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中村橋之助と湯河原が育てる「日本一小さな歌舞伎劇場」。地域に伝統芸能が息づくには

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歴史ある温泉街、神奈川県湯河原町。その一角に、「日本一小さな歌舞伎劇場」があります。

2025年12月にこの場所で、歌舞伎俳優の中村橋之助さんが中心となり、歌之助さん、日本舞踊家の藤間直三(なおぞう)さんとともに『湯河原歌舞伎舞踊公演』を開催しました。さらに、橋之助さんの父であり成駒屋筆頭の中村芝翫さんも特別出演。

客席80席、舞台から最前列まで1メートルの小さな空間で上演されるのは、銀座の歌舞伎座と変わらない「本物」の歌舞伎です。

この特別な公演の裏には、中村橋之助さんの強い想いと、それを受け止めともに舞台をつくり上げた地域の人々の存在がありました。歴史ある地域と伝統芸能が出会うとき、双方にどのような新しい可能性がひらかれていくのでしょうか。

わずか80席に届ける「本物」の歌舞伎

演者の息遣いが聞こえる。足を踏み鳴らす振動が床を伝わって響いてくる——。

神奈川県湯河原町。築70年の「湯河原芸妓屋組合」通称「見番(けんばん)」で『湯河原歌舞伎舞踊公演』が始まりました。

今回は、第2回公演。全3日間にわたる公演のチケットは即完売となりました。

『湯河原歌舞伎舞踊公演』開場時の様子。多くの人が列をつくっている

『湯河原歌舞伎舞踊公演』を楽しみに公演に並ぶ人々

湯河原の見番に建てられた舞台に立つ、中村芝翫さんと成駒屋一門

『湯河原歌舞伎舞踊公演』で、『湯河原集成駒三番叟(ゆがわらにつどうなりこまさんばそう)』の翁(おきな)を演じる中村芝翫さん(写真中央)。『三番叟』は、「五穀豊穣」「天下泰平」「無病息災」を祈る儀式的な舞踊。3人の三番叟を、中村橋之助さん、歌之助さん、藤間直三さんが演じた

驚くべきは、その中身です。とても小さな劇場ですが、舞台美術を手がけるのは、本場・歌舞伎座の大道具さん。音楽を担当するのもやはり歌舞伎座と変わらぬ第一線の演奏者たちで、衣裳も小道具も一切妥協はありません。そのように本格的な歌舞伎が、わずか80席という小さな空間(※)で上演されたのです。

※本場である東京・銀座にある歌舞伎座の総座席数は1,808席(幕見席を除く)。

「いわゆる『本物』の歌舞伎を観られる劇場としては、世界でいちばん小さな規模なんじゃないでしょうか」。そう語るのは、歌舞伎俳優の中村橋之助さん(以下、橋之助さん)。歌舞伎の名門・成駒屋の若きリーダーで、この公演の企画者でもあります。

なぜ湯河原の地で、これほど特別な公演が実現したのでしょうか。

着物を着て、ドアにもたれる中村橋之助さん

『湯河原歌舞伎舞踊公演』を企画した中村橋之助さん

地域の芸者文化を守る「見番」で歌舞伎公演を行う意義

『湯河原歌舞伎舞踊公演』の会場となったのは「見番」でした。「見番」とは、芸者が舞踊や三味線の稽古をしたり、宴席に向かうための手配を行う拠点のこと。芸者を呼んで宴席を楽しむというのは温泉地の文化のひとつであり、かつて温泉地には見番がつきものでした。

湯河原の見番も、全盛期の1960年代には200人を超える芸者が稽古場として使い、踊りや三味線の腕を磨いていたといいます。

しかし、団体旅行の減少や宴会文化の衰退などの変化により、全国各地で見番が次々と閉じていきました。芸者の数も激減し、湯河原の見番でいまも踊りを習っている芸者は、わずか5、6人となっているそうです。

湯河原見番の入り口。「湯河原芸妓屋組合」と書かれた木の看板がある

湯河原芸妓屋組合の看板が掲げられた、築70年の湯河原見番の入り口

3階建てで白い外観の湯河原見番の外観

湯河原見番の外観。『湯河原歌舞伎舞踊公演』は3階の会場で開催された

そうした見番の現状について、一般社団法人湯河原温泉観光協会(以下、湯河原温泉観光協会)の会長を務める石田浩二さん(以下、石田会長)はこう想いを語ります。

「湯河原の近くには箱根や熱海といった温泉地もありますが、どこも芸者さんは軒並みいなくなってしまいましたね。でも、見番は長年培ってきた温泉地の芸者文化です。歴史ある温泉地・湯河原としては、何とかしてこの見番を残していきたいという想いがありました」(石田会長)

しかし、芸者の人数が減り、見番を稽古場として使う人も少なくなったいま、建物の維持費だけでも赤字が出てしまい、芸妓屋組合では見番の経営を行うのが難しくなってしまいました。そこで2024年、湯河原温泉旅館協同組合が「見番を文化遺産として残すため、建物を組合で買い取る」という決断をしたのです。

「湯河原温泉観光協会」と書かれた幕を背景に話す、中村橋之助さんと湯河原温泉観光協会の石田会長、藤間直三さん

会場となった見番について話す、中村橋之助さんと湯河原温泉観光協会の石田会長、藤間直三さん

橋之助さんとともに、今回の公演に深くかかわった日本舞踊家の藤間直三さん(以下、直三さん)は、もともとこの見番で湯河原の芸者さんたちに踊りを教えていました。

「見番から依頼をいただき、私たちの流派(藤間流勘右衛門派)が代々、湯河原に踊りを教えに来ていたんです。ここ数年は私が担当しています。立派な舞台を備えていてすごくいい見番ですし、こういう場所があるということを、いろんな方に知ってもらいたいとずっと思っていました」(直三さん)

公演が開催されることになった転機は、直三さんが、友人である橋之助さんを湯河原に連れてきたときのこと。

「もったいないな」。見番に足を踏み入れた瞬間、橋之助さんはそう思ったといいます。理由は建物の特徴にありました。

「檜舞台で、花道もある。舞台裏から演者が出入りする動線もある。楽屋として使える小さな部屋もたくさんある。全国いろんな見番を見てきましたけど、これほど劇場として設備が整っている場所はなかなかないです。それなのにあまり使われていないと聞いて、生意気な言い方ですが、『僕だったら、きっと有効活用できる』と思いました」(橋之助さん)

芸者の稽古場としてつくられた見番で、歌舞伎公演を——。そんな想いで、ここ湯河原の地で『湯河原歌舞伎舞踊公演』が行われることになったのでした。

湯河原の夏祭り「やっさまつり」の提灯を持って立つ中村橋之助さん

万葉から続く湯の町の未来を見据えた挑戦

湯河原は、もともと奈良時代の『万葉集』にも詠まれた歴史ある温泉地。近代以降、多くの文豪が静養と執筆のために滞在し、「文豪の宿」としてのブランドも築いてきました。

石田会長は、湯河原という地域の特徴をこう語ります。

「湯河原温泉は昭和の時代より、近隣の箱根や熱海とは少し異なり『静かな大人の温泉地』として親しまれてきました。いってみれば、日々の暮らしに追われた人が、『たまには温泉にでも浸かって、ゆっくりしようか』と思って来る場所です。
だからこそ、湯河原の雰囲気に自然となじむのが、日本古来の伝統芸能だと思います。その代表格である歌舞伎や日本舞踊と、湯河原温泉には親和性があるのではないかと感じました」(石田会長)

椅子に座って話をする、湯河原温泉観光協会会長の石田浩二さん

湯河原温泉観光協会・会長の石田浩二さん

もともと『湯河原歌舞伎舞踊公演』は、観光庁のインバウンド事業の一環*1として、2024年に一度だけ実施される予定の公演でした。

「橋之助さんや直三さんらの主導により湯河原の見番を舞台に開催され、温泉街で本格的な歌舞伎公演が上演できたことは、自分たちにとってもうれしい驚きでした。ただ、この時点ではあくまで『今回かぎりの特別な公演』という位置付けだったんです。」(石田会長)

*1 観光庁の2023年度補正予算による「特別な体験の提供等によるインバウンド消費の拡大・質向上推進事業」に採択された

そうしたなか、翌2025年、石田会長のもとに橋之助さんから「今年も湯河原でトークショーだけでもやれませんか?」と一本の電話がかかってきたそうです。

「公演をすれば、お金がかかります。前回は観光庁のインバウンド事業でしたが、それがもうないわけですから、橋之助さんもトークショーというかたちで気を遣ってくれたのでしょうね。でも、どうせなら、歌舞伎公演をやりたいじゃないですか(笑)。お金のことは湯河原の観光協会でなんとかしますから、トークショーではなく公演をやりましょうと言ったんです」(石田会長)

さっそく町議会に働きかけると補正予算がつき、さらに多くの地元企業も協賛に入ってくれました。「まさにオール湯河原で臨んだという感じですね」と石田会長。

『湯河原歌舞伎舞踊公演』の一幕

人口約2万人の小さな町にとっては大きなプロジェクトですが、そこには湯河原の未来を見据えたビジョンもありました。

「これは一過性の企画じゃない。橋之助さんが湯河原を大事な土地——いわば、彼にとってひとつの『城』にしたいと思ってくれているんだと。だからこそ、湯河原の人たちも『歌舞伎公演をやることは、町のためになるんじゃないか』と思えたし、これを5年、10年続けていきたいという長期的なビジョンが持てたんです」(石田会長)

話をする湯河原温泉観光協会・石田会長

歌舞伎を湯河原の文化に。見番をみんなで「育てていこう」という空気があった

インバウンド向けで実施された第1回公演とは異なり、橋之助さんの強い想いによって実現した、今回の第2回公演。前回とは決定的に変わったものがあったといいます。現場の「空気」です。

「1年目は、大道具さんたちも『お仕事のひとつ』ととらえていたと思います。でも、今回は違う。『緞帳(どんちょう)の周りの布を黒に変えましょう』『来年以降のことも考えて、床のデコボコも直しておきましょう』と、先を見据えたメンテナンスもしてくれました。橋之助さんの思いが伝わったんでしょう。この見番をみんなで育てよう、と思ってくれている感じがしました」(石田会長)

第1回の公演では、リハーサルでブレーカーが落ちてしまい、電力量に配慮して「ドライヤーや電熱器の使用を禁止」とした時間帯もあったとのことですが、今回は将来を見据えて、電気系統の全面改修も実施。万全の態勢が整いました。

さらに今回は、橋之助さんの父・八代目中村芝翫さんも特別出演し、弟の歌之助さんも含めた成駒屋の親子共演が実現しました。橋之助さんによれば、芝翫さんもまた、湯河原を訪れたときに見番を絶賛し、出演を快諾してくれたそうです。

公演祝いとして贈られたスタンド花を背景に笑う橋之助さんと石田会長

記者会見での一幕

2025年12月5日、初日の夜公演。舞台と客席を仕切る緞帳(どんちょう)が上がった瞬間、石田会長は思わず涙ぐみました。

「感動しちゃいましたね。実は幕を上げ下げする機械も古くなっていたので、ちゃんと幕が開くか心配だったんですよ(笑)。『ああ、始まった。よかった』って」(石田会長)

なぜ、『湯河原歌舞伎舞踊公演』がこれほどうまくいったのか。石田会長は「計算どおりでは起こりえない成功だった」と振り返ります。

「一回だけなら、お金を積んで歌舞伎俳優さんを呼ぶことはできると思うんです。でも、それだけではここまで心のこもった公演にはならないでしょう。今回は、湯河原を訪れる人や近隣に住む地域の人、そして歌舞伎ファンの人みんなが楽しめる公演となりました。見番という伝統的な場所を残していたこと、湯河原にゆかりのある直三さんが橋之助さんにつないでくれたこと、橋之助さんが強い想いを持って公演を主導してくれたこと、町長をはじめ町が全面協力してくれたこと……すべてがつながってはじめて成立した企画だと思います」(石田会長)

のれんや看板で飾られた、『湯河原歌舞伎舞踊公演』の受付。

伝統芸能の若い担い手と地域が出会うとき

いま石田会長をはじめとする地域の人々が、目標として掲げるのは、香川県琴平町で長く続く『四国こんぴら歌舞伎大芝居(以下、こんぴら歌舞伎)※』です。古い芝居小屋を活かしたこの公演は、若き日の十八代目中村勘三郎さんと古い芝居小屋が出会ったことをきっかけに始まり、地域に根ざした歌舞伎の成功例として知られています。

※香川県琴平町にある日本最古の現存する芝居小屋「旧金毘羅大芝居(金丸座)」で、毎年春に開催される歌舞伎公演のこと。江戸時代そのままの芝居小屋を使用しており、地域に根づいた公演となっている。

橋之助さんは、こんぴら歌舞伎についてこのように話します。

「私の伯父である勘三郎のおじさまがテレビ番組の取材で琴平を訪ねた際に、『ここ芝居小屋なの?』って覗いてみたら、すごくよくて、『もったいないな』と思ったのが『こんぴら歌舞伎』の原点だったんですよね。そこから地元の人たちも動いてくれたのですが、最初の公演の出演者は3人ぐらいで、規模も小さかったんです。勘三郎のおじさまと並べるのはおこがましいですが、僕も湯河原の見番を『もったいない』と思ったことから、石田会長はじめ湯河原のみなさまが立ち上がってくださって、こうやってかたちになりました。なので、ここからがはじまりだと思っています」(橋之助さん)

『湯河原歌舞伎舞踊公演』で、舞台に並ぶ演者たち

『湯河原歌舞伎舞踊公演』の終演時の挨拶。『湯河原集成駒三番叟』に加え、邦楽演奏・日本舞踊家集団「蒼天」により2021年に初演された新作舞踊『蠍と蛙』が演じられた

橋之助さんは29歳、直三さんは33歳と同世代の若者。「未来は明るいですよ」と石田会長は笑います。

若い彼らが湯河原という場所を見つけて、想いを持ってくれたのがうれしい。いまや、若い世代の子たちには『湯河原温泉ってどこにあるの?』と聞かれてしまうような時代です。歌舞伎が入り口になって湯河原を知る人が増えることは、お金では測れない価値があります。それに橋之助さんたちの発信力は、SNSのリアルタイムな発信に疎い私らとは段違いですから(笑)」(石田会長)

芸者文化の衰退で使われなくなった小屋、継ぎ手の少なくなった伝統芸能——。「もったいない」と思う若い担い手と、「ここからはじめよう」と未来に目を向けた地域が出会ったとき、何かが動き出す。

万葉の時代から湯が湧き続けるこの土地で、また新しい地域文化が芽吹こうとしています。

湯河原見番の緞帳の前に立つ、中村橋之助さん、石田浩二さん、藤間直三さん

この記事の内容は2026年2月24日掲載時のものです。

Credits

取材・執筆
九龍ジョー
撮影
伊藤圭
編集
牧之瀬裕加(CINRA,Inc.)

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