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テクノロジーの浸透で都市と地方の格差がなくなる?豊田啓介が考えるコモングラウンド
スマートシティの推進をはじめ、さまざまな地域の取組みにおいてテクノロジーの活用が活性化している現代。そんななかで、東京大学生産技術研究所の特任教授で建築家の豊田啓介さんが、次世代の社会基盤として提唱しているのが、フィジカル空間(現実空間)とサイバー空間(仮想空間)を重ね、現実世界とデジタル空間をリアルタイムにつなぐ共通基盤「コモングラウンド」の構想です。このコモングラウンドを、エンタメや教育、医療、雇用などといったさまざまな領域に浸透させることで、都市と地方の格差を減らすことに貢献できるはずと豊田さんは語ります。
たとえば、地元の公民館に行けば遠隔でほかの地域にいる理学療法士によるリハビリの一部を受けられたり、都市部に住んでいる教師が人口の少ない地域の学校に向けて授業を提供できたりーー。都市に限らず、さまざまな地域での暮らしを持続可能なものにしていくために、コモングラウンドができることとは? リアルとデジタルが融合した未来では地域や街がどうなっていくのか、豊田さんのお考えをうかがいました。
地域格差を縮める「コモングラウンド」とは?
―まず、豊田さんが実現に向けて推進されている「コモングラウンド」とは何か、簡潔に教えていただけますか?
豊田:コモングラウンドとは、フィジカル空間とサイバー空間をリアルタイムで連続的につなぎ、人とロボットが共通認識を持ち得るプラットフォームです。
私たち人間は、「前方から人が歩いてくるからぶつからないようにしよう」「道路に10cmほどの段差があるから注意しよう」など、ごく自然に現実空間を認識できていますよね。このように私たちが何気なく実行している情報処理は、「NHA:Non-Human Agent(※ロボットなど人間以外の動くモノ)」にとっては非常に難しいことなんです。
そこで、現実空間を事前に3Dデジタルデータ化してNHAにとって利用しやすくしておくことで、NHAも人間と同様に空間認識して動作できる世界を構築するのが「コモングラウンド」です。
―概念だけですとイメージしづらい人も多いと思うのですが、コモングラウンドが実現したら具体的にどんなことが可能になるのでしょうか?
豊田:たとえば、地方の教室と都市部の教室が空間を共有して授業を行うことができます。ZoomなどのWeb会議ツールでは、画面の向こう側にいる教師や生徒を見る、つまり「面」の情報だけしか得られません。一方のコモングラウンドでは、教室内を歩き回る教師の声の聞こえてくる方向が変わったり、隣の生徒から耳元でささやかれたらゾワッとするほど近くに存在を感じたり、といった「立体」の情報が得られます。別々の場所にいながらも、お互いの位置関係や距離までも把握できるので、キャッチできる情報量が圧倒的に多くなります。
このように、コミュニケーションには五感はもちろん、体性感覚(*1)も含めた多様な感覚が重要です。単に情報をやりとりするだけではない、マルチモーダル(*2)なコミュニケーションの技術体系を提供するのが、コモングラウンドならではの役割です。
実際に、コモングラウンドで共有された空間を使って、東京にいる教師が長野にいる高校生を相手に英語劇の模擬授業を実施したことがあります。高校生たちがヘッドマウントディスプレイを装着すると、目の前にアバター化された教師が現れます。リアルな空間で行うのと同じように演劇のセリフや動作を指導してもらえるほか、物語に合わせて魔法のようなエフェクトをつけることもできる分、フィジカルな空間だけを共有しているよりも情報量を増やせるというメリットもあります。
*1 体性感覚:皮膚や筋肉の感覚
*2 マルチモーダル:複数の情報を関連づけて処理すること
―教育以外では、コモングラウンドによってどのようなことが実現できそうですか?
豊田:たとえば、足腰を悪くしてリハビリが必要になった高齢者がいたとします。しかし、地元に理学療法士がいないために、片道2時間かけて都会の病院に行かなければなりません。現在、オンライン診療が普及しつつありますが、実際に体の動き具合をチェックしなければならないリハビリなどにはあまり適していないといえます。
そこで、その地域にコモングラウンドが実装されれば、通信設備が整えられた近所の公民館に行くだけで、フィジカル的には遠くにいる理学療法士と空間を共有できるのです。ヘッドマウントディスプレイを装着すれば、目の前にいるアバターの理学療法士から体の動かし方を指導してもらえたり、「前回より足が5cmも高く上がるようになりましたね」と具体的な数値をもとに検診が受けられたりするようになるかもしれません。
ほかにも、すでに約24,000か所もある郵便局に通信設備が整えられていれば、都会にあるコンサート会場に行かなくても、地元の近くの郵便局でコンサートを楽しめるようになる可能性もあるでしょう。
また、地方にいながらできる仕事を増やすことにも期待できます。コモングラウンドで授業を行う場合、教師は住む場所の制約を受けません。好きな地域に住みながら、好きな仕事をしやすくなると考えています。
人間とロボットが、快適に共存できる環境をどうつくる?
―まさにコモングラウンドの実装をめざされている最中かと思いますが、現時点のフェーズと、より先の未来で実現していきたいことを教えてください。
豊田:まずは教室やコンサート会場のように、空間記述の情報が比較的少ない室内をコモングラウンド化するのが最初のフェーズです。ノウハウが確立していった未来では、より複雑で情報量の多い屋外のコモングラウンド化も見据えています。
たとえば「道路」を例に考えてみると、ロボットが道路を走り回って商品をデリバリーできるようにしたり、車の通らない時間は人間が路上で遊べるようスペースを管理する仕組みをつくれたりします。
―人とロボットが快適に共存できる街は理想的ですね。具体的にどのような技術を用いて、そうしたコモングラウンドの構築を実現していくのでしょうか?
豊田:従来の建築の世界では、図面を作成するCADや、建物の立体モデルを作成するBIM(Building Information Modeling)など、変化してはいけない「静的なデータ」が使われています。しかし、人間やエージェント(ロボットなどの動くモノ)の情報が絶えず変化するコモングラウンドを構築するには、静的なデータは向いていません。そこで、「動的なデータ」を扱っているゲームエンジンの技術に着目しました。
ゲームの世界をイメージしてみてください。目の前のドアを開けるために、ドアの取っ手はレバーハンドルなのか、握り玉なのか、それとも引き戸なのか、とプレイヤー側が開け方を試行錯誤する必要はありませんよね。
なぜなら、ドア側に「このドアは前方に向かって開く」という情報が設定されているからです。「ドアを開けたい」とプレイヤーが意思表示をすれば、自分がどんな体の構造をしていようが、ドアから発信される指示に従って動けばいい。この考え方を、コモングラウンドに取り入れました。
フィジカル空間において、ロボットがドアの構造を認識し、開け方を割り出し、複雑な動きを実行するには多くの処理が必要で、大きなコストがかかります。しかし、ゲームエンジンの構造を用いれば、ロボットの性能は低くていいし、ドアが持っていなければならないデータも1種類で済みます。
コモングラウンドが「車の自動運転」にもたらす変化と可能性
―すべてがサイバー空間で行われているゲームの世界では実行しやすそうですが、フィジカル空間とサイバー空間が重なるコモングラウンドでは、人間やロボットと環境を結びつけていくのが難しそうにも感じます。
豊田:そうですね。フィジカル空間とサイバー空間がリアルタイムにつながった世界を構築するためには、空間を記述するデータが「動的」かつ「相対的」である必要があります。
動的記述とは、人間やロボットなどの動きに対応してデータを変化させられること。また、相対記述とは、すべてを正しく細かく扱うのではなく、遠くや重要でないものはあえてあいまいに扱うということ。たとえば、いま私たちがいる建物のサイズをミリ単位で絶対的に記述しようとすると、天井裏の設備、壁の厚さといった情報を含むBIMデータをすべてダウンロードしてきて、非常に重い処理をしなければなりません。
一方で、人間の認識とはそもそも相対的です。視界のなかでは、目の前にあるコップしか高い解像度で認識できていないし、周辺はぼんやりしていて、背後に至っては認識さえしていません。だからこそ、相対的な認識が必要となるわけです。
このような動的かつ相対的データに対して、実空間であらかじめ記述してあるBIMデータや地図データといった静的データを、ゲームエンジンのように変換して読みやすく統合してあげたうえで、コモングラウンドに使用します。
―動的かつ相対的データが使われる具体例として「車の自動運転」が思い浮かびますが、コモングラウンドとの関連はありますか?
豊田:自動運転は、車にものすごくたくさんのセンサーを積んで、車から見えるモノに対して、瞬時に判断し、止まったり避けたりする技術ですよね。
個々の車をスマートにすることに特化していますが、先ほどお話ししたドアの例と同じで、コストがかかるという特徴があります。車やロボット自身が情報を読み取る技術を、僕たちは「エージェントベースの空間認識」と呼んでいます。自動車というエージェントをスマート化するためには、必要なセンサーを取りつけるだけで結構なコストがかかってしまいます。
一方で、コモングラウンドは動的なエージェントだけではなく、静的な道路や建物といった環境側にもアプローチしていく発想です。1台の車に100個のセンサーを積んで情報を処理するよりも、街中に100個のセンサーを設置してそこから得られる情報を複数の車でシェアするほうが、車の数や種類が増えた世界になるほど全体としての負荷を下げられるはずです。
エージェントをスマートにする考え方と、環境をスマートにする考え方の2つの極があって、そのあいだのグラデーションで考えていくなかで、コモングラウンドでは環境側をスマートにすることに取組んでいます。
「どの街でも思うままに過ごせる」未来に向けて、各地域が意識すべきこと
―コモングラウンドは都市での実装がメインのような印象もありますが、都市に限らず、さまざまな地域で暮らす人々にも変化があると考えられますか?
豊田:コモングラウンドが実装されるにつれて、人々は離散化・流動化・多層化していくでしょう。たとえば、都市部に住んでいなければ就けなかった仕事も、コモングラウンドを介することで地方にいながらにして従事できるはずです。
また、仕事の場所を選ばなければ、大型連休に限定することなくいつでも日本全国を移動しながら暮らせます。やがて、人々が移動するピークとオフピークの差がだんだんとなくなっていくかもしれません。
完全に地方へ移住する人、メインの住まいは都市部に構えて定期的に地方で過ごす人、逆にメインの住まいは地方に構えて定期的に都市部で過ごす人、というように、将来的な地域人口は定住人口だけを指すのではなくて、関係人口も含めたゆるやかな集合体として構成されていくはずです。
だからこそ、地元の人たちだけでなく、対外的に地域の魅力的な価値を知ってもらうことが大事になってくるでしょう。そこで重要となるのは、地域が持っている特色にプライドを持ち、守っていこうとする取組みです。
―たしかに、離散化・流動化・多層化した人々が「どの地域で過ごすか」を考えるときに、その地域の誇りや取組みに共感できるかどうかは大事になりそうですね。
豊田:そうですね。どの地域で過ごしてもいいとなったとき、全部が均質では選びようがありませんから。その地域にしかない自然や歴史、祭りや文化芸術といったものの価値をいかに維持できるかが重要なんです。つまり、表面的なことではなく、深い部分でオリジナリティーを維持できる地域が生き残っていくのだと思います。
たとえば御神楽のような伝統文化も、定住者だけで守り続けていこうとするよりも、都会からたまに訪れる1,000人程度の人たちで分散的に継承した方が、残り続けていく確率は上がっていくはず。日常生活の場所にとらわれないからこそ、好きな場所を大切にできる。コモングラウンドの実装によって、そのような工夫がしやすくなると思っています。
―先端テクノロジーが、地域の暮らしや伝統の保全につながっていくんですね。このような考えに至るきっかけはあったのでしょうか?
豊田:僕は埋立地のニュータウンで育ちました。周りは人工物が多く、直線的なものばかり。きれいともいえるのですが、匂いや味といったものがあまりない、均質的な街でした。一方で、国道を挟んで反対側は昔ながらの漁師町で、地形に沿ってつくられた道、漁師の民家、神社がありました。
当時は気づかなかったのですが、そうした自然発生的な土地固有のものに対して僕は憧れていたのだと思います。一人の人間だけではデザインしきれない、いろいろな時代や人の思いが蓄積してはじめて持ちうるリアリティーが、そこにあったのです。
コモングラウンドは、その地域で長く共有されているストーリーの価値を再認識させてくれる、地方創生の起爆剤になり得るテクノロジーだと考えています。
この記事は2024年12月19日掲載時のものです。
Credits
- 取材・執筆
- 遠藤光太
- 写真
- 佐藤翔
- 編集
- exwrite、CINRA, Inc.