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地域イノベーションの鍵は「ワデュケーション」にあり?秋田県鹿角市の事例で得た発見

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ここ数年で新たな働き方が浸透し、首都圏以外への移住にも注目が集まりました。それでも人口減少、人手不足などの課題は多くの地域が抱えています。

NTT東日本グループでは「地域の未来を支えるソーシャルイノベーション企業」として、2023年に新組織「地域循環型ミライ研究所」を発足しました。その一環として、Work(仕事)+Education(地域のことを学ぶ教育)+Vacation(休暇)を組み合わせた体験プログラム「ワデュケーション」を実施。

リモートワークをしながら地域に滞在し、その土地の文化・食・自然や地元の人々との関わりを通して、地域外に拠点を持ちながらも多様なかたちで地域に関わる「関係人口」となり得るのか、可能性を検証する取組みです。

2024年は秋田県鹿角(かづの)市を舞台に、5月と8月の2回にわたってワデュケーションを実施しました。参加者は、地域活性化に興味がある、さまざまな企業の社員19名。特に8月の回では、ユネスコ無形文化財に登録されている鹿角市の大イベント『花輪祭の屋台行事 花輪ばやし(以下、花輪ばやし)』にも、ワデュケーション参加者が活躍しました。

街に滞在し、学び、地域の方々と交流することで、どのような効果が生まれるのでしょうか。秋田県や鹿角市、NTT東日本グループのワデュケーションプログラム企画者と、ワデュケーション参加者の双方にお話を聞きました。

ワデュケーションで地域の文化を体感。住民とふれあい、伝統祭礼にも参加

―まず、鹿角市でワデュケーションを実施した背景について、秋田県庁の田村さんから教えてください。

田村:今回の企画は、新潟県佐渡市で行われていたNTT東日本 地域循環型ミライ研究所(以下、ミライ研究所)によるワデュケーションに、私が興味をもったことで始まりました。秋田県でも移住や定住などにより、もっと人を呼び込みたいという思いがあり、ぜひ実施していただきたいとお願いしたんです。

そこからまずは鹿角市を含む、県内4市をミライ研究所の水谷さんたちと視察し、「ワデュケーション」をどこで実施するかご相談させていただきました。

水谷:実は当初、ユネスコ無形文化遺産に登録されているお祭り『花輪ばやし』や、『毛馬内(けまない)の盆踊り』が鹿角市にあることを知りませんでした。私だけでなく、ワデュケーションの参加者たちもほぼ同じような認識です。そもそも、鹿角市という地名すら知らなかった人たちも多かったでしょう。

しかし、鹿角市には祭り以外にも文化、食、自然の資源が豊富にあります。関係人口創出の施策についても、前向きに取組まれていることを知り、ワデュケーションのフィールドとして決定しました。

NTT東日本 地域循環型ミライ研究所 水谷さん

―『花輪ばやし』への参加は、ワデュケーションのプログラムとして組み込まれていましたね。地域の人と一緒にお祭りの楽しさを体感できる機会だと思いますが、そもそも『花輪ばやし』とはどんなお祭りなのでしょうか。

田村:『花輪ばやし』は2日間にわたる祭礼で、10台の屋台(山車)が締め太鼓や大太鼓、三味線や笛、鐘を鳴らしながら街中を合同運行し、同市にある「幸稲荷神社(さきわいいなりじんじゃ)」にお囃子を奉納します。1日目の18時ごろから始まり、翌日朝6時ごろに終了。2日目も19時ごろから翌朝2時、3時まで続く、賑やかでユニークなお祭りです。

一番の見どころである駅前行事。10台の屋台が集合し、お囃子の音が響き合う

水谷:ワデュケーションの参加者は、数人に分かれて屋台につき、地元の人たちとコミュニケーションを取りながら、重さ10トンもある屋台を一緒に引きました。屋台を移動させるのはすべて人の手で行うんです。

法被を着ている2人がワデュケーション参加者(うち右が水谷さん)
写真左がワデュケーション参加者の森さん。「見ず知らずの方々ばかりで緊張したが、みんなが気さくに話しかけてくれた」と話す

水谷:通常、太鼓や笛を演奏する屋台のなかは地域の方が入るので、ほかの地域からの参加者は屋台を動かすお手伝いのみなのですが、今回は地域の方の勧めで特別に太鼓を叩かせてもらえた時間もあり、より地域の一員となれた大きな経験になったと思います。言語化することが難しいような、貴重な体験でした。

鹿角市ならではの市民性とは?金鉱の街として根づいた「おもてなし」の心

─地元の方との交流は、ワデュケーションにとって重要な要素のひとつだと思いますが、お祭りの話だけでもいかに有意義な機会だったかが伝わってきます。

田村:そうですね。鹿角市には歴史や文化がありますし、そこに住む人たちの市民性も魅力だと思います。

─実際に参加された、ANA総合研究所の森さんは、地域の方と接してみていかがでしたか?

森:地方というと、閉鎖的で外からの人を受け入れないという雰囲気の場所もあるかもしれませんが、鹿角市の人たちは違いました。まったく見ず知らずの私たちを受け入れてくれ、優しく声をかけていただいたり、ていねいに説明もしてくれたり。地域の外から来た我々のようなよそ者に対しておもてなしの心があって、驚きました。

木村:私は鹿角市役所で働いており、水谷さんと一緒にワデュケーションのプログラムを計画しましたが、鹿角市の市民性もプログラムのなかで伝わればいいなと考えていました。

秋田県鹿角市は、秋田県の北東端部の位置する青森県と岩手県の県境にあり、山々に囲まれた人口3万人弱の小さな市です。古くから金が採れる街として栄え、全国から多くの鉱員が移住者として住み着きました。歴史的にも佐竹藩、南部藩(岩手県中部から青森県東部、秋田県東北部のエリア)、津軽藩に挟まれ、市内に3つの温泉郷を有し、宿場町として栄えたことから、外から来る人たちを受け入れやすい性格はあるのかもしれません。

秋田県のマップ。鹿角市は青森に近い北東部に位置する

水谷:実際に、参加者が地域の方ととても仲良くなり、最終的にはみんなでLINEグループもつくりました。都内で見つけた鹿角の地酒など、鹿角市に関することを報告しあったり、プライベートで鹿角市を訪れたりするような人もすでにいます。

写真左から水谷さん、森さん、田村さん、木村さん

観光では味わえない現地での体験が、その街と自分の距離を縮める

―ワデュケーションのプログラムはどのように決めたのでしょうか?

木村:ミライ研究所側の要望は、地域住民と参加者がしっかり現場レベルで意見交換できること。そして鹿角市側の要望は、関係人口を増やすこと。その両方を意識して、より深く鹿角市を知ってもらえるようにしています。プログラムのなかでも、地域の人とも関われて楽しい時間が過ごせる『花輪ばやし』は大きなフックになりました。

森:ワデュケーションに参加して、観光ではできないようなことを体験させてもらいました。世界遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」のひとつである⼤湯環状列⽯(おおゆかんじょうれっせき)では、一般の観光客では入ることができないところまで入って、草刈りなどの史跡整備のボランティアを地域のシニアスタッフとさせていただきました。地域の方と何気ない会話ができたことはワデュケーションならではだと思います。

大湯環状列石。約4,000年前の遺跡で、野中堂環状列石、万座環状列石を主体とした列石を総称していう。「北海道・北東北の縄文遺跡群」としてこのエリアも2021年に世界文化遺産に登録された
草刈りの様子。通常、環状列石には近寄れないがシニアの方と入って一緒に石の周りを綺麗にした。写真左が水谷さん

森:ほかにも「鹿角ホルモン」という鹿角市のソウルフードを食べたことは忘れられません。すっかり胃袋をつかまれました(笑)

水谷:鹿角市は食文化も豊富です。「鹿角ホルモン」をワデュケーション初日に食べ、参加者全員が舌鼓を打ちました。初日に体験できたことも良かったですね。鹿角市のイメージががらりと変わりました。現地に行かないと味わえない魅力は確かにありますね。

鹿角ホルモン

ワデュケーションは鹿角市の課題解決の糸口をつくれるか?

―ワデューケーションで感じた鹿角市の課題はどのようなものがありましたか?

森:知名度の低さではないでしょうか。「鹿角市」と名前を出すと、残念なことですが、多くの人が「どこですか?」という回答です。しかし、鹿角市は世界文化遺産が4つもあり、自然も豊か。私の所属するANA総合研究所でも、地域活性化事業でさまざまなエリアと関わっていますが、そのなかでも鹿角市はとても恵まれた場所だと感じています。そういう意味では、地元のコンテンツを使って関係人口づくりをすることはいい解決策だと思います。

ANA総合研究所 森さん(左)と鹿角市役所 木村さん(右)

木村:鹿角市には大学がないため、高校卒業後も学ぼうとすると、外に出ていかなければなりません。これは仕方がないことだと感じてはいます。ただ、大学を卒業したらやっぱり戻ってきて、地元で就職してもらえるといいですよね。

よく魚のサケに例えるのですが、海へ出て大きくなったら帰ってくればいいと。そのため帰ってきやすい体制やUターンに力を入れていく政策も増やしています。

森:鹿角市では3つあった高校が1つに統合されました。少子化の課題はありますが、地元にUターンしてゲストハウスを経営している人など、地元に魅力を感じて戻って来ている人もいます。そういった人たちとお話をする機会が今回のワデュケーションにあり、鹿角市の可能性を感じました。

旅館を改装し、ゲストハウスとして夫婦で運営している「yuzaka(https://www.yuzaka.info/)」。妻の諏訪英子さんは鹿角市出身で、ゲストハウス設立を機会に戻ってきた(Uターン)。夫の芳明さんは、地元ではないが鹿角市に祖父の家があり、よく訪れていたそう。ゲストハウス運営を機会に移り住んだ(Iターン)

田村:私は以前、秋田県内に県外の企業を受け入れるワーケーション(居住地以外の場所に赴き、働きながら休暇を楽しむこと)の事業を担当していたことがありました。ワーケーションと比べてワデュケーションの良いところは、地域のことを現場で学ぶこと、複数の企業が参加してくれることです。

立場や業種の違う人たちからさまざまな意見をうかがうことができますし、参加者の方に地域の課題のことを知ってもらえることは、課題解決の糸口を見つけることにもつながると感じました。

水谷:秋田県には、あきたこまちやなまはげ、きりたんぽに秋田犬など、有名なモノがありますが、それは地域の方も周知の魅力です。

ワデュケーション参加者のような、地域外の人たちと意見交換する大きなメリットは、そこに住む地域の方たちが気づかない視点で、地域の特徴を切り取ってもらえること。そういった発見が、地元の魅力をあらためて知る機会になり、自分たちの街をより好きになるきっかけ、まさに地域愛(シビックプライド)の醸成につながるのではないでしょうか。

地域の中学生と名刺交換を行ない、会話をする機会もあった

ワデュケーションは新たなイノベーションのチャンスにもなる。ミライ研究所がめざす将来像

―今後のワデュケーションの将来的な展望や、具体的な目標などはありますか?

水谷:2つあります。1つ目は、企業の会社員として来てくださった今回の参加者たちが、今後、個人としてどう鹿角市と関わり続けていくのか。ミライ研究所では、引き続き調査・研究していきたいと考えています。

2つ目は鹿角市の魅力の発信なども含め、地域課題の解決につなげることです。リモートワークの普及によって、場所に縛られず仕事ができるようになりました。それを活かして実施された今回のワデュケーションでは、さまざまな企業の方が鹿角市で働きながら学び、鹿角市の魅力や課題を体感しました。ここで感じた「地域の実態」に向き合い、行動を起こしていくことが、「新たな価値の創造」につながっていくと思っています。

たとえば、現在、関係人口に関する専用のコミュニティサイトがありますが、どうやったら関係人口を増やしていくことができるのか、どのような機能を増やせば、地域の困りごとも解決できるようになるか、といったことを提案していきたいです。また、そういったことを地域の方たちと一緒に考えたり、新たなアプリケーションの開発などに結びつけられたりするとよりいいですよね。

鹿角市では、鹿角市に関わりたいと思っている人に「鹿角家家族証」を発行。家族になると、鹿角との関わり方を見つけるツアー参加や指定の古民家に宿泊でき、首都圏で年1回開催される交流会「家族会議」にも参加できる(https://kazuno-gurashi.jp/kazunoke)。ワデュケーションメンバーも鹿角家の一員になっている

木村:鹿角市では関係人口の創出をコロナ以前から続けていましが、「人口も増えないのに何になるの?」といった声も当初はありました。しかし「鹿角家」という関係人口の枠組みをつくって間口を広くすること、鹿角に愛着を持つ者同士の交流機会をもうけることで、だんだんと周囲も協力的になってきてくれて。今回のワデュケーションに関しても、地域のインプットにつながるのであればと応援してもらっています。

私たちとしても、無理に企業に来てほしい、鹿角に移り住んでほしいと呼びかけているわけではありません。ですが、ほかの地域の人が関わり続けてくれることで、地域の人たちの刺激になっていることは確かです。特に、今回の事業は企業とも持続的な関わりができればと考え、「企業版」関係人口という言葉で事業整理をしています。

鹿角市役所 木村さん(左)とミライ研究所の水谷さん(右)。今回のワデュケーションでは2人のコーディネートが大きな成果を生んだ

田村:私は、鹿角市をモデルケースにほかのエリアでも、ワデュケーションのような地域と交流できる取組みが広がっていけばいいなと思っています。コロナ禍でリモートワークという新たな働き方が生まれ、大変な時期ではありましたが、そこでオフィスに行かないという選択肢が生まれました。「働く場所が選べる」という点で地方に関心を持ってくれるようになれば、地方は大きく変わるんじゃないかと思います。

森:大都市圏は企業が多く集まっていますが、集まっている割にオープンイノベーションが起きづらい状況です。オープンイノベーションとは、異業種、異分野が持つ技術やアイデアを組み合わせ、革新的なビジネスモデル、製品開発などを生み出すこと。企業に勤めているだけの人たちはどうしても机の上だけで考えてしまいがちです。そうなると、なかなか良いアイデアは出てこないし、地域課題の本質とは逸れた使われないシステムができてしまう。

地域にはその土地の魅力と同様にさまざまな課題が多くあります。ワデュケーションにはその課題解決のために事業創出ができるような人材を育成する越境学習の可能性も秘めていると思うんです。そういった意味でも、地域へのワデュケーションを続ける意味はあります。イノベーションというのは課題のあるところに生まれるわけですから。

この記事の内容は2024年12月19日の掲載時のものです。

Credits

取材・執筆
工藤健
編集
森谷美穂(CINRA, Inc.)