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「おらが駅」を守りたい。千葉・小湊鐵道のイルミネーションが年々華やぐ理由とは?

  • 公開日

のどかな田園風景を走る、ノスタルジックなオレンジとアイボリーの列車。千葉県の房総半島を走る小湊鐵道は、開業から100年ものあいだ、地域に愛されるローカル線です。

乗車したくなる魅力のひとつが、四季折々の景色。沿線の地域住民が中心となり自主的な景観の美化運動を続け、鉄道会社や行政と協力し合いながら、地元の魅力を発信してきました。

この活動はいかにして生まれ、続いてきたのでしょうか。本記事では、小湊鐵道の五井駅駅長・池田利彦さん、そして地域団体「南市原里山連合」の会長・松本靖彦さんにインタビュー。また、沿線が通る市原市市役所の方にもコメントを寄せていただきました。

そこから見えてきたのは、鉄道がつなぐ人の想いと、地域への深い愛情でした。

冬の夜を華やかに照らす「小湊鐵道イルミネーション」

小湊鐵道は、千葉県市原市の五井(ごい)駅から大多喜町の上総中野(かずさなかの)駅までを結ぶ、単線ローカル鉄道。地域の人々の日常の交通手段であるとともに、レトロな車両や車窓から見える風景は観光客にも絶大な人気を誇ります。冬の時期には地域団体の人々がイルミネーションの飾りつけを行い、駅舎周辺は華やかな光に包まれます。

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小湊鐵道の路線図

―駅舎を装飾するイルミネーションの取り組みは、どのように生まれたのでしょうか。

池田

小湊鐵道では一年をとおして、鉄道を応援してくださる地域の人々が主体となり、美しい里山の風景をつくり出しています。しかし、花や草木が枯れてしまう冬は、どうしても寂しい風景になるもの。そこで、「冬でも小湊鐵道を楽しんでもらえるように」と、2006年頃から駅舎のイルミネーション装飾がはじまりました。

満開の桜と菜の花畑のあいだを、2両編成のレトロな列車が通り抜ける

桜と菜の花が咲き誇るなかを列車が走る春の時期は、特に観光客からも人気がある(画像提供:小湊鐵道)

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小湊鐵道では、四季折々の様子を収めた冊子も発行している。冊子に写っている写真は菖蒲が咲く夏の時期のもの

池田

もとはひとつの駅からはじまったイルミネーションの装飾ですが、南市原里山連合の会長である松本先生のお力を借りながら、徐々に広げていって。やがて上総牛久から養老渓谷までの各駅舎で、地域団体の方々がイルミネーションを飾るようになりました。

養老渓谷駅の駅舎や周辺の木々にイルミネーションの飾りつけがされている

養老渓谷駅の駅舎イルミネーション。地域の方が楽しんでつくっており、年々パワーアップしているという(画像提供:小湊鐵道)

小湊鐵道イルミネーション時期の車内。天井に飾りつけがされている

イルミネーションの時期は、列車内もきらびやかに。装飾は地域の高校生によって行われる(画像提供:小湊鐵道)

池田利彦さん

池田

鉄道の役割は、地域の交通や輸送の機能を果たすことです。多くの方に乗っていただくことは、鉄道の運営を維持するために欠かせません。そこに地域の方が、「景観づくり」というかたちでかかわってくれているんです。

―活動をはじめるきっかけとなったのは、地域の方々だったのですね。

松本

私ども「南市原里山連合」は、月崎駅、飯給駅、里見駅あたりでボランティア活動を続けています。もう20年ほど前になるでしょうか。小湊鐵道と市と協力し、桜を植えたのが設立のきっかけでした。

イルミネーションのはじまりには前日譚があってね。ある冬に仲間のひとりが、自分の家をイルミネーションの装飾でいっぱいにしたんですよ。それがたいへん評判になって、あまりに人が集まるものだから、見物する車の出入りが大変になるほど。そこで「こんなに多くの人が訪れてくれるのなら、近くの森や駅に移設しよう」となって、月崎駅の近くにある市原市市民の森(現・いちはらクオードの森)にイルミネーションが飾られたんです。

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南市原里山連合会長 松本靖彦さん。もともと中学で教諭をしていたことから、地域の人々には「松本先生」と親しまれている

松本

森全体がイルミネーションでいっぱいになったら、ものすごい光景でさ。そこからほかの仲間も加わって、家で使わなくなったイルミネーションライトを持ち寄り、森や駅に飾るようになったんですよ。活動が広がったのは、市と小湊鐵道が、そんなわれわれの想いを後押しして自由にやらせてくれたからこそ。みんなの熱意と創意工夫で、いろんな装飾が生まれましたね。

池田

小湊鐵道は1973年頃が輸送人員のピークで、その後は少子高齢化や自動車の普及の影響で利用者が減少し、現在はほとんどが無人駅です。でも、イルミネーションの活動が広まったことで、夜が長くなる冬の駅周辺も明るい雰囲気に変わりました。年末近くまでやっているので、帰省の楽しみにしてくれている方もいらっしゃって。

いまでも市の力を借りながら、地域と鉄道が一体となり冬のイルミネーションの活動を続けています。

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列車の先頭にはイルミネーションを紹介する看板も飾られる

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小湊鐵道 五井駅駅長 池田 利彦さん

市の取り組みが地域の活動へ──市原市職員のコメント

2006年に市が開催したイルミネーションコンテストに、「市原市市民の森」が参加。その流れで地域団体の方々とのつながりが生まれ、最寄の月崎駅の飾りつけがされていることを知りました。

そして「これをほかの駅舎にも広げていこう」と考え小湊鐵道に相談。地域団体がない駅は市が飾りつけを手伝っていました。

最初は市が主導していましたが、続けていくと各駅ごとに飾りつけを行う地域団体が定着し、いまは地元の方々が中心となって装飾を手がけています。「今年もイルミネーションをやろう」と自然に声が上がる、そんな冬の恒例行事へと育ちました。

15万人が訪れる絶景スポットは、地域の人々の活動から生まれた

―地域団体では、イルミネーション装飾のほかにどのような活動をされているのでしょうか?

松本

草刈りや花木の植栽、ゴミの撤去といった景観整備活動のほか、イベントに合わせたおもてなし活動など、一年を通して多岐にわたりますよ。

特に9月に行われる菜の花の種まきには力を入れていてね。地域の子どもたち含めみなさんが参加してくれる。そして、まいたあともみんなでお世話を続けます。春、一面の菜の花畑のなかを小湊線が走る風景は、本当にみごとですよ。

なかでも養老渓谷駅にある「石神菜の花畑」は、鉄道ファンをはじめ毎年およそ15万人の観光客が訪れる有名なスポットなんです。

石神菜の花畑を走るトロッコ列車

石神菜の花畑(画像提供:小湊鐵道)

池田

われわれ鉄道側でも、種まきに参加してくれた方に、「花が咲いたら見に来てください」という気持ちを込めて無料乗車券をお渡ししています。地域の方はもちろん、帰省したお子さんやお孫さんと三世代で来られる方、同窓会がてらに訪れる方も多いですよ。

松本

ほかにも飯給駅では、春の時期になると地域の方々で近くの田んぼに水を張り、夜になったら桜をライトアップして水面に反射させています。そこを電車が通っていく様子はとても幻想的で。みんなで準備をしてきたからこそ生まれる風景です。

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水田に桜、列車が映し出され、水田が鏡のようになっている。(画像提供:小湊鐵道)

松本靖彦さん

松本

沿線を盛り上げるためにはじまった「夜トロ」も人気イベントの一つです。おつまみ弁当と千葉の地酒などがトロッコ乗車中に楽しめるもので、観光客の皆さんにも小湊鐵道のノスタルジックな魅力を味わってもらえていると感じますね。

池田

活動が続くにつれて、駅ごとの個性も表れてきています。たとえば里見駅には、小湊鐵道が小さな喫茶エリアをつくりました。軽食やコーヒーを楽しめるほか、トロッコ列車の運行日に合わせて地域の農家さんが野菜を販売するなど、地域の方がイベントを開催する場にもなっています。

「おらが駅」の想いが、地域を盛り上げる原動力に

―心温まる光景が各駅で広がっているのですね。一方で少子化や地域人口の減少などから、活動を続ける難しさもあるのではないでしょうか?

松本

そうですね。活動を始めた頃からかかわってくれている仲間たちが年を重ねてきているので、次の世代へどう引き継いでいくかが課題です。けれども最近では、小さい頃に沿線の風景を見に来ていた子が大人になり、自分の子どもを連れて来てくれることもあってね。多世代がかかわり合える場になってきているのは、とても心強い。また、地域おこしや観光を学ぶ学生たちが関心を持って活動に参加してくれることも増えているんです。

―この活動を続ける魅力は、どういったところにあると感じていますか?

松本

地域団体には、「自分がお世話になってきた地域を、自分たちで盛り上げていこう」という想いを持つ人たちがたくさんいてね。その気持ちが地域の外へも伝わっていくことを実感できる、それが続ける力になっていると思います。

池田

やはり「おらが(私の)駅」という気持ちですよね。それが活動の原動力になっていると思います。

松本

小湊鐵道は、地域の人たちにとって仕事や学校に通うための大切な交通手段。だからこそ、みんなこの鉄道には思い入れが強いんです。

それこそ活動をはじめた頃は、「人がたくさん来ると、ゴミをポイ捨てしていってしまう」と批判の声もありましたけれどね。美しい風景が見られるようになり、またその景色を見て楽しんでくれる人が増えてきたら、「自分たちの駅をもっと盛り上げていきたい」という意識が広がってきました。こうした変化も、この活動が浸透し、育ってきた証だと思いますね。

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心のこもった活動が、地域を支えてくれている──市原市職員コメント

イルミネーションを通じて、地域の人々のつながりと小湊鐵道への想いを強く感じます。

地域からの声掛けなどにより若い世代も飾りつけに加わって、賑やかさも増し、その場所への愛着も育まれているのではないでしょうか。

懐かしさや温かさ、ノスタルジックな魅力を感じるのは、いろいろな方々の手と心が込められているからだと思います。

「ふるさと」を未来に残すために。次世代へと愛着をつなげていく

―これからも活動を続けていくために、どういった工夫が必要だとお考えですか?

池田

高齢化が進むいま、この活動に賛同してくれる仲間を一人でも二人でも増やしていくことが大切だと思っています。われわれの想いの根底にあるのは、やはり「少しでも多くのお客さまに乗っていただきたい」ということです。そのために何をすべきか考え続け、地域の方々とともにイベントを継続し、行政の力も借りながら、沿線を盛り上げていきたいです。

池田利彦さん

池田

訪日観光客の誘致など対外的な施策も進めながら、活動をより持続可能なかたちで続けていけるよう考えています。

松本

ほかの地域から訪れた大学生が「小湊鐵道は、みんなのふるさととして最高の場ですよ」と言ってくれたこともあってね。地域内外の人みんなが「ここに帰りたい」と思えるような、「懐かしい未来」を意識して地域をつくっていくことが大切だと思います。

―お話を聞いていると、地域のつながりが強い場所だと感じます。地域のみなさんが、「自分にとって大切な場所だ」と愛着を感じているのはなぜなのでしょう?

松本

私はね、やっぱり「鉄道」という存在から来ていると思うんですよ。

駅というのは、人生を象徴するような場所でね。多くの人が日常的に使うからこそ、そこではさまざまな出会いや別れ、希望や挫折と、いろんなドラマが繰り広げられていると思っていて。私自身にとっても、駅は志を立てて新しい挑戦へと向かった場所であり、何度も帰ってきては安心をした場所です。だから、誰かのためにやっているというより、自分自身の大切な場所を守るためにこの活動を続けているような気もします。

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池田

小湊鐵道の創立当初も、運営資金が乏しいなかで沿線に住む人たちが株主となって支えてくださいました。そうした歴史があって「おらが駅」「おらが鉄道」という意識がいまも息づいているのだと思います。

そうして生まれた愛着は、世代を超えて受け継がれ、脈々と続いていく。そんな思いを持つ方々が行動に移してくださるのは、愛をもって自分の地域を盛り上げようとしてくれる方々がいるからこそ。

お客さまが「また乗ってみたい」と思ってくださるよう、100年の歴史を次の100年につなぐ気持ちで、これからも心を込めてこの鉄道を走らせていきます。

イルミネーションの看板がついた車両の前で笑い合う松本さんと池田さん

この記事の内容は2025年12月2日掲載時のものです。

Credits

取材・執筆
宇治田エリ
写真
佐藤翔
編集
森谷美穂(CINRA, Inc.)

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