(画像提供:白央篤司さん)
麺をめぐる旅の、その先に
うどんとそばを中心に日本の麺料理をあれこれとめぐってきました。みなさんの地域には、どんな郷土の麺料理があるでしょうか? あるいは、読むうちに地元ならではの料理を思い出した方もいるかもしれませんね。
郷土の味って、実はなかなか意識しにくいものでもあります。実家に帰ったから食べているけれど、自分の家でつくってまでは食べない、という人も少なくありません。しかし祖父母や親が他界する、あるいは地元の料理店が閉まって食べられなくなって、はじめてその味を「恋しい」と思う自分に気づく——といったケースもかなり多いです。
「ふるさとの味」はつくり手の高齢化によって、伝承がむずかしくなっているものも少なくありません。同時に原材料となる食材の不漁や不作に悩まされる地域も。名産品などは、設備の老朽化によるメーカーの廃業で途絶えてしまうこともあります。
各地の味を楽しみつつ、次世代にもつないでいくにはどうしたらいいのか。まずはみなさんの地元や、愛する地域の昔からの料理や食のかたちに、いま一度注目してみませんか。味わったことのないものも、きっと多くあると思います。食べて、支えて、つないでいく。そんな人をひとりでも多く増やしていきたいと私は思っています。
この記事の内容は2026年2月17日掲載時のものです。
Credits
- 執筆
- 白央篤司
- 編集
- 篠崎奈津子(CINRA, Inc.)