Theme考える
気候変動とどう向き合う?これからのポジティブな「適応」を専門家と考える
自然災害や生態系の変化などを引き起こす気候変動は、世界各地が直面する切実な問題となっています。日本でも猛暑、大雨、干ばつといった、異常気象がもたらす影響が深刻化。熱中症による健康被害、農作物の不作や収穫量の減少、河川の氾濫などの甚大な被害は、気候変動に起因するといわれています。
世界の国々では、気候変動の主な原因となる温室効果ガスの抑制を長期的な目標に掲げ、さまざまな取組みが行われています。そうしたなか、気候変動を他人事として捉えるのではなく、自分事として受け止め、「適応」することが大切だと語るのは、気候変動の研究者である東京都市大学環境学部教授の馬場健司さん。
地球環境問題のスペシャリストで、文部科学省「気候変動適応技術社会実装プログラム」などにも参加している馬場さんに、これからの気候変動との向き合い方についてお話をうかがいました。
温室効果ガスによる温暖化が気候変動の大きな要因
―気候変動が世界的な問題として取り上げられるようになったのは、いつ頃からですか?
馬場:1980年代にオゾン層保護法が制定され、オゾンホール拡大のリスクが騒がれはじめたあたりから、環境問題はそれまでの局所的な課題に加えて、グローバルな課題ではないかという認識が広がっていきました。特に1992年にリオデジャネイロで開催された地球サミットで、気候変動と生物多様性の条約が採択されたことは大きかったでしょう。現在では、気候変動の原因は、18世紀後半の産業革命以降人間が出し続けている温室効果ガス、なかでも二酸化炭素が問題であると、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は結論付けています。
―近年では猛暑や大雨といったさまざまな異常気象が問題視されていますが、日本における気候変動はどのような傾向があるのでしょうか。
馬場:この100年間の推移を見ると、たしかに年間の平均気温はじわじわと上がり、猛暑日の日数も増えています。一方で、降水量全体では、一貫した傾向というよりは雨が降る年と降らない年の差が激しくなっているのですが、短時間強雨の頻度が高くなっているので、豪雨や台風による被害が増えています。
これらは、ヒートアイランドをはじめとしたさまざまな複合的要因によるものです。たとえば、気象庁気象研究所らが行ったイベント・アトリビューション分析と呼ばれる最新のシミュレーションによると、「近年の台風時の大雨の発生確率が、地球温暖化の影響により数倍になっていた」などの結果が出ています。
―ここ数年、より夏の猛暑が厳しくなり、熱中症も多発している印象があります。
馬場:猛暑は日本に限らず、世界的な問題になっています。こうした刻々と変化している気候に対して、どのように対処するのかが課題となります。この対処方法には、温室効果ガスの排出量を削減するなどして温暖化の進行を抑える「緩和策」と、温暖化から生じる悪影響を軽減する「適応策」という二つのやり方があって、それぞれ進めているところではあるんですが、なかなか進まないのが現状です。
―そうした対策が進まないのはなぜでしょうか。
馬場:国際的には対策費用の負担をめぐる先進国と途上国との政治的な対立がありますし、気候変動予測が不確実であるという問題もあります。環境政策は予防原則にもとづき、「科学的な因果関係が十分に証明されていない場合でも対策を取る」という考え方を心がけてはいますが、現実にはなかなかそうはいかないことが多いです。
科学的な不確実性は、この環境問題に対して懐疑的な見方をする人々を生み出す素地にもなっています。特に米国では政権交代のたびにこの問題への対応が変わり、気候変動だけが問題ではないのですが、国論を二分するような事態も見受けられます。
利他的な緩和策に対し、適応策は利己的であるがゆえに「自分事」として捉えられる
―二つの対策のうち、まず緩和策について詳しく教えていただけますか。
馬場:1992年に大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させることを目標とした「国連気候変動枠組条約」が採択され、1995年からCOP(国連気候変動枠組条約締約国会議)が毎年開催されています。そこでの当初の議論は緩和策なんです。
この緩和策では、日本で「脱炭素」と呼ばれているような、再生可能エネルギーの普及や森林による二酸化炭素吸収に取組んで、いかに温室効果ガスの排出量を減らして、温暖化の進行を遅らせていくかがカギとなります。
―その取組みは功を奏しているのでしょうか。
馬場:それが単純な話ではなく、国際政治の問題も絡んできます。初期のCOPでは先進国と途上国の対立構造が顕著で、とにかく先進国はお金を出しなさいという議論が展開されました。そのあと1997年に京都でCOP3が開催されて、京都議定書が採択されました。このとき日本に課された温室効果ガスの削減率目標はマイナス6%と、発電効率などがすでに高度化されていた日本にとっては不利な条件でした。
そして、京都議定書の採択後、各国での温室効果ガスの削減が実際に進んだかというと、強制力のある取り決めではなかったため、実際にはあまり効果がなかったんですよね。その後のパリ協定についても実効性が疑問視されてはいますが、すべての先進国・途上国が参加している点は異なります。
―難解であっても取組み続けることが必要な緩和策だと思いますが、同じくらい期待され、さらにもう少しコンパクトに実行できる対策が適応策となるのでしょうか。
馬場:はい。もちろん現在でも議論の中心は緩和策ですが、近年では適応策の議論も進んでいます。気温の上昇から生じる被害を軽減するための対策を講じる適応策では、「自分を守る、家族を守る、地域を守るためにはどうすればいいのか」「強靭な地域をつくるには、どうすればいいのか」といったことを考えていきます。だから、「地球規模で、みんなのために取組みを進めよう」という「利他的」な行動を求められる緩和策に比べると、「まずは自分個人の身の周りから何とかしよう」という意味で、適応策は非常に「利己的」でよいのです。
―気候変動をより自分事として捉えやすくなるということでしょうか。
馬場:はい。実際、地域社会で気候変動の問題を考えるときに、地球規模での温暖化リスクを訴えても、現実味がないですよね。それを身の周りで起きていることに置き換えれば、自分事として対策を立てないといけないと考えるようになるんです。
―適応策が世の中に浸透している実感はありますか。
馬場:「適応策」という言葉を認識している人は増えました。特に2018年に気候変動適応法が施行されてからは、問題意識が高まっていると感じます。
―気候変動適応法とは具体的にどのようなものなのでしょうか。
馬場:例としては「気候変動の影響を予測、モニタリングして、5年ごとに国の報告書としてまとめていくこと」「気候変動に関する情報の発信や調整をする組織として、各地域に気候変動適応センターをつくること」などが挙げられます。この結果、いまではほとんどの都道府県に気候変動適応センターが設置されています。また、自治体が気候変動適応計画を策定することが努力義務として定められています。
―私たち個々人や各地域で取組める適応策には、どのような例があるのでしょうか。
馬場:前提として、適応策は伝わりにくいんですよね……。緩和策であれば非常に明確なわけです。目標値を何年後かに設定して、それに対して温室効果ガスを何%削減しますという数値目標が掲げられて、どれだけ再生可能エネルギーを導入するか、どれだけ森林の二酸化炭素吸収率を高めるかなど、具体的な対策が分かりやすいんです。
それに対して適応策は、「農作物の品種改良」とか、「防潮堤を少し高くする」とか、「熱中症警戒アラートを分かりやすく発信する」といった例が挙げられます。どれも地道な取組みなので、分かりやすく結果が出るものではないんです。
―品種改良にしても、結果が出るまでに時間がかかってしまいますよね。
馬場:そうです。農業の分野でいうと、気候の変化に合わせて技術開発や品種改良を行うという取組みは、地球温暖化に関わらず、これまで多くの都道府県で長年やってきていることなんです。米を例に挙げると、品種改良に約10年かかるといわれています。これに関連して、いまから品種改良をして高温に耐性のある品種を導入しておかないと将来的に気温の上昇で農作物が生育不良を起こす、といった予測情報も出ています。
―いまのうちに気候予測をして実証試験を行うことで、10年後20年後の未来を見据えておくことが大切なんですね。
馬場:そうやって長期的な戦略を立てなければいけない切迫した状況なんですが、農業のみならずさまざまな分野で気候変動の影響を予測するという取組みは、実際には各地域でまだ十分に行われていません。そういった科学的知見を行政計画に取り入れている地域はごくわずかなんです。そのため、われわれ研究者が適応策の重要性を説明していく必要性があります。
先人たちの知恵を生かしながら、気候変動のポジティブな側面に目を向ける
―気候変動が抜本的に解決されるのは困難かと思いますが、われわれはどのような意識で気候変動に向き合っていけばよいのでしょうか。
馬場:特効薬がないからこその適応策なんですよね。これまでの人類の歴史を見ても、寒さや暑さに適応して生き延びてきたわけですから、先人たちの知恵をうまく使いながら、「気候が変わったら、こう対策する」ということを実践していく以外にないと思います。
―そういった意識を全国の各地域に広めていくために必要なことはありますか。
馬場:すでに、風力発電で地域活性化を進めている自治体がディスカッションを行う「全国風サミット」や、日本の歴代最高気温を記録した自治体が暑さ対策を発表する「アツいまちサミット」などが開催されていますが、そのように地域特性が似ている同士でうまく結び付くことが考えられます。こうした会合やイベントなどによって情報や経験を共有し、効果的な施策や行動様式をお互いに学習し合うことが重要だと思います。
―個人レベルでは、どういう取組みができるのでしょうか。
馬場:たとえば、2014年に代々木公園でデング熱などの病気を媒介する蚊「ヒトスジシマカ」が出て、大騒ぎになったことがありましたよね。
―はい。海外でデング熱に感染した人が、代々木公園でヒトスジシマカに刺され、そこからヒトスジシマカが媒介となって150人以上が国内感染したという報道がありました。
馬場:ヒトスジシマカが見つかったからといって、直ちに大勢の人がデング熱に感染するわけではありません。しかし、流行する確率は高くなります。そこで「自分とは無関係だ」と思うのではなく、感染リスクが高まっていると頭の片隅にでも置いておけば、後々の行動も変わるはずです。それは熱中症に関しても同じことがいえます。
―熱中症に関しては、何らかの対策をしている人も多いですよね。
馬場:自衛はもちろんですが、自己管理の難しい幼児や高齢者などは自分自身で対策ができないので、周りが支えないといけません。そうなると、やはり周りの人が熱中症に対してどれくらい意識しているかという点は重要になります。
―そういった危機管理に地域差はあるのでしょうか。
馬場:実際に気候変動の影響を受けつつある地域とそうでない地域とでは差が出ると思います。たとえば、沿岸部に住んでいる人は高潮の危険と隣り合わせですので、国や自治体が高規格堤防の整備やポンプ施設の耐水化・機能強化などを行っています。以前から猛暑として話題になっている熊谷などに住んでいる人は、北海道などの寒い地域に住んでいる人よりも、日頃から熱中症対策ができていると思うんです。それぞれの地域ごとに気候変動による影響は違うので、脆弱だと思われる部分を早めに認識して、問題意識を持つことで、リスクヘッジを脳内シミュレーションできるはずです。
―あまりにも気候変動を深刻に考えてしまうと窮屈になってしまいますが、猛暑による好天で外出が増えて、外食や熱中症対策商品の購入など、個人消費が増えているともいわれています。
馬場:気候変動のポジティブな側面に目を向けるのは、とても大事なことです。これまでのようにリスクを挙げて恐怖心を煽ることで問題意識を高める方法は、長くもたないと思うんですよね。
それよりも、対策をすることでどのようなプラスの効果があるのかを広めた方が、心に刺さりますよね。たとえば農業でいうと、愛媛のアボカドや八王子のパッションフルーツなど、亜熱帯で生産されていたフルーツをつくる農家さんが出てきていますが、そのように新たな特産物を生み出していく事例が今後も増えてくると思います。
―たしかに、どちらも全国的に有名ですよね。
馬場:同じく1次産業でいうと、漁業もそうですよね。気候変動によって、それまで水揚げの多かった魚の漁獲量は激減したけれど、それまで獲れなかった魚の水揚げが増えるといった事例が全国的に増えています。従来は捨てていた魚に新しい食べ方や調理方法を編み出した結果、それが定着して新たな郷土料理、名物料理といわれるようになっている地域もあるんです。
―気候変動に順応していくことが必要なのですね。
馬場:そうですね。気候は社会や生活を規定する大きな基盤なので、これまでも人々に大きな影響を与えてきました。それに対してネガティブな捉え方もありますが、どうにもならないことは受け入れることで、10年20年かけて新しい品種のブランド生産地になるなど、機会を活用することもありえるわけです。
特に農業においては、長い歴史のなかで気候に翻弄されてきた経験が蓄積されているがゆえに、品種改良や技術革新に積極的で先進的な生産者などを中心に気候が変わることに対する覚悟ができている生産者の方が多いと感じています。
その一方で、後継者不足などの問題は深刻なので、気候が変化しても持続可能な農業のシステムを確立させる必要があります。その一つの可能性として考えられるのが農業の「法人化」や「工場化」です。これまで以上に効率的な生産手段を確立することで、経済的にも持続可能な未来を実現できるといいですよね。
―そうやって気候変動を強みに変えていくには、どうすればいいのでしょうか。
馬場:現在では気候変動の予測に関しては、全国の全分野を網羅しているわけではありませんが、ある程度はすでに科学的なエビデンスがあるので、「いつ頃どうなるのか」ということは分かりつつあります。そうすると対策のロードマップもつくりやすいし、イノベーションを起こせる可能性も広がります。そうした気候変動のデータは国立環境研究所のサイトから無料でダウンロードできますから、大いに利用してもらいたいですね。
不確実性は高いのですが、地域の他の社会課題と同時解決できるような施策を立案していくことで、「空振り」を防ぐこともできます。そうやって最新のデータを活用しながら気候変動をポジティブに捉えて、次世代の子どもたちのためのレガシーづくりをしていくことが、いま求められていることではないでしょうか。
―レガシーづくりのために、個人でできることはありますか。
馬場:一昔前なら桜が咲く時期は入学式でしたが、いまは卒業式になりつつありますよね。以前の感覚でいうと、春と秋が短くなっていますし、温暖化によって四季も変化しています。日本人は万葉集の時代から四季折々の情景を大切にしていますが、環境が変化したからといって、感性まで失われるとは思えません。ですから、個々人が日記や写真、ソーシャルメディアなどで四季を記録して、情報をストックしていくといいと思うんです。いわゆる「シチズンサイエンス」(市民科学)ですね。
―そうした記録がどのような役割を果たしていくのでしょうか。
馬場:孫やひ孫の世代になったときに過去のアーカイブにアクセスすることで、新たな対策や解決法のヒントが見つかるかもしれません。そうやって気候変動を長期的なスパンで捉えることで、持続可能な社会につながるのではないでしょうか。
この記事の内容は2025年1月17日掲載時のものです。
Credits
- 取材・執筆
- 猪口貴裕
- イラスト
- ニッパシヨシミツ
- 撮影
- Ryo Yoshia
- 編集
- exwrite、CINRA, Inc.