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「楽しい」が未来をつくる。仙台の子どもたちと歩むイベント『ボレロ』がつないだ想い
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2015年からスタートし、毎年8月に宮城県仙台市で開催されている『こどもの夢ひろば ボレロ』。メインイベントの「“ボレロ”大集合コンサート」では、地元の子どもたちがオーケストラとともにラヴェルの“ボレロ”をピアノ連弾や合唱、踊りを加えた特別バージョンで演奏するほか、子どもの好奇心を目覚めさせる体験型イベントが多数用意されています。
イベントの発起人であり、第1回から現在までゼネラルプロデューサーを務めるのは、仙台生まれのピアニスト・小山実稚恵さん。東日本大震災を機に、東北の子どもたちに「何かを楽しむこと」「喜びを感じて生きること」の大切さを届けたいと、手探りでイベントをつくり上げてきました。
復興支援の一環としてはじめたこのイベントが、いまもなお歩みを止めることなく回数を重ねてこられたのはなぜでしょうか。小山さんと実行委員会会長の今井環さんに、立ち上げからの軌跡を振り返っていただきつつ、地域に根ざす「持続可能な文化イベント」のあり方を探ります。
【こどもの夢ひろば ボレロ】
宮城県仙台市で毎年夏休みに開催されている、子どもたちの好奇心を刺激し、夢や可能性を広げることを目的とした体験型イベントです。今年で12回目を迎え、2025年は2日間で2,591人(延べ人数13,277人)が来場しました。
<イベントの主な内容>
・ボレロ大集合コンサート
2日間で計4回実施されるメインイベントです。公募オーディションで選ばれた地元の子どもたちが、オーケストラとともにピアノ連弾を披露するほか、オーケストラの一員や合唱として参加する子どもたちもいます。
・体験型ワークショップ
毎年多ジャンルにわたる約15種類のブースが用意されます。音楽だけでなく、サイエンス、IT、スポーツ、伝統文化(囲碁や浮世絵など)の専門家から直接学べる貴重な場となっています。
「一番きれいなドレスで演奏してください」。震災直後の小学校でかけられた言葉
―2015年に第1回が行われて以来、毎年8月に開催されている『こどもの夢ひろば ボレロ』(以下、『ボレロ』)。もともとは子どもたちに向けた復興支援の一環としてスタートしたとうかがいました。
小山
私は仙台で生まれ、中学2年生まで岩手県盛岡市で暮らしました。いまは東京に住んでいますが、東北には親戚もいますし、生まれ育った地域への想いが消えることはありません。
そんな東北で子どもたちに向けたイベントを開催したいと思うようになったきっかけは、2011年の東日本大震災です。震災後に岩手県の宮古市や釜石市など、被災地の学校でピアノを演奏する機会があったのですが、どんな衣装を着て行くべきか迷いました。被災して大変な思いをしている子どもたちの前で、通常のコンサート時のようなドレスを着ていいものかと。
ところが校長先生に相談すると、宮古市と釜石市のいずれでも「お持ちいただいたなかで、一番華やかできれいなドレスを着てください」とおっしゃったんです。
小山実稚恵さん
日本を代表するピアニスト。チャイコフスキー、ショパン両国際コンクール入賞以来、第一線で活躍し続けている。60曲を超える協奏曲のレパートリーを持ち、小澤征爾ら世界的指揮者や国内外の主要オーケストラと多数共演。2017年には紫綬褒章を受章
―どのような真意があったのでしょうか?
小山
「ここには被害の大きさに心を痛めている子どもたちがたくさんいる。その子どもたちが本当に欲しているのは、一瞬でも辛さを忘れて楽しいと思える時間なんです」と。震災直後の卒業式でも、「参加者みんながいま持っている服のなかで一番いい服を着て、とにかく普段と変わらない卒業式を迎えたかった。辛い状況であっても自分たちは、いつもどおりのことができると思いたかった」と言うんです。
その校長先生のお言葉を聞いたときに、私は何もわかっていなかったんだなと思いました。つらい体験を忘れないことも必要かもしれない。でも、何かを楽しみ、喜びを感じて生きることの大事さを子どもたちに届けることが、何より重要なのではないかと強く感じました。
―その想いをきっかけに、『ボレロ』を立ち上げたんですね。
小山
そうですね。震災から復興していかなければいけないなかで、未来をつくる子どもたちに向けて、何か継続的な活動ができたらと。
私がピアノに出会うことができたように、子どもたちが好きなこと、夢中になれることに出会うきっかけをつくりたかった。それで曲を聞いてもらうかたちのコンサートではなく、参加者みんなで合奏・合唱するボレロ大集合コンサートを中心に、音楽以外にもスポーツ、サイエンス、IT、ボードゲームなど体を動かすものから頭を使うものなど、さまざまな要素を組み合わせたイベントをやろうと考えました。ここで本物の技や知識に触れ、心がワクワクする「大好きな何か」を見つけ、大切にしてほしいと思っています。
毎年、オーディションで選ばれた子どもたちが演奏に参加している
“ボレロ”のように想いがつながり、できあがっていったイベント
―小山さん個人の想いからはじまったイベント『ボレロ』は現在までに11回を数え、いまや夏の恒例イベントとなっています。
小山
こうして回数を重ねてこられたのは、多くの方に支えていただいたからです。なかでも、『ボレロ』実行委員会の会長を務めていただいている今井さんには、第6回の開催時からお力添えをいただいています。今井さんは当時、NHK交響楽団(以下、N響)の理事長をされていらっしゃいました。
今井
実は私がN響の理事長になって最初に行われた地方公演で、ソリストを務めていただいたのが小山さんでした。忘れもしない、ラフマニノフの“ピアノ協奏曲第2番”。心から感激し、小山さんの大ファンになりました。
N響の理事長として小山さんと親交を深めるなかで、『ボレロ』実行委員会の会長としてやってくれないか、と連絡をいただいたんです。
私自身も仙台に対して、強い思い入れがありました。大学卒業後、NHKに入局して最初に赴任したのも仙台でしたし、東日本大震災のときはNHKの報道の責任者として、取材を通じて凄惨な被害状況を目の当たりにしました。
そのときに抱いた「自分にももっと何かできることがあったのではないか」という気持ちは、NHKを退職してからも消えることはなかった。東北の人たちを元気にするお手伝いができたらと思い、お引き受けすることにしました。
今井環さん
元日本放送協会(NHK)職員。東京大学卒業後、1976年に入局。2016年にはNHK交響楽団理事長に就任。現在は日本相撲協会の評議員や、株式会社囲碁将棋チャンネルの取締役会長も務める
小山
今井さんもそうですし、仙台市、河北新報社、協賛いただく企業や宮城教育大学など、毎年さまざまな立場の方が、イベントの体験型ワークショップの運営やコンサートでの演奏など、それぞれのかたちでかかわってくださっています。
みなさんに共通しているのは、子どもたちの未来や、仙台・東北への想い。そうした想いに共感した人たちが集まり、毎年「今年の『ボレロ』」を一緒につくり上げていただいています。
特に第1回のときは手探り状態で、私一人の力では何もできなかった。それこそ“ボレロ”という曲は複数の楽器がそれぞれのメロディーを紡ぎ、最後に集まってひとつの大きな響きとなります。さまざまな分野で活躍される方たちの力が合わさって、イベントがつくり上げられていくプロセスそのものが、まさにこの曲のようだと感じました。
―イベント名にもなっている“ボレロ”は、イベント内のコンサートで、第1回から演奏され続けてきました。この選曲にも、いろいろな想いが込められていると。
小山
イベントの副題である「つながる・集まる・羽ばたく」という言葉にもぴったりの曲ですよね。2日間のイベント中、45分のコンサートを計4回行うのですが、当初から1曲は毎回同じ曲をやりたいと思っていました。それは、やはり“ボレロ”がいいなと。
さまざまな楽器が重なり合いひとつの壮大な音となり、オリジナルの歌詞を付けて合唱できるため、まさにみんなで参加できる曲なんです。また、「同じメロディーの繰り返し」は積み重ねることの大切さを、「徐々に音が大きく豊かな響きになること」は、子どもたちの可能性が花開いていく姿を象徴しています。回を重ねるごとに、この曲にはいろいろな意味が宿ってきたように思います。
子どもたちがプロに混ざってオーケストラに参加し、ラヴェルの“ボレロ”では、歌とダンスも披露
地域に文化イベントを根づかせる「コツ」はない。鍵はどれだけの「想い」があるか
―2015年の初開催から11年が経ちました。当初は被災地を元気付ける意味合いが大きかったと思いますが、復興が進むにつれてイベントとしての立ち位置に変化はありましたか?
小山
おっしゃるとおり、いまではよい意味で震災に関係なく「夏休みのイベント」として定着してきた感があります。「今年も『ボレロ』の季節が来たね」と。
ボレロ大集合コンサートの演奏者や合唱者は毎年、地元の子どもたちのなかからオーディションしているのですが、毎年のように参加してくれるリピーターもいるんです。なかには参加しはじめてから7回連続で皆勤賞の子もいたり。最初は小さかった子がどんどん成長し、ずっと音楽が好きなままでいてくれたのがうれしいですね。
―それこそイベントがきっかけになって「好き」と出会い、自分の道を見つけた子どももいると思います。
小山
オーディションを受けた子のなかには音大や芸大に進んだケースもありますし、たとえば「ITものづくり体験」などのイベントを通じてテクノロジーに興味を持ってくれた子もいると思います。まずはいろいろな本物に触れて「楽しい」「好き」と思ってもらうことが一番なのですが、そこから将来の道を見つけてくれる子が少しずつ出てきたのは本当に喜ばしいですね。
今井
いろいろな企画を用意しているのは子どもたちの可能性を広げると同時に、さまざまな文化を継承していく土台づくりの意味合いもあります。
たとえば、前回から「囲碁体験コーナー」を設けたのも、子どもや若い人に日本の伝統文化である囲碁を伝えていくため。仙台にゆかりのある棋士の方が、ルールを知らない子どもたちでも楽しめるようにとやり方を工夫してくださっています。
小山
実際、そこではじめて囲碁に触れた子が夢中になって、イベント期間中ずっと張り付いていましたよね。
いまは何かと効率を求めがちで、ひとつのことに多くの時間をかけて没頭する機会が少なくなっているかもしれませんが、子どもって好きなことならいくらでも頑張れる集中力を持っているんですよね。第一歩を踏み出すきっかけづくりだけでなく、このイベントを継続することで、子どもたちが何かに夢中になれる段階までアシストできたらと思っています。
【『こどもの夢ひろば ボレロ』に参加した子どもたちの声(原文ママ)】
・きれいなピアノのえんそうや合唱が聞けたところがよかった。音楽が苦手だからこのようにステージに立てることができるなんてすごいと思った。(小5)
・わたしはピアノをならっていて、ボレロをならっている人ぜんいんではっぴょう会でやって、ボレロでは、ボレロというきょくが、ぜんいんそろっていて、かっこよかったです。(小3)
・はじめての囲碁では遊び方がわかったので家でもやってみたい。(年長)
・浮世絵は、私は歴史が好きで、くわしく学べたし、今の技じゅつが見れてとてもきょうみがひかれました。(小6)
―こうしたある種の文化事業を継続し、地域に根づかせるのは簡単なことではないと思います。『ボレロ』がこれだけ長く続いている一番の要因は、何だと思いますか?
小山
さまざまな要素がありますが、一番はやはりご協力いただくみなさまの想いです。趣旨に賛同して、イベントの講師を務めてくださる方、コンサートに参加いただく宮城教育大学などの学生オーケストラのみなさん、協賛企業さん、地元関係者の方々など、挙げればキリがないほどです。
今井
想いという意味では、何より小山さんですよ。私もそうでしたが、小山さん自身が誰よりも強い想いを持っているからこそ、これだけの共感が広がり、協力者が増えていったのだと思います。
小山
私はただ、イベントを通じて自分も幸せを感じられるから、私自身も楽しいからやっているだけなんです。子どもたちが楽しそうにしている姿を見るだけで幸せですし、それは多くの人が実際に顔を合わせる対面のイベントだから感じられること。
特にコロナ明けのイベントでは、対面で集まるよさをあらためて感じました。感染症対策としては合唱を禁止したり、マスク着用で歌ったりしていたのですが、2024年からマスクを外して歌えることになって。そのときの子どもたちの歌声は、かつてないほど大きなものでした。感動しましたし、子どもたちの「思い切り歌いたい」「発散したい」という想いを感じましたね。
―『ボレロ』をモデルケースに、文化イベントを地域に根づかせたいと考えている自治体もあると思います。ただ、継続するために大切なのはイベントに携わる人たちの想いや覚悟であって、何か特別なコツがあるわけではないんですね。
今井
もちろん、仙台という立地は大きなポイントだと思います。東京からも新幹線で最短1時間半とアクセスしやすく、ゲストを招きやすい。ただ、いくら東京から人が来てくれても、地元の方の熱意がなければイベントは成り立ちません。
このイベントでいえば、宮城教育大学のオーケストラが協力してくれるのももともとは熱意のある先生がいたからですし、コンサート以外の企画では仙台や東北にゆかりのある方々が「地元のために」と参加してくださっています。
小山
第5回から行っているバレエのステージも、もともとは地元のバレエ教室にご協力いただいていたのですが、教室の先生がお亡くなりになったときに「続けましょう」と言ってくださったのは、先生の娘さんでした。
今井
回数を重ねることで、地域のなかに「今年もやるもの」という共通認識が育ってきました。そうした積み重ねが関係者間の信頼や結びつきを強め、11年という歳月をかけてようやくイベントが完成形に近づいてきたのかなと。
小山
本当にそうですね。イベントが終わると、運営側の参加者同士で「次はもっとこうしよう」「ここはもっと工夫できそうだね」と自然に感想を言い合い、気づけばもう翌年の話をしています。当たり前のように次年度も参加する前提で、前のめりに議論が生まれる。そんな光景を見られることも、私にとっては大きな喜びです。
今井
まさにそうした「運営側の熱量」こそが、イベントを動かす原動力になっています。仮にほかの自治体で同じことをやるのであれば、回数を重ねながら地域の熱をどれだけ高められるかがポイントになると思います。
実際、この取り組みに関心を持った他地域の関係者が視察に訪れるケースも出てきました。回を重ねるなかで地域の熱量が蓄積されてきたからこそ、自然と外へ波及していった——『ボレロ』はそのひとつのモデルケースになりつつあります。
震災を語り継ぐもうひとつのかたち。日常の幸せと、たくましく生きる「種」を蒔く
―震災から15年が経過し、当時のことを知らない子どもたちも増えています。時間が経っても「復興イベント」を続けていくことは、震災の記憶を語り継ぐという意味でも大事なことでしょうか。
小山
イベントがはじまったきっかけは震災でしたが、たとえば「震災を風化させてはいけない」といったスローガンをあえて掲げることはしませんでした。
もちろん、津波被害を防ぐための対策や避難を含めた防災意識の徹底など、命を守るための取り組みを怠ってはいけないことは言うまでもありません。でも、だからといってイベントのなかで震災の展示をして、つらい記憶を焼き付けたり、無理に呼び起こしたりする必要はないのではないか、と感じています。
それよりも、日常のなかで感じられる小さな幸せや、心を豊かにしてくれるものを見つけて、どんなときでもたくましく生きていく。そう願って子どもたちに種を蒔くことも震災を語り継ぐのと同じくらい大切なことではないかと思います。
―最後に、今後の『ボレロ』の展望を教えてください。
今井
常に進化し続けたいですね。普段の会議でも小山さんからどんどんアイデアが出てくるんですよ。私も小山さんと話し合いながら新しいことをやっていきたい一方で、コンサートで“ボレロ”を演奏するという軸だけは変えてはいけないと考えています。
また、何より大事なのはイベント自体を「続ける」ということ。子どもたちが地元で新鮮な驚きや本物に出会える場として、いつまでもそこにあり続けることが重要なのではないかと思います。
小山
本当に今井さんがおっしゃるとおりで、子どもたちの好奇心が目覚めるようなイベントというあり方を変えることなく、長く続けていきたいと思っています。
そういう意味では、ワークショップの企画は何でもいいんですよね。子どもたちがワクワクできるものなら何でもアリ。毎年訪れる子どもたちは日々成長し、世代も入れ替わっていくので、同じ企画であっても常に新鮮な驚きが生まれます。私自身もアンテナを張って、子どもたちの好奇心が湧くものであればジャンルを問わず取り入れていきたい。いまは「宇宙」にまつわる企画をやりたいなと思案中なんです。
子どもたちにとっては、相手が有名かどうかよりも「その体験が面白いか」がすべてです。著名な方を招かなければ成立しないなんてことはありません。それよりも、仙台や東北にゆかりのある施設や人と連携し、ともにイベントをつくり上げること。その方が地域全体としての盛り上がりにつながりますし、『ボレロ』もそうした広がり方をめざしていきたいですね。
この記事の内容は2026年5月12日掲載時のものです。
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Credits
- 取材・執筆
- 榎並紀行(やじろべえ)
- 撮影
- 北原千恵美
- 編集
- 篠崎奈津子(CINRA, Inc.)