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陸上で魚の養殖が可能に。荏原製作所の流体技術で海に面していない地域にもたらす産業革命

  • 漁業

国内シェアNo.1を誇るポンプメーカーとして、1912年の創業以来、世界中に拠点を拡大している荏原製作所。風水力機械の設計や生産、廃棄物処理施設の設計から運転管理、半導体製造装置の製造など、流体・回転技術(※1)を軸にさまざまな事業を行い、着実に成長を続けています。

そんななかで新たに取組んでいるのが、陸上養殖です。陸上養殖とは、魚が住める環境を人工的に陸でつくり、そこで養殖すること。水産資源の需要増加、海水汚染、生物多様性など、社会課題の解決に貢献すべく、同社の新規事業として立ち上がりました。

陸上養殖は、海や湖で懸念されるような細菌やウイルス、ごみ(マイクロプラスチック)などの侵入リスクが少なく、品質維持、安全性の高さがメリットといわれています。また、海のない地域でも養殖が可能なため、街の新しい産業にもなり得ます。

今回お話をうかがったのは、養殖事業推進プロジェクトマネージャーの松井寛樹さん。現状の取組みや今後のビジョン、それらが地域創生や持続可能な社会にどうつながっていくのかお聞きしました。

※1:荏原製作所が手がけるポンプや送風機、タービンやコンプレッサといった流体の開発・運営を支える流体解析や最適化、回転体(羽根車)の効率化、流体の制御といった技術のこと。

徐々に下がる食料自給率。荏原製作所としてどう取組む?

―国内シェアNo.1のポンプメーカーである荏原製作所が、なぜ陸上養殖に取組まれているのかが気になります。どのような背景で、いつ頃始まった事業なのでしょうか。

松井:2019年に、「新規事業開発プロジェクト」のひとつとしてはじまりました。当社グループの強みを活かし、事業を通じて将来想定される社会的・環境的課題の解決に貢献するための取組みです。

日本は海に囲まれて、経済的にも豊かなわりに、海に関する良いニュースをあまり聞かないですよね。食料自給率は徐々に下降しており、20年30年先をイメージしても、海洋資源も含めて食に困るのは目に見えていることです。

当社は以前にも養殖事業に取組んだ経緯があるのですが、当時はうまくいかなくてやめてしまったんです。そうした経験から培った技術やアセットを使って社会とお客さまのお役に立てることは何かを考えたときに、陸上養殖が出てきたんです。

マーケティング統括部 次世代事業開発推進部 マリンソリューション課 課長 松井寛樹さん

―現時点で荏原製作所の陸上養殖はどのようなフェーズにあるのでしょうか。

松井:千葉県にある袖ヶ浦事業所でラボ試験を行っています。そして2024年末には、さらにスケールアップするために、静岡県に大型の施設を立ち上げます。機械や装置の大きさによって、生産における課題も異なるので袖ヶ浦事業所と今回の大型施設でどのような違いが出るのか。さまざまなデータを取り、検証し、いまは課題を見つけていく段階です。

―生き物を扱うにあたって、専門家の意見も必要になりますよね。

松井:事業をはじめるにあたって、水産・海洋系の大学に伺いましたし、小さい規模で陸上養殖をされている方にもお会いしました。当社の製品を使っていただいている養殖業者さんもいらっしゃったので、どんなことに困っているのかもお聞きしましたね。また、陸上養殖の研究を進めていくなかで、生き物と真摯に向き合う専門的な知見も必要だと感じ、大学で水産分野を学んだメンバーをチームに多く迎えました。

水処理事業で培った知見も活かし、トライ&エラーで利益をつくる

―従来の海面養殖と比べて、陸上養殖のメリットとデメリットはどういうところにあるのでしょうか。

松井:自然環境に左右されない管理された環境下で、水産物を育てられることが大きなメリットです。また、陸上養殖なら海のない地域でも魚が育てられるので、地域に新たな価値を生む可能性もあります。

デメリットにはコスト面が挙げられます。たとえば、海岸沿いにある水族館は海から水を確保しますが、海から離れた場所にある水族館は、水を処理する設備などにお金がかかってしまうんです。陸上養殖も同様で、設備コストを抑えるだけでなく、養殖品のブランド化による地域活性化や地域の雇用促進といった付加価値を生みやすい場所で行うなど、ロケーションは非常に重要と考えています。もともと当社では水処理事業があったため、グループ会社も含めて、空気や水、熱の流れをコントロールする流体制御技術や装置機器設計、省エネなどに関する技術や知見を持っていることが強みです。こういった流体・回転技術により、陸上養殖をより効率良く運用することが可能になっています。

―荏原製作所で実際に養殖している魚の種類はなんでしょうか?

松井:最初の養殖では、入手のしやすさ、育てやすさという観点からフグを選びました。実際にやってみると、いくつか課題が浮かび上がったため、次にフグよりも水槽でたくさん飼いやすく、生産性の面でビジネス的に優れているハタを養殖しました。トライ&エラーを繰り返しましたが、さまざまな要因により、結果としてビジネス化は難しいという判断になったんです。

そのあとも、養殖する水産物として何がふさわしいかを、一匹あたりの専有面積や成長の早さ、市場のニーズなどさまざまな条件でほかの種類でも検討を重ね、当社の技術を活用でき、かつ、ビジネスにつながりやすいものを探し続けました。

荏原製作所の陸上養殖(画像提供:荏原製作所)

―水産系出身のメンバーがいても、そう簡単にはいかなかったんですね。

松井:コスト面もありますが、「生き物をいかに短い時間で大きく育てるか」という点が大きな課題でした。育成方法は理論が確立していないんです。われわれが仕事で扱うポンプなどの機械は、こういう設計で、こうやって動かせば、こういう風に動くというのは計算できますが、生き物はそううまくいかなくて。生き物の世界は、われわれが考えるような数式とは違う世界だなと思い知らされました。

―フグとハタの養殖を経て、現在は何の養殖に挑戦されているのでしょうか。

松井:生き物によって課題は違います。与えるエサや、耐えられる水質も違う。そのため、PDCAを早くまわせるよう、いまは育つ期間が短いバナメイエビの養殖に絞っています。魚だと出荷できるまでに一年ほどかかってしまいますが、甲殻類、とくにエビだと3、4か月でできるので、短期間でフィードバックが得られ、ブラッシュアップしていけるんです。

荏原製作所の陸上養殖(画像提供:荏原製作所)

―実際に加工や販路の開拓なども行っているのでしょうか。

松井:はい。当社のようにエンジニアリングや機械をメインにしている会社だと、設備を設計・製造しお客さまに納める、というケースが多いと思うんです。でもわれわれは新たな分野での販路開拓まで手がけたいと思っていました。フグの養殖にチャレンジしていたときは、当社が当時持っていた福利厚生施設にフグ調理師免許を持つ方がいたので、そこに持ち込んで社販をしました。ハタは一般向けに、都内の有名シェフが監修し、百貨店やECサイトなどでの販売も実施しました。

その経験から、ただ生産性を上げるだけではなく、魚の大きさや味、見た目や肉質の向上なども付加価値としてつけることが必要だと気づきました。というのも、「陸上養殖で育った魚の価値を、どうしたら認めてもらえるか」まで考えることが重要だと思ったんです。付加価値をつける施策として、バナメイエビは加工会社とコラボレーションし、大手百貨店の頒布会で販売させていただきました。このように、きちんと自分たちで生産したものが消費されて循環するルートをどのようにつくっていくかについても考えているところですね。

実際に販売されたえびおこわ

―今後、陸上養殖を持続させていくために大切なことは何でしょうか。

松井:一番は収益性です。「これから解決すべき課題に取組んでいます」「社会的に価値があります」というのも大事ですが、理想論だけで持続させるのは難しい。そこで「こういう条件が整えばこれだけの利益が見込めますよ」とかたちにして見せることが必要だと考えています。

土地、水、そして地域の人々との相乗効果で、価値ある陸上養殖を提供したい

―今後、陸上養殖はどのように地域創生や持続可能な社会の実現に寄与していくと思いますか。

松井:陸上養殖のよさは、地理的な制約が少なく、どこでもできることにあります。ただ問題なのは、どの地域でもビジネスとして成立するわけではありません。採算を取るためには土地、水、地域の条件がうまく重ならないと難しいんですよね。

地域の条件というのは、どれぐらい地域が賛同してくれるか、協力していただけるかです。魚が欲しいのか、雇用が欲しいのかなど、地域が求めるものによって、われわれが提供するバリューも変えていくべきだと思います。

―漁業組合にしても、その地域によって対応も変わるでしょうしね。

松井:協力的な漁業組合さんもいらっしゃいますが、そうじゃないときに、われわれのような新参者がズカズカ入っていって進めていくのは違うと思うんです。やっぱりニーズや困りごとがあってこそなんですよね。

また、自治体に関しては、当社の既存事業のお客さまが多いことから、「荏原の陸上養殖」について興味を持って話を聞いていただけています。すでにお互いの信頼関係があることがいかにありがたいことかを、この事業をはじめて痛感しました。

―海が隣接していない地域で陸上養殖をやることのメリットはありますか?

松井:はい。海沿いだと海面養殖との差別化が難しいので、新たな価値を提供するという面では、海から遠ければ遠いだけ、厳しい環境下であればあるだけ、メリットが大きいと思います。

―今後、陸上養殖に取組むうえでの長期的なビジョンなどあれば教えてください。

松井:最初の目標としては、静岡県の大型施設を立ち上げ、養殖のスケールを大きくしたときの課題は何かを見つけることです。エビだけではなくほかの魚も含めて基礎的な試験も行いながら、困りごとの種を見つけ続けることが大切だと思います。

また、こういった当社の考え方に賛同していただける自治体や企業とうまく連携していくこともビジョンのひとつです。われわれが考えるよりも早いスピードで、海産物の枯渇問題は深刻化します。そのため仲間をつくり連携して取組んでいかなければ間に合わないと考えています。さらに、陸上養殖は市場として未熟であることから、オープンな姿勢で積極的に取組んでいきたいと思っています。

この記事の内容は2024年12月19日掲載時のものです。

Credits

取材・執筆
猪口貴裕
撮影
Ryo Yoshia
編集
exwrite、CINRA, Inc.