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農家の「ありのまま」こそ観光資源。大田原市のグリーンツーリズムに見る持続可能な観光事業

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近年、農業や林業、漁業などが盛んな地域を訪れ、それぞれの産業や自然を体験する観光のあり方「グリーンツーリズム」が注目を浴びています。とはいえ、まだ馴染みのない方も多いのではないでしょうか。

そんななか、人口約7万人の栃木県大田原市ではグリーンツーリズム事業を通じ、年間で約9,400人(2023年度実績)もの宿泊者を集めています。大田原市は関東一の米どころ(2024年の収穫量)であるほか、アスパラガス、唐辛子、梨などさまざまな作物が栽培される、農業の盛んな地域。あたりを見渡せば一面、田んぼや畑が広がっています。

なぜ、全国に数多くある農村地域のなかで、大田原市にはこれだけ多くの宿泊者が集まるのでしょうか?

大田原市のグリーンツーリズム事業を牽引する「大田原ツーリズム」の代表・藤井大介さんに、軸となる3つの取り組みを紹介してもらいながら、お話をうかがいました。

ありのままの姿が観光客を惹きつける。180軒の農家が営む「農家民泊」

農家民泊を受け入れている益子さんのお宅

農家民泊を受け入れている益子さんのお宅

はじめに訪れたのは、那須町北部に位置する田畑に囲まれた一軒家。お米と種苗農家の益子さんのお宅です。10年以上前から大田原ツーリズムと協力し、農家民泊(以下、農泊)を受け入れています。

農泊は、大田原市のグリーンツーリズム事業において核となる取り組みのひとつ。主に中学生・高校生を対象にした「教育旅行」を中心に、農家の自宅に宿泊しながら、2泊3日で農業や農村での生活を体験できるプログラムです。特に益子さん一家は、築100年の旧家に暮らしており、宿泊者は昔ながらの日本家屋での生活も楽しめます。農家は受け入れ実績に応じて報酬を受け取ることができる仕組みになっています。

宿泊業の経験は全くなかったという益子さんご一家。これまでに日本国内の中高生をはじめとして、タイ、インドネシア、フィリピン、ネパールなど数々の国から若者を受け入れてきました。ときにはボディランゲージを交えながら、異なる文化圏の若者たちとも積極的に交流しているといいます。

益子さん一家

益子さん一家

本業である農業だけでも忙しいなか、農泊にも携わるモチベーションはどこにあるのかと尋ねると「目の前でうちのお米や野菜を食べておいしいと言ってくれるのがうれしく、普段の農業にやりがいを見出せる」「帰るときには泣きながら『ありがとう』と言ってくれる子もいて、それだけでやっていてよかったと思う」と口々に語ります。

益子さんたちは、農泊を「大変な息抜き」と表現します。農村での暮らしに慣れていない子どもたちを迎えるために、手間がかかることもあるけれど、それを上回る刺激や楽しみもあると、笑顔で話してくれました。

大田原市近隣には、益子さんのように農泊を受け入れる農家が約180軒も存在します。いまでこそ、多くの農家と連携する大田原ツーリズムですが、創業当時は農泊を受け入れてくれる農家を探すのに苦労したと、代表の藤井さんは語ります。

藤井大介さん

大田原ツーリズム代表の藤井大介さん。移動中に訪れた、大田原市立蜂巣小学校の校舎をリノベーションした「hikari no cafe(ヒカリノカフェ)」にて

藤井:最初は「こんな田舎に人が来るのか?」「観光客をもてなすようなごちそうは用意できない」と、難色を示す農家さんがほとんどでした。でも、実は宿泊者にとって価値があるのは、その地域のありのままの農村景観だったり、農家さんが日常的に食べているもの、たとえば地元で採れた里芋の煮っころがしだったりするわけです。

特別なことは必要ありません。ありのままが魅力なんです。そういうことを1軒1軒まわって丁寧に伝えていくうちに、180軒もの農家さんと連携できるようになっていました。

里芋の煮物
漬物

取材チームを温かく迎えてくださった益子さんご一家。煮物や漬物など、地元の食材を使った手作りの料理でもてなしてくださいました

藤井さんが話すとおり、実際に農家でのありのままの体験に感動を覚える観光客は少なくないそうで、益子さんからも「田んぼの土を踏んだだけで『ふわふわで温かい!』と感激する子どもも多い」といった話がありました。子どもたちの新鮮な反応から、益子さん一家も地元や農村の魅力に気づくこともあるそうです。

とはいえ、「ありのままを見せてください」と言われてすぐに観光客の受け入れを開始できる農家さんは多くありません。そこで、大田原ツーリズムでは、農泊の協力農家向けに研修を実施。料理教室や海外文化についての講習など、多様な観光客をスムーズに受け入れるための学びの場を提供しています。これらの研修においても、藤井さんが大切にしていることがあるといいます。

藤井:農家さんあってこその活動なので、農家さんがいかに楽しく取り組めるか、どんなメリットがあるかを重視しています。私たちにとっては、宿泊者の方々の前に農家さんがお客さまなんです。

そのため、ただ研修を行うのではなく、農家さん同士のネットワークが生まれる場になるように意識しています。研修といいつつ、みんなで一緒にお昼ご飯を食べましょうという会とかもあるんですよ(笑)。この取り組みが一過性のものではなく、持続的なものになるために、農家さんたちに「また参加したい」と思ってもらえるような環境をめざしています。

益子さん一家

取材班の去り際に、「今度はぜひ泊まりに来てください!」と笑顔で言ってくださった益子さんご一家の様子からも、農家さん自身が楽しんで取り組んでいることがうかがえました。

人口14,000人未満の町で、長期滞在の外国人観光客を集める有形文化財ホテル

飯塚邸

「飯塚邸」を案内してくださったコンシェルジュのリンダさん。大田原ツーリズムの取り組みや町の様子に惹かれて、東北から移住してきたそう

次に訪れたのは、大田原市の隣町・那珂川町にある「飯塚邸」。飯塚邸は築200年の有形文化財をリノベーションした宿泊施設で、2019年より大田原ツーリズムが運営しています。

飯塚邸のオープン前、那珂川町の外国人宿泊者数は、温泉地でありながら年間10人泊(※)から15人泊程度にとどまっていました。わずか6室から成るこの「飯塚邸」ですが、オープン後は、町の外国人宿泊者数も年間約500人泊と、30倍以上に増加しています。

※人泊:宿泊統計上の「延べ宿泊者数」の単位。たとえば、1人の旅行者が3泊した場合は「3人泊」となる。

飯塚邸本宅

農泊によって団体旅行の誘致に成功した大田原ツーリズムが次に目を向けたのが、「長期滞在型の個人旅行」。個人旅行者を呼び込むことで、さらなる地域のブランド力向上や農家の収入増が見込めるのではないかと考えたのです。

そこで参考にしたのが、欧州で盛んな農家ホテルの「アグリツーリズモ」(アグリツーリズム)です。この言葉はイタリア語で、都市に暮らす人々が郊外の農場や農村で休暇を過ごすことを意味します。滞在先としては、農家の敷地内に設けられた宿泊施設(ホテルやゲストハウスなど)を利用するのが一般的です。たとえば、ワイナリーに長期滞在し、自然のなかでゆったりとバカンスを楽しむことも「アグリツーリズモ」にあたります。農家側は、昔ながらの建物と土地を活かして宿泊施設を整備し、観光客を迎え入れているのです。

そんな「アグリツーリズモ」を農村や農家の維持存続のため、日本でも導入できないかと考えた藤井さんは、2017年にヨーロッパに赴き、調査を実施。そこで気づいたことを活かし、日本版アグリツーリズモの実証実験として、かつ成功事例の構築をめざして着手したのが飯塚邸のリノベーションでした。

藤井大介さん

藤井その地域の文化や歴史をじっくりと味わいたい人にとって、アグリツーリズモは魅力的な観光のかたちです。私自身、2週間滞在してみて、ただの観光ではなく、「暮らすように過ごす」からこそ深く楽しめるんだなと実感しました。

そして、アグリツーリズモを分析するために10軒の施設をまわってわかったのは、長期滞在のためには日本によくあるホテルのようなベッドルームだけの部屋では不十分だということです。キッチン・リビング付きのアパートメントスタイルじゃないと、3泊以上滞在してもらうのは難しいんですね。

しかし、いきなりそんなホテルを農家さん主体でつくってもらうのは難しいので、まずは成功事例をつくろうと、自社で運営してみることにしました

飯塚邸リビング

掘りごたつ風のソファスペースが設けられたリビング

飯塚邸ダイニングキッチン

ダイニングキッチン

飯塚邸ベッドルーム

ベッドルーム

部屋には、畳や障子で構成された日本らしい雰囲気もありながら、使いやすいキッチンや浴室、質のよい家電や家具が揃えられています。また、町中で使えるマップとクーポン券を渡したり、食事は外食や近隣の飲食店からのケータリングを利用してもらったり、地域経済を盛り上げる工夫を凝らしているのも特徴的です。

飯塚邸はオープン後、各地からの観光客の誘致に成功しています。決して観光地としては著名ではない那珂川町をめざして、成田空港から直接訪れる外国人観光客もいるそうです。

藤井:狙いどおり、1週間近く滞在してくださるお客さまも出てきました。驚いたのが、飯塚邸を拠点に、日帰りで片道3時間かけて別の観光地に車で移動するといった使い方をする外国人観光客の方が少なくないことです。こういった宿泊施設の使い方が広がれば、バスなどの二次交通がない集落でも収入を得る方法が出てきそうだと感じています。

飯塚邸文庫蔵

蔵をリノベーションした部屋も人気

「アグリツーリズモ」のさらなる展開。農業以外の収入源を増やし、農家の新たな挑戦を促す

大田原市田園風景

田植えシーズンがはじまると、緑に囲まれたより一層美しい景観が楽しめます

藤井さんは、ヨーロッパに視察に行った際、アグリツーリズモに対して感じた期待を次のように語ります。

藤井:ヨーロッパでは大規模にアグリツーリズモに取り組む農家さんが多くいました。農業を主軸としながらも、30室もあるホテルやプール付きのホテル、レストラン付きのホテルを運営している農家さんがたくさんいる。農家さんが本業以外で稼ぐもうひとつの手立てが確立されているんですよね。この栃木県でも、同じようなことができたら農業維持にもつながり、観光客にとっても面白いじゃないですか。

そんな思いから、自らチャレンジした飯塚邸での経験や知見をもとに、藤井さんたちはさらにアグリツーリズモを展開しようとしています。すでに、大田原市では7軒の農家が自身の土地や施設を活かした宿泊施設を開設。今回はそのうちの1軒、米・麦・大豆農家の岩城さんが運営する「Hotel MOKUREN」にお邪魔しました。

「Hotel MOKUREN」を運営する岩城さん

「Hotel MOKUREN」を運営する岩城さん

岩城さんは、勤めていた会社を2015年に退職し、大田原市へ移住。奥さまの家業である農業を継ぎ、大田原ツーリズムと連携して自宅で農泊として教育旅行を受け入れてきました。さらに、2024年4月には別宅の古民家をリノベーションした「Hotel MOKUREN」をオープンし、アグリツーリズモとして個人旅行者の受け入れも開始。現在では、家族旅行やカップル、友人同士での旅行など、さまざまな属性の旅行者が宿泊しています。

Hotel MOKUREN 居間

昔ながらの日本家屋の居心地を味わえる居間

Hotel MOKUREN キッチン

現代風にリフォームされたキッチン

農業以外の副収入が得られるというメリットに加えて、「住居と分けてプライバシーを保ちつつ、いろいろな人と出会えるのが楽しい」と語る岩城さん。最近では「Hotel MOKUREN」をさらに盛り上げるべく、庭でお祭りイベントを開催したり、バーベキュー設備や卓球台をつくったりと、積極的に取り組んでいるそうです。

Hotel MOKUREN 卓球台

手作りの卓球台。卓球なら言語や年齢を超えた交流が生まれると宿泊者にも好評

このように、グリーンツーリズムやアグリツーリズモにかかわる農家さんの考えや行動が変化していく場面を目の当たりにするのも、事業を進めるなかで感じる喜びのひとつだと藤井さんは語ります。

藤井:岩城さんがお祭りを開催されているのはまさにそうですが、農家さんたちが自分たちの持つ価値に気づき、それを活かしてどんどんと外に開かれていっているのを感じるんですよね。観光客の方々との交流が、農家さんたちが新しいことに挑戦するきっかけになっている側面もあると思うと、うれしいです。

稼げる農家を増やす。その成功事例を生み出しつつ、持続可能な地域の未来を実現したい

藤井大介さん

当初、大田原市からの「グリーンツーリズムで地域を活性化してほしい」という依頼をきっかけに誕生した大田原ツーリズム。もともとは大田原市に馴染みがあったわけではないという藤井さんですが、取材中、訪れる先々で地域の方々と親しげに語る姿から、この13年の取り組みの成果が感じられました。

また、楽しそうに、そして自主的に新たな活動にも取り組む農家さんたち。このグリーンツーリズムの取り組みが収益面ではもちろん、地元や仕事への誇りを育むという意味でも意義のある活動になっていることがわかります。

起業から4年で黒字化を達成し、現在では年間3億円以上の地域への経済効果を生み出すなど、数字の面でも大きな成果を上げています。しかし、挑戦はまだはじまったばかり。これからの課題も多々あると語ります。

藤井:大田原で、もっと稼げる農家さんを増やしていくのが当面の目標です。特にアグリツーリズモは、まだはじまったばかりですが、まずは年間で一千万円規模の収入を得る農家さんが増えてほしいと思っています。同時に、この活動を単なる社会貢献ではなく、ビジネスとして持続させていくことも重要です。一時的な盛り上がりに終わらせず、補助金などの外部支援に頼りきることなく、長期的に自立・継続できる仕組みを築いていく。そのためにも、高齢化が進む農業従事者のなかで次世代のリーダーを育成していくことも大切だと考えています。

さらに、藤井さんの視線は大田原市だけにとどまりません。ゆくゆくは日本全国で、グリーンツーリズムの市場が盛り上がってほしいと話します。

藤井:大田原の取り組みを参考にして、同じような活動に挑戦する地域が全国にもっと広がっていけばいいなと思います。農業だけにとどまらないビジネスを各地の農家さんが取り入れることで、経営のあり方が変わり、若い人たちも農業に関心を持つようになると思うんですよ。

また、経営のあり方が変われば、人里離れた土地でも単独で自立可能な農業経営が実現できるのではないかと思います。

地域同士の横の連携が大事だと思うので、僕たちにできることがあれば気軽に声をかけてほしいですね。そのためにも、まずは真似したいと思ってもらえるような成功事例を、大田原でどれだけ生み出せるかが重要です。

グリーンツーリズムが「楽しく、しっかり稼げる」ものであることを証明していく。そして、それが結果として農村や農業の持続可能な未来につながるのであれば、これほどうれしいことはありません。

藤井大介さん

この記事の内容は2025年5月15日の掲載時のものです。

Credits

取材・執筆
白鳥菜都
写真
関口佳代
編集
プレスラボ、CINRA,Inc.