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電気を使わず通信できる?IOWN構想で実現する近未来の通信世界【後編】

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NTTグループでは、多くのパートナーの方々とともに、革新的な光技術を用いて豊かな社会づくりに貢献するICT基盤の構想「IOWN(アイオン)構想」を掲げています。これは次世代のネットワーク基盤の構想で、従来のネットワークと比較して「大容量」「低遅延」「低消費電力」といった大きな優位性を発揮すると期待されています。

しかし、2019年の「IOWN構想」の提唱から数年が経過したものの、みなさんのなかには、「IOWN構想って、いったいなに?」と思われる方も多いのではないでしょうか?

今回も、IOWN構想の概要を解説した前編記事に引き続き、NTT東日本でIOWN構想の事業を牽引する瀧野祐太が登場し、より専門的な技術領域やビジョンなどを詳しく解説します。

また、具体的なユースケースについて、NTT東日本でIOWN APNサービスの商品開発などに取組んでいる酒井章代にも話を聞きました。

「IOWN構想」の3つの主要技術分野のひとつ、「オールフォトニクス・ネットワーク」が果たす役割とは?

─IOWN構想の主要技術分野のひとつ「オールフォトニクス・ネットワーク(以下:APN)」について、その特徴とIOWN構想のなかでの役割について教えてください。

NTT東日本 経営企画部 IOWN推進室 担当課長 瀧野祐太

瀧野:前編(参考記事:IOWN構想って、いったいなに?より便利な社会をめざす3つの技術分野【前編】)でも説明したとおり、APNはお客さまの拠点から別の拠点まで、すべての区間でフォトニクス(光)技術を活用するネットワークのことです。

APNは、IOWN構想の「通信」の部分において、3つの目標性能を掲げています。

1つ目は、伝送容量を現状と比較して125倍にすること、2つ目は、エンドトゥーエンド(端末から端末まで)の区間の遅延を現状と比較して200分の1にすること。そして3つ目は、電力効率を100倍、つまり消費電力を現在の100分の1にすることです。それぞれの実現をめざして、研究・開発が進められています。

遅延について補足すると、この性能目標はすでに達成済みです。たとえば、従来であれば数秒かかっていた映像信号の伝送が、0.01秒程度で可能となり、ほぼリアルタイムで映像を送ることを実現しました。

また、その遅延についても多くなったり少なくなったりする「ゆらぎ」をなくすことができるため、遅延量を確定することができます。

─数字だけ聞くと、格段に性能がアップするようですね。どういう仕組みで、それぞれの3つの性能が実現できるのですか?

瀧野:まず伝送容量の向上は、1本の光ファイバーにたくさんの信号(データ)を乗せることで実現します。

次に低遅延の向上は、信号の圧縮や変換を行うことなく、信号の種類ごとに別の道(波長)を通るようにすることで、それぞれの通信が邪魔をせず、また信号の順番待ちが不要となることで実現します。

最後に電力効率の向上は、通信元から通信先まで、一度も電気変換を行わないことで可能となります。

伝送容量125倍。リアルタイムで高画質の映像配信をめざす

─伝送容量と低遅延の向上の部分に関して、現在使用している光ケーブルを、もっと高性能なものに変えなければいけないのでしょうか?

瀧野:大容量の部分について光ケーブルは重要なポイントになりますが、現在使っている光ファイバーのケーブルも、もちろん利用できます。

ただ、IOWN構想は最終的に、通信容量を現状の125倍まで押し上げるという目標があります。この125倍の達成に向けて、現在使っている光ファイバーよりもさらにたくさんの通信を伝送できる光ファイバーを使う必要があります。

たとえば、ひとつのファイバーのなかにたくさんの光の道(コア)を持った「マルチコアファイバー」を導入することも、構想の実現につながる方法です。

─最高性能を発揮するためには現状の光ファイバーを新しくしていくことも必要なのですね。

瀧野:はい。最終的な性能目標の伝送容量125倍については「マルチコアファイバー」の導入が前提になっています。ですが、そこに到達するまでのあいだに、ほかの技術でも通信容量の拡大をめざしています。

たとえば、先ほど光の通り道の話をしました。既存の光ファイバーを用いた場合でも、さまざまな種類の光の波長を使うことで光の道幅を広げ、容量を増やすことも検討しています。「道路を広げて通れるトラック(信号)の数を増やす」といったイメージで考えてもらえるとわかりやすいでしょう。

これは「使っている波長帯をより拡張する」という言い方をしますが、そういった通信量の拡大方法も、並行して検討している状況です。

─続いて、低遅延性の向上については、信号の変換が不要になるとおっしゃっていましたね。

瀧野:そうですね。現在の通信は帯域に限りがあるので、信号の圧縮や変換が必要です。一方で、APNを用いれば信号をそのまま送ることができるので、信号の変換をする必要がなくなり、より低遅延で効率的な通信が可能になります。

電気を光に置き換え、通信を行う「光電融合」技術とは?

─電力効率の向上の部分で、通信元から通信先まで一度も電気変換を行わないとおっしゃっていましたが、こちらも現在のネットワークのままで実現可能なのですか?

瀧野:これはIOWNの名前の「O」にあたる「オプティカル(Optical)」の部分が関連してきます。この言葉もAPNの「フォトニクス(光)」と同じく「光(光学式)」を意味しますが、「光電融合」という技術を使うので「オプティカル」という言葉を使っています。

この「光電融合」がどういうものか説明します。現在の通信は「電気」と「光」を組み合わせて行っていますが、特にコンピューターの内部の処理については電気が主流です。この電気で行っている部分を「光」に置き換えるのが「光電融合」です。

「電気」の部分を「光」に置き換えることで、通信元から通信先まで電気を使わずに通信ができるようになります。

─光に置き換えると、電気は必要なくなるということですか?

瀧野:おっしゃるとおりです。ほとんど必要なくなると思います。

─だとすると、IOWNの一番の売りは、低消費電力になるのでしょうか?

瀧野:将来的には、低消費電力が一番の売りになってくると考えています。お客さまからもそこにメリットを感じているという声をたくさんいただいています。

光電融合の技術は、現在、持株会社(NTT)の研究所で鋭意研究を進め、NTTイノベーティブデバイス(株)にて開発・製造を行っているところです。今後、発展させていきながら、順次導入していく計画です。

─光電融合は、いつ頃、どのような順番で導入される予定ですか?

瀧野:まずは、電気と光を変換して通信を行っているSFP(Small Form Factor Pluggable)と呼ばれる部分に導入することからスタートします。

SFPに続き、コンピューターの中の基板といわれているところ、コンピューターのメインの処理をするところですが、そこの電気配線を使用している部分を光に置き換えていくことが次のステップです。だいたい2025年〜2026年頃をめざしています。

2029年頃には、基板の中のチップとチップのあいだを光にしていきます。さらにチップの中で電気処理する部分を光に変えていく作業が、2030年頃になると計画しています。

離れた場所で同時に演奏しているような世界を実現。APNのユースケース

酒井:IOWN構想は、もはや未来の技術の話ではありません。2023年3月にはIOWN構想の実現に向けたはじめての商用サービスとして、まずは同一都道府県内に閉じて「APN IOWN1.0」の提供が開始されました。さらに2024年12月からは、都道府県をまたいだネットワーク接続をはじめ、さまざまな機能拡張を図った新サービス「All-Photonics Connect」の提供も開始されています。

NTT東日本 ビジネス開発本部 第一部門 IOWNサービス担当 担当課長 酒井章代(注:取材時点での情報)

─APNの特徴として「高速・大容量」「低遅延・ゆらぎゼロ」があります。また、端末装置「OTN Anywhere」と組み合わせることで「遅延の可視化・調整」が可能とも聞きました。具体的な性能はどのようなものですか?

酒井:2022年度、いくつかの実証実験を行いました。たとえば、東京、大阪をはじめ複数拠点に分かれてオーケストラ演奏を同時にするといった、リモート協奏です。

離れた拠点間で同時に演奏し、その映像と音声を通信回線でつなぎます。従来の技術では、それぞれの場所でどうしても音や映像がずれてしまったと思いますが、IOWN構想のAPNを使うと非常に短い遅延時間で、お互いの映像と音声を伝送することが可能になりました。

具体的には、東京と大阪の距離でも、3メートル離れた場所で同時に演奏しているようなイメージです。従来のネットワーク環境であれば遅延が生じて実現が難しかった遠隔地との協奏も、それだけ少ない遅延時間でできるようになるのです。

─遅延に関する特徴として「ゆらぎゼロ」といわれていますが、「ゆらぎ」がないことで、どのようなメリットがあるのでしょうか?

酒井:遅延の「ゆらぎ」とは、遅延が速くなったり遅くなったりすることをいいます。わかりやすい例ですと、Web会議ツールなどで話しているときに、環境によっては会話が間延びしたり、すごく早口になったりすることがあると思います。そういう現象を起こしている原因が「ゆらぎ」です。APNでは、遅延の「ゆらぎ」がなくなるのでスムーズな会話ができます。

「ゆらぎゼロ」が最も効果を発揮する場面は、eスポーツの分野や精密な操作が要求される工場間でのリモート操作、遠隔医療での手術など。そういった場面では「ゆらぎ」により繊細な動きが阻害され、遠隔での操作が難しい状況に陥ることが多くあります。「低遅延・ゆらぎゼロ」であることが非常に重要なのです。

遅延時間を調整することで、公平な環境づくりが可能になる

─遅延が出ても、速くなったり遅くなったりせずに、一定に遅れるほうが制御しやすいということですか?

酒井:そのとおりです。また「ゆらぎ」がないことのもうひとつのメリットとして、遅延する時間を調整できる点があります。

どういった場面で遅延の調整が必要かというと、公平性の担保が必要な場面です。たとえばeスポーツの分野では、東京と大阪のプレイヤーで構成されるチームと、東京と札幌のプレイヤーで構成されるチームがいた場合、東京〜札幌間のほうが離れているので、どうしても遅延時間が長くなり、その差が勝敗に影響してしまう可能性があります。

そこで、東京〜大阪間の遅延時間に、東京〜札幌間の遅延時間の差分をプラスすることで、あたかもそれぞれのチームが東京〜札幌間にいるような環境を実現すれば、公平な条件下でのeスポーツ大会を実施できます。

今後の想定ユースケース

─APNは、そのほかどのようなシーンで価値を提供できるのでしょうか?

酒井:先ほど紹介した音楽シーンでの協奏やeスポーツのほかに、映像編集などのリモートプロダクション(遠隔での編集作業)などにも効果的です。

収録やイベントなどで、映像を撮影した現場から編集スタジオに伝送し、その映像を編集・加工してまた現場に送り返すといったシーンでもお使いいただけます。「高速・大容量」の通信でも、高精細な映像データを圧縮せずに送ることができるからです。

大容量の映像データの送受信には、現在のネットワーク環境だと圧縮や複合、変換が必要なケースがほとんどです。この圧縮や変換を行う際に、どうしても遅延時間が生じてしまいます。この遅延を極力、極限まで、小さくできるところもAPNを利用するメリットのひとつと考えています。

─今回は、IOWN構想について、いろいろと教えていただき、ありがとうございました。

瀧野&酒井:こちらこそ、ありがとうございました。みなさんにも、IOWN構想のことをもっと知っていただければうれしいです。

前編と後編で解説してきたIOWN構想、いかがでしたか? 新たな技術でライフスタイルが変化し、電力の消費が減ることで、社会課題の解決にもつながることが期待されるIOWN構想。2030年の実現に向けて、いまも研究・開発が進んでいます。

この記事は2023年5月9日にNTT東日本グループの社内報にて取材・制作した記事を、本メディア用に再構成し、掲載しております。

Credits

取材・執筆
クロスコ株式会社
撮影
クロスコ株式会社
編集
篠崎奈津子(CINRA, Inc.)