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なぜJICAが地方創生に取組むのか?開発途上国支援がもたらすシナジー
1974年に設立された国際協力事業団の活動を引き継ぎ、開発途上国に対する国際協力を行ってきた独立行政法人国際協力機構(以下、JICA)。国内外に100以上の拠点を持つ同機構は、日本の技術や人材を駆使して、139か国におけるさまざまな課題を解決してきました。
そんなJICAが2010年代から注力しているのが、国内における地方創生事業です。開発途上国支援を基幹事業としてきたJICAは、なぜ日本の地方にフィールドを拡大しているのでしょうか。
今回は、開発途上国のインフラ整備を長きに渡って行い、東北地域の復興事業にも携わった経験を持つJICA職員の大窪香織さんに、JICAが地方創生の取組みを行うことになった経緯や開発途上国支援と地方創生のシナジー、具体的な事例、今後の展望についてお話を聞きました。
発展を遂げた開発途上国と日本の地域は、「課題解決のプロセス」を共有できる
―JICAの事業内容について、あらためて教えていただけますか。
大窪:JICAの基幹事業は、開発途上国支援です。開発途上国が将来ありたい姿・夢を引き出し、それを実現すること。さまざまな課題を抱える開発途上国に対して、日本が持つ知恵や技術、人財といった「タカラモノ」を活かし、技術協力をプロデュースすることで、世界のさまざまな課題解決に貢献しています。
まだ知らない方も多いかと思いますが、2014年ごろからは、そうした開発途上国支援の取組みを通じて得られたノウハウやつながりを活用し、日本の地域も元気になれるような、いわゆる地方創生の取組みを行う機会も徐々に増えてきています。
―開発途上国支援を行うJICAが、地方創生の取組みをはじめたきっかけはなんだったのでしょうか。
大窪:そもそものきっかけは、海外から来る研修員の受け入れ先として、日本の自治体や地域と連携しはじめたことです。そのなかで、日本の自治体や地域が、開発途上国と共通した課題を抱えていることや、JICAの事業が地域に入ることで生み出される価値があることがわかり、JICAとのかかわりが役立つ可能性が見えてきました。
さらに、海外協力隊として、海外で活動されて日本に帰ってきた方々が、国内でユニークな取組みを実施していたことも、大きなきっかけですね。「海外の課題に取組んでいた人が地域で活動を行うと、おもしろいことが起こる」「海外協力隊は、世界だけでなく、地域も元気にできる」といった認識が各地域で広まり、結果として、地域とのご縁につながりました。
大窪:その後、2013年頃から、JICAによる政府開発援助(ODA)の一環として、国内の地域活性化にも資する事業が拡充されることになります。
日本政府がJICAに対して、日本の中小企業の海外展開を支援する事業や自治体提案による地域経済活性化に資する事業に必要な経費を措置したことで、JICA内での体制・制度が整い、地域の中小企業や商工会議所、自治体などとの連携が進んだのです(※)。
(※)出典:JICA「平成 24 年度 業務実績報告書」
―開発途上国支援と地方創生には、どのようなシナジーが生まれているのでしょうか。
大窪: たとえば、JICAが支援を行っているタイは、首都バンコクでは人口も経済も順調に増加し、経済発展を遂げていて、日本と同じくらいの所得水準で暮らしている人も少なくありません。一方、地方都市では、首都圏への人口流出や少子高齢化、地域の衰退といった課題が浮き彫りになっています。
タイから「こうした地方の課題を解決したい」という要望があったのですが、これはまさにいま、日本でも解決に向けて試行錯誤していることですよね。
日本はこれまで、先進事例を活かして支援を行う「ソリューションプロバイダ」として開発途上国に関わってきました。しかし近年は、同じ課題を抱える世界の都市や地域をつなぎ、パートナーとして伴走しながら、解決の糸口を一緒に見出していくための対話や学びの機会をJICAがプロデュースするという新しいニーズが生まれてきているのです。
大窪:こうした課題を解決するプロセスは、開発途上国支援においても、地方創生においても大きく変わらないように思います。各地域でどのような課題があるのか、その課題を解決していくためにはどのような技術や人財が必要なのか、課題解決の先にある「各地域がなりたい姿」とはどんなものなのかを考え、言語化すること、そしてそのなりたい姿に向かって伴走する、そのプロセスは、JICA職員が世界各地で日々行っている事業そのものなのです。
開発途上国支援と地方創生は、一見まったく異なる課題を扱っているように見えることもありますが、実は共通する課題も多く、ビジョンの描き方や課題解決のプロセスも相互に活かせる部分が多くあります。これが、両者のシナジーでもあり、JICAだからできる支援のかたちでもあると思っています。
東日本大震災の経験が、ウクライナ復興のヒントに。「教訓」の共有で得られるもの
―国際協力のノウハウを活かした地方創生の具体的な取組みについて、いくつかご紹介いただけますか。
大窪:代表的な事例は、グローバルな視点を持って地域社会の課題にアプローチする「グローカル人材」の育成でしょうか。
JICAがこれまで培ってきたグローバルな視点を地方でも活かせるよう、宮城大学と連携して、グローカルプログラム(講座)を立ち上げ、「グローカル人材」の育成に取組んでいます。また、スーパーサイエンスハイスクール(SSH:文部科学省の指定により、科学技術にまつわる教育を重点的に行う制度)の指定を受けた黎明高校や釜石高校では、JICAのメンバーがコンサルテーションするキャリア講座や探究学習を実施するといった取組みも行われています。
大窪:さらに、JICAが地域のパートナーとして、課題解決に伴走する試みもあります。
例として挙げられるのが、早稲田大学と福島県富岡町、株式会社ふたばが協力して設立した「福島再生塾」です。このプロジェクトでは、福島第一原子力発電所事故の被害を受けた双葉郡の4町村や、東京電力、学識経験者、JICAなど、多様なバックグラウンドを持った参加者が、対話と学びを通じて福島の復興に取組んでいます。
福島は非常に複雑な課題を抱えていて、地域だけでは解決の糸口を見出せない状況にあります。JICAは、研修生の福島訪問プログラムなど、国外の方との対話の機会を設けたり、地域との対話や学びの場にJICAメンバーが加わったりすることで伴走してきました。
地域の方々からは、「困難な課題を前にした時期に、ともに悩む存在がいてくれること、また世界の視点を加えながら課題解決に一緒に向き合ってくれる存在がいることは、この地域を再生するためにはとても重要なのです」というお声をいただいています。
私は、福島地域に入る福島再生塾やJICAの役割について、日本古来の伝統文化である「金継ぎ」と重ねて思うことがあります。災害などで傷ついたり、壊れたり、失ったものがあることは事実ですが、その傷を見つめて、漆を塗って金で継ぐようなプロセスを通して慈しむことで、傷さえも自分の一部として愛おしく思えるようになる。地域の方々が、外とつながり、復興・再生を行っていくプロセスにおいて、小さなチカラながらも、そのようなお手伝いができるのではと考えています。
―課題に対してさまざまな視点を持ち寄って、ともに考える機会をつくることが、ひとつの糸口になることもあるのですね。
大窪:そうなのです。課題解決にかかる役割やアプローチにはさまざまなかたちがあるように思っています。そういった意味では、ウクライナ復興に向けた研修・招聘のプロジェクトも近い事例かもしれません。
同プロジェクトでは、ウクライナの技術者や政府関係者、自治体の職員などを東北に招き、東日本大震災の被害を受け、復興した自治体などの関係者から、復興のプロセスを伝えていただきました。
こうした取組みは、ウクライナにとって復興のヒントとなるだけでなく、東北の地域の方々が震災や復興を振り返る機会にもなります。その結果、「震災を経験していない次世代の人にも、震災の教訓や復興への道のりを伝えていくきっかけにもなった」というお声をいただくこともありました。
このように、海外への支援やつながりを通じて、地域が持つ価値やアイデンティティを見直すきっかけをつくるのも、地方創生の一環なのではないかと考えています。
自治体の「鏡」や「窓」となり、開発途上国との相乗効果をもたらす
―連携の対象となる地域はどのように選んでいるのでしょうか。
大窪:きっかけはさまざまですが、その地域が課題を抱えていること、課題解決のために熱心に取組んでいる方々がいらっしゃること、そして開発途上国の課題にも通じる部分があること。この3つが揃ったとき、ご縁につながっていくのではないかと感じています。
たとえば、東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県東松島市とは、震災直後から、復興支援を通じて長くおつき合いしています。そうしたご縁から、復興の経験を伝えてもらうべく、開発途上国の政府職員やNGO職員の研修を受け入れていただいています。
災害や紛争の復興では、がれきの処理が問題になりますが、高いリサイクル率と住民を巻き込み地域一体となって取組む同市のがれき処理技術は「東松島方式」とも呼ばれ、成功モデルとして注目を集めています。JICAでは、この東松島方式をインドネシアをはじめとする多くの国にお伝えすることで、その地域に合ったがれき処理を考え、確立するための支援も行っています。
このように、国内と世界、両方に通じる課題があり、その解決を通じて相乗効果をもたらせる糸口が見つかると、ご縁につながる場合も少なくありません。
―自治体の方々と協力するうえで課題となるのは、どんな点なのでしょうか。
大窪:やはり、JICAが関わるメリットをわかってもらえるかどうかが、一番の難所ですね。自治体をはじめとする地域の方も本来の業務がありますから、世界とつながることの価値や意義が見えにくいと、メリットのないボランティア業務としてとらえられてしまい、なかなか前向きになっていただくことができなかったり、プログラムを継続できなかったりすることも少なくありません。
―そうした課題を克服するために、どのようなことを意識されていますか。
大窪: JICAが長年行ってきた「想いと価値の言語化」を大切にしています。
多くの自治体の方は、講義や研修などをお願いすると「私たちがお役に立てることがあるのでしょうか?」とおっしゃるのです。以前、東北地域の自治体に、定住化する難民と地域コミュニティ間の合意形成やコミュニティ形成に取組むザンビアの方に向けた講義をご相談したことがあったのですが、同様の反応をいただきました。
しかし、同自治体は、震災後に大規模な防災集団移転を行っています。居住地移転には、新たに住む地域との合意形成や、地域が健やかな暮らしを継続するためのコミュニティ形成が必須になるのですが、同自治体はこうした難しいプロセスを経て、移転を成功させているのです。
このような経験や知識は、近隣国から流入し、定住した難民が、受け入れ国と合意形成し、安全な暮らしを継続するうえで非常に役立ちます。そのことを自治体の方にお伝えすると、「自分たちの経験が、世界に貢献できるんですね」と驚きつつ、講義を行うことを快諾してくださいました。
地域の多くは、自分たちが持っている価値やタカラモノすべてには気づけてないことがあります。JICAが地域の「鏡」として、地域にある技術や経験、人財、その先にあるビジョン・ありたい姿について言語化し、地域それぞれが持つ価値やタカラモノ、アイデンティティを再認識いただくこと。さらに、JICAという世界とつながるひとつの「窓」を通じて世界とつながりながら、なりたい姿を描いたり、目の前にある課題を構造化して分析したりするお手伝いをすること。そして、解決に必要なキーパーソンを見つけ出し、解決のアプローチを共有できそうな国外の地域と結びつけること。こうしたプロデュースは、さまざまな世界の地域課題を解決してきたJICAだからこそできることなのではないかと思っています。
今後の挑戦は、「エイジングが価値になるまちづくり」
―今後、JICAの取組みはどのように変化していくと思いますか。
大窪:地方創生をはじめ、JICAの経験やつながりが活かせる場面は、年々増えていると実感しています。時代の変化やニーズに応じて、私たちが持っているナレッジやリソースを開発途上国支援以外に活かす流れは、時代や地域の求めに応じて、今後さらに加速するのではないかと考えています。
今後も、日本の国や地域、そして世界の国や地域が、対話や学びのプロセスを通じてそれぞれの答えを見出せるような仕組みづくりをしていきたいと考えています。
開発途上国でも日本でも、共通の課題として抱えているもののひとつが、「高齢化社会の到来」です。日本は超高齢社会に突入していますが、アジアを中心とした開発途上国においても、現在、そして近い将来、高齢化社会を迎えることが明らかになっています。
都市やインフラ、そしてコミュニティが高齢化するなかで、どのような「まちづくり」を行っていくべきかという問いや、高齢化という一見ネガティブな現象を価値あるものとしてとらえる「エイジングが価値になるまちづくり」に対するニーズが国内外で増えている印象です。
少子高齢化にどうアプローチするかは難しい課題ですが、面白い事例もあります。たとえば、少子高齢化が進む秋田県五城目町では、「子どもが少ない町」を逆手にとり、「一人のこどもに対して関わる大人が多い町」としてとらえ、その強みを活かすことで、「世界で一番子どもが育つ町」をめざす取組みを進めています。こうした事例もヒントにしながら、「エイジングが価値になるまちづくり」に挑戦していきたいですね。
JICAはこれからも開発途上国支援に尽力していきますが、地域や時代の求めに応じて、ニーズがさらに増えれば、国内の地方創生事業を拡大していく可能性もあるのではないかと思います。
そういった意味でも、日々変化するニーズにアンテナを張り、難しい課題に対しても、パートナーと共創しながらイノベーティブに挑戦できる組織であり続けたいと考えています。
この記事の内容は2024年12月19日掲載時のものです。
Credits
- 取材・執筆
- 佐々木ののか
- 編集
- exwrite、CINRA, Inc.