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教育DXの本質とは?「自ら考え、思考を深める」探究学習が教室にもたらす転換
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小学生のタイピング速度は1分間にわずか6文字だった──。
これは、日本の教育現場におけるICT活用の遅れを示す、少し前の調査結果です。「国際的な紙形式の学力調査ではトップクラスの成績を維持しつつも、パソコンなどのデジタルツールが上手く使いこなせない状況」と説明するのは、信州大学准教授で文部科学省視学委員も務める佐藤和紀さん。
この課題を解決するために求められているのが「教育DX」です。しかし、それは単にタブレット端末を配布したり、デジタル教材を導入したりすることではありません。全国の小中学生に一人一台の端末がほぼ行きわたったいま、真に問われているのは「どう学ぶか」という学びの本質的な変革です。
時代に即した教育のあり方を模索してきた佐藤さんに、日本の教育が抱えてきた課題、教育DXがもたらす学びの変化、そして地域で育つ子どもたちの未来について、詳しくお話をうかがいました。
学力はトップクラスでも、デジタルツールに苦戦。ICT活用の遅れが目立つ日本の教育現場
【「教育DX」とは?】*1
デジタル技術を活用して、教育の仕組みや学びの在り方を根本的に変革する取り組み。授業や学習支援、評価、学校運営などをデータとデジタル技術を前提に再設計することで、一人ひとりに最適な学びの実現と、教育の質・持続性の向上をめざす。
―「教育DX」は、何のために必要なのでしょうか? その推進が求められている背景について教えてください。
佐藤
まず、みなさんに知っておいていただきたいのは「日本の教育現場におけるICTの活用度」が、世界的に見ても大きく遅れているという現実です。
どれくらい深刻かというと、少し前の調査になりますが、文部科学省(以下、文科省)が2013年度に実施した「情報活用能力調査*2」において、小学5年生のタイピング速度を計測したデータがあります。これによると、彼らが1分間に平均で打てる文字数は、わずか5.9文字だったんです。
佐藤和紀さん
信州大学学術研究院教育学系准教授。文部科学省初等中等教育局視学委員、第13期中央教育審議会初等中等教育分科会専門委員。GIGAスクール構想以前から、学校現場でのICT活用に取り組み、現在は全国の学校を支援しながら教育DXの推進に尽力している
―1分間に6文字というと、押したいキーを見つけるのに時間がかかっているようなレベル感ですね。
佐藤
当時は私も現役の小学校教員でしたが、「調べ学習」などでパソコンの活用に苦戦している子どもたちを見て、「これは将来的によくない」と危機感を抱きました。
昨今では、スマートフォンやタブレットが普及してフリック入力する場面も増えていますが、仕事の場で多用するのはまだまだタイピングですし、情報処理速度もフリックより圧倒的に優れています。タイピングはICT活用の根幹を司る技術であり、急速に情報化が進展する社会のなかで生き抜くためのサバイバルスキルともいえます。2021年度の同調査*3では、1分間あたりの入力文字数は15.8文字にアップしましたが、これでもICT教育の進んだ諸外国と比較するとかなりの低水準です。
「児童生徒のキーボード入力スキル」について(資料提供:佐藤和紀さん)
佐藤
加えて、2022年にOECD*4(Organisation for Economic Co-operation and Development:経済協力開発機構、以下、OECD)が実施したPISA(Programme for International Student Assessment:OECD生徒の学習到達度調査)*5の「ICT活用調査」では、加盟38か国のなかで「ICTを用いた探究型の教育の頻度」29位、「自律学習を行う自信」34位など、ICTに関連する項目でも下位に位置しています。
一方で、同じPISAの「学力調査」*6においては、日本は2000年代から現在に至るまで、おおむねトップクラスの成績を維持しています。つまり、「考える力」そのものが低いわけではありません。
ただ、その力を発揮する場面が、学習を便利にするはずのICTツールを使う状況になると、他国と比べてうまく使いこなせていない側面が見えてくる。これが、先ほどお話ししたタイピングの課題ともつながっています。これって要は「裸足では速く走れるのに、スパイクを履くと遅くなる」「計算は速いのに、そろばんやコンピュータを持たされると指が止まる」みたいな状況なんですよね。
―ICT活用の遅れが、子どもたちの望ましい成長の妨げになっていると。
佐藤
はい。国もこうした現状を重く受け止めて、2019年末に「GIGAスクール実現推進本部*7」を立ち上げ、2021年より小中学校の全学年の児童・生徒一人ひとりがそれぞれ端末を持ち、十分に活用できる環境の実現をめざして動きはじめました。ただ、端末を配っただけでは現場に変革は起きません。その先で然るべき変革を起こすために必要なのは……という文脈で、いま「教育DX」という言葉がよく使われるようになっているんです。
教育DXの本質は「教える」と「導く」の両輪へ。教師の役割変革
―「教育DX」と「ICT活用」はよく混同されがちですが、単純な道具の活用の先にある「教育DX」の本質とは、どのような点にあるのでしょうか?
佐藤
DXとは「デジタルによるトランスフォーメーション(変革)」です。デジタル技術を活用して、物事の仕組みやあり方、システム自体を根本的に刷新していくこと。つまり、「従来のシステム上でデジタルをどう活かすか」ではなく、「デジタル化を前提としたときに、自分たちの日々の仕事や授業はどうあるべきなのか」「そもそもこれまでどおり考えていていいのか」を考える必要があります。
そのため、単に「タイピング練習」や「ツール操作のレクチャー」といった表層的なICTスキルを切り出して教えるだけでは十分とはいえません。ICTを使うことが前提となる環境のなかで、どのように学び、考え、表現していくのか。そうした学習の土台や思考の枠組みそのものを整えていくことこそが重要になります。
―いままでの教育現場の「当たり前」を、見直していかなければならないのですね。
佐藤
そのとおりです。たとえば、いままでの先生たちの仕事の最たるは「教える」、ティーチングでした。それがDX後の現場では、子どもたちが自ら学んでいけるように「導く」、コーチング的なアプローチに転換されていく必要があります。もちろん、教え上手な先生のなかには、従来から教えることを軸にしつつ、子どもが自律的に学べる工夫を重ねてきた方もいます。現在、文科省が出している学習指導要領を見ても、子ども自身が主体的に「探究」していく状態をめざしているのがうかがい知れます。
人の主体性は「自分のペースで進むこと」によって発揮されます。選べない状況を強いられると、人の主体性は低下する。だから、先生から一方的に教えられる状況だけでは、主体性は育ちにくいんですね。
従来の環境では、児童・生徒それぞれが最適な対象やスピードを選べる個別学習なんて、とてもじゃないけど先生一人ではマネジメントしきれませんでした。しかし、いまではデジタルを駆使すれば、先生の分身としての解説動画が用意できたり、各児童・生徒の学習状況がリアルタイムでモニタリングできたりと、個別最適な学びにも現実的に対応できるようになってきました。
そんな教室で子どもたちに必要なのは、全員一律の内容を教わることだけではありません。学ぶ内容やペースは児童・生徒が自ら選んだうえで、「学び方」を習得することも必要です。だからこそ、そこで先生たちが取り組むべきは、子どもたちの学びを最適化、最大化するための伴走やファシリテーションになってきます。
この「探究学習」の過程では、「もっと調べたい」「比べて考えたい」「整理したい」といった欲求が自然に生まれてきます。そうした欲求が無理なく引き出されるように、先生が工夫していくことも重要です。こうした思考の広がりのなかで、子どもたちは次第にICTを、思考を進めるために必要な道具としてとらえるようになります。
そのときはじめて、ICTは「学ぶ対象」ではなく、「考えるために使う道具」へと変わっていくのです。だからこそ、子ども自身が主体的に探究を続け、思考を深めていける状態をつくれるかどうか。そのための環境づくりこそが、教育DXの本質だと私は考えています。
―自立した学びをめざす現場では、先生が配慮すべきことはありますか?
佐藤
細かく挙げていくと無数にありますが、特に先生の手腕が光るのは「協働のポイントをつくること」でしょうか。
個別最適な学習を推進すると、子どもたち同士のコミュニケーションが減って、教室が塾の自習室のような環境になってしまうのでは……という懸念もよく聞きます。そうならないために、先生は時折「協働の必要がある課題」を与える必要があるんです。
これは、私たちの職場でも同じですよね。一人でできる仕事ばかり任されたら、黙々と一人でやる。けれども、一人では抱えきれない仕事がきたら、誰かに相談したり、頼ったりするじゃないですか。
個人で進められる個別最適な学習をベースにしつつも、要所で大きめの課題を用意して、子どもたちを困らせる。その困りから、自然と協働が生まれるようなファシリテーションができると理想的です。こうした働きかけを適切なタイミングで行っていくことは、まだまだコンピューターにはできないアプローチです。
あと、児童・生徒たちの情報活用能力を伸ばすうえで避けてとおれないのが「インターネットおよびAI活用のレクチャー」ですね。これに関しては「思考を奪うような使い方はNG、思考を支える使い方はOK」ということを、基本スタンスとして徹底させるのがよいと考えています。
AIにテストを解いてもらったり、レポートをコピペで作成したりするのは「思考を奪う」活用です。こういう使い方を続けていると、自身の考える力がどんどん減退してしまいます。インターネットは思考を補うツールであり、AIは一緒に思考を深めてくれるパートナーである――そんな認識でこれらを使っていく姿勢を、子どものうちにしっかりと身につけておけると安心です。
このように話をすると、「教師は教えないのか」とお叱りを受けることがあります。しかし、そういうことではありません。教師はこれまでどおり、わかりやすく教えますし、児童・生徒も「教わりたい」「ここは自分でできる」と主体的に選択できることが重要だと考えています。
これまで多くの事例を分析してきましたが、どのような学習スタイルであっても、教師の指導の根本は大きくは変わっていないように感じています。
個別最適な学びと探究が日常に。生成AIも活用する、教育DX実践校のリアル
―実際に教育DXが進んでいる地域の事例について教えてください。
佐藤
先日訪問した小学校は、文科省のリーディングDXスクール事業*8にも指定されており、全学年の全クラスで個別学習が実践されていました。
この学校は私も伴走支援を行っています。先生は「一人ひとりの学習状況が手元の端末で可視化されている分、児童の困りごとに必要なタイミングでかかわれるようになった」とおっしゃっていました。探究的な学びをベースに、子どもたちがそれぞれ自分の問いに向かって学習を進めるからこそ、先生は全体を管理するのではなく、支援が必要な場面にピンポイントで集中できる……このあたりの変化が「子どもたちとしっかり向き合えている」という実感につながっているのだと思います。
個別学習のなかで、児童がデータをもとにグラフを作成し、学習内容を可視化している授業の様子(画像提供:佐藤和紀さん)
佐藤
あと、みなさんがよく驚かれるポイントを挙げるとすれば、このクラスの各児童の学習の進捗状況は、先生の端末だけでなく児童の端末からも確認できるようになっています。こうした環境によって、「友達から学ぶ」「友達と協働する」という状況が生まれてきます。
教材として生成AIも積極的に活用しているようで、私が視察に行ったときには、情報の授業で「生成AIを使って『AI〇〇先生』(※〇〇はそのクラスの担任の名前)をつくろう!」という課題に取り組んでいました。提示された問いに対して、何をすればいいのかを整理し、自ら情報を収集しながら、仲間と知識やノウハウを共有して解決策を探っていきます。
こうした一連のプロセスは、自ら問いを立て、情報を収集・分析・整理して答えを導く探究型の学習であり、子どもたちはその学びに積極的に取り組んでいました。
―児童がお互いの進捗状況を確認できることで、誰かと比べて焦ったり、進度が遅いことを気にしたりする子は出てこないのでしょうか?
佐藤
大人たちが進捗の違いを評価の対象にせず、優劣をつけていなければ、そうした価値観は次第に重視されなくなっていきます。どのような学級づくりをしていくかもポイントです。むしろ、自分より進んでいる子を見つけて教わりに行ったりと、児童同士の助け合いが生まれるきっかけになっています。
ほかのところだと、愛知県春日井市の出川小学校や高森台中学校、宮城県仙台市の宮城教育大学附属小学校にも注目しています。文科省の研究開発学校*9に指定されており、教育課程を自校でアレンジできる学校なんです。それを活かし、近隣の中学校と連携して、小1から中3まで週に1時間「情報」の授業の時間を取り入れて、情報活用能力を高めるためのカリキュラムを実施しています。
現在、文部科学省の中央教育審議会では次期学習指導要領の改訂に向けた議論*10がはじまっており、小学校の総合的な学習の時間への「情報の領域」(仮称)の導入や、中学校における情報・技術科の新設についても議論されています。
児童が表計算ソフトを使ってデータを整理し、グラフ化する学習の様子(画像提供:佐藤和紀さん)
佐藤
こうした授業環境が成り立つのは、教育DXのひとつの成果です。文科省のGIGAスクール構想に則り、採用しているツールやシステムは汎用的なものが中心で、それこそ私たちが普段のオフィスワークで使っているようなサービスが活用されています。特別な事例としてではなく、「これからの標準を少しだけ先取っている学校」としてとらえてもらえると適切かなと感じています。
―教育DXが進んでいる学校では、地域とのかかわり方も変わっていくのでしょうか?
佐藤
教育DXが進むと、学習の進捗や思考の過程が可視化され、児童・生徒が自分のペースで学びを進めやすくなります。そうした環境が整うと、知識を教わることが中心の「従来型の学習」だけでなく、子ども自身が問いを立てて深めていく「探究型の学習」を、授業の中に取り入れやすくなっていきます。
従来型の学習は教材があれば事足りますが、「探究」はテーマも無限大で、外の人とつながる機会が生まれてきます。そうすると、自ずと学校外の地域住民とかかわる機会も生まれていくんですね。
私もここ数年で、近隣や全国の中高生から「探究活動の一環で話を聞きたい」というメールをもらう機会がかなり増えました。うちのゼミ生も自分の研究のために、よく近隣の学校や住民に調査協力のアプローチをしていますしね。探究活動が盛んになっていく延長線上で、これからの学校と地域とのかかわりの総数は、少しずつ増えていくと思います。
変革のカギは「教務のDX」。「教えるだけ」から抜け出す教師の探究心
―従来型の学校運営のスタイルからこうした体制に変わるまでに、どれくらいの時間がかかるものなのでしょうか。
佐藤
もちろん個別差はありますが、受け入れがスムーズな学校であれば、取り組みをはじめてからおおよそ2〜3年でしょうか。ただ、上手くいかないところだと、5年経っても全然進まない……といったケースもあります。
―教育DXの推進において、現場が苦労しがちなポイントはありますか?
佐藤
大きく2つあると感じています。1つは「教室単位のDXの前に、学校全体のDXが進まない」問題です。教員間の意欲に差があったり、現場レベルはやる気でも管理職や教育委員会がデジタル化に抵抗感があったりすると、なかなか難しいですね。やりたいクラスだけやればいい、というものではありませんから。
もう1つは「『教える』だけから抜け出せない」問題です。これまでの価値観から抜け出せず、子どもたちに何でも教えたがってしまうのです。しかし、教えた結果、頭のなかが整理できて学習が進むのは、先生自身です。むしろ子どもたちにこそ、理解に至るまでの情報の整理・分析のプロセスを、自ら経験させる必要があります。
―そうした問題からうまく抜け出せている学校は、どういった実践をされていますか。
佐藤
これは共通していて、「まずはやってみよう」「新しいことを取り入れてみよう」というマインドで、前向きに挑戦している印象があります。
教師自身が「子どもたちがこれから生きていく世界は、自分たちが経験してきた世界とは違う」という前提に立ち、正解が見えなくても一度試してみる。そうした取り組みのなかで、「子どもたちの学習姿勢が変わった!」ということに気づき、どんどんDXに積極的になっていく。こうした変化の起点となる「まずやってみよう」の姿勢があるかどうかが、大きなカギだと思います。
学校全体のDXの話にもつながりますが、私は「児童・生徒たちのためのDX」の前に、「先生たちのためのDX」として、教務のDXを先に進めるべきだと考えています。まずは日常的な教務のデジタル化に着手し、先生たちがクラウドサービスなどに慣れて、その便利さに気づくこと。その体感があれば、ほかのデジタル化に対する「まずやってみよう」の気持ちも育っていきますし、児童・生徒たちにもツールの使い方を教えられるようになります。
「まずやってみよう」って、つまりは探究心なんですよね。探究に慣れていない、もしくはやってこなかった先生に、「子どもたちには教えるんじゃなくて、探究のサポートをすればいいんです」と言っても、なかなかその真髄はつかみにくいと思います。私たち教員サイドも、児童・生徒たちに負けず劣らず、つねに外界にアンテナを張り巡らせて、探究心を持ち続けていきたいものです。
地域の明るい未来、子どもたちの健やかな明日を耕す、教育DXの行き先
―こういった教育DXが全国で当たり前になっていくと、子どもたちの学びだけでなく、地域にも何か新たな価値や変化をもたらす可能性はあるのでしょうか?
佐藤
これは教育に限らず一般的なDXの効果ですが、都市部への人材の流出を防ぐ1つの要因になるはずです。職場でのDXが進めば進むほどリモートワークの可能性が広がり、「都市部に出ないと仕事の選択肢が少ない」という状況の打破につながります。逆に言えば、DXによって「いつでもどこでも稼げる世界」が実現しないと、地方からの人口流出は今後ますます加速すると考えられます。
教育DXが進んだ環境で学んだ子どもたちはデジタルリテラシーも高く、きっと大人になったら、私たち以上に自由な働き方を選べるようになります。そのとき、探究学習をとおして得られた地元の人々とのつながりが多様であれば、地域に対する愛着も育ち、結果的に「地元に残って地域経済に貢献する仕事」を選んだり、はたまたゼロからつくったりするかもしれません。そういう意味で、私は教育DXと地方創生はつながっているものなんだと考えています。
―教育DXが全国に広がり、浸透していくためには、今後どのような要素がポイントになると思われますか?
佐藤
教育DXの推進において、まず国はしっかりと方向性を示し、必要な予算も比較的確保していると私は感じています。
そのうえで、カギになるのはやはり地方行政の教育DXに対するモチベーションだと思いますね。教育DXに関わる予算、たとえば地方交付税交付金などは、最終的には地方自治体が用途を決定します。どれだけ教育に回すか、それぞれの自治体の判断に委ねられます。
地方行政としては、インフラの整備や社会福祉など、直近で目に見えて対策が必要な領域がたくさんあるでしょう。優先順位がつくのは必然だとは思いますが、そこで「子どもたちのため、よりよい未来のために、教育DX推進の優先度を上げる」という判断をする自治体が、もっと増えてくれたらいいなと願っています。予算さえつけば、それこそ「まずはやってみよう」で取り組みはじめる学校も増えるはずです。
佐藤さんの研究室にあるデスクには、モニターがずらりと並ぶ。教育DXの先駆者として、講義の配信やリモートミーティング、動画配信などICTをフル活用して多彩な業務をこなしている
―佐藤さんは、教育DXが推進された先の未来で、どんな光景が広がっていてほしいですか?
佐藤
そうですね……「勉強ができる、できない」にかかわらず、あらゆる子どもたちが自分に合った学び方で、学ぶことを楽しんでくれている未来にしていきたいです。テストの点数が低くても自信を失ったりせず、「そんなの関係ない、学ぶのは楽しい!」と自信を持って勉強できるような環境になってほしいですね。
自分の学びたいことを、自分に合ったペース、やり方で学んでいける教室は、これまでの環境では肩身が狭かったり、息苦しかったりした子どもたちにとっても、安心できる居場所になるかもしれません。いまはDXの進展によって、教室にとらわれず、子どもが学びたい場所で学べる環境が整いつつあります。そうした変化のなかで、学校や教室の価値そのものも、これから少しずつ変わっていくはずです。
もちろん「従来のような、テストなどで目に見えるかたちの学力がやはり基本だ」「探究ばかりやっていても学力は上がらないんじゃないか」という意見もありますし、それらが基礎・基本として重要であることも理解しています。そのうえで私はやはり、比較や競争が当然とされる世界で子どもたちを育てたくない。窮屈な環境下で、学ぶことに対して後ろ向きになってほしくないんですよね。探究は無限で、自由で、楽しいんだ――それを子どもたちに身体で覚えてもらうことが、教育DXの本懐だと思っています。
*1:文部科学省「教育DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進について」
*2:文部科学省「情報活用能力調査の結果について」
*3:文部科学省「児童生徒の情報活用能力の把握に関する調査研究【情報活用能力調査(令和3年度実施) 】」
*4:経済産業省「OECD(経済協力開発機構)」
*5:国⽴教育政策研究所「PISA2022のポイント」
*6:国立教育政策研究所「【資料】 PISA2022 主要3分野の調査結果概要」
*7:文部科学省「GIGAスクール実現推進本部の設置について」
*8:文部科学省「リーディングDXスクール」
*9:文部科学省「研究開発学校制度」
*10:文部科学省「小学校における情報活用能力の育成について」
この記事の内容は2026年1月15日掲載時のものです。
Credits
- 取材・執筆
- 西山武志
- 写真
- 上村窓
- 編集
- 篠崎奈津子(CINRA, Inc.)