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地方企業と求職者をつなぐ「しあわせなマッチング」とは。人材採用支援のプロに聞く

コロナ禍のリモートワーク定着などにより、高校や大学への進学を機に地元を離れ、就職後にふたたび地元に戻る「Uターン移住」や、生まれ育った場所以外の地域へ移り住む「Iターン移住」を希望する人が増えています。
その一方で、地方の企業からは「県外の人に向けて求人を出してもなかなか応募が集まらない」といった声も多く聞かれ、地方における企業の人材採用は大きな課題であるともいえます。
そこで今回お話をうかがったのは、ウォンテッドリー株式会社で行政や教育機関と連携しながら地方企業の人材採用を支援している村岡健太さん。自身も地元・広島への「Uターン移住」を経験した村岡さんならではの視点から、「地方で働くことの意義」や、これからの地方を担う人材獲得に向けて企業が意識すべきポイントを語っていただきました。
広島への「Uターン移住」で気づいた、地方における人材採用の課題の大きさ
—村岡さんは、名古屋でコンサルタントとして働いていたとうかがっています。そこから現在の、広島での人材採用支援のお仕事に至るまで、どのような経緯があったのでしょうか。
村岡:Uターン移住を決めた大きなきっかけは、コンサルティング会社に勤めていたときに子どもが生まれたことでした。私も妻も広島出身で、両親の近くに住んだほうが子育てをしやすいということもあり、名古屋から広島への転勤を希望しました。
広島支社への配属後は、国家戦略特区事業の立ち上げ・ベンチャー企業支援・行政事業の受託などを任され、広島県庁への出向も経験しました。人材採用支援の担当者になったのは偶然だったのですが、そこで仕事をしているうちに地方における人材採用が大きな社会課題であると感じ、公私の垣根を超えてさまざまな取組みにかかわるようになりました。

村岡健太さん
—現在はどのような事業に携わっているのでしょうか。
村岡:いま所属しているウォンテッドリーでは地方創生部門の責任者として、企業と行政・教育・金融機関などの「産学官金連携」を進めています。
この背景にあるのは、人材紹介会社への信頼度の低さです。広島県庁に勤めていた時代は、地方企業の方にお電話するとほぼ必ず会っていただけたのですが、多くの人材会社の方がおっしゃるのは「採用にお困りではないですか?」と電話をかけると、話も聞かずに「間に合っています」と電話を切られるケースがほとんどだそうです。
しかし、地方企業の担当者や経営者にお話をうかがっていると、実際はほぼ全ての企業が人材採用についての悩みを抱えていたんですよね。そのため、元行政職員の経験とネットワークを活かして、いまはウォンテッドリーの社員として産学官金連携を進めることで、信頼度の向上や新たなビジネス機会の創出をめざし、地方創生を実現しようとしています。
具体的な取組みとしては、広島からユニコーン企業に匹敵するような、企業価値が高く急成長する企業を10年間で10 社創出することを目的とした「ひろしまユニコーン10」プロジェクトという事業や、IT人材が島根県にU・I・Jターン(※1)することを促進する島根県庁事業などを担当してきました。また、高校や大学でのキャリア形成をテーマにした講義や、学生のインターンシップを促進するマッチングイベントなどに取組み、学生が主体的にキャリア選択を行う仕組みづくりにも取組んでいます。

スタートアップやスタートアップ支援者たちが行うイノベーションに関する取組みを共有するイベント「Plug and Play Summit」にて
※1:地方で生まれ育った人が一度都心で働き、その後故郷ではない別の地方に移住して働くこと。
地方の人材採用におけるカギは「発信力」×「口説く力」
—地方における人材採用に、どのような課題を感じていらっしゃいますか。
村岡:最も大きな問題は、地方企業の「採用力」が低いことだと考えています。私は「発信力」と「口説く力」の掛け算が「採用力」だと考えているのですが、そもそも積極的に発信しようとすらしていない企業が多いのです。
日本国内の企業数は350万社以上といわれています。上場企業だけでも約4,000社が存在し、広島にも約50社の上場企業があります。でも、これらの企業をほぼ全て把握している人はこの世にいないと思います。当然ですが、認知してもらわなければ、求人に応募してもらうこともできません。発信にお金をかけられないという企業でも、YouTubeやSNSを使えば無料で発信できるはずですから、ぜひ最初の一歩を踏み出してほしいですね。
また、地方企業は首都圏の企業に比べて年収が低い傾向にあります。成果報酬型の人材会社(エージェント)は、採用時年収に応じた紹介手数料を得るため、地方企業は首都圏の企業よりも人材会社(エージェント)から紹介を受けづらいという構造になっています。報酬面の条件も大切ですが、人材会社(エージェント)に依存するのではなく、「こんな組織・社会づくりに一緒に取組みませんか」と、自ら発信し、「ビジョン」や「やりがい」で口説く必要があります。そうした積極的な発信と自社の魅力を適切にアピールできていない企業が多いことも課題のひとつだと考えています。
―村岡さんが「採用力」の重要性を確信したきっかけはあったのでしょうか?
村岡:「採用力」の重要性を実感したのは、実際に私が広島県庁に出向し、地域企業と企業が求める専門スキルや経験を持った人材のマッチングをサポートする、国の地方創生事業「プロフェッショナル人材戦略」に取組んでいたときでした。このあと事例もご紹介しますが、地方の中小企業と優秀な人材を数多くとりつないできた結果、自社の魅力を打ち出し、本気で採用活動している企業ほど、採用に成功していることがわかったのです。
また、「このミッションを果たすために頑張りたい!」と地方企業が持つビジョンやパーパスに共感している人ほど企業に定着し、活躍していると気づいたのもこのときでした。
当時の私は報酬のような定量的な魅力よりも、ビジョンやパーパスなどの定性的な魅力のほうが重要だという事実に衝撃を受けました。同じように、多くの地方企業もまた「待遇面がよくなければ人を募集しても採用できない」と、自社の魅力に気づけず、最初から発信を諦めてしまいがちであるように思います。しかし、仮に報酬が首都圏企業と比べて高くなくても、地方企業の持っている志(パーパス)に共感してもらえれば、採用は成功するのではないかと考えています。
その意味では、先ほどご説明した「発信力」×「口説く力」に加えて、ビジョンやパーパス、ワクワクするようなミッションといった自社の定性的な魅力を掘り起こすことも大切だといえます。
—多くの地方企業が懸念するように、地方企業における人材採用は、首都圏にある企業の採用よりも難しいのでしょうか?
村岡:地方企業の経営者のなかには「東京には勝てない」とおっしゃる方がいます。でも、地方企業のなかでは「採用力」を持った企業が相対的に少ないので、逆にいえば「採用力」がある地方企業は首都圏の企業よりも採用しやすいと私は考えています。
私自身もそうでしたが、都市部から自分の地元に帰りたい人は、実はけっこういるので、需要はあるんです。ただ、その多くは高校や大学への進学を機に地元を離れた方で、地元にどのような企業があるのか、社名すら知りません。そんな状況であるため、社名がわかっていなくても情報が届くように工夫をしたうえで情報発信をしないと、求職者から認知されることは難しいですよね。
地方企業の経営者の方からは、ほかにも「後継ぎがいない」「30~50代の中堅層がいない」「DX化を進められない」などの悩みをよく聞きますが、いずれの課題も「採用力」があれば解決に近づいていくと私は思います。

社外の方との打ち合わせの様子
—反対に、地方企業への就職を希望する求職者側が抱えている悩みにはどのようなものがあるのでしょうか?
村岡:私は広島県庁職員として広島県に素晴らしい企業が多くあることを知りましたが、首都圏の求職者は「地方によい企業や求人はない」と感じているケースが多いです。あるいは、広報・企画系や事業開発系の職種のように、そもそも地方での求人が少ない職種もあります。
たとえば、広島のように製造業で成り立っている地域も数多く存在します。製造業のほとんどは「無駄を省く」という考え方が基本なので、大手メーカーとの安定した取引がある企業の場合は、広報・企画系や事業開発系の職種は必要性が低いと考えられがちで、求人を出さない企業が多いです。
ほかにも、地方企業のなかには、人材採用に予算を使わず、ほかの部門に予算を割くケースがよくあります。ただ、個人的には人を雇うことにお金を使ったほうがいいと思います。企業の生存戦略について書かれた『ビジョナリー・カンパニー2』(※2)でも「適切な人材こそがもっとも重要な資産」と説かれているように、経営課題を解決する最良の手段のひとつが「よい人材を雇うこと」だと私は考えています。
そのため、新規事業の開拓なども視野に入れながら、新しい人材を積極的に採用したほうが会社にとってプラスになると強く思っています。
—求職者の視点から、地方で転職活動をする際に気をつけるべきポイントは何でしょうか。
村岡:地方には経営者が過半数の株式を所有するオーナー企業が多いので、転職活動をするときには経営者の思想や志をきちんと把握することが大切だと思います。また、もし経営者が明らかに迷走した方向に舵を切ろうとしたときに、ちゃんとブレーキをかけることができる組織になっているかどうかも確認するとよいですね。
※2:ジム・コリンズが執筆した、成功した企業の共通点と「よい企業」から「偉大な企業」になるために必要な条件について解説した著書
地方企業はありのままの姿を積極的に発信してほしい
—地方企業と求職者がしあわせなマッチングをするには、双方でどのように意識するとよいですか?
村岡:まず求職者についてですが、「地方への就職・転職はチャレンジングな場である」ことを認識していない事例をよく見かけます。
少なくともコンサル業界においては、東京よりも地方のほうが案件も予算も少なく、そのなかで結果を出し続けていくのはとても大変です。まずはこの事実を求職者が認識することが、入社後のギャップを生まないためにも重要だと思います。
一方、地方企業側としても「自社をよく見せないと人が集まらないのではないか」と考えてポジティブな面だけを伝えようとするケースが多いのですが、むしろチャレンジングな場であることを魅力に感じる人も少なくありません。
実際に、私が広島県庁に出向していたときに出会った、広島の地元企業へ転職した方のなかには、チャレンジングな環境に燃えて地方移住をした人が多かったんです。
地方企業の方にはぜひ「こういう難しい課題を私たちと一緒に解決してほしいんです」と、ありのままの思いを伝えてほしいと思っています。
—地方企業が人材採用に成功した事例をいくつか教えていただけますでしょうか?
村岡:まずご紹介したいのは、広島県に本社があり、中国・九州地方にスーパーを展開している株式会社万惣(まんそう)さまの事例です。

村岡:社長さんが採用にすごく熱心な方で、面接前にお互いについて知るために設けられた「カジュアル面談」というフラットな場で、面談に応募してきてくれた人を社長自らが“口説く”んです。
この社長は日頃から「私は既存のスーパーマーケットとして大きくしたいのではなく、新しいスーパーマーケットのかたちをつくっていきたいんだ」というビジョンを熱く語っていて、社長の熱意に心を打たれた優秀な人材が全国各地から集まってきています。
また、愛知県の製缶メーカーである側島製罐(そばじませいかん)株式会社さまの事例にも、参考になるヒントがたくさん詰まっています。

村岡:側島製罐株式会社さまは1906年創業の伝統ある企業なのですが、以前は離職率が高く、経営理念や人事評価制度、営業目標・実績管理なども一切なく、会社における基本的な仕組みが整っていないことなど、改善すべき点が数多くありました。
そこに現在の代表が入社して、経営理念をゼロから策定したり、事務所スタッフ全員にメールアドレスを配布するようなレベルからIT環境の整備に着手したりと、地道に改革を進めていきました。
採用活動も一から強化しました。ダイレクトリクルーティングのサービスを使い、膨大な数のスカウトメールを送ったこともあるそうです。
いまでは、某大手メーカーで重責ポジションを好待遇で務めていた方がやりがいを求めて入社してくれるほど、魅力ある企業に変貌を遂げました。こうした事例からも、「発信力」や「口説く力」の重要性がおわかりいただけるのではないかと思います。
地方企業と求職者のマッチングが地方創生にもつながる
—より多くの方に地方で働いてもらうための取組みとして、地方企業はどんなことをすべきでしょうか?
村岡:採用の観点でいうと、地方企業は長期インターンを積極的に導入するとよいと思います。
「地方企業が出す求人に対して応募が少ない」とよくいわれますが、長期インターンにおいては需要と供給のバランスが逆で、インターン希望者を受け入れる企業がそもそも少ないんです。

僕が知っている事例をひとつご紹介すると、広島大学薬学部のある学生が長期インターン先を探していました。しかし、広島県内では長期インターンの受け入れ先が見つからず、わざわざ休学して東京のシェアハウスに住みながらスタートアップ企業で長期インターン生として働き、卒業後そのまま東京のスタートアップに就職したと聞いています。
もしこの学生を広島県内の企業が長期インターンとして受け入れることができていたら、卒業後にそのまま広島県の企業に就職してくれていた可能性もありますよね。
最近では、長期インターンで働いてくれた学生をそのまま採用するというスタートアップのような手法をとる企業も増えてきているので、新卒の採用に悩んでいる地方企業は、長期インターンの受け入れを検討してみてほしいと思います。
—人材採用を通じた地方創生に関して、今後やっていきたいことはありますか。
村岡:冒頭でも申し上げましたが、やはり人材採用にかかわる企業の信頼度を向上させたいと思っています。これは自社の利益を上げたいからだけではなく、人材業界全体の信頼を向上させることが地方企業と求職者を効率よくマッチングさせる仕組みづくりにつながり、真の地方創生が達成されると思うからです。
地方には人材採用時にハローワークを使う企業が多くあります。ただ、ハローワークは基本的にはUターンやIターンなどに伴う転職を相談できる事業所が限られているので、現地に足を運べない人にとっては相談が難しいんです。
地方の求人情報を全国の求職者に届ける役割を担うのが必ずしも民間の人材会社や情報媒体である必要はないと思いますが、人材業界にはすでに求人情報を届けるシステムがあります。これを使わない手はないですよね。
現状では民間の人材会社はまだまだ信頼度が低い状態です。地方企業の方や求職者の方に頼りにしていただけるようになるには、自分1人では限界があります。賛同してくれる仲間と共に、人材業界全体として地方創生を実現していきたいですね。

広島県 世羅高原にて
この記事の内容は2025年3月18日掲載時のものです。
Credits
- 取材・執筆
- 佐々木ののか
- 画像提供
- 村岡健太
- 編集
- exwrite、CINRA, Inc.