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実寸大の3Dデータが叶える、みんなが納得するまちづくり。「VIRTUAL SHIZUOKA構想」とは
近年、急激な人口減少・少子高齢化により、担い手不足、社会インフラの老朽化などの社会課題が深刻化している、日本。国土交通省が建設業界の生産性向上をめざして推進する「i-Construction」の背景には、2026年の建設業界の就業人口が2016年と比べ半分になってしまう、という見立てもあるほどです。
そんななか、静岡県では深刻化する課題に対応するため、デジタルとリアルを融合させ仮想空間のなかに県全土を実寸大で再現する「VIRTUAL SHIZUOKA(バーチャルしずおか)構想」を推進しています。静岡県内の市町個々では解決が難しかった課題を県として一手に担い、快適でスマートな社会をめざす壮大なプロジェクトです。
この構想でどんなまちづくりができるのか、私たちの生活にどのように活用されるのか。今回は「VIRTUAL SHIZUOKA構想」事業の立役者の一人である、静岡県 デジタル戦略局 参事の杉本直也さんに、構想までの歩みと未来のまちづくりへの想いについてお話をうかがいました。
実寸大の静岡県がバーチャル空間上に出現?「VIRTUAL SHIZUOKA構想」とは
─まずは「VIRTUAL SHIZUOKA構想」の概要を、わかりやすく教えていただけますか?
杉本:簡単にいえば、縮尺1分の1、つまり実寸大の静岡県を仮想空間上につくり、そのデータを誰でも自由に閲覧や活用ができるよう、オープンデータとして公開するプロジェクトです。「3D」「バーチャル」といえば、なんとなく実物に近い形のものを仮想空間上に表現する……といったことが思い起こされますから、静岡県全体の実寸大バーチャルデータが存在するというと驚くかもしれませんね。この「実寸大」というのが「VIRTUAL SHIZUOKA構想」の大きな特徴かつ意義なんです。
なぜなら、実寸大で表せば、リアルと同じ条件下でシミュレーションできるからです。このプロジェクトは当初、災害対策の一環としてスタートしたのですが、実寸大のバーチャルデータを記録しておけば、デジタルツインのなかで災害前後の比較やシミュレーションを行うことができ、迅速で安全な災害復旧に役立ちます。橋や鉄道などのインフラや建物のデータがあれば、修復が必要になったときにも活用可能ですね。
実寸大の静岡県を構成するのは「3次元点群データ」です。これは、緯度・経度・標高などの3次元の位置情報を持った「膨大な数の点」で立体的に描いている、点描画のようなものです。3次元、デジタル、そして実寸大で構成している、「令和の伊能(忠敬)図」とでもいえばわかりやすいでしょうか。
杉本:3次元点群データが空中写真などから作成した3D映像と決定的に異なるのは、レーザ測量で地表面を直接計測していることです。取得したデータを解析することで、たとえば「木の枝や葉が生い茂っている層」「その木が根を下ろす地面の層」といった、複数のレイヤーを持った立体的なデータをつくり出せます。データをレイヤーごとに閲覧できれば、必要な情報をピンポイントで入手できますから、効率的ですよね。さらにいえば、「木の枝の層」のデータからは二酸化炭素の吸収量を算出したり、「地面の層」のデータからは、詳細な地形情報を取得したりできますので、さまざまな目的に活用できるという、大きなメリットがあります。
─「VIRTUAL SHIZUOKA」は、実物と同じものをデジタルデータ上につくる、いわゆる「デジタルツイン」と呼ばれるものだと思います。行政・民間問わず、いまデジタルツインが注目されていますが、それはなぜでしょうか?
杉本:デジタルツインは、製造業を中心に以前から使われていた技術なんです。それがいまになって注目を浴びているのは、まちづくりなどより幅広い分野へと用途が広がったためではないでしょうか。デジタルデータが有効に活用できればシミュレーションが容易になり、時間やコストの削減にもつながりますから、その価値がより高まっているのだと思います。
─その他に見込んでいた活用方法があれば、教えてください。
杉本:先ほど「実寸大のデータを記録しておく」というお話をしましたが、「デジタルアーカイブ」も目的のひとつでした。リアルで失われたものは簡単に取り戻せませんが、あらかじめ実寸大のデータをアーカイブとして保存すれば、街の記憶を記録として次世代に渡していくことができます。現状のデジタルツインは、人の五感のうちの視覚の領域にとどまっていると思いますが、ゆくゆくはデータを取得する頻度を増やすとともに、技術が進歩すれば、街の「音」や「匂い」といった、そのとき・その時代のデータも蓄積させて、「文明」規模でデジタルアーカイブできるようにしたいですね。
すべての人に開かれたオープンデータは、幅広い社会課題解決の一端を担う
─日本国内では、高齢化や人口減少が進む地方都市での公共交通機関が縮小・廃止されるなど、さまざまな問題が表層化しています。「VIRTUAL SHIZUOKA構想」は、こういった課題解決に対し、どのように貢献できるのでしょうか?
杉本:このプロジェクトでは、人手不足が深刻な公共交通機関への対応や、高齢者・交通弱者の移動支援として期待が高まっている、自動運転での活用も目標のひとつにしていました。自動運転の導入には多くのコストがかかるほか、安全性の検証などにはとても長い時間を要します。これは自動運転を必要とする地方都市にとって大きな障壁になるため、デジタルツイン環境をうまく活用して社会実装を進めたい、という思いがありました。
具体的にどういった形でデータを活用できるのかというと、自動運転実用化のために不可欠な「高精度3次元地図(HDマップ)」の作成です。HDマップは作成コストが高いという課題があるのですが、静岡の県道の点群データをオープンデータ化することにより、低コストで作成できる可能性があるのではないかと考えました。HDマップを制作する企業に「VIRTUAL SHIZUOKA」のデータ活用を提案し、それがきっかけとなり「しずおか自動運転Show CASEプロジェクト」と題した実証実験がスタートしました。
杉本:こうして点群データをオープンにすることで、新たな領域から関心を持つ企業や研究者が現れ、さらなる発展につながることも期待しています。また、自動運転のほかにも、上空の架空線の点群データを活用した次世代エアモビリティ(eVTOL)、いわゆる空飛ぶ車の社会実装に向けた取組みも、航空事業・測量事業を行う朝日航洋株式会社と協業してスタートしています。今後も、インフラ老朽化への対応はもちろんのこと、アーカイブした映像、音、匂いなどによって高齢者の記憶にアプローチし、フレイル(加齢などによって心身が衰えること)予防につなげることなどを通じ、地方自治体の抱えるさまざまな課題に対して、「VIRTUAL SHIZUOKA」を活用してもらいたいと思います。
─オープンデータに関するお話をいくつかいただきましたが、こうしてデータをオープン化し、すべての人に分け隔てなくデータを開示する理由や意図について、さらに詳しくうかがえますか?
杉本:そもそも行政の保有データはすべての市民に開かれているべきだと考えています。開示請求によって個人情報以外の情報は入手できる、という「情報公開法」は存在するものの、はじめからオープンデータとして公開しておけば、申請手続きや審査といった、開示請求のための手続きは不要です。オープンデータに関しては、「使われないデータを公開すべきか?」という議論がしばしばされるのですが、そのデータが使われるかどうかにかかわらず、公開されていることが大事なのだと思います。すべての市民が等しくデータにアクセスできる状態をめざすことこそが、オープンデータ運用における原則なのです。
「VIRTUAL SHIZUOKA」は、東京都と共同のプラットフォーム「東京都デジタルツイン3Dビューア(β版)」を用い、点群データの可視化とダウンロードができるようにしています。東京都のプラットフォームを利用しているのは、「点群データのプラットフォームを一元化したい」という意図があったためです。データ利用者からすれば、自治体ごとにWebサイトが存在するのは使いにくいですし、本来、このようなデータはできるだけ集約したプラットフォーム上で展開されるべきだと思います。
─自動運転のほかに、「VIRTUAL SHIZUOKA」が活用された事例はありますか?
杉本:先ほどお話ししたとおり、オープンデータは誰でも自由に利用できるという特性上、使用許諾が不要なので、実は私もすべての活用事例は把握できてはいないんです。それでも、企業や自治体、個人によるゲーム制作まで、バラエティに富んだ活用をいただいていると耳にします。
たとえば「J-クレジット」という温室効果ガスの排出削減量や吸収量を国が保障する認証制度において、従来ならば実際に森林に入って行う調査が必要だったところを「VIRTUAL SHIZUOKA」を活用して認証を取得できた、という事例があります。
また、プレイヤーが土地開発や建造物の設置などを自由に行えるゲーム上で、「VIRTUAL SHIZUOKA」の3次元点群データを活用して、リアリティあふれるまちづくりをしている例も届いています。
杉本:この動画を見たときは私も驚きました。オープンデータとして公開することで、想定していた活用方法を超えて、さまざまな人が遊んでくれたり、ゲーム開発などの新たなビジネスに利用したりしてくれる好例だと感じています。
―「VIRTUAL SHIZUOKA」の活用が今後さらに広まり、将来的にはどのようなことが実現されていくと思いますか?
杉本:リアルと同じ実寸大の点群データは、「誰でもわかりやすい」という大きなメリットを持っています。これをさまざまな人がかかわる物事をスムーズに進めるための、「合意形成」につなげていけると思っています。
たとえば、道路や河川などの公共工事を行いたいとき、すべての土地所有者から理解や納得を得るには時間がかかります。工事によってどんなメリットやデメリットが生じるのか、といった未来予測は難しいですし、説明も容易ではありません。そうしたときに、いままでのような二次元の図面を用いた机上の説明ではなく、デジタルツイン上に設計したバーチャル空間にVRゴーグルを着けて集まってもらい、現実に近い見え方や感覚を共有します。「将来こうなります」とお話ししながら、参加者に実際に体感してもらったらどうでしょう。きっと合意形成までのスピードはぐっと早くなるんじゃないでしょうか。
「バーチャル」「デジタルツイン」などというと特定の世代向けと思われがちですが、決してそうとは限らず、誰にでもわかりやすく伝えることができるという点で、どんな世代の人にもマッチするんです。老若男女誰にでも伝わるし、誰も置き去りにしない。まさに人に寄り添うことにつながるデータだと思います。
「デジタル×リアル」を活用するミライに向けて、ファーストペンギンといえる静岡県ができること
―「VIRTUAL SHIZUOKA構想」をほかの地方自治体へ広げていくために、意識していることはありますか?
杉本:行政は、民間企業に比べると「失敗が許されない」という風潮があります。つまりリスク回避のため、前例のないことはやりづらいんですね。ですから、この「VIRTUAL SHIZUOKA構想」をオープンに進めていくことで私たち静岡県がファーストペンギンとなり、点群データをオープンデータ化することの意義を公表し、質問に答えていくことで、ほかの自治体が同じような取組みを行うための障壁をなくしていきたいと思っています。
―データ活用の可能性を広げるために、常に先陣を切っているのですね。とても魅力的な「VIRTUAL SHIZUOKA」ですが、ここまでの運用で見えてきた課題はありますか?
杉本:データ取得のコストと保管コストの削減は、今後の課題だと思います。「VIRTUAL SHIZUOKA」の点群データ取得には多額の費用がかかっています。また広範囲かつ詳細なデータなので、30TBと容量がとても大きく、保管・運用するにも大きなコストが必要です。そのため、静岡県と同様に点群データの公開をはじめた自治体などと一緒に「点群データ活用研究会」を立ち上げ、検討をしています。点群データの取得・更新については、広域で実施するメリットが大きいため、自治体単位ではなく、できれば国に協力してもらい、やがて「VIRTUAL JAPAN」の誕生につながったらうれしいですね。
―今後、オープンデータである「VIRTUAL SHIZUOKA」を、どういった人たちにどのように活用してもらいたいですか?
杉本:未来を生きる若い世代の人に「将来こういう街をつくりたい」という希望をバーチャルで自由に考え、主張してほしい、という思いをずっと抱いています。
近年、空き地や公園など子どもが自由に遊べるような土地が減ってきています。その代替として、子どもたちや若者が「自由に何をやってもいい場所」を、バーチャル空間上で提供し、自分たちの住みたい街をつくっていってもらいたいのです。現実世界ではチャレンジできなかったり説明が難しかったりする想いやイメージを、バーチャルの力を使ってつくることができたら、その実現に向けて動きたい、という意思を持つ仲間が現れるかもしれません。さらに、それをサポートしたいという行政や企業が現れることも期待できます。そんな希望にあふれた未来をつくる一つの手段として、活用してもらえたらうれしいですね。
―最後に、「自分の住んでいる地域を盛り上げたい」という思いを抱えた人々に向け、課題解決のために今すぐできる“第一歩”があれば教えてください。
杉本:「VIRTUAL SHIZUOKA」を構成する3次元点群データは、航空機やドローン、自動車などによる測量がベーシックではありますが、実はスマートフォンがあれば誰でも集めることができます。写真や動画を撮るように、点群データを個人が取得できる時代はすでに訪れていて、近年は無料のスキャンニングアプリも多数リリースされています。自分の住んでいる街や地域をスキャンして、データをアーカイブし、地域の情報として発信することで、街が持つ魅力、そして課題をも包括して、自分ごと化することにつながっていくかもしれません。
地域のことに関心を持つ人、かかわる人が増えれば、何かのイノベーションが生まれる可能性も高まります。老若男女を問わず参加できるような、街歩きをしながら3次元点群データを取ってみるイベントなども、これから増えていくといいなと思います。
この記事の内容は2025年1月22日掲載時のものです。
Credits
- 執筆
- 林郁子
- 撮影
- 二瓶彩
- 取材・編集
- exwrite、CINRA, Inc.