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井浦新×安居昭博。地域の「本物」の資源・文化を継承するサーキュラーエコノミーとは

  • 循環型社会
  • サステナブル

化石燃料や鉱物、森林や水産生物などの地球上の資源の枯渇をはじめ、製造工程や消費されたあとに発生する廃棄物の問題が叫ばれる昨今。その原因のひとつである従来の大量生産・大量消費の経済モデルを、根底から覆す新たな経済モデルをご存知でしょうか。

廃棄物をなくし、資源が循環する社会をめざす「サーキュラーエコノミー」です。循環経済とも訳されるこの概念は、いま欧州を中心に急速に広がりつつあり、行政や企業を巻き込みながら、地域ぐるみでサステナブルなまちづくりを実践する手法にも役立てられています。

本企画では、2022年にサステナブルコスメブランド「Kruhi」を立ち上げ、「循環するものづくり」を実践されている俳優の井浦新さんと、サーキュラーエコノミー研究家として国内外で同概念の普及活動をされている安居昭博さんの対談が実現。

社会全体として、経済活動の継続にはもはや環境保護が欠かせないという認識が広まり、資源の無駄遣いを見直す動きが進むなかで、実践者であるお二人はどのような想いでものづくり、地域づくりにかかわっているのでしょうか。この先の世界を少しでもよりよくするために、一人ひとりや各地域からいま何ができるのかを語り合いました。

なぜ鹿児島の工場で製造?「Kruhi」のシャンプーづくり秘話

お二人は今回が初対面でしょうか?

井浦:そうですね。サーキュラーエコノミーの第一人者である安居さんとの対談ということで、とても楽しみにしていました。私は妻と一緒に「Kruhi」というナチュラルコスメブランドを2022年に立ち上げたのですが、資源を循環させる仕組みや考え方について情報もアップデートしたいと思っていたので、今日はいろいろとお話ししたいです。

安居:光栄です。実は新さんの奥さまには、私のサーキュラーエコノミー勉強会に参加いただいたことがあり、一度お会いしています。その際に「Kruhi」のお話もうかがっていて、非常に興味深い取組みだと思っていました。私も今回楽しみで、お話ししたいことがありすぎて時間が足りないかもしれない……と、すでに感じています(笑)。

まずは「Kruhi」についてうかがいたいのですが、井浦さんはどのようなきっかけから、自然由来成分のシャンプーやトリートメントを製造・販売しようと思い立ったのでしょうか?

井浦:きっかけは、自分たちの暮らしのなかで生まれた違和感です。私も妻も子どもも、それぞれに頭皮や髪の乾燥、傷みなどの悩みを抱えていたのと、お風呂場の排水溝から流れていくシャンプーの泡がどんな成分でできていて、どこに流れ着くのかが気になっていたんです。

毎日使うシャンプーだからこそ、人にとっても、地球にとっても健やかなものがいい。そう思って、理想にかなう製品を探してみたものの、使い続けたい心地よさと仕上がりを兼ね備えているものが見つからなくて。それで、「見つからないなら、自分たちでつくってみよう」と、妻と二人三脚ではじめたのが「Kruhi」です。

自然由来成分100%でつくられたKruhiのシャンプーとトリートメント。容器は使用後の循環を想定し、リサイクルに適したアルミニウムを採用(提供画像:Kruhi)

安居:ご自身の暮らしが、地球や自然にまつわる環境問題にもつながっていると感じられたからこそ、スタートしたブランドなんですね。

井浦:はい。とはいえ「Kruhi」をはじめるまでは、自分が使っている化粧品と自然環境の関係性を意識することがほとんどありませんでした。でも、さまざまな環境問題に関心を持つようになっていくなかで、自分たちの生活が与える環境への負荷について、真剣に向き合っていきたいと考えるようになったんです。

そうした意識が芽生えた当時は、シャンプーやトリートメントが環境に負荷をかけないものに換わったら、どれほど地球がよりよくなっていくのだろうかと想像して、ワクワクしたのを覚えています。

製品はどこで製造しているのでしょうか? 

井浦:鹿児島県南大隅町にある化粧品メーカーのボタニカルファクトリーさんです。「Kruhi」をはじめようと決意してから、ナチュラルコスメが製造できる国内工場を自力で探していて、はじめて僕らの理想にマッチしたのがそちらの工場でした。

そこでは、自然由来成分100%の製品づくりにこだわっているだけでなく、環境への配慮や地域社会への還元にも真摯に取組まれています。たとえば、地元の農家で廃棄予定になっていたパッションフルーツを蒸留水の原材料に使用したり、自社工場も小中学校の廃校跡地をリノベーションしていたりなど、「資源を無駄にしない」という姿勢を大切にされています。

安居:それは素晴らしいですね。とくに地元の資源にこだわって循環させているのも素敵です。

井浦:そうですよね。さらには、地元の社会福祉施設と連携して障がい者の方の雇用創出にも取組んでおり、いまではKruhiの製品づくりでも力を貸していただいています。地域のことを実直に考えながら、誰も取り残さず、みんなが幸せになるためのものづくりを実践されていて、とても学びになっています。

そこから南大隅町とのご縁が生まれ、直近では自社農園をつくるプロジェクトも動かしはじめています。いまは水路の工事をしている状況で本格的なかたちになるのはまだ先になりそうですが、原材料を自分たちの農園で育てた植物でまかない、より自然の循環に逆らわない化粧品づくりにも挑戦していきたいと思っています。

安居:いずれも、まさに鹿児島に根差した取組みですね。地域資源だけでなく、人の働き方やかかわり方も再考・再編集していく動きは、欧州のサーキュラーエコノミーでも見られています。そういった動きが日本各地でも、さらに活性化していくといいですよね。

「廃棄物=厄介」という常識を覆す。「サーキュラーエコノミー」とは? 

サーキュラーエコノミー」という言葉は最近よく耳にするものの、具体的にどのような考え方なのか、知らない方もまだまだ多いと思います。あらためて教えていただけますか?

安居:もちろんです! まず、これまでは、地球の資源を「取って→つくって→使って→捨てる」というふうに一方通行の大量生産・大量消費の構造が主流でした。この従来の経済モデルのことを「リニアエコノミー」と呼びます。

それに対して「循環経済」とも呼ばれるサーキュラーエコノミーは、リニアエコノミーの「捨てる」というフェーズをなくして、あらかじめ資源が循環する仕組みづくりを軸にした新しい経済モデルです。これを実現するには、行政の政策や企業活動、商品の設計やデザインを考える段階から「廃棄を出さない仕組み」を組み込んでいく必要があります。

サーキュラーエコノミーは環境負荷を抑えるとともに、企業の調達リスク軽減やコスト削減、さらには新しいビジネスモデルの創出にもつながると国内外で注目されています。

一般的に認知されているリサイクルやアップサイクルとも近いように感じるのですが、サーキュラーエコノミーはそれらとも異なるのでしょうか?

安居:似ているように思われることが多いのですが、実は全く違うんです。リサイクルやアップサイクルは、大量生産・大量消費型のビジネスモデルや商品デザインから生まれてしまったものを後から「なんとか活用しよう」というアプローチです。これは医療にたとえると、生活習慣病になってから慌てて「なんとかしなければ」と症状を緩和しようとする対症療法のような考え方なんですね。

一方でサーキュラーエコノミーは、「最初から廃棄の出ない仕組みをビジネスモデルや商品デザイン、サービスに組み込もう」というアプローチです。こちらは、たとえば「生活習慣病にならないように、最初からいい食事や運動を生活に取り入れる」といった、いわば予防医療のような考え方なんです。

リニア、リユース・リサイクル、サーキュラーエコノミーの違い(画像提供:安居昭博)

安居:この予防的な視点で、資源の循環を前提としたものづくりやビジネス設計することは「サーキュラーデザイン」とも呼ばれ、現代の建築やファッション、電子機器などにも導入されはじめています。これまでにないビジネスモデルも生まれている点が、従来のリサイクルやアップサイクルと、サーキュラーエコノミーとの大きな違いです。

井浦:なるほど。「Kruhi」のシャンプーやトリートメントは、多くの時間を要さずに生分解されて、自然に還る成分を使用しています。「廃棄物が出ない」という点でも、サーキュラーエコノミーに通じているのかなと感じました。

安居:おっしゃるとおりです。環境保全を実現しながら、さらなる経済発展を遂げるには、「廃棄物=厄介」といういまの常識を覆し、そもそも廃棄物が出ないプロダクトやサービスを増やしていくことが重要です。また、そうした動きを個人や企業だけでなく、地域単位でより活性化させていくことが、未来をより良くするうえで必要になってくると思います。

大都会では見失いがちな「本物」の魅力とは?

井浦さんは、Kruhiの製造拠点がある南大隅町に足繁く通われていたり、俳優業でも日本各地を飛び回っていたりすると思います。都会から離れて、独自の文化や自然が色濃く残る地域へ行かれた際に、何か気づくことなどはありますか?

井浦:一概に言い切るのは語弊があるかも知れませんが、そういった地域に行けば行くほど、地方には「本物」が多いなと実感させられますね。

安居:本物、ですか?

井浦:個人的な解釈ではあるのですが、長い時間を経て刻まれた自然の厚み、地域の歴史、人々の試行錯誤の跡が感じられるような生活の知恵や文化、プロダクトなどに出会ったときに「本物だな」と感じます。

地域の人たちの暮らしに昔から根づいていて、そのなかで磨かれ、受け継がれてきた物事には、人間が人間らしく生きるための創意工夫がギュッと詰まっていて。そういうものに触れると、すごく心が豊かになります。

安居:とても共感します。都会にも探せばきっと「本物」はあるはずですが、ものや情報が多すぎて見えにくくなっている気もしますよね。

井浦:たしかに、そうした面もあるかもしれませんね。僕は東京生まれ東京育ちで、これまで物質的な豊かさに恵まれた環境で過ごしてきました。ただ、そこに心の豊かさが伴っていないな……と感じる瞬間もあって。

もちろん、都会でしか得られない経験や出会いもたくさんありますし、そのおかげで成長できていまの自分がいるので、感謝もしています。ただ、やっぱり都会は「豊かさを手に入れるために戦わなきゃいけない場所」というか、サバイバル的な競争を強いられる感覚があるんですよね。

それがよい面でもある一方で、なにかに追い立てられるような環境に居続けると、自分にとって大事なものに気づけなかったり、本当は潜在的に追い求めたい「本物」を見落としてしまったりするような気がしてしまうんです。言い換えると、あれもこれも手に入る都会という環境に身を置いているからこそ、本当に必要なものが見えてきたようにも感じています。

安居:いま私が拠点としている京都では、長い歴史のなかで育まれてきた「本物」だと思えるものが多い地域なので、それらを見落とさずに大切にしていきたい気持ちはとてもわかります。ただ、一方で急速に失われているものも多いと感じます。数年前に京都市が発表した調査結果(*1)によると、京都では毎日2軒のペースで古くからあった町屋が取り壊されているそうです。

井浦:かなり早いペースですね……!

安居:また、茶畑は農家の高齢化や開発などで減っていますし、あらゆる伝統工芸も後継者不足と国産素材が取れなくなってきており、危機に直面しています。

日本にしかないような価値のある「本物」も、世の中の経済活動から乖離したり、国内外でしばらく注目されなくなったりすると、次第に消えてしまう脆さがあると思います。そして一度失われると二度と再生できないものも多い。私も目の前の世界だけにとらわれてしまい、そうした本当に価値がある「本物」を見落としてしまっていないか……という問いを、常に心のなかに持ち続ようと思っています。

井浦:そうした意識は大切ですね。どんな場所にもその土地固有の「本物」がたくさんあって、人類にとって本当にかけがえのない財産だと思います。それらをただ享受するだけでなく、守るための課題解決を一緒にできるなら、僕も積極的に関わっていきたいです。

世界を変えるのは「1人の100歩より、100人の1歩」

そういった各地の「本物」の資源や文化を守るためにも、サーキュラーエコノミーの概念は素晴らしいと感じる一方で、社会や経済のシステムを根本から見直して変えていくのは、大きな困難と労力の伴うことだと思います。安居さんはどんなことを意識にしながら、サーキュラーエコノミーに関わる実践を続けているのですか?

安居:活動のなかで大事にしているのは、「1人の100歩より、100人の1歩」というフレーズです。これは東日本大震災のときに石巻市へボランティアに行った際、現地で学んだ言葉です。

1人の100歩も、100人の1歩も、量的な進捗でいえば全く同じ。けれども100人の1歩には、100人分のさまざまな視点や知見が詰まっています。100人の意識や実践がさらに周囲へ伝播することで、やがて大きな変革につながると信じています。だからこそ、1人でやるよりも、なるべくいろんな分野の方々とみんなでやっていくことを意識しています。

井浦:自分1人の力には限界があるけれど、周りの人たちと力を合わせていけば、実現できることの可能性は広がりますよね。映画の制作や宣伝などもまさにそうだなと、俳優として作品に携わるたびに実感するので、すごく共感できます。

井浦:ただ、多くの人を巻き込もうとすればするほど、共感を得ていくことの大変さや難しさのハードルも上がりますよね。環境に配慮した取組みをはじめても、地域や地球という規模を本気でよりよくするには、多くの人に共感してもらうことが重要になっていきます。

だからこそ、僕はこうしたメディアやSNS、さらにはいろんな人に直接「伝えていく」ことも大事だと思っていて。安居さんは、ご自身の取組みや考えを人に伝えるうえで、大事にしているポイントはありますか?

安居:サーキュラーエコノミーに積極的な地域や企業に共通することは、意識の高さではなく、ポジティブな可能性とネガティブな危機感を共有し、どちらもが原動力になっていることだと感じます。そのうえで、私はなるべく「ポジティブさで人を惹きつけること」を大事にしています。

ここでいう「ポジティブ」とは、思わずやってみたくなることや行ってみたくなる空間、手を伸ばして触れてみたくなるものなど、子どもにも伝わるようなワクワク感です。企業活動に置き換えると、想像しただけで気持ちが高揚するような新しいビジネスモデルや設計、サービスなどのことです。ポジティブな誘引には周りの人を惹きつけ、持続的な行動を促す力があると感じています。

たとえば、私が立ち上げたお菓子のブランド「八方良菓」のPRにおいても、ポジティブな面を第一に意識して訴求しているんです。「八方良菓」では食品ロスの課題改善に取組んでいますが、「食品ロス対策」をお客さまにアピールするよりも、おいしさや美しいデザイン、京都ならではのユニーク性というポジティブな要素を打ち出したほうが、ワクワクしていただけるのではないかと考えています。

「八方良菓の京シュトレン」。梅酒の梅の実、生八ッ橋、酒かす、おから、レモンの皮など、京都の副産物を活用し、福祉作業所が製造を担う(画像提供:安居昭博)

井浦:ポジティブに伝えることは、とても大切だと僕も感じています。いまSNSなどではネガティブな意見や攻撃的な発言が影響力を持つことが多いですが、ポジティブな言動の連鎖もまた、同等かそれ以上の力を持っているはずですよね。

1人のポジティブな言動や取組みが、あらゆる他者・企業・地域などとつながり、どんどん広がって循環していけば、きっといつか争いや戦争だってなくなるんじゃないかと本気で願っています。もちろん簡単なことではないですが、その可能性は絶対に諦めたくないんです。

僕自身もKruhiでの活動などを通して「誰もがシンプルに幸せを感じて生きていける世界」に、少しでも近づけていけたらと思っています。そのために、僕ら夫婦だけでがむしゃらに頑張るのではなく、「100人の1歩」を生み出すための地道な対話や行動を大事にしていきたい。安居さんとのお話を通して、あらためてそう感じました。

安居:俳優として数多くの方々へ感動を提供されている新さんだからこそ、私では届けられないような方々にもサーキュラーエコノミーの本質をお伝えでき、それが新しい1歩へのきっかけにもなっていくと思います。

私も今日お話しさせてもらって、心強い同士にお会いできた気持ちですし、サーキュラーエコノミーの観点でも鹿児島に訪れてみたくなりました。これからも新しい取組みや活動を生み出し続けていきたいですし、新さんとも何かの機会にご一緒できたら嬉しいです。

井浦:ぜひ。またお話ししましょう!

*1:2016年に京都市が実施した「京町家まちづくり調査に係る追跡調査

この記事の内容は2024年12月19日の掲載時のものです。

Credits

取材・執筆
西山武志
写真
タケシタトモヒロ
編集
吉田真也(CINRA,Inc.)