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世界王者にもヒーローにもなれる。「楽しい!」をエンジンにする現代の寺子屋・浄光寺

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いま、社会に必要とされるお寺とは、どのような存在なのか?

この問いに向き合い続ける長野県小布施町の浄光寺副住職・林映寿さんは、「楽しい場所に人は集まる」という考えのもと、さまざまな取り組みを実践してきました。

筆で字を書くことそのものの楽しさを味わう「筆遊び教室」や、空中に張られた細いラインの上でパフォーマンスを競う新感覚スポーツ「スラックライン」の世界大会の招致、さらには「防災」をテーマにしたアミューズメントパークの開設と、従来の寺院という枠組みを超えた活動で、地域に新たなコミュニティを生み出しています。

「楽しさ」を起点に、人々が自然と集まる場をつくってきた林さんに、地域との向き合い方や、コミュニティづくりの可能性についてお話をうかがいました。

ライバルはコンビニ? かつては地域の中心だったお寺が、いま担うべき役割とは

―林さんは幼い頃からご実家の浄光寺を見てきて「お寺の役割をアップデートするべきではないか」と感じていたそうですね。なぜそのような課題を感じたのでしょうか?

林:その問いにお答えする前に、私からもいくつか質問をさせてください。みなさんは直近の1週間で、コンビニに行きましたか?

浄光寺・林映寿

浄光寺副住職の林映寿さん

―はい、数回は行きました。

林:では、お寺には?

―いえ、行ってないです。

林:なるほど。ところで、日本にあるコンビニとお寺、どっちが多いと思いますか?

―やっぱりコンビニ、でしょうか。

林:そう思いますよね。でも、実はお寺なんです。コンビニが約57,000店なのに対して、お寺は約76,000寺。週に何度も行くコンビニより数が多いのに、年に一度行くか行かないか。これがいま、多くのお寺が直面している厳しい現実なんです。

みなさんがお寺に来る用事があるとすれば、観光か、もしくはお墓参りや先祖供養のための法事でしょう。私の生家である浄光寺には国指定の重要文化財はあるのですが、観光の目玉になるようなものはなく、檀家(寺院に所属する家)も多くありません。

浄光寺

国の重要文化財に指定されている薬師堂へと至る参道。自然石で構成された趣きある参道は、2025年11月にNetflixで世界配信される予定の岡田准一さん主演のドラマ『イクサガミ』のロケ地にも選ばれた

―人が来なければお金も集まりにくく、寺院の運営は厳しくなりますね。

林:そうなんです。先代も先々代の住職も、ほかの仕事を兼業することで家計を支えていました。そんな背景から「お寺に人が集まるにはどうすればいいんだろう?」と、ずっと考えていたんですね。

昔のお寺は、子どもたちの学び場や市場、ちょっとした地元の会合場所など、さまざまな役割を持っていて、日常的に人が集まる「地域の中心」のような存在でした。しかし、時代が進み、お寺の担っていた役割が学校や役場などに移っていくにつれて、だんだんと人が離れていったわけです。

じゃあ、いまこそお寺が担うべき役割とは一体何なのか。既存の役割のみで人を集めようとするのではなく、新しい価値を生み出して人が集まる場所に変わるべきではないか。頭を悩ませて最終的に行き着いたのが「寺を楽しい場所にしよう」というアイデアでした。

浄光寺・林映寿

浄光寺本堂にて

―楽しい場に?

林:楽しいことがあれば、人は自然と集まってくる。必要とされる寺になるのではなく、必要でなくても来てしまうような寺になれたら素敵だなと。そんな思いを胸に、私は浄光寺でさまざまな「寺子屋活動」を提供するようになりました。

浄光寺の寺子屋活動は大きく分けて「静の五感体験」と「動の五感体験」の2種類で展開しています。前者は「筆遊び」や「瞑想」「プログラミング教室」など主に本堂のなかで行うもの。後者は「火遊び」や「スラックライン」など屋外で行うものです。

浄光寺・筆遊び

筆遊び教室。通常の習字とは違い、止め・跳ね・払いなどを気にせず、自由に、書くことそのものを楽しむ。紙以外のものに書いてもかまわないという制約のなさが、子どもたちの自主性を引き出す(画像提供:林映寿さん)

浄光寺・筆遊び

筆遊び教室での林さん(画像提供:林映寿さん)

浄光寺・火遊び

屋外で料理やお菓子づくりなどを楽しみながら、火という危険を伴う対象の扱いを身につける「火遊び」。災害時に自分で火おこしができるようになってほしいという目的もある(画像提供:林映寿さん)

―これだけたくさんの活動があると、主催する側としては運営が大変ではないですか?

林:大変だと感じたことは、そこまでないですね。なにせ、それぞれの活動を一番楽しんでいるのが、ほかでもない自分だから(笑)。主催する側が楽しいと感じていなければ、参加者にも本当の楽しさは伝わりませんし、それこそ大変さが勝って、続けるのがつらくなってしまうと思います。

そんなふうに寺子屋活動の取り組みをひとつ、またひとつと増やしていくたびに、浄光寺は少しずつ「人が集まる場」へと変わっていきました。これからも楽しく遊びながら学べる場づくりを続けて、浄光寺を「地域の中心」のような存在にできたらと思っています。

浄光寺・ツリーハウスづくり

2012年、浄光寺の敷地内に建てたツリーハウスづくりの様子。林さんによれば「小布施や近隣の人たちが寄ってたかって(笑)作り上げた友情の館(秘密基地)」とのこと。写真手前が林さんのご息女で、奥がご子息の林映心さん(画像提供:林映寿さん)

浄光寺・ツリーハウスづくり

完成したツリーハウス(画像提供:林映寿さん)

「楽しい」だけで世界一に? 子どもたちの自主性を育むスラックライン

―スラックラインは2007年頃に生まれた、細いベルト状のラインの上でさまざまなパフォーマンスをするスポーツですよね。どんなきっかけから浄光寺で取り入れるようになったのですか?

林:私がスラックラインにはじめて出合ったのは、2012年の夏頃でした。友人たちとの旅行で泊まったホテルの庭に、たまたまスラックラインがあったんです。興味本位でトライしてみたものの、最初は全くバランスが取れず、前に進むことさえできませんでした。

ただ、仲間の一人がすごく上達が早くて、それが無性に悔しくて、火がついちゃったんです(笑)。それから競技用のラインを取り寄せて、2013年に本堂前の大きな岩と木に結びつけて自分が練習しはじめたのがスタートでした。

最初は私の友人たちを中心に大人たちがワイワイと楽しんでいたのですが、その様子を見ていた子どもたちが「自分もやりたい!」とどんどん集まってきて、練習場所も拡大していきました。

また、「上級の人は初心者や下級の人を見かけたらアドバイスをする」というルールもつくりました。人に教えることをとおして言語化能力やコミュニケーション力が鍛えられるし、コミュニティに貢献している感覚、「ここに居場所がある」という実感にもつながるのではないかな、と思っています。そんな施策が功を奏してか、いまでは浄光寺の活動のなかで最も人が集まるコンテンツになっていますね。

―先ほど実演を見せてもらいましたが、すごくアクロバティックでカッコよかったです。

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林:ですよね。スラックラインの魅力は、大人も子どもも分け隔てなく、ラインさえ張ればどこでも楽しめるところにあります。それまでスポーツが得意ではないと思っていた人でも、ラインの上に少し立てれば誰でもスターになれる可能性があるんです。

スラックラインに取り組む子どもたちからは、本当に多くのことを学ばせてもらっています。はじまりはただ1本のラインを張っただけの場所。そこでスラックラインの楽しさに引き込まれた子どもたちは、大人たちが何も指導しなくても、互いに教え合い、競い合いながらどんどん上達していきました。

そして2016年には、ここで練習を積んだ競技歴2年半ほどの高校生が、アメリカで行われたアクションスポーツの世界大会「X Games」(※)に出場し、見事チャンピオンになったんです。世界一の選手が出てくるなんて、はじめた当時は夢にも思っていませんでした。

※アクションスポーツ(スケートボードや自転車競技のBMX、スノーボードなど)のトップアスリートたちが出場する、世界最大規模の国際競技会。

私は場を提供したくらいで、何もしていません。ただ「思いっきり楽しんで!」「ホントに上手だね、きっと世界に行けるよ」と言い続けていただけ。「楽しさ」という原動力で、人はこれほどまでに成長し、高い壁を乗り越えていけるものなのかと、胸が熱くなりました。

そういう子どもたちの姿を目の当たりにすると、周りにいる大人たちも、いろいろなことに積極的にチャレンジするようになるんですよね。かくいう私もその一人です。

―それはどんなチャレンジだったのでしょう?

林:2017年にスラックラインのワールドカップを小布施に招致したのは、私のこれまでの人生のなかで最も大きな挑戦でした。世界規模の大会を主催した経験なんてなかったし、マイナースポーツでスポンサーもつきにくく、周りからは「アジア圏ですら前例がないのに」「絶対に無理だ」と散々言われました。

それでも諦めずに、地元のケーブルテレビや行政の協力を得ながら、なんとか開催にこぎつけました。グーグル翻訳を頼って海外のプロ選手に自らコンタクトを取って、当日まで来てくれる保証のないなかで渡航費を送金したのはいい思い出です(笑)。

無謀な挑戦でも最後までやり通せたのは、子どもたちが身をもって「不可能なんてない」と教えてくれたからです。普段彼らに「頑張れ、できるよ」と言っている大人が中途半端なことをしたら、格好がつかないですからね。いまは「スラックラインを五輪の正式種目にして、小布施からオリンピアンを輩出する」という目標に向かって、新たな挑戦をはじめています。

浄光寺・スラックライン

10歳でスラックラインをはじめたという高校生・山本瑞季さん(写真左)。林さんのご子息で、世界大会の入賞歴を持つ高校生・林映心さん(写真右)

子どもの頃に憧れたヒーローになれる!「nuovo」が引き出す町の防災力

―2020年には浄光寺の近隣に「農業+防災=農防」をコンセプトとした、平時を楽しみ有事に備える体験型ライフアミューズメントパーク「nuovo(ノーボ)」を開設されましたね。

浄光寺・nuovo(ノーボ)

体験型ライフアミューズメントパーク「nuovo(ノーボ)」(画像提供:林映寿さん)

林:nuovoは年齢や性別を問わず、誰もが日常的に重機の操作体験や農業体験、キャンプなどのアウトドア活動に参加できるフィールドです。さまざまなアクティビティを楽しみながら、防災力や、非常時でも健やかに生き抜くために必要な知識や技術を習得していける場づくりをめざしています。

nuovoの立ち上げのきっかけは、2019年に発生した千曲川の氾濫です。台風の影響による増水で、千曲市から飯山市にかけての千曲川流域の堤防がところどころで決壊し、広範囲にわたって被害が広がりました。

―小布施町内でもかなりの被害が出たと聞いています。

林:はい。私はいても立ってもいられず、復旧の手伝いをするべく、有志のボランティアを集めて被災地に駆けつけました。現場には田畑や路上に流されてきた泥がうずたかく散乱していて、まずはこれらを除去して人や車が移動しやすい環境を整えようと、スコップを手に作業をはじめました。

そこで痛感したのは、人力の限界です。10人ほどで一日中泥をかき出しても、一向に景色が変わらないんですよ。数日やり続けても目に見える進捗はほとんどなく、疲弊感が募るばかり。災害復旧の過酷さを目の当たりにして、途方に暮れました。

―それは、しんどいですね……。

林:そこにどこからともなく現れたのが、重機に乗ったおじいさんでした。私たちが数日かけても変えられなかった泥山だらけの一帯を、1時間もかからずにきれいにしてくれたんです。「じゃ、次行くから」と言葉少なに去っていったその人は、まさに子どもの頃に憧れたヒーローそのものでした。

自分たちも重機を使いこなせれば、いまからでもカッコいいヒーローになれるんじゃないか。nuovoの計画は、そんな妄想からスタートしたんです。まずは自分たちが重機の免許を取れて、日頃から操縦の練習もできる場所がほしいと思いました。

せっかくつくるなら、老若男女の誰もが楽しみながら防災力を鍛えられる「町のヒーロー養成所」みたいな場所にできたら素敵じゃないか。そんなふうに構想を広げながら、さまざまなアミューズメント要素を加えてできたのが、現在のnuovoのかたちです。

浄光寺・nuovo(ノーボ)

子どもでも重機の操縦を学ぶことができる(画像提供:林映寿さん)

―nuovoができたことで、地域にはどんな変化が現れましたか?

林:開設からわずか3か月ほどで、115人もの人たちが重機の資格を習得してくれました。その後も受講者は増え続けており、彼らは「重機を操れるボランティア」として、近隣だけに限らず全国各地の被災地に赴き、災害復興の支援に当たってくれています。

近隣に住む人たちはnuovoを「遊び場」だと認識してくれていて、日常的に重機の操縦や農業体験、さまざまなアウトドア活動などを楽しむ人たちで賑わっています。これほどまでに住民が前のめりで有事に備える活動をしている地域って、なかなかないんじゃないかなと感じていて。

いつ起こるか分からない災害に対して、常に危機感を持ち、労力を割き続けるのはとても難しいことです。だからこそ、日常に災害対策を組み込むには、人の自主性や積極性を引き出す「楽しさ」が必要なんだと思います。現在nuovoは全国に9拠点を展開しています。今後さらに増やしていって、「楽しさ」を軸にした災害に負けない地域づくりのサポートをしていきたいです。

浄光寺・nuovo(ノーボ)

能登半島地震の被災地で復旧作業に臨むnuovoの重機(画像提供:林映寿さん)

「できっこない」こそ、ミライを変えるアイデアの種。想像を超えていく「妄想」の力

―地域の課題解決にまつわる活動をしている方に話を聞くと「いい取り組みをしているはずなのに、なかなか人が集まらない」という声をたびたび耳にします。林さんは「人と人とのつながり」「地域のつながり」を育てていくために、どのような意識が大切だと考えていますか?

林:私も個人的に、よくそういった相談を受けるんですよ。ただ、そもそも私は「地域のため」と思って何かをしたことは一度もありません。スラックラインもnuovoも自分が楽しむため、自分たちのためにはじめたことです。活動が広がっていってからは、もう少し深い目的に目を向けて「かかわる人たち一人ひとりの可能性を引き出していくため」の取り組みだととらえるようにはなりましたが。

「地域のため」という言葉って、響きはいいんですけど、どこに向いているのかが曖昧になってしまうところがあると感じています。だから、「地域のためとうたっているのに、自分たちにはメリットがない」といった批判が出たりします。また、「地域のためだから、ちょっと大変でも頑張ろう」というような押し付け感も膨らみがちです。

だからいっそ、地域活動で悩みがある人は、一度「地域」を主語にするのをやめてみてください。そのうえで、自分のためであり、目に見える範囲の人たちのためにできることを考えるんです。その場にかかわることが、周囲の人たちに「楽しい、ためになる」と認知されていけば、自然と人が集まって活気が生まれます。そういう小さな動きの積み重なりが、結果的に「地域のため」になっていく。それが、ひとつの理想ではないでしょうか。

浄光寺・林映寿

―これからも社会には新たな課題が次々と増えていくと思います。私たちが前向きにそれらと向き合っていくには、どんなマインドがあるといいでしょうか?

林:そうですね……、私がキーワードだと感じているのは「妄想」です。

―妄想、ですか?

林:はい。妄想は、想像を超えていく「私的なイメージ」だと考えています。想像は、誰でも思いつく範囲の考えで、口にすれば「あーなるほどね」「できそう」という反応が返ってきます。一方で、妄想を語ると「えっ?」と驚かれたり、「現実的じゃない」と否定されたりします。

「未経験でワールドカップを主催するなんて無理だ」「重機に乗れる遊び場なんてできっこない」。新しいことをやるたびに、そんな言葉が返ってきました。けれども、そう言われたことほど、達成できたときのインパクトは本当に大きいし、「ここから何かが変わっていくぞ」という勢いが生まれるんですよね。

だから、みなさんも「もっとこうなったら世の中よくなるんじゃないか?」とワクワクするような妄想を、ぜひ大切に育ててください。ゴールは遠いかもしれないけれども、そのプロセスを楽しむ工夫はいくらでもできます。あなたの心のなかだけにある、ぶっ飛んだ妄想にこそ、これからの地域や社会をいい方向に変えていく可能性が秘められているはずです。

浄光寺・林映寿

この記事の内容は2025年5月8日の掲載時のものです。

Credits

取材・執筆
西山武志
写真
タケシタトモヒロ
編集
包國文朗(CINRA, Inc.)