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日本のドローン研究の第一人者・野波健蔵が考えるドローン×AI×街のミライ

街のミライを見守る「ドローン」特集

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災害時における被害状況の確認や農業DXなど、さまざまな分野で実用化が進むドローン。技術革新がさらに進めば、ドローンによる「空の利活用」の可能性が広がっていくと期待できます。「次世代空モビリティ」といわれるドローンの進化によって、今後の私たちの生活はどのように変わっていくのでしょうか?

連載「街のミライを見守る『ドローン』特集」の3回目は、日本における「ドローンの第一人者」として知られる野波健蔵さんに、ドローン技術の発展に伴う課題や障壁、日本を含めた各国の活用動向、ドローンが活躍する未来像についてお話をうかがいました。

日常的にドローンが活用されつつあるアメリカ・中国とそれに対する日本の現状

―現在、世界ではさまざまな用途でドローンが活用されていますが、野波さんは日本の現状をどのようにとらえていらっしゃいますか?

野波:海外のドローン事情からお話しすると、たとえば、日本と同様に少子化による人口減少の進む中国では、ドローンを活用した無人システムによる物流の整備に、国を挙げて取組んでいます。中国は1日に約3,000機のドローンが行き交い、空の利活用が着実に進んでいる状況です。

他方でアメリカでも、1日に約5,000機のドローンがフライトしているほか、飲食店やスーパーマーケットからドローンを使った配達を行う「ドローンデリバリー」の社会実験がノースカロライナ州で実施されるなど、ドローン実用化に向けての取組みが積極的に行われています。

このような「ドローン物流」が日常的になりつつある中国やアメリカと比べて、いまの日本は長崎県の五島列島で、医薬品や日用品のドローン配送が実施されているのみで、1日あたり2、3機のフライトにとどまっています。つまりドローン実用化の面で、日本は世界からかなり後れているのが実状です。

世界の各地、さまざまな用途で使われるようになっているドローン
一般社団法人日本ドローンコンソーシアム会長(代表理事)の野波健蔵さん

―日本はなぜ世界に後れを取ってしまったのでしょうか?

野波:日本が世界と大きく差をつけられた要因のひとつは、人のいる都市部上空で、操縦者が目視の範囲を超えてドローンを飛行させる「目視外飛行」が可能な「レベル4」相当のドローンの数が、世界よりも圧倒的に少ないことです。

海外では、すでに都市部での物流に活用できるレベル4のドローンが100機ほど認証を取得していて、街の上空を“当たり前”のように飛行しています。

しかし、日本におけるレベル4のドローンは、私が創業した株式会社ACSLと日本郵便が共同開発した「PF2-CAT3」の1機のみ。それに、日本でドローンが都市部を飛行すると“新しい取組み”もしくは“最新技術”として報じられますよね。これこそ、日本がいかに世界に遅れを取っていることの現れだと感じています。

また、この遅れの背景には、技術者不足も大きく影響しています。特に他国の技術者たちは、ドローンの開発に対する意欲の根底に「自国を豊かにしたい」「社会を変えたい」という強い想いがある人が多い印象です。自国が貧しいからこそ、何とか状況を打破しようとするハングリー精神が、技術者たちを突き動かしているのだと思います。

もちろん、日本にも優れた技術者はいますが、相対的に少ない。日本はさまざまな面で豊かになったがゆえに、そうしたハングリー精神を持った人材が少なく、技術を極めて最先端に挑戦する風土が比較的弱いように感じます。技術者不足を解決するためには、単に技術力向上だけでなく、国や社会をより良くしようとする情熱や使命感を育むことが重要だと考えています。

―日本でレベル4のドローンが少ないのはなぜでしょうか?

野波:理由はいくつかありますが、主に日本のモノづくりの基盤が整っていないこと、そしてそれに伴い、精神論でいうところの“ガッツ”のあるドローンメーカーや人材が少ないことがいえると思います。

たとえば、中国の深圳市(しんせん)は「世界の工場」と称されるほど、センサー類からバッテリー、プロペラ、モーターといったあらゆる部品が低コストで手に入ります。そのため、世界各国のいろんなモノづくり企業が集まり、ドローン産業を含む産業全体が急速に発展を遂げてきました。

一方、日本もかつては秋葉原をはじめ、ドローンのベースになるような電子部品や機器が容易に手に入り、アイデアさえあればモノづくりできる環境が整っていました。しかし、秋葉原が電子部品の専門店が集積する街から大衆向けのサブカルチャーの街に変貌していったように、時代の移り変わりとともに、いまではそのような場所はほとんどなくなってしまいました。

つまり、中国では若いイノベーターたちが次々と新しいモノを生み出す文化が定着したなかで、日本はアイデアを形にできる環境が失われてしまったんです。その結果、現在の日本では、レベル4に相当する高度なドローンを研究できるメーカーや、ドローン開発に粘り強く取組む人材が圧倒的に不足しています。この差が、ドローン技術の進展と普及の速度に大きな違いをもたらしていると考えています。

いまの日本に必要なのはドローンの未来に向けた熱意

―日本の動きとして、たとえば経済産業省では空飛ぶクルマやドローンによる「空の利活用拡大」をめざし、次世代空モビリティの可能性を探っています。国を挙げて推進しているドローンの新しい用途について、野波さんはどのようにお考えですか?

野波:ドローン分野において、「日本が海外から追い抜かれている」という現状がようやく浸透してきたと感じています。

経済産業省では科学技術・イノベーションの創出を図るべく、2021年度から研究開発スタートアップ支援事業(SBIR)という、研究開発型のスタートアップを助成金で支援するプロジェクトを立ち上げました。この取組みを通じて、10〜20年後に日本を動かす大きな会社、ひいては次世代の成長産業を生み出すきっかけになればと思っています。

その一方で、潤沢な資金はあっても、イノベーション人材の不足は依然として大きな課題です。先ほどお話ししたように、結局のところ、日本にはAIやドローンの先端技術を扱える人材が少なく、インドやパキスタン、フィリピン、ブラジルなどのハングリー精神を持つ外国人が日本のスタートアップを支えているんです。

国からの援助によって資金はあるのに、先端技術の分野で人材が不足しているのは、まさにスタートアップにとって深刻な問題です。このような「笛吹けども踊らず」の状態から脱却することが求められていると感じています。

―直近のドローンを取り巻く状況やドローン技術の進化によって、今後の社会や産業に与える影響について教えてください。

野波:最近は、生成AIの台頭によって、AI実装の有無がドローンの技術レベルをわけるようになりました。そういったAIの実装によって「自分で考えながら、自分で飛ぶドローン」のことを、私は「大脳型ドローン」と呼んでいます。

このドローンの大きな特徴は、ドローン自らがリスクを特定・分析・検討・対応できることです。たとえば、前方に障害物があれば減速して危険を回避するよう自律的に動くといった賢さを備えたドローンの開発が、いま進められています。

─ドローンのAI実装で野波さんが注目している技術はありますか?

野波:「スウォーム(群れ)飛行」という、ミツバチが群れをなすように飛行する技術です。これもAIによるもので、100〜200機の同時飛行を可能にします。飛行時にはリーダーを中心とした指揮系統を元に、全機体がひとつのミッションを遂行するようにインプットされているんです。究極的には、リーダーを持たない、高度なAI技術が実装された完全な自律分散型スウォ―ム飛行がめざされています。今後の日本では、このようなAIを実装したドローンが、ますます発展していくと考えています。

街のあらゆる場所に「ドローン着陸ポート」を。ドローン前提の街へ

―未来の日本のドローン産業について、今後どのように進化していくと思われますか?

野波:日本は人口減少社会の到来が予見されていますよね。そのなかで「暮らしの豊かさ」を維持するためには、ドローンのロボット化が必要になると感じています。

人に代わってロボットが、物を運んだり草刈りをしたり、料理をつくったり……。つまり、みなさんが思い浮かべるような現在のドローンから、より高機能になり、これまでドローンと呼称されていた枠が取払われ、「飛行ロボット」へと進化していくと考えています。

現在のドローンは主に空撮や物流で使われていますが、今後はドローンに腕がつくアーム型ドローンが実用化されていきます。高いビルの点検や送電線の工事など、危険性が伴う作業は飛行ロボットが担うようになるでしょう。

─そうなると、私たちの生活や住んでいる街でもさらにドローンが身近な存在になりそうですね。野波さんが考える、街とドローンのあり方を教えてください。

野波:こうした近未来が来るのを想定して、本来であれば街もドローンありきの設計にし、ドローン前提の社会にすべきだと思っています。たとえば、コンビニのように街の至るところにドローン着陸ポートをつくるんです。

そうなれば、万が一飛行中に異常が起きても、近くのポートに着陸できます。また実装されたAIによって、ドローン自らポート内の備えつけの部品やパーツを取り出して修理を行い、正常な状態に戻して離陸することも可能になります。

ドローンが街を駆けめぐる未来。日本が再び世界と肩を並べるには?

―現在はまだ実現していないけれど、未来のドローン技術で注目されていることがあればお聞きしたいです。

野波:将来的には、人間の頭で考えたことをドローンのCPUにテレパシーで送って指示できるようになるのでは、と考えています。その前段となるのは、生成AIを活用した音声認識機能の実装です。たとえば音声で「東京駅に行って切符を買ってきてください」と伝えると、それをドローンが認識し、その目標を達成するために動くようになります。

また、アーム型ドローンに車輪が実装されるようになれば、空だけではなく地上の移動も自在にできるようになり、マルチロボットとしての活用がさらに広がっていくのではと思っています。

この先、通信技術がいまよりも発達してくると、ドローンが街中のエレベーターや信号機などの機械同士で通信し合うことが可能になって、より安全かつ的確なドローン配送が実現できるかもしれません。

―最後に、ドローンに関心がある人々に向けてメッセージをお願いします。

野波:ドローンは2010年頃から普及し始め、最初は趣味用だけだったのが、2015年には産業用ドローンが登場して、大きな市場へと成長してきました。現在は技術的にAIが実装されていないフェーズで、ドローン技術はまだ進化の途中です。これから世界との競争が本格化すると私は考えています。

フルマラソンでたとえるなら、ちょうど折り返し地点に差しかかっているところで、日本の地域社会や産業に活用するチャンスは十分に残っていると感じています。特に、観光施策や防災活用、僻地への輸送サービスなど、ドローンビジネスの途上国だからこそ、あらゆる利活用のチャンスが点在しているといえます。

今後、ドローンにAIを実装し、飛行ロボットへと進化させていく過程で、日本独自の技術を見出し、それを地域の課題解決に活用できれば、さらなる可能性を引き出すことができる。そうなれば、かつての日本が産業用ドローン分野で世界をリードし、“BIG3” に数えられるほどの技術力を誇っていた頃のように、再び先頭集団に追いつくことも可能だと思います。

特に日本のドローンメーカーの方々には、歯を食いしばって目の前の苦労を乗り越え、再び世界のトップにいけるように、みんなで頑張っていきましょう、と伝えたいです。

※この記事の内容は2024年12月19日掲載時のものです。

Credits

取材・執筆
古田島大介
写真提供
野波健蔵
写真
豊島望
編集
exwrite、CINRA, Inc.