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なぜインフラの老朽化は起こるの?日本の現状と私たちが持つべき意識を有識者に訊く
なぜ?の真相究明所
いつも通る道路や橋、毎日使う水道や電気、インターネットなど、私たちの日常に当たり前にある設備。それらがないと社会や生活が成り立たないものを「インフラ」と呼びます。
日本では、高度経済成長期(1955年頃~1972年頃)に整備されたインフラが多いことが要因となり、近年各地のインフラが老朽化しています。それにより、大きな損傷に気づかず事故につながったり、自然災害で橋が崩れたり、私たちの生活に大きな影響を与えることも。いま、インフラ整備の加速が求められています。
地域課題や暮らしにまつわる疑問について探求する連載「なぜ?の真相究明所」。今回は「インフラ老朽化」をテーマに日本の現状や課題を、東京大学生産技術研究所の水谷司准教授に詳しく解説していただきます。
誰にだって関係ある。インフラの小さな不具合で生活に大きな影響も
―最近「日本のインフラは今後ますます老朽化が深刻になる」というニュースを見かけるようになったのですが、どうしてなのでしょうか?
水谷:これは、高度経済成長期に整備されたインフラの多さが大きな要因となっています。
国土交通省の調べでは「今後20年間で、建設後50年以上経過する施設の割合は加速度的に高くなる見込み」だとされています。「50年」という数字は建造物の老朽化の目安とされており、これを超えると何らかの修繕、あるいは建て替えの必要性が高まってきます。
もちろん、50年を超えたらすべて新しくしなくちゃいけない……というわけではありません。しかし、人間の体と同じく、年を取れば取るほど小さな不具合が増えてきますし、それが積み重なっていけば大きな損傷や事故のリスクも増していきます。
―インフラの老朽化をそのまま放置しておくと、具体的にはどのような問題が起こりますか?
水谷:最悪の場合、設備の破損によって人命が失われることもあります。2012年12月に中央自動車道上り線の笹子トンネルで発生した天井版落下事故では、走行中の車3台が下敷きとなり、9人が死亡する事態となりました(*1)。この事故は複数の要因が重なって起きたものではありますが、設備の老朽化もそのうちのひとつに挙げられています。
一方で、こうした大規模な損傷ではなく、ほんの少しの不具合でも私たちの生活に大きな影響を与え得るのが、インフラの特徴でもあります。
―私たちの生活に身近なことでいうと、たとえばどんなことでしょうか?
水谷:たとえばですが、地震の影響で道路に亀裂が入り、数十センチメートルの段差ができただけでも、車両が通行できなくなるでしょう。そうすると、緊急時でも重病者を迅速に病院へ搬送できなくなったり、郵便や宅配便などが届きにくくなったりします。サプライチェーンが機能しなくなって、スーパーやコンビニで必要なものが手に入ならなくなるかもしれません。また、上下水道に問題が生じれば、断水が起こることもあります。
このように、インフラの老朽化とは「道を通れる、物が届く、水が出る」といった私たちの日常の当たり前を揺るがし、暮らしを一変させるようなリスクをはらんでいるのです。
問題なく使えることが「当たり前」の現状。その背後にあるメンテナンスの難しさ
―現状でも老朽化していくインフラの点検や修理などは各地で行われていると思いますが、そこにも何か課題があるのでしょうか?
水谷:大きく3つの課題にわけられるかなと考えています。
1つ目は「莫大な予算と人手が必要なこと」です。現在の日本には、128万キロメートルの道路(*2)、74万キロメートルの水道管(*3)があります。この2つだけとっても相当な規模ですし、それを人の目視で点検していこうものならば、途方もない労力がかかります。実際に、財政難や技術系職員の不足などで、自治体による公道の点検・修繕の対応が間に合っていないケースも見られます。
水谷:2つ目は「見えにくい、見えない場所があること」です。インフラの老朽化とは、わかりやすい変化ばかりではなく、見た目ではわからないレベルでボルトが緩んでいたり、内部に亀裂が走っていたりするものです。ダメージが目に見える状態は、すでに深刻な問題を抱えているケースが多いので、見えない損傷を把握して早期にケアするのが理想だといえます。
そして3つ目は「常時使用されていること」です。先ほどもお話ししましたが、インフラは一部利用できなくなるだけで、生活に大きな影響を及ぼします。だからこそ、事故などわかりやすい問題が起きていない状態で使用を制限することが難しく、それが点検や修繕の難易度を大きく上げる要因になっています。
―なるほど、総合的なリソース不足や人による点検の限界が障壁になっているのですね。こうした課題を解決するために、研究者や企業、行政のみなさんはどのようなアプローチをされていますか?
水谷:先に挙げた課題を解消していくには「一般の利用を妨げず、効率よく、見えない部分まで建造物の状態を点検する方法」が必要になってきます。そのために、研究者たちは検査装置のアップデートや小型化、ITを活用した点検の省力化・自動化などの技術開発に勤しんでいます。
研究の一例としてご紹介できればと思うのですが、私の研究室では道路・構造物内部の「四次元透視」の技術を開発しています。
簡単に説明すると、車に地中レーダーを搭載して道路を走行し、電磁波の反射を利用して表面の立体形状や内部の構造・損傷を三次元的に可視化し、さらに繰り返し計測することでその状態の時間変化までもとらえる技術です。私たち人間はレントゲンやMRIなどを用いて、体の見えない部分の健康状態をチェックしますよね。それを道路などでも実現できないか……と考えてつくりました。
これが実用化していけば、見えない部分の損傷にも気づけるだけでなく、人の目視に比べて圧倒的に効率よく点検ができます。そのデータを蓄積・比較して時間変化をとらえることで、異常の早期発見につなげていけると思っています。
企業の取組みとしては、朝日航洋株式会社、首都高技術株式会社、株式会社エリジオンの3社が共同開発したインフラ維持管理支援システム「インフラドクター」もあります。本件には私も関わっており、点検車などが計測した道路や構造物のデータをGIS(地理情報システム)と連携させることで、道路や構造物の状態をWeb上の地図から簡単に確認したり、必要な図面を自動作成したりすることを可能にします。
また行政レベルでは、国土交通省の主導で「xROAD(クロスロード)」の構築が進められています。これは、道路局が保持しているDRM-DB(デジタル道路地図データベース)などの基盤データに、橋梁・トンネルなどの構造物データ、交通量などのリアルタイムデータを連携させた道路データプラットフォームです。
xROADによって道路に関する基礎的なデータが集約されていけば、全国各地で必要な道路情報をすぐに作成・活用が可能になり、道路の調査・整備・維持管理・防災などの効率化や高度化につながっていくでしょう。
ひとつの技術革新だけでは突破できない壁、必要なのは「相互補完」と「ルール / センスメイキング」
―こうした技術が浸透すれば、先ほどの3つの課題はすべてクリアできそうですね。
水谷:いえ、残念ながらひとつの技術が万能……というわけでもないんです。技術の発達により解決の糸口はつかみやすくなっているものの、インフラの材質や損傷の種類はいろいろあります。先ほど一例としてご紹介した私たちの研究チームが用いている電磁波で見やすいものもあれば、見つかりにくいものもあるんです。
水谷:ほかの研究チームでは中性子(原子核を構成する粒子)やX線を用いた可視化のシステムなどを開発していて、そちらのほうが相性のいいケースもあるんです。
インフラにかかわる工学は「特定の技術がオールマイティにあらゆる問題を解決に導く」といったことが起こりにくい世界です。技術ごとに、得意な部分と不得手な部分がはっきりしている。だからこそ、各所が連携しつつそれぞれの技術を相互補完的に組み合わせ、網羅的な対策を構築していくことが重要になってきます。
―現在、そうした網羅的な対策に向けた取組みは、行政や自治体、研究機関などで進んでいるのでしょうか?
水谷:大きなところでいうと、内閣府主導の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」にて、「スマートインフラマネジメントシステムの構築」のためのプロジェクトが進行中です。ここでは産学官の有識者が集まり、インフラの設計から施工、点検、補修までの一体的な管理など、効率的なインフラマネジメントを実現するための技術開発・研究開発に取組んでいます。
インフラの課題は、それに対応する技術さえ開発されればなんとかなる……というものではありません。新たな技術が公的な機関で採用され、社会実装されていくことが大切で、そのためには関係各所の理解が不可欠であり、場合によってはそれを受け入れるための政策や法律の整備が求められることもあります。だからこそ、産学官のステークホルダーが互いに課題と知見を共有(センスメイキング)し、そのうえで一緒にルールメイキングをしていく必要があるんです。
自治体レベルでいえば、長野県ではDX推進課という部署が「先端技術活用推進協議会」を立ち上げ、インフラを含めたさまざまな分野での技術実装に向けた議論を、専門家たちを呼んで活発に行っていますね。こういった場は、今後全国のほかの自治体でも広がっていくのではないかな、と感じています。
世界は「知ること」から、少しずつ変わっていく
―これからのインフラ老朽化の対策に向けて、私たちはどのような視点を持ち、どんな行いをしていくべきでしょうか?
水谷:なかなかまとめるのが難しい質問ですが、研究者・行政と企業・生活者の3つの立場に分けて、それぞれお答えしていきますね。
まず、私たちのような研究者たちは「新しい技術を確実につくっていくこと」が何より大切だと考えています。
先ほどは「技術開発だけでなく、社会に使ってもらうためのアプローチも必要だ」といった旨の発言をしましたが、それも「良き技術」があってこその話です。私も日々、社会実装を進めていくためにさまざまな会議の場に足を運んでいますが、「研究者の本分は研究であり、どんなに忙しくてもそこを疎かにしてはならない」という意識は、常に持ち続けていたいですね。
次に、インフラにまつわる行政と企業については「新しい技術を受け入れるための体制をつくっていくこと」が大事になってくるのではないかと思います。
新技術とは「いままでにない技術」であり、とりわけ公共性の高いインフラにかかわるものであれば、それを現場で採用するには行政の承認が必要になります。しかし、承認する側からすると比較対象がないために良し悪しの判断が難しいのです。「前例がなく、法律が整備されていないからNG」となるケースも少なくありません。これは決して既存の行政に問題があるわけではなくて、「新たな課題に臨機応変に対応するために、技術サイドの知見を持ちつつ、それを周囲に翻訳できるような仲介役を担える、高度な専門性を持ったコミュニケーターが必要になってきている」という話なんです。
私たち研究者も、みなさんの現場の課題感に寄り添いながら、使いやすい技術にブラッシュアップしていきたい、そのために必要なコミュニケーションを取っていきたいとつねづね意識しています。さまざまなステークホルダーの相互の立場を理解して最適解を導き出せるコミュニケーターの存在が、今後のインフラの加速的な整備のカギとなると思っています。
―先ほどお話ししていただいた産官学連携のお話の、まさに土台になる要素ですね。
水谷:はい。最後に生活者のみなさんに向けてですが、まず「インフラは自分のものでもある」ということを、覚えておいてほしいです。「公共のもの」ととらえていると、その影響をなかなか自分ごととして考えるのが難しくなります。
たとえば、自分で買ったパソコンが壊れたら「なんとかしないと」と思えるけれど、自宅から離れたところの道路に問題が起きても「あ、そうなんだ」くらいにしか感じないですよね。けれどもインフラの損傷は、ともすればパソコン以上に、あなたの生活に影響を与えることがあります。
インフラはみんなのものであり、自分のものでもある。「もの」だから、使っていくうちに不具合も出てくるし、いつか寿命を迎える。でも、パソコンやスマホみたいに、丸ごと買い替えは難しい……ですので、この記事を通して、まずはそんな知識を頭の片隅に置いてもらえたらうれしいです。
―少しだけ意識を変えることで、まわりのインフラが自分の生活にどれくらいかかわっているか見えてくるということですね。
水谷:事実を知ることで、見えてくる景色が少しずつ変わってくるはずです。近所のちょっとした道路の変化に気づいたり、交通系のニュースが目につくようになったり。個人の認識の変化はとても小さなものですが、それがひとりふたりと増えていけば、行政を動かす力になるかもしれません。税金の使い道は住民が決めものですから、みなさんの意識の変化や具体的な要望の声があらわになれば、行政もそれらを汲みとって、インフラ整備に回すリソースを増やしていくでしょう。
具体的にすぐに何かが変わらなくとも、まずみなさんが「知って、意識する」ことから、少しずつ世界は変わっていくと思います。私がここでお話ししたことが、インフラのよりよい発展と、みなさんの安心と安全がしっかりと守られる未来につながっていくことを願っています。
この記事の内容は2024年12月19日の掲載時のものです。
Credits
- 取材・執筆
- 西山武志
- 監修
- 水谷司
- 編集
- 篠崎奈津子(CINRA, Inc.)