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「脱炭素」は企業の生存戦略?群馬の建設業・冬木工業が実践する、地域を巻き込むSX

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持続可能な社会づくりと、企業の稼ぐ力を両立させる。そのための変革として注目されているのが「SX」(サステナビリティ・トランスフォーメーション)です。

近年では、大企業を中心にSXを推進する事例も徐々に増えてきましたが、実践例はまだまだ限定的。そうしたなか、群馬県にある従業員数約200名の冬木工業が中心となり、協力会社や行政、NTT東日本グループと連携しながら、地域を巻き込むSXプロジェクトを進めています。

官民が手を取り合い、地域全体でSXを進めていく秘訣はどこにあるのでしょうか。群馬県で脱炭素を推進する4者が語り合いました。

SXプロジェクト始動のきっかけは、「学生からの問いかけ」

【SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)とは?】

「社会の持続可能性」と「企業の持続可能性」を同時に実現させる経営変革をさします。

SDGsは「目標」、GXは「環境面の変革」であるのに対し、SXはそれらを内包しつつ、ビジネスモデルそのものを持続可能なかたちへ転換するプロセスを意味します。

単なる社会貢献活動ではなく、「社会価値の創出」と「企業の利益成長」を持続的に循環させる戦略として位置づけられています。

─中小企業におけるSXの例はまだ少ないと思いますが、なぜ冬木工業は取り組みをはじめたのでしょうか。

大竹(冬木工業)

スタートとしては、実は立派な話ではなくて。以前はSDGsバッジをつけている社員もいたものの、実際にはほとんど何もできていない状態でした。そんななか、新卒採用の面接で学生から「御社のSDGsへの取り組みを教えてください」と聞かれるようになり、社会の目線が変化していることを実感したんです。

冬木工業の大竹良明社長が話している様子

冬木工業株式会社 代表取締役社長 大竹良明さん
群馬県高崎市の総合建設・鉄骨製造会社。2022年よりSXを始動し、サプライチェーン全体でのカーボンニュートラル達成をめざす。お客さま、協力会社、社員、そして地域の方々にも「冬木工業があってよかった」と思ってもらえるようにしたい、という「四方良し」の精神で、持続可能な地域社会の実現に向け取り組んでいる

大竹

ちょうど、われわれの事業環境の変化も重なっていた頃でした。当社は建築の元請け事業と、建築に使う鉄骨を製造する事業を手がけていまして、取引先の鉄鋼メーカーがカーボンニュートラルな「グリーン鋼材*1」を売り出しはじめたのです。

実際に現場でグリーン鋼材を採用したところ、材料費は1.4倍に上がりました。ただその一方で、完成した建築物はカーボンニュートラルな「グリーン物件」としてアピールすることができ、ほかの都道府県からも問い合わせが来るなど、想像以上の反響があったんです。

こうした経験をとおして、世の中のトレンドに沿った取り組みは、将来につながる——それどころか、地域の中小企業にとってSXの取り組みは、「あればいいもの」ではなく、「生き残るための条件」になってきているとさえ感じています。

─2023年には、NTT東日本・ NTT DXパートナーと、SX推進に関する協定を締結しましたね。

田島(NTT東日本)

NTT東日本は「地域循環型社会の共創」をパーパスに掲げ、通信インフラの提供にとどまらず、地域課題の解決や、持続可能な社会づくりに取り組んでいます。その一環として、SX推進に向けた取り組みを全社的に実践しており、こうしたなか、群馬をリードする環境先進企業をめざす冬木工業の想いに共鳴し、協定を結ばせていただきました。

*1 経済産業省 資源エネルギー庁:鉄鋼業の脱炭素化に向けた世界の取り組み(前編)~「グリーンスチール」とは何か?

NTT東日本の田島裕さんが話している様子

NTT東日本 群馬支店 支店長 田島裕さん
マーケティング担当部長などを歴任し、2025年6月より現職。自治体や企業との連携を通じ、地域課題の解決と持続可能な社会の実現に注力している

長谷部(NTT DXパートナー)

私たちNTT DXパートナーは、地域企業の経営課題の解決を支援していますが、各企業から環境対応に関する相談を受けることが以前と比べて明らかに増えてきました。

たとえば、「取引先からCO2削減への対応を求められ、応じられないと取引が続けられないと言われている」「エネルギー価格の高騰を受け、省エネや再エネを進めてコストを下げたい」といった声です。

こうした状況もあり、企業が中長期的に競争力を維持するためには、SXが外せないピースになってきたと感じています。そうした企業の課題に向き合う一つの取り組みとして、今回のプロジェクトに参加しました。

NTT DXパートナーの長谷部豊さんが話している様子

株式会社NTT DXパートナー 代表取締役 長谷部豊さん
NTT東日本グループのDXコンサルティング会社。地域の企業や自治体を対象に、DX/SX戦略の策定から実行までを一気通貫で伴走支援する。デジタル技術を駆使し、ビジネス変革や新たな価値創造、社会課題の解決を支えている

【地域連携SX推進プロジェクトとは?】

■概要
地域企業・協力会社など、地域の多様な主体を巻き込みながら、横断的にSXを進める取り組み。

■背景
企業の温室効果ガス排出量の多くは、調達・施工・輸送など自社外で発生する「Scope3*2」が占める。とくに建設業は多くの工程を外部企業と協業するため、単独での削減が難しい。この課題に対応するため、冬木工業は協力会社やNTT東日本グループなどと連携し、広く地域を巻き込んだSXに着手した。

■取り組み内容
・排出量の「見える化」
地域の協力会社や関係者に働きかけ、温室効果ガス排出量のデータを収集。

・建設業特有の課題への対応
設計・資材調達・施工など、多数の企業がかかわるため、工程ごとの環境負荷を把握する体制を整備。

・システムを用いたデータ整理
現場での負荷把握は手作業では困難なため、デジタルツールにより排出量を可視化。将来的には、地域全体でのカーボンニュートラル達成を目標とする。

■体制
冬木工業:協力会社・地域関係者への呼びかけ、情報共有、現場データ収集など、プロジェクトの推進を担当。

NTT DXパートナー:SXに関するビジョン設計、戦略策定、取り組みの進め方の支援など、全体の設計役を担う。

NTT東日本:プロジェクト推進のためのソリューション提案や、地域企業との連携づくりなど、技術・協働の両面からサポートを行う。

*2 Scope3とは:自社による直接排出(Scope1)や、購入した電力等の使用に伴う間接排出(Scope2)以外のCO2排出量のこと。原材料の調達から、製品の輸送、販売後の使用・廃棄に至るまで、サプライチェーン全体で発生する排出量をさす(環境省ホームページ:Scope3排出量とは

—群馬県としては、SXについてどのような考えをもっていますか?

奈良(群馬県)

群馬県では、20年先を見据えた「新・群馬県総合計画*3」という長期ビジョンを掲げています。そのなかでは、限られた資源を無駄にせず、リユースやリサイクルを進めながら価値を生み出す「循環型社会」をめざしています。たとえば、自立分散型電源を普及させたり、再生プラスチック利用を促したりといった取り組みです。

地域の企業がSXに取り組む動きは、県として進めている方針と自然に重なっていると感じています。

それから、群馬県はもともとカーボンニュートラルに取り組みやすい条件が揃っている地域なんです。日照時間が全国でも長い方で、水資源も豊富なので太陽光や水力といった再生可能エネルギーを活用しやすい環境があります。そういう意味でも、ポテンシャルが高い地域だと思っています。

*3 群馬県庁:G VISION 2040 – 新・群馬県総合計画 –

群馬県の奈良晃世さんが話している様子

群馬県 グリーンイノベーション推進監 奈良晃世さん
広報や企画、財務など多様な分野に従事し、知事戦略部にて群馬県の戦略的施策を推進してきた。2025年4月よりグリーンイノベーション推進監に就任

─プロジェクトをはじめる前、冬木工業としてはどのような課題感を持っていたのでしょうか。

大竹

当社では2年ほど前から、SXのなかでも特にCO2削減に向けた取り組みを行ってきました。

建築事業では、自社だけで完結する工程はほとんどありません。設計、資材調達、施工まで、多くの協力会社がかかわるなかで、どこでどれだけ環境負荷が生じているのかを把握するには、サプライチェーン全体を見渡す必要があります。

しかし実際には、資材や施工プロセスごとの環境負荷を現場単位で整理・可視化するのはかなり大変な作業です。

田島

冬木工業が現場での情報収集や変革を主体的に進め、NTT DXパートナーがSXのビジョン・戦略策定を担い、NTT東日本が技術やノウハウを活用し、情報分析・共有など、地域に根差した伴走支援を行う。そんな体制でプロジェクトを進めました。

長谷部

声をかけた協力会社は全部で120社ほどあったのですが、そのうち35社が参加を表明してくれました。

SX推進に関する説明会の様子。中央に立ちホワイトボードを使って説明する男性と、話に聞き入る人々の後ろ姿

取材当日、群馬県庁主催のSX推進イベントが開催されており、脱炭素をテーマにした体験型ワークショップや、冬木工業の事例も一部取り上げながら実践に向けたセミナーが行われていた

SXは何のために行う? 社会貢献だけに留まらない意義

─群馬県としては、こうした地元企業発のSXプロジェクトをどのようにとらえていますか。

奈良

冬木工業とNTT東日本グループの取り組みは、とても貴重なモデルケースだととらえています。群馬県では2025年3月に「グリーンイノベーション群馬戦略2035」を策定しました。このなかでは、「再生可能エネルギー比率を80%以上にする」という、非常にチャレンジングな目標を掲げています。これは、地域企業のみなさまにご協力いただかなければ達成できません。

中小企業が大半を占める群馬県内では、SXの推進方法がわからずに悩んでいる企業も多いでしょう。そうした方々にとって、この取り組みはロールモデルになると感じています。

─悩みを抱える企業は、「コスト」「成果の創出と両立の難しさ」などの壁に直面していると聞きます。こうした壁を打破するには何が必要だと思いますか?

長谷部

コスト、知識不足、社内の機運醸成。この3つはすべてつながっていると感じています。その出発点にあるのが「脱炭素」に対する知識不足です。脱炭素の重要性は理解していても、それが結果的にどれくらいの業績アップや利益につながるのか、イメージできていない経営者も多いのではないでしょうか。

大竹

この状態では「SXは単なるコスト増ではないか」と見えてしまいますし、そうなると当然、社内の機運もなかなか高まりませんよね。

長谷部

たとえば、エネルギー効率を高めることは、使用するエネルギー量を抑えることにつながり、将来のコスト削減というかたちで効果が現れてきます。SXは決して一時的な「コスト増」ではなく、中長期的な果実を得るための道筋をつくる取り組みでもあるんです。

企業や業界ごとに置かれた状況は異なりますが、SXに取り組む意義が腹落ちすれば、短期的な負担をできるだけ小さくしながら、コストについても中長期的な視点を持てるようになると思います。

大竹

とはいえ、自社の利益だけにとらわれてはいけないとも私は思っています。原価を下げて利益率を上げることばかりを考えていたら、世の中がおかしくなってしまいますから。

そう言うと「冬木工業は儲かっているからSXに取り組めるのでは」と返されることもありますが、当社も厳しい時期はありました。私はリーマン・ショック直後に社長に就任し、業績的に非常に厳しい時代も経験しています。それでも、「自社利益だけを追求しない経営をする」というスタンスは変えていません。そういった地域・社会への還元をコツコツ進めていくうちに、利益も経営も上向いていきました。

長谷部

冬木工業の業績が好転した背景には、短期的な利益のみを追わない経営姿勢があります。社会や地域、顧客に対して、長期的に価値を還元することを前提に、経営を続けてこられた結果だと感じています。

この会社と「働きたい」「取引したい」「買いたい」と思ってもらえる存在であり続けること。そのために、社会的な価値と経済価値をどう両立させるかが、これからの企業成長において大事な要素になるのです。

企業にとって、SXは単なる社会貢献ではなく、投資家やサプライチェーン、顧客から選ばれ続けるためのもの。いわば「生き残る会社になるための取り組み」だといえるのではないでしょうか。

現実的には、いま経営が苦しい企業が前向きにSXに取り組むのは難しいかもしれません。その際には、行政の支援を受けながら、小さなことからでもはじめるのがよいと思います。

奈良

群馬県としても、SXに取り組みたい中小企業や地域企業への支援を引き続き展開していきたいと考えています。また、そうした方々のヒントになるよう、県としても今回のプロジェクトを積極的に発信していきたいですね。

田島

冬木工業は、群馬県内でもともと非常に知名度の高い企業です。その冬木工業が旗を振り、声を上げることで、地域の企業にもSXの重要性が伝わると感じています。

1社だけでは成し遂げられない。SX推進で大事なこととは?

─地域全体で取り組みを進めるために、官民それぞれ、どんな役割や連携が求められるのでしょうか。

奈良

行政のなかでも県の立場としては、大きな未来像を描くという役割、そして国と市町村をつなぐハブとしての役割もあります。行政から民間企業、地域住民へと、どのようにつながりや連携を生み出すのが最も効果的かを考えていきたいと思っています。

田島

企業には、SXの重要性をもっと知っていただく必要があるでしょう。ただし、実際に何をすればよいのかわからず、立ち止まってしまうケースも多いので、県や市町村にニュートラルな立場で相談を受けていただける体制が理想だと思います。私たちも、複雑になりがちなSXの取り組みを支援するため、地域のみなさまとともに考えていきたいと思います。

長谷部

私は民間企業の経営課題を支援する立場として、「SXに取り組み、業績や競争力を上げた地域の成功モデル」をひとつでも多く生み出し、発信していきたいと考えています。

大竹

みなさまと連携しながら、「この現場はCO2排出量ゼロで、生産性も高い」といったような、目に見える実績を出したいですね。そうした実例をユースケースとして可視化し、SXに取り組む動きが地域や業界全体に広がっていく機運をつくっていければと思います。

長谷部

はい。DXの分野でも同様なのですが、大企業の成功事例だけを聞いても、中小企業にとっては自分ごとになりにくい面があります。その点、地域で実践している冬木工業の取り組みであれば、話を聞いてみたいと思う企業も多いはずです。

現場で汗を流している冬木工業の社員と直接対話する機会があれば、一歩踏み出すきっかけにもなるでしょう。そうした場を増やしていきたいです。

─ここまでのお話を踏まえ、あらためて「地域でSXを進めるうえで欠かせない要素」は何だと思いますか?

長谷部

「ビジョンの共有」だと思います。冬木工業の取り組みは、協力会社を含めた地域内のサプライチェーンでビジョンを共有している好事例です。

脱炭素の取り組みは、サプライチェーン全体で進めなければ十分な効果を得られません。冬木工業の例でも、冬木工業単体での削減効果は1割弱にとどまっています。逆にいえば、サプライチェーン全体で成果を出せれば、地域全体の成果につながるはずです。

田島

そうした地域連携を実現するためには、「互助」や「利他」の精神が欠かせないと感じています。自分たちの利益だけでなく、ステークホルダーや地域とともに幸せになっていくという発想が、地域全体でSXを成し遂げるポイントではないでしょうか。

奈良

行政としては、「官民共創」にさらに注力していきたいと考えています。官と民、それぞれに役割があります。どちらかが突っ走るのではなく、互いの強みを活かしながら、ともに取り組みを進めていければと思います。

大竹

私はこれまでの活動を通じて、「情報や技術の共有」が非常に重要だと感じています。SXの分野では、自分たちだけではわからないことが本当にたくさんあるからです。

だからこそ、伴走してくれるパートナーを見つけ、さまざまな情報やノウハウを共有し、他者の知見を積極的に取り入れていくことが必要です。SXは1社だけでは成し遂げられません。企業単独ではなく、地域全体で取り組むことが、長期的な持続可能性と競争力につながっていくのだと信じています。

この記事の内容は2025年2月26日掲載時のものです。

Credits

取材・執筆
多田慎介
写真
佐藤翔
編集
篠崎奈津子、森谷美穂(CINRA, Inc.)

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